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Last update 2007年10月09日

フェアリーテイル 著者:絵空ひろ


「死んだことないくせに」
私は机にほおづえをついたまま、少しあきれ気味に呟いた。
ここのところ、彼はおかしな本ばかり買って来る。
『死後の世界』『幽霊は実在するか』『輪廻転生を信じて』
夜更かしをして読み込んだ挙句、学校で友達に得々と披露するものだから、最近では彼の半径1メートル以内に近寄る人はいなくなってしまった。
「死後は・・・・生まれ変わりは・・・」
とお昼休みに得意げに語る彼の鼻先を、私は指でピンっとはじく。
17歳にもなってそんな嘘ばっかりの本を信じるなんて、我が彼氏ながら情けない。

死後の世界のことなら私のほうがずっと詳しい。
なんたって私は死んでいる。死んでる暦3ヶ月だ。死後の世界を語るのにこれほど相応しい人材はないだろう。百聞は一見にしかずとはこのことだ。
自転車で横断歩道を渡っていて、突っ込んでくるトラックに気付いた次の瞬間、すでに私はまぶしい光に包まれた建物の一室で、お堅いスーツに身を包んだ死神と面接をしていた。
残業疲れのような顔色の死神に、事務的に名前と住所と年齢を聞かれ、幾つかの契約書にサインし、ちょっとしたアンケートに答えた後、
「それで、ご希望の姿は?」
と聞かれた。驚いたことに、死後の世界ではなりたい姿に変身できるのだという。
聞けば、若い女性で一番多いのは、やはり真っ白いドレスに身を包んだ花嫁さんスタイル。何か恨みをもっていて化けて出てやりたい!と気合の入っている人は「幽霊スタイル」を選ぶ。昔は着物に流血メイクがはやっていたが、最近では白いワンピースに黒の長髪から片目だけ可愛く覗かせるのが人気だという。

私は妖精の姿にしてくれるようお願いした。
幼い頃大好きだった、大人になりたくない少年の冒険物語。それに登場する愛らしい妖精。小さく軽やかな身体に、薄くしなやかな羽根を持ち、大好きな人の周りを愛しげに飛び回る彼女になりたかった。彼女のように大切な彼の為に何かしてあげたかった。
望みは叶えられ、私の背中には透明で可愛い羽根が生えた。身体も手のひらに乗るくらい小さくなった。
そして今、愛する人のそばにいる。

「・・・はずだったんだけど」
私はまたため息をついた。
当の彼氏は、大人になりたくない少年どころか、危ないオカルトオタクになってしまった。ロマンチックもファンタジックもあったものではない。
私が死神の面接を受け、この世界に戻ってきたときにはすでに1ヶ月が過ぎていて、お葬式も何もかも終わっていた。その間、サッカー部で元気に駆け回っていた彼はすっかり変わってしまい、あまりの変貌ぶりにこっちが幽霊を見たような気分になった。

それから2ヶ月間、私は以前の元気な彼に戻ってもらえるように、さりげなくサッカーボールを彼のそばに転がしたり、シューズをぴかぴかにしたり、プロリーグの試合の結果を耳元で囁いたりした。
けれどそんな努力も空しく、彼のオカルト趣味は日を追うごとにひどくなり、買って来る本もどんどん怪しくなっていった。
『生まれ変わりを信じますか』『よみがえり魔術入門』までは笑ってすませた。
しかし、今日買ってきた本をみて私はひっくり返った。
『イザナキが教える黄泉の国への渡り方』『オルフェウスに学ぶ死後の世界』
「それって・・・」
そんな本があるのも驚きだけれど、何よりその題名が意味している事を考えると胸が痛くなった。
「・・・私を迎えに来ようとしてくれてるの・・・?」
嬉しくて切なくて涙がにじんだ。しかし物語のようにヒロイン気分で感傷にふけっている暇はなかった。彼はその本を読み終わると、なんと夜の学校に向かい、屋上に続く階段を上り始めたのだ。
「嘘でしょ。ちょっと、ダメだよ。ねえ!」
引き止めようと必死に服をひっぱったり、耳元で怒鳴ったり、往復ビンタをしたりしたけれど全部無駄に終わった。
彼を止めることが出来ない。何も伝えることが出来ない。何の役にも立たない。私はなんて落ちこぼれのフェアリー・・・。

どうしようもなくて彼の肩の上でただ泣きながら、月が輝く屋上に出た。お昼休みに一緒にお弁当を食べた思い出の場所。二人にとってとても大事なこの場所で、彼はこの世に別れをつげるべく手すりに手をかけている。
「お願い、思いとどまってー!」
必死に制服をひっぱっていると、彼のポケットから何かがガタッとコンクリートに落ちた。
それをみて私は電光石火で閃いた。
「コレだ!!」
生きてる時、一日に何度もメール交換した、恋人同士の必須アイテム『ケータイ』。
きっとこれなら彼に伝えられるはず。
「早打ちの修行の成果見せてやる!」
身体が小さくなっているので、全身でジャンプしてキーを打った。
「オバカナコトハ、ヤメナサイ!」
彼はポカンとした顔で手すりから手を離すと、勝手にメール作成画面になっているケータイの画面を見つめた。
「・・・?」
注意を引くことには成功した。ジャンプしてまたキーを打つ。
「オイカケテキテモラッテモ、ゼンゼンウレシクナイ!」
信じられないような呆然とした顔で、彼は膝を折ってコンクリートに座り込んだ。
「・・・ゆり?」
愛しい声で聞く、私の名前。泣きそうになるのを堪えて、私はまた続けてキーを打ち続けた。
「ワタシハ、テンゴクデ、カッコイイカレシヲツカマエマス。アナタモ、カワイイカノジョミツケテ、シアワセニナッテ」
心にもないことだけど、心の底からそうなって欲しい。彼はメールを打っているのが私だとすんなり信じたのか、会話するようにぽつんと呟いた。こんな時オカルトオタクは話が早くて助かる。
「僕ひとりで生きていけない。そんなこというなよ」
「アナタナラ、ダイジョウブ」
私はジャンプしながら、ぼんやりと死神と交わした契約のひとつを思い出した。生きている人と言葉を交わしてしまったら、幽霊はすみやかにこの世に別れを告げ、成仏しなければならない・・・。
契約どおり、身体からはエネルギーがなくなっていった。きっともう長くは動けない。私はふらふらしながらキーを打った。
「モウイキマス」
「待て!行くな!」
これで最後。もうジャンプできそうにない。私は最後の力をふりしぼってキーを打った。

「オトナニ、ナッテ」

それを読むと、彼はもう何も言わず膝をかかえてしまった。私もぐったりと彼の肩の上に倒れたまま長い長い時間が過ぎた。
やがて月もだいぶ傾いた頃、彼は涙を拭いてかばんをごそごそしはじめた。
「送ってやるよ。幽霊を成仏させるときには線香を焚いて見送ってやると、天国で幸せになれるってこの本に書いてある」
そう言いながら彼が取り出したのは『悪霊退散』という縁起でもない本だった。そして彼の手にあるお線香には『天然ハーブ レモングラスの香り』などと書いてある。
「私は悪霊か!しかもそれお線香じゃなくてハーブ香だし!」
ご丁寧に、セットでついてきた可愛いネコの形のお香立てに必死に立てようとしている。
全くもって最後までロマンチックもファンタジックもないんだから。
あきれたけれど嬉しかった。なんだかあわてている横顔も頼もしい。
きっと彼は今ひとつ大人になったんだろう。

柔らかで優しいお香の香りが私の身体を包み込み、透きとおる羽根に染み込んでいく。
ひとりぼっちで天国への道を登らなければならない私に、淋しくないよと語りかけてくるようだった。
「さよなら。幸せになってね」
二人の声が重なったちょうどその時、空から光が降りてきて、私の身体をゆっくりと持ち上げ地上から離していった。
私は、ネコのお香立てを片手に立ち尽くしている彼の姿を目に焼き付け、ゆっくりと生まれ育った街の夜景を仰ぐと、振り切るように月が浮かぶ空を見た。
身体はどんどん急上昇し、白い光の中に新しい世界の扉が見えてきた。天上のあまりの眩しさに目を閉じると、涙が一粒こぼれて落ちた。

もう戻れない。

彼が焚いてくれた、包み込むように暖かで優しいレモングラスの香り。
それは目を開けてからもしばらくの間、宙を漂いながら私にまとわりついた。





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