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Last update 2007年10月13日

天使たちのいる部屋 著者:なずな


クリスマスの賛美歌のオルゴールが 部屋中に響いた。

何か音楽でも・・と ミホの入院中に
ユウジが次々買ってきたCDの中の 一つ。

入院用のバッグの中身を出して ミホは黙々と片付ける。


「オレに 手伝えることない?」

「・・・ない」



飾り棚に並んだ天使の置物を、所在なげに眺めていたユウジは
そのCDを選んでプレイヤーのトレイにのせると
ミホに遠慮がちに 聞いた。 

「ひとりで 大丈夫? 泊まっていこうか?」

「・・・いい。」


 ☆ 


ユウジに付き添われて退院したその日
自分の部屋で やっと一人きりになって
ミホは はじめて 泣いた。

 ─ ごめんね、ごめんね ごめんね、ごめんね・・

生まれてくるはずだった小さないのちを思って
 ・・・・はじめて 泣いた。


近所の家の窓には クリスマスのイルミネーション・・
耳に届く 道行く人の遠い笑い声。

賛美歌もオルゴールの音も 
今まで特に好きだったわけじゃない。

暗くなっても電気もつけず 
ただ こころの空洞に流れ込むままに
何度も、何度も繰り返されるCDの音を
ミホは 聴き続けた。

明るいメロディーも 荘厳なフレーズも
オルゴールの音で聴くと 
なんだか どれも優しく、愛らしかった。



他の家の明りが消え 夜の闇が深くなっても
そして また少しずつ 遠い空から明るくなってきても

同じところに座ったまま ミホはただ
流れる賛美歌のオルゴールの音色を聴きながら 

ずっと ずっと 起きていた。


眠りたいとも 思わなかった。



☆  ☆ 



 ─ 妊娠した・・・・・


駅のコンコースの 飾りかけのクリスマスツリーの下で
そう告げた時、 ユウジは驚くほど単純に 

「早く 結婚式しようね。」

笑って言った。


「男の子かなぁ、女の子かなぁ」

二人で 結婚の話を進めている時ではあったけれど
いきなり「父」になろうとする ユウジの姿に
かえって不安が増した。


「母」になるなんて まだ考えてもいなかった。
付きまとう身体の違和感、
これから先の自分の身体の変化に 恐怖さえ感じていた。


お腹の赤ん坊を「産むのかどうか迷う」ことさえ 思いもつかないほど
体調の悪さに耐えながら なんとか一日一日をやり過ごした。


ユウジは 出来る限りそばにいてくれたし、
妊婦の健康や赤ん坊の育て方まで 少しでも理解しようと
驚くほど熱心に 情報収集した。

ただ、感染症のわずかな可能性などを挙げて、
2匹の猫を ひとに預けることを、
さかんに薦めるのには 閉口した。


体調は いつになっても落ち着かず 
結局 心配するユウジの付き添いで、病院に行き
猫たちの世話を 彼に託して入院することになった。

捨て猫だった2匹の猫は ずっとミホの部屋の中で暮らしている。



☆ ☆ ☆


 ─  猫たちが いない・・・。


2匹の猫のことが 気がかりで落ち着かず、
無理やり医者を肯かせて 
予定より早く 一人でミホは 病院から帰ってきた。

自分の部屋に入って、猫たちがいないことに気づいた瞬間
ミホは狂ったように 外を走り回って捜した。

ユウジに説明を求めもせずに。


疲労感と身体の痛みに苦しみながら ユウジの職場に電話すると
ユウジは意外なことを さらりと言ったのだ。

「ああ、妊婦さんには負担が大きいから 預かってくれるって・・」


 ─ 酷い。何で そんな勝手なこと・・・
怒りがこみ上げる。


「ああ、オフクロ 猫好きなんだ 大丈夫だよ。」







 ─ 今すぐ 猫たちを返して・・・


ユウジの説明も 一切耳に入らず
そのことだけを言い続けているときに

ミホの身体に 耐え難い痛みが襲ってきた。





 ☆ ☆ ☆ ☆


 ─ 赤ちゃんは 生まれてくることが できない運命だったんだ・・・


深い眠りから覚めたミホの耳に ユウジの声がぼんやりと聞こえた。

 ─ キミのせいじゃない、もちろん猫も関係ない・・

言っている言葉は解かるのに 意味がこころに響いてこなくて
ミホはただ呆然と 天井を見ていた。 


眠り方も忘れた。  

食べる気持ちにもならなかった。

別の病室に移されて 栄養を送り込まれ、薬で眠らされ
何日も 何日も ミホは人形のように過ごした。


何も考えられなくなった頭の中を 時々猫たちが通り過ぎる。

けれどその動きは あまりにも すばやくて、
ミホが手を伸ばした頃には 消えてしまって
輪郭すら もう思い描けなかった。






気がつかないうちに すっかり 外は明るくなっていた。

オルゴールの賛美歌のCDが まだ鳴り続けるミホの部屋に
ユウジが 鍵を開け、そっと入って来る。

眠くはないけれど 身体を動かして振り向く元気も ミホにはない。



「・・そら・・行きな。」

コトン、コトン・・ 
しなやかな生き者達が 床に飛び降りる音がした。



「 ごめん・・ミホ、相談しなくって。

  オレが 仕事で帰れない日があって
  一日だけのつもりで母親に頼んだんだ。

  そしたら そいつらが 懐いて 甘えててね。
  連れて帰ろうとすると 足に擦り寄って 離れなかったんだ。」



ミホの座っている傍らまで 猫たちは すぐにやって来て、
コロン、コロンと 腹を見せて 寝転ぶ。

ミホが手を伸ばして 触れると
つややかな毛からは 甘いシャンプーの香りがした。



「ユウジのお母さん、優しくしてくれたんだね・・・。」

ミホが そっと撫でると 2匹とも首を長く伸ばし、喉を鳴らした。

「寂しかったんだよね、キミたちも。」




 ─ あまり他の人に懐かないこのコたちが
         そんなに懐いたんだ・・・・


動揺して詳しくも聞かず ユウジに怒りだけぶつけたことを思った。

頭の中を走り去る猫たちを ぼんやりと見送りながら過ごした数週間も、
このコたちは 優しい手で 守られていたに違いない。 

猫たちの柔らかな毛を撫でていると 冷たく硬くなっていたこころが
少しずつ少しずつほぐれて、温もりを取り戻していく。



「ユウジ」

「うん?」

「もうすぐ クリスマスなんだよね。」

「うん。」



クリスマスのたびに一つずつ ユウジと買い揃えた 
小さな天使の人形。
色んなポーズの天使を ひとつひとつ手に取って
毎年 ユウジと二人で選んできた。


 ─ 今年は オルゴールの小箱を大事そうに持って
  うっとり耳を傾けていた、あのコにしよう。

  あの店の 同じ場所に まだ あるかな・・・・
  あったら・・ いいな・・・

飾り棚の天使たちを 見ながら、ミホは思う。



「ユウジ」

「うん?」

「クリスマス『おめでとう』・・は まだ言えないけど・・・」

「うん」






「おかあさんと ユウジに・・ 
     『ありがとう』・・ 言わせてね。」




ミホの足元と膝の上で 猫たちは丸くなり
目を細めながら静かにミホの指を舐め
しっぽだけを 時折、ゆらゆら揺らす。


二匹の猫のゆったりとした動きを眺めているうちに 
静かな安心が身体を包み込み、

ミホはだんだんと 眠くなってきた。





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