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Last update 2007年10月20日

シアワセのコトバ 著者:おりえ


「ただただぐるぐるぐるぐる」
あたしはそうありたくてここに来たのに、たとえばアスファルトの光を見ただけで中途半端に感傷に浸れる余裕を、贅沢を、何でまだ持ってんの?
「よーしよし、もっと回せ、うんよし、その調子」
 あたしがブツブツつぶやきながら大きく腕を振り回している様子を、目の前の男は満足げに見ている。たとえば雨上がりの家の壁にカタツムリが無数に這っている様子を見ただけで中途半端に感激に浸れる余裕を、贅沢を、何でまだ持ってんの?
「ただただぐるぐるぐるぐる」
「よし、もっとだ、もっと声高に! 大らかに!」
 いい加減腕が痺れてきたんですけど。あたしがこれだけ疲労に満ちた嫌そうな顔で手にしたスティックを振り回しているというのに、男は更にとせきたてる。たとえば雲ひとつない青空を見上げただけで中途半端に詩を口ずさめるような余裕を、贅沢を、何でまだ持ってんの?
「ただただぐるぐるぐるぐる」
「おおっ、きたぞきたぞっ! 根性だっ! 根性でふんばれぐふぇ――っ!」
 頑張ってる人間に、頑張れという言葉は失礼に値する。
 いつだったかそんなことを誰かが言っていたような気がする。とにかくあたしは、無責任にわめく男の顔面に、手にしたスティックを投げつけてやったわけだ。どう?
 あたしの魂の痛みは!
「何をするだぁーっ!」
「有名な漫画の誤植ネタはいいから、そろそろ説明くらいはしてくれてもいいんじゃない。あたしは辛抱強いほうだと思うわよ。いい歳した大の男が、いい歳した女がおもちゃの魔法スティック振り回す様を見て歓声をあげる。他人が見たら即通報ものだと思うんだけど」
「むむぅ。君もノリノリだと思ったんだが」
「……これ、いい武器になりそうじゃない?」
 男の足元に転がった「まほースティック」を拾い上げたら、男は数十メートルは後退した。ちっ、金持ちの家はこれだから嫌なのよ。ムダに広いから。
「暴力は何も生み出さないぞー! 話し合おうじゃないかー!」
 あたしから遠く離れた場所で、両手で口を囲って男が何事か叫んでいる。あたしは重いため息をついて、手にしたプラスチックのおもちゃを茫然と見下ろした。
 こんなはずじゃなかったのに。こんなんじゃここに来た意味がないのだ。
 元を正せば、悪いのはあたしだ。
 胡散臭い場所にのこのこやってきて、想像通りろくな目に遭わない。騙すほうだって悪いが、騙されるほうも悪いと言われる世の中だ。あたしも自分の行いを恥ずべきなのだろう。
 職を失い、手当たり次第に求人雑誌に目をやっていたあたしの目に飛び込んできたオイシイ話。
『時給1万円。超簡単な仕事です』
 ……なんでこんな文句にころっと騙されたんだろう。お金が欲しかった。仕方なかった。今は反省している。…こんなこと今更思っても遅い。
 仕事は確かに超簡単だった。言われた場所へ行ってみればでかい屋敷があり、中へ通された途端男が出迎えてきて、おもちゃを手渡す。「呪文を唱えながら振り回して欲しい」
 …うん、まあ、ある意味心がちょっと寂しい人なのよね。この人の心のケアをするのがあたしの仕事なんだろう。時給一万円。オイシイ仕事。はっ(嘲笑)、世の中うまい話なんかあるわけがない。このおもちゃから不思議な光が飛び出してくればお金がもらえる。そういうことなんでしょう。ただただ無心に呪文を唱えて適当に腕を振り回していたんだけれど。ああ、もうついていけない。帰ろうかな。
「いいかい。信じるんだ。信じればなんでもできるんだ!」
 男はまだあたしを説得しようと声を枯らしている。信じればなんでもできる? あんたそれはないんじゃないの。今の世の中にどれだけ信用できるものがあるっていうの? あたしの死んだ母さんは、出て行った父さんはいつか必ず帰ってくると信じぬきながら逝ってしまったし、ついこの間別れた男が浮気をしていたことなんて知らずに心底彼を信じていた私はあっさり捨てられた。君には将来があるとうそぶいて散々ちやほやしてくれた会社は不景気を理由に私をリストラした。信じればなんでもできる? ええ、何でもやる気で頑張ったわよ。だけど結果は実らなかった。世の中ってそんなもんでしょう? 信じるものは救われる? 頭のおめでたい連中の考えそうなことだわ。現実から目をそらして心だけ満たしたってお腹は空くのよ。
「だから、30分も振り回したけど何も起こらなかったでしょうが! 大体何を信じろって言うのよ!」
 痺れた腕を押さえながら怒鳴りつけてやると、男は前髪をばさっと手で後ろに払うような仕草をした。…格好つけてるつもりみたいだけど、笑いを外した芸人みたいで痛々しいわ。
「それは君だ! 君は君自身を一番信じてない! だから何も起こらないんだ! ああ、どうしてやめてしまったんだい! 君があのまま無心でスティックを振り回していれば、振り回していれば!」
「うるさい! 無心でいいなら信じるも何もないんでしょうが! 自分でやりなさいよ!」
「君はアホか!? そのスティックはどう見たって女性用じゃないか! 何が悲しくて僕がそんなものをうへへと振り回さなくちゃならないんだ!? 見苦しいだろうが!」
「女性用じゃなくて、これは女の子用でしょ!? あたしみたいな歳の女が振り回すこと自体がもう見苦しいんだっつーの!」
「……君は…!」
 男はよろよろとわざとらしく足をもつれさせながらこちらへ近づいてきて、へなへなと崩れた。呆れてその様子を見ていると、男は力なく首を振る。
「君は僕に、幼女を誘拐しろと? そんな犯罪者になれと? 変態になれって言ってるのかい?」
「この愉快な二次元妄想野郎!」
「仮にも雇い主に向かってなんたる暴言だ! 撤回したまえ!」
「撤回したところで時間は戻らないわい!」
「…なるほど!」
 男はがばっと顔をあげ、すくっと立ち上がった。あーあーもういいわよいいわよ、首にしてちょうだい。やっぱり地道に職探すわ。そこでそこそこいい男見つけて結婚してやる。
「今まであの広告に騙されてやってきた人間は総勢69人。皆僕の依頼を聞くや否や裸足で逃げ出したもんだが、君は最高記録だったよ。おめでとう、30分」
「…どうも」
 う、嬉しくない…もしかして、実際にスティック握り締めた最初の人間があたしってこと!? 60人以上も人が来て、振り回したのはあたしだけ!? ああ、神様…って、いないもんにすがったって仕方ないわ。
 あたしはスティックを返そうとして、ふと気づいた。
「あれ、これって子供の頃にはやったアニメのやつじゃない?」
「ああ、そうだよ、知ってるんだ」
「うん、変わった形してるからね。あたし世代の女の子はほとんど知ってるんじゃないかな」
 もう帰れるんだラッキーと思ったからか、あたしは気楽になり、まじまじとスティックを見つめた。そうそう、ピンクと白のストライプの柄に、先端は水晶がついてて、水晶の下に並んでる三つのボタンを押すと、軽快なメロディが鳴るんだよねーって、あ!
「うわ懐かしい! これ小さい頃持ってた! ここ押すとさぁ」
 赤、黄、緑の中の黄色いボタンを親指でぐっと押すと、たちまちちょっと雑音の入った懐かしいメロディが鳴り出した。あはは、動いてるじゃんこれ! 水晶も七色に光ってるし!
「呪文だって違ってるじゃん。何が『ただただぐるぐる』よ。こんな呪文で魔法が使えるわけないでしょ。えっと確か…」
 ぴろぴろと雑音交じりのメロディに合わせて、あたしは一瞬だけ小さな女の子に戻った。

「――――!」

 両親が仲が良かった頃、人気アニメ、魔法少女キャラクターのスティックを誕生日にもらった。あたしはすごく嬉しくて、毎日魔法少女になりきってスティックを高々と掲げて、覚えにくい呪文を頑張って覚えて唱えてたんだ。赤いボタンはみんなに幸せを与えてくれるちから。緑のボタンは雨の日を晴れにしてくれるちから。黄色いボタンは…

「黄色いボタンは、何のちからだったっけ」

 せっかく呪文を唱えたのに、黄色いボタンも押したのに、あたしは黄色いボタンのちからだけ忘れていた。

「黄色いボタンは」
 気づくと男がひどく優しい顔であたしを見下ろし、そっと言った。

「君に信じる気持ちをあたえるちから」 

 まあさ、お金持ちってだけで人を判断しちゃいけないんだなと思ったわけよ。
 話を聞いてみたら、この男もお金はあってもあんまり幸せじゃない人生送ってたみたいでね。だからって気が合う人間を探すために、子供の頃大好きだった(男の子なんだからロボットアニメとか主人公が敵を撲殺するような過激なアニメにでも興味を示してよさそうなもんだけど)魔法少女を知っている人とトモダチになりたかったからこんな下らないことしたとか言ってんの。…もっとさぁ、やり方はいくらでもあったと思うんだけどね。お金持ちの考えることはわからないわ。
 んでまあ、無事に採用されて、時給一万円でこの人とトモダチになることになったんだけど。
 …正直、お金貰って友達になるってどうなの? って思ったわけ。それってトモダチじゃないじゃない? 雇われ友人なんてホントの友人じゃないし、お金なんてもらえない。
 だからきっぱりそう言って、お金も受け取らず、他で職を見つけると言ってやったの。そしたらこの人ったら、

「だったら結婚して、一緒になってくれ」

 だって。意味わかんないし。理由があまりにも失礼すぎて殴ってやったけど、どうも彼のご両親(立派な方なのよ、信じられない)が言うには、あれは彼のお嫁さんを探す試験にも近かったとかなんとか言うからさぁ大変。聞いてないし! 彼にも聞いたらにこにこしてうなずくもんだから、呆気に取られてしまったわ。それならそうと言ってくれれば、あたしだって「あー、こんな男でもどっかの令嬢と結婚するんだなあ」なんて思わずに済んだのよ。回りくどいにも程があるでしょ!?
 で、へんてこなあたしたちは、魔法少女のスティックのおかげで、めでたく結婚したってわけ。
 彼は女の子が欲しいって言ってた。ふたりの思い出の品を譲りたいって。それはいい考えだと思って、ふたりで生まれてくるのは女の子だと信じていたら、信じるちからがあたしたちに女の子を与えてくれた。あ、これが魔法なのかなって、本当にそう思った。

「女の子は父親似になった方が幸せになれるんだって」
 彼はそう言って、赤ん坊をあやして笑う。
「あなたみたいな究極のオタクにならないことを祈るわ」
 あたしは肩をすくめた。
「何にも一生懸命になれることを見つけられるのは、素晴らしいことだよ」
「まあ、正論だけどね」
 娘にあたしたちの出会いのきっかけを訪ねられたら、あたしは口ごもるに違いない。でも世の中は不思議な力に満ちている。こんな出会いもあるんだよって、教えてあげるんだ。
「おまえが大きくなったら、このスティックをあげようね。それまで壊さないよう大切にしまっておかなくちゃ」
 目を細めて娘を見つめるダンナを見て、あたしは肩をすくめた。
「全く、あたしと離れるのが寂しいから結婚したんじゃなかったの?」
「そうだよ。君だってそうだろ?」
「まあね」
 あたしは嬉しかったんだ。
 あんたはあたしの父のようにはならない。それを心から信じられるから。
「もう寂しくないよ。君とこの子がいてくれるんだから」
 ダンナ様の言葉を聞き、あたしは冗談交じりで言ってやった。

「あんたはあたしにしかなつかないと思ってた」




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