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Last update 2007年10月09日

お芝居をしよう! 著者:おりえ


私はあなたを信用している、あなたも私を信用してよろしい、と言っているように。

私は心底、疲れていた。

「そんな顔で見たってだめ」
「何故? 君にならわかるはずだ!」
「わからなくて結構。さあ、お帰りはあちらよ。さようなら!」

ドアを指差した私を、目の前の男は潤んだ目で見つめた。

「ジョセフィーヌ。君は前世での誓いを忘れたの?」
「そんな人知らないから」
「じゃあカルメン」
「逝ってよし」

指差したままでぴしゃりと言ってやれば、男はふふっと遠い目をした。

「コゼット、君はいつか思い出すよ、僕と過ごしたあの日々のことを」
「すいませんけど、私そんなに名前持ってないから」
「ああ、アンジェリーク、君は罪深い人」
「出てけっつーの!」
「ロザリア、君ならできる」
「行け!」

てこでも動かない彼を見て、私は途方に暮れていた。
…やっぱり、まずいよなあ…

彼がああなったのは、つい最近のことだ。学生時代からの友人で、つきあっているわけではないが、仲良く互いの家を行き来している。
あの日、いつものようにふらりと家に来た彼は、私を見て飛び掛ってきた。
幸い、私が護身術と空手と合気道とボクシングの覚えがあったために、ノされたのは彼のほうだったのだが、彼はその怪我が元で入院して(一応治療費は出してやった。 不本意だが)、お見舞いに来た私に、何も覚えていないことを話した。その時は、怪我のショックが原因なんだろうと思って、私も犬に噛まれたと思って今回のことは水に流してやったんだが(友人曰く、犬はむしろ私だと)、退院してきた彼は、私の部屋に来て、また同じことをした。
幸い、私が柔道とレスリングと中国拳法と気功法の覚えもあったために、今度は加減して彼を昏倒させ、入院するまでボコるようなことはさすがにしなかったが、彼はここまで学習能力のないやつだったのか、そもそも何故今更私に飛び掛るのか、というか私の経歴を知っていながら何故そんな命を捨てるような真似をするのか、私は大いに悩んだ。
また妙なことをされては困るので、警察学校に通った経験を生かし、彼の手足を縄で拘束し(山岳部にいた頃のものを使った)、彼が目覚めるのを待つ。一時期看護婦を目指していたこともある私は、手首の脈を正確に測りながら、じっと見守った。
やがて彼は目を覚まし、私を見てこう言った。

「やあお早うジョアンナ。目覚めのコーヒーを淹れておくれ」

やっちまったと後悔した。そんなに打ち所が悪かったんだろうか。いや待て。彼は私の部屋へ最初に訪れたときから変だったのだ。私はあんまり悪くないぞ。
とりあえず私は、彼の頬をぺしぺし叩き、死にたくなかったら妙な演技はやめろと脅しをかけてみたが、全く効果はなかった。やっぱりおかしい。私のことを知っている彼なら、この言葉を聞いたら震え上がったろうに。
混乱する私は、とりあえず彼の戒めを解き、帰ってくれと言った。懇願だ。これ以上彼のおかしい言動を見てたら、私がおかしくなる。彼の命の保証はできない。
彼は私に笑いかける。信用していいよべいべーときらきらした目が言っている。ヤメロ。
私は、不意に思い立ち、もしやと、お札の貼られた机の引き出しからメガネを取り出し、装着した。それから改めて彼を見てみる。

「…うわ。こりゃまずいわ」

なんでもっと早く気づけなかったのだろう。こいつ、変な霊に憑りつかれていましたよ。
私には微力ながら、人より霊感がある。その道のプロから、半ば強引に買わされた胡散臭い「霊が視えちゃう優れモノめがね」という、何のひねりもないネーミングの眼鏡が、こんなところで役に立つとは。備えあれば憂いなしだ。
眼鏡をかけて彼を見たら、とんでもないことになっていた。金髪やら銀髪やら、黒い肌やら白い肌やら、とにかく海外からなんで? というような人種の方々が、彼を取り囲んで、じゃんけんしているのだ。

『次は我が輩が』
『待て、おまえ後出ししただろ。バレてんだよ見えてんだよお見通しなんだよ!』
『こないだ久しぶりに見たよ。お前のやってることは、全てお見通しだーっ!』
『ヤマモトちゃん、可愛いよね』
『来年映画やるってよ、絶対見よう』
『またウエモトくん、カンフーやってくんないかな』

…んー、ん、んー。
私は咳払いして、もう一度彼らを見た。

『やっりぃ、俺勝った、なあなあなあ見てたべ、俺の勝ちだったべ』
『うし、おまえ行ってこい。持ち時間は5秒』
『うわ少ねー』
『後が詰まってんだよ、早くしろアホ』

金髪の外人さんが、彼の中に今までいた外人さんを蹴り飛ばした。その勢いでばたっと赤毛の外人さんが倒れ、その隙に金髪くんが彼に入る。
まさか私が一部始終を見ているとは知らない彼は、きりっとした顔で、私を見た。

「トゥルー! もう死人の声は聞かなくていいんだよ」
「…」
私がジト目で彼の中の金髪くんを睨んでいると、彼の目がきょろきょろ泳いだ。
後ろにずらりと控えている霊たちが、あれっと顔を見合わせている。
私は眼鏡を中指でくいっと押し上げて、彼ではなく、後ろの客人らに向かって言った。

「お前らのやってることは、全てまるっと、お見通しだっ!」
『あ、映画版』
『くわっぱ!』
「じゃかぁしぃ!」
ひいいと後退する霊たちに向かってずんずん歩み寄る私。あー、親には見せられない。

『マックス! 何よ何よ、組織から抜け出して、僕らの姿が見えるようになったの?』
黒髪の外人さんが、まあいやだわ、どうしましょうと周囲を見る。
『アリー、死人にはもう会えない。だけど君が外にいる間だけ、雨を止ませることはできる』
「うるさいよ」
『ローラ…どうした? 何故家の窓を』
銀髪の外人さんがそう言った瞬間、私は切れた。

「アルマンゾ、だってここは私たちの家よ? あんな人たちに使われるくらいなら、いっそ壊してしまえばいいんだわ!」

とある劇団に入団している私が声量ある声で言い放つと、彼らの動きがぴたりと止んだ。
『ありがとう、マドモアゼル』
銀髪くんが、目じりに涙を光らせながら、胸に手を当て一礼する。
『これでようやく、僕は逝ける…』
「は、はい?」
呆気に取られていると、銀髪くんは満ち足りた笑顔で、なんかキラキラした光に包まれて消えて行った…んですけど、ん? なんですか、これは。
『私たちの願いを叶えてくれる女優が、こんな所で見つかるとは…! おお神よ!』

牧師の格好をした人が、そう言って手を組み合わせる。納得がいかないので、突っ込んだ。
「神よ言ってんならさっさと逝けば? ついでに周りのも全部連れてけば? 何のための牧師なのよ? 迷惑なんですけど」
『何この人。冷たいよ』
『おいおい、そいつぁ言っちゃいけないだろ。ウルトラマンは昔背中にファスナーついてたんだぞ?』
『どんな例えだよ』
「シャラップ! 黙れ」
私が一喝すると、皆がぴしりと直立不動になった。ふふん、バレーボール部の部長で鍛えたこの覇気に、当てられないやつはいない。
『お嬢さん、我々を救えるのはあなただけだ。どうか哀れな子羊を救うと思って、力を――』
牧師さんが芝居がかった台詞で言ってきた。全くこいつらは。
「楽しそうにじゃんけんしてた癖に、何よ今更」
『まあ聞いてくれよ、俺たちの悲しい過去を』
筋肉質な外人さんが、涙ながらに話し始めた。いや、あの…大体想像つくからいいんですけど。

彼らの話によれば、生前の彼らは国を旅する劇団で、色々な国で役者をスカウトし、世界を転々としながら人々に自分たちの芝居を見せていた。
が、その移動中、不幸な事故に見舞われて、全員お星様になった。そのまま空で輝いていればいいものを、彼らは未練たっぷりで、まだ地上に留まっている。
その理由と言うのが…

『我ら劇団には、女性がひとりもいなかったのだ』
金髪くんが、くっと片手で目を覆う。
『恋愛モノとかやりたくても、誰も女装したがらないし』
赤毛くんが嘆く。
『あの世へ逝く前に、一度でいいから女性と共演したかったんだぁ!』
筋肉マンが絶叫した。
私は、気を失っている彼を見下ろして、牧師さんに言う。
「事情はよくわかったけど、なんでこいつに憑りついたの? おかげで彼、散々な目に遭ったんだけど」
『肉体的苦痛を散々浴びせた君には言われたくないが』
「正当防衛です」
『限度があるだろ』
くっ、と私は折れて、すいませんと謝った。なんで私が。
『よろしい。悔い改める者を、彼は寛大に許してくださる。
 まーそれは置いといて。彼に我々が憑りついたのは、彼が我々の劇団員だからだ。

 ひとりだけ事故に遭わなかったから、嫌がらせで』
「ほー」
私が半目になると、牧師はあさっての方向を向いた。
『彼は我々が日本に立ち寄った時にのみ手を貸してくれるという、派遣のような立場の者だが、それでも仲間は仲間だ。彼が我々と共に行かなかったのは、どうやら君が原因らしくてね』
「おいオッサン、ここにきて急に下手なラブコメ持ってきて雰囲気盛り上げようとしたってムダだからね?」
私が両手の骨をボキボキ鳴らすと、牧師は完全に後ろを向いてしまった。
『い、いやいやいや事実。事実だ。それにだ、彼の中に入って、君の事は全て知っている。君なら、我々を必ず成仏させてくれると信じて、ここまで来たのだ』
「…」
ほんとか? 自分で言うのも悲しいけど、こんな女に興味持っていらぬ感情抱いても、絶対後悔すると思うんだけど。
「私に気づいて欲しくて、皆で懸命に芝居してたわけね」
私は彼のことはさておいて、皆に向かって言った。劇団員たちの顔がぱっと輝く。
『その通りだ! 君が先ほどの彼を成仏させたように、たった一言でいいから、我々と芝居をしてほしい』
牧師と共に、皆に頭を下げられた。うおお、圧巻…
私はふうと息をつき、うなずいた。
「わかった。相手になってやろうじゃない。皆まとめて、お逝きなさい!」

それからはもう、他人に見られたら死ぬしかないほど奇妙なことをした。誰かが見たら、一人芝居をしているように見えるだろう。霊感のある人なら昏倒ものだ。
だが芝居に集中するのは悪くなかった。
何しろ皆アドリブで何か言ってくるので、こちらも適当に合わせてしゃべるしかない。彼らは納得の演技ができるまでは成仏せず、何度も何度も同じ台詞を言ったり、時に変えたり、次第に私も真剣になってきた。
彼らの熱意ある芝居を共に演じていると、彼らが本当に劇と言うものを愛していたのだということが伝わってくる。場所が私の部屋と言うのが悲しいが、舞台役者は何でも小道具にして芝居をする。彼らにかかれば、散らばった紙は木の葉となり、ボールペンは小枝となる。
いい感じだと思ったらすぐ、その人はありがとうと消えてしまうのも、ちょっぴり寂しかったりした。
『ありがとう。夢が叶ってよかった』
ようやくあとひとりとなったのは、あれから三日後だった。信じられない。休憩もあまりとらず、食事もしないで三日間。人間てすごいなあ。それとも私がすごいのか。
体力あるしね。
『さて、ようやく私で最後だね』
そう言ったのは、牧師だった。
「喉がらがらだけど、勘弁してね」
私はタオルで顔を拭きながら言う。11月で寒いはずなのに、私の部屋は異様に暑い。彼は未だに眠っている。多分牧師を成仏させないと、起きないのだろう。彼には聞きたいことがたくさんある。私とは長いつきあいなのに、彼が劇団に入っていることを言ってくれなかった。私をどう思っているのかも、聞いてみたい。
『最後だから、気合入れてみた』
私が耽っていると、牧師はそう言って、
「ちょっと!?」

『ぐわはははは、世界は我のもの! 皆跪け!』

私の部屋いっぱいに広がる、牛のような悪魔の姿になった!
「牧師じゃないの!? なにその姿は!」
私が叫ぶと、それは高らかに笑った。

『牧師とは仮の姿! 我を消したくば、我に勝負を挑むがいい! ぐわははははは!』

三日間、飲まず食わずで徹夜です。
体力あるって言ったって、限界というものがね、あるんですよ。
私は一気に脱力した。

「やめてよ…ここまで来て最後にファンタジー出すのやめてよ! 最後は綺麗に終わろうよ!」
涙の訴えにも耳を向けず、それは私に手を差し伸べた。

『さあ、我を成仏させてくれ。まずは生き血を差し出すのだ!』

私は眠っている彼を見た。ごめん。あんたが起きるには、まだまだ時間がかかるっぽい。

『生き血がだめなら、魂だ―――!!』




「いやだ、消えろ」と私は呟いたけれども、それは不気味な笑い声を洩らしただけだった。





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