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Last update 2007年10月13日

推定殺人事件解決記 著者:AR1


 底なし沼のような頽廃に身を浸し切れるほどしたたかではなさそうだった。
 改めて、スーパーカップの中身をバキュームのごとくすする男を見て、そういっ た感想しか思いつかない。身の丈170cmほどと、誇らしくもなければ卑屈になることもない、ありふれた青年。
 しかし、その様子は憔悴していて、ボロボロに傷ついた渡り鳥が羽を休め、溜め息をついて縮こまっているかのごとく。
 そんな彼との邂逅は、つい20分ほど前に、偶然っぽい運命によって引き合わされ た。

 一目見た感想は、「あからさまな不審者」であった。それはもう、110番で通報さ れて、職務質問される前に手錠をかけられ、問答無用で連れて行かれそうなくらい、容疑罪状その他諸々の逮捕状やら証拠やらを提示せずに捕縛が成立さえしそうなほど、怪しいオーラを放っていた。
 しかも服装が黒のダッフルコートにシアトル・マリナーズの野球帽である。そりゃ、寒いからコートを着るのも当たり前であるし、服装の自由は認められているので文句をつける気もないのだが、やたらと暗い雰囲気でちょっと古い学生寮を見上げ、階段口前でたたずんでいるのはちょっと正気ではな いような気もする。
 まあ、関わらないのが一番であろう――適切かどうかは分からないが、とりあえず自己中心的(自己チューとも)な最善を尽くし、その男の横を通り過ぎようとした。が。
 金縛りか? 体が動かない――それは勘違い。足は動くし手も動く。ただ、足を前に踏み出すことが出来ない以上、前進も叶わない。そこで、リュックサックの肩掛けの紐が引っ張られていることに気づいた。この状況で引っ張られているということは…………最悪の想定にならないことを祈りつつ、ゆっくりと首を後ろに回す。
 予想通りの状況。例の「あからさまな不審者」が、自分のリュックサックを掴んでいる。ジーザス。このあとの展開を予想する。

1. 拳銃を背骨の辺りに押し当てられ「フリーズ」と宣告される――一度やられてみたいなあ、スティーブン・セガールとかに。徒手空拳で首へし折られそうだけど。

2. お帰りなさいませ、ご主人様、と手厚くもてなしを受ける――一番確率低いけれど、一番起きてほしくないと願えてしまう仮想現実体験。俺は某ドラマの影響で「萌え」とか使う人種ではない。きっと違う。

3. 包丁を突きつけられ、金を出せと脅迫される――可能性高いなあ。現実的だなあ。冷酷だなあ。つか、さっき通報しておけばよかったなあ………今更後悔。懺悔したところで、神様は時間を巻き戻してくれるわけでも、起こった事象を帳消しにもしてくれない。

 ………なんだか、自分の内面の浅はかさを見てしまったようで自己嫌悪ではある。某 ドラマ風に書くと「orz」って感じ。とにかくこの先の進展を見ないことには話が見えないであろう。 問答無用で絞殺とかされない限り、話し合いの余地は持たなければ。
 緊張感が――ようやくここに至って――高まって来たのではあるが、その男の要求は実に小さなものであった。小さな声で、呟く。
「…………なんでもいいから、なにか食べ物をもらえませんか?」

 という奇妙な経緯を辿り、現在に至る。一応、自炊派ではあるので食料は置いてあるのだが、今日は外食で済ませてしまった上、備蓄した食糧の絶対量が不足していた。買出しに行く暇もなし、奥の手、虎の子のカップ麺を取り出し、とりあえずこんなもんしかないけれどいい?、という問いかけに了承した。お湯を沸かし、熱湯注いで3分後には、待てを我慢できずに狂乱する猛犬のごとく、カップラーメンに食らいつく男の姿があるのだった。
 とりあえず、寒いのでストーブに手をかけた。もう冬である。メリークリスマスが近い時期である。暖房をかけないと辛い時期。
 二分後にはストーブが点灯し、1分後にはじんわりと温まって来ていた。テーブルで大人しく食事を進めている青年。慌しかった展開がようやくスローに流れ始めたので、ここで改めて青年の容姿を確認した。
 年齢は20歳そこそこくらい。言葉は悪いが、どことなく不潔な長髪。ただ、まっ たく関心がないということではなく、手入れはしているんだけれども、仕方なくそうなってしまっている、というような印象。茶髪に染め抜いているので痛んでしまい、トリートメントを怠っているのだろう。
 黒のTシャツ。この季節、ダッフルコートを上から羽織っていても軽装に過ぎる、という印象。お洒落というより無精髭、どことなく汚れた服装など、全体的に不審点多々あり。
 カップ麺が半分以下にまで減った時、ふと思い当たる節があった。まさか………と思いつつ、とりあえずテレビのチャンネルをNHKのニュースに合わせ、同時にパソコンも立ち上げた。
「ごちそう様でした」
 行儀よく箸を揃えてカップの上に橋渡しし、両手を合わせていた。それはお礼と言うより祈りに見えて、仏様かなにかになった気分を味わってしまった。
「おそまつ様でした………ところで、あなた、なんで学生寮の前に?」
 ピクッ、と痙攣したのち、手を合わせたまま硬直。まるで液体窒素を頭からかぶってしまったかのごとく。
「ホームレスって雰囲気じゃないし、強いて言うなら家出中とか、つい最近、家を追われたとか………そんな風に見えなくもないけど」
 青年は硬くなったまま動かない。違うのは、顔をうつむけて表情を読み取られまいとしていることのみだ。
 しかし、テレビというのは片方向のみの媒体であり、双方向の媒体ではない。よって、青年の心情を汲み取ってくれるはずもなく、それは無情と非常を伴って、視覚と聴覚に情報を伝えた。
「「あ゛…………」」
 ニュースに映し出されたのは、ちょっとだけ近所のコンビニだった。距離的にもっと近い場所にあるコンビニを利用しているので、ニュースに映っているコンビニはあまり足を運ばないが、帰り道が違う時に立ち寄ることもある。
 ニュースの内容を掻い摘むと、昨日の深夜にコンビニ強盗が発生。店員ともみ合いになり、犯人の包丁が腹部に刺さる。店外に置いてあったお客の自転車を盗み逃走………警察が捜索中ではあるものの、まだ発見されていない、とのこと。犯人の身なりは、野球帽に紺色のダッフルコート。
「……………………」
 洒落になっていない。まったくもって冗談では済まされない悪寒。人生最大のしかめっ面で、さきほどまで食事をしていた青年に向き直る。
 一歩間違えれば凶悪犯罪者の青年は、取調室で蛇に睨まれた蛙状態で申し訳なさを体現していた。どうりで、ダッフルコートを脱いだTシャツ姿の裾に赤い染みが残っている訳だ。
「…………なんでコンビニ強盗?」
「お金がなくて、それで………」
 ああ、遊ぶ金ほしさとかではないようだ。ちょっと安心。そっちの方面であるとするなら、後ろから台所の包丁で刺殺されかねない。
「んで、銀行強盗をする勇気もないので、とりあえず手近なコンビニに強盗をかけたら思いのほか強気な店員で、思わず刺してしまって、動転したあなたは尾崎豊ばりに盗んだ自転車で走り出してしまった、と」
「大筋そんなところです、はい…………」
「んじゃ、さっさと出頭することだね。あなた、別にワルには見えないし、逃げて磨耗し続けて、最終的に富士の森林を目指すくらいなら出頭の方が分がいいよ。俺が保障する」
「んなこと、出来る訳ないでしょ!? 人が死んでるんだぞ!?!?」
 …………ん? 今、認識の相違があったような。
「ちょい待ち。あなた、誰か殺したの?」
「死んだかどうか知らんけど、死んでるでしょ!? だって、俺の刺した店員、WEBニュースで重体って――」
「ああ。その話。それ、今日の昼頃に訂正されてたよ」
「………………は?」
 どうやら事情が呑み込めていないようだ。百聞は一見にしかず。こんなこともあろうかと準備していたパソコンの置かれている台の横に正座させ、例のニュースサイトを開いてあげた。そこには追記という形で、重体から重傷に訂正されている。
「つまり、あとは医療ミスかなにかが起こらん限り、その人の命は助かってるってこと」
「そう…………だったのか」
 ようやく張り詰めた緊張感から解かれたのか、青年が畳の上に寝転がる。だが、開き直られてしまっても困るので、再度出頭を促す試みを提案する。
「運、いいね。なにからなにまで」
「運よかったら、ここまで落ちてないよ」
「まあ、確かに金運には恵まれてないかもね。でも、ギリギリの部分で悪運強いよ。奇跡的に。だってさ、この件で失ったものっていえば、あなたの向こう何年かの自由と、刺した相手の自由。 確かに損失的には大きいけど、だからと言って取り返しがつかないほど大きい損失じゃないんだから。そこで踏み止まれてるんだから運がいいよ、あなた」
「………………」
 さすがに納得せざるを得ないのか、青年は難しい顔をしてうな垂れるしかなかった。
「にしても、悪運が強い人が羨ましいよ………俺はいつも、そういうスレスレの状況だと悪い方に転がる」
「? どういうこと?」
 という切り返しをした直後、全盛期のモハメド・アリもかくやという神速左フックが飛び、それは衝撃こそ伝えなかったものの、服の襟を掴み上げていた。
 訊くな、それだけは訊いてくれるな。クリスマス前の土壇場で彼女に振られたこと三回とか訊いてくれるな。ついでに先週辺りに彼女に振られたとか訊くな――そう脅しをかけていた。青年は無言で頭を縦に振った。解放される。
「ま、そんな訳で。どうする? 出頭する気になった? 許されるかどうかは別にしても、まだ引き返せる状況にはあるよ。今なら」
 パソコンの電源を落とす。青年の方に向くと、まだ戸惑いは見せてはいるものの、納得してくれたらしく、大人しく俯いていた。
「あなたの言うとおりです。分かりました…………最寄の交番はどこに?」
「あー、交番…………確実なのは、近くのバス停でバスに乗って、駅前まで行くのが確実かな。なんなら、車出そうか?」
 と、ポケットからキーを出してみせる。が、青年は首を振り、立ち上がる。薄っぺらい財布からなけなしの500円玉。けれども、バスの片道切符には事足りる。
 離別の言の葉。もう会えないかもしれない。学生寮に住んでいるということは、青年が刑務所から出所する頃には、この寮にはいないかもしれないからだ。
 お別れとお礼を封入して。
「俺、バスで行きたいんだ」





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