Mystery Circle 作品置き場

おりえ

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nightstalker

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Last update 2007年10月13日

夢 著者:おりえ


二匹の猫のゆったりとした動きを眺めているうちに眠くなった。 一匹は真っ白い猫。もう一匹はトラ柄の猫だ。
猫と生き物は不思議なもので、構って欲しいときには近寄らないのに、こちらが構って欲しくないときに限ってすりすりと甘えてくる。まるでこちらの反応を楽しんでいるようだ。
私がとろんとまぶたを下げると、猫たちはそろそろと私の傍に近寄ってきて、足に顔を摺り寄せた。うはぁ、たまらんのう。猫好きにはたまらん瞬間。でも眠い。
猫は「寝る子」と呼ばれるほどよく寝る生き物だ。一日の大半を睡眠に費やしている。
家猫がいつまでも寝ているのは退屈しているからだという説もあるが、猫に聞かなければ事情はわからないだろう。
テーブルに突っ伏して、もういいやと睡魔に諸手をあげた私を見ていた猫たちは、私の耳をハミハミと甘噛みし、それでも私が起きないのを確認すると、その隣で丸くなり、一緒に眠りに就き――

「あー、だりぃ、だりぃよ」
「勘弁してくれよ、もー。暖房効きすぎてんだよ。腹出して寝るかコラァ」

――は、しなかった。

「今夜の集会、おまえ誰が出るか知ってるか?」
「知ってるも何も、出不精のあいつだろ? バカだよな、あいつ行くとこ間違えたんだよ。さっさと逃げ出せばいいのに」
「しょうがねえよ。飯食わせてもらってんだから。この冬生き残るには、人間様の住処でぬくぬくしてるのが一番安全だし、身の保証もできるんだ。でも可愛がられすぎて相当参ってるみたいだな。円形脱毛症になってんのに、健気にも俺は皮膚病になったんだとか言ってよ」
「まあ、ハゲも立派な皮膚病の一種なのかもしんねえけどな」
「やめろよ、ハゲとかいうの。他人事じゃねえんだから」
「そだな。毛髪を愛しハゲを憎め。俺の師匠のお言葉よ。しみるぜ」
「師匠って誰だよ」
「ん、スフィンクスって種類の俺の師匠」
「そいつ毛がない猫じゃん! 全身ハゲじゃん」
「ハゲ言うなよ! そういう種類の猫なんだから!」
「はいはいワロスワロス」
「うわ、おまえ生意気ー。いつの間にそんな言葉覚えたんだよ」
「だって俺、いつもパソコン見てるし」
「げっ、モニター前に居座って、いつも怒られてたのはそういう理由があったのかよ」
「そだよーん。おかげで色々と、知っちゃいけないあんな事やそんな事を知ったよ」

「マジで? お宝映像とか? エロ系?」
「パンダじゃねーんだから、猫の交尾映像あってたまるかよ。あってもなんでこいつがそんなもん見なきゃならねーんだ」
「いや、誰だってオスメスのまぐわいには興味あるだろ」
「ねーよ! …俺去勢されてるし」
「うわっ、ゴメン、聞いちゃいけなかったな」
「よせよ、子種のない俺は、おとなしい仔猫ちゃんの気持ちのまま、一生を過ごすのさ…」
「まあまあ、その内俺も同じ運命を辿るからよ」
「フフ、部屋中にマーキングと称したションベンかけもピタリと止んで、人間に頭ナデナデされるぜ。俺がおまえに新しい世界を教えてやるよ」
「はは、虚ろな笑いしか出ないな」
「まあともかく、あいつがハゲでも気づかないフリしてやれよ。それが優しさってやつだ」
「おう。それまでどうする。寝るか?」
「そうだな。あ、テーブルの上で寝るなら真ん中にしとけ。端の方で寝ると、夢見て痙攣してるときにそのまま落ちる。俺はそれを一度やって、人間に大笑いされたことがあるんだ。特にこいつにな」
「人間ってよぉ…俺らがこけたり何か失敗すると、妙に嬉しがるよな。何故だろう」

「そりゃ普段は見られない姿が拝めるから嬉しいんだろうよ。基本的に人間ってのは性格が悪い」
「確かにな! 嫌だっつってんのに抱き上げてぐりぐり頭押し付けてくるしな!」
「こいつだから我慢してるんだっつーの。ありがたがれっつーの」
「よせよせ、こんな鈍いやつに俺たちの気持ちはわからんよ」
「そうだな。ああー、ねみぃ。寝言言ったらごめんな」
「いいよ、俺も言ったらごめん」


私が目を覚ますと、二匹の猫は暖房が気持ちいいのか、大の字になって眠っていた。

夢の中でこいつらが人間の言葉をしゃべったような気もするが、現実でもそうなったらどんなにいいだろう。
サラサラとお腹を撫でてやり、それぞれがピクピクとヒゲを動かし、気持ちよさそうに眠る姿を見ていると、無性に私も、猫になりたくなるのだ。
猫社会も色々と厳しいのだろうけど、人間でいることが嫌でたまらなくなる時がある。
私がこう思う時に見る夢は、決まって猫たちが話している夢だ。現実逃避。その通りだ。

「まあ、おまえさんも色々あるだろうけどよ」
ぼんやりしていると、仰向けでだらしない格好で寝ている白猫が、むにゃむにゃと言った。
「なんかあったら、俺たちに話せよな。聞くだけならできるからさ」
トラ猫がまるで笑っているような顔でそう言った。
「あはは」
私は笑ってしまう。どうやらまだ、私は夢を見ているらしい。
うんでも、いい夢だよね。
もう少し、頑張ってみるか。
ちゃんと目を覚まして、前を見て、人間社会で生きていくよ。
どんな現実が待っていても、家に帰ればおまえたちがいるんだしね。
現実から浮きあがることができなければ、現実から足を滑らせて転落するしかないんだから。





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