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Last update 2007年10月27日

two people in the white room 著者:七夜実


「そのキャンバスに、二十年かかって、あんたが絵を描いたの」

そう言って指し示したのは、俺の後ろ。

振り返った先には、壁。

それを、キャンバスというのだろうか。

二階建ての家屋ほどの高さがある其処に、縦横無尽に隙間無く敷き詰められているのが、俺が描いたという絵、なのか。

しかし、これらの絵を、俺が描いた、と言われたものの、どうもそうではないように思える。
絵はどれも全く違うタッチ、技術、更には時代の物のようなのだ。

(・・・いや、それだけじゃない)

近寄らないと、否、近寄って判るものでもないだろうが、敷き詰められた大小様々な絵によって、さらに全体として大きな一つの「絵」が構築されているのだ。

「一つ一つの絵が、たった一つのモチーフを意味しているのか」

なんということなんだろう。
しかもこの「絵」は、何らかの規則によって組み立てられたロジックを髣髴とさせるのに、そのすべて、つまりは一つとしての「絵」によって示されるはずのものが、俺には全くわからなかった。

「論理は始点と終点を持つ」

「絵」の前で呆然とする俺の背中に声が響いてくる。

「無尽蔵の定義を背後に従えた思索の海の上で、一つの命題を始点とし、たかだか有限数の命題の並び替えによって、一つの命題を終点に望む一直線の道筋。それを論理と呼ぶのならば」

わかる。これは、何かを示している。
だから、これが、論理だといえるのならば、

「あんたが描いた「絵」は、ソレを構築する絵がすべての命題の一つ一つを担い、そのすべてが始点と終点を担いうるような、そんな論理構造を示している」

俺は今、

「それが何を意味するのかと考えるのならば、それはたった一つにして、知りうる全ての事象をその構造によって具現しているとしか私たちには言い得ない」

世界を見ていることになる。

「・・・・・・何てこった」

世界の中の一事象であるはずの「絵」に、世界そのものが組み込まれている。

でかい、確かにでかい。
でも、それでも、

世界は、こんなにも小さい物だったのか?

「これを、俺は」

「描いた。本当。嘘じゃない」

そう言って俺の横に並び、改めて「絵」を見上げる。

「この「絵」を描くために、あんたは世界中から何百万枚もの絵を集めてきた」

「あんたが描くのに掛かった20年のほとんどは、そのためだけに費やされた」

「どうやって集めたのかは知らない。その方法も、それ以外のことも、あんたはどうやっても教えてくれなかった」

「ただ黙々と、集めた絵を、他の絵と重なるのを気にもとめずに、キャンバスに貼り付けていくだけ」

「もっとも、何の絵が其処にあるのか、だけは全て判るようになってるから、あの時のあんたの頭の中には既に「絵」が見えていたんだろうね」

確かに、隙間無く敷き詰められているとはいえ、そのほとんどの絵はモチーフ以外の部分が、全く見えていない。
たぶん、それ以上の絵は、モチーフですら、それが何か判るギリギリの一部分しか見えていないに違いない。
それが示しているのは「世界の姿は我々の目から隠されている」ではなく、「世界の姿は一方向からだけでは全てを現さない」ということだろう。

「ちなみにね、いくつかの絵はどうしても見つからなかったらしくて、あんた自身が自作したものも混じってる」

 ・・・どう考えてもモネの絵だとしか考えられないものの横にある、見覚えありすぎるタッチの絵がソレか。何を考えていたんだ、俺。

その思考を、知ってか知らずか、相手は次のように続けた。

「あんたが何を考えてこの「絵」を描いたのかはわからない。でも」

顔を「絵」に向けたまま、ソレへと近づいていく。

見つめているのは「絵」の中心、いや、「絵」の中心にある「絵」だった。

それに俺は目を移し

【見てはいけない】

頭痛。

此処に連れてこられた時にも響いていた、鈍く、どこか馴染みのある痛み。

「この「絵」は、どうあっても絵だ。三次元空間である此処においては奥行きがない」

世界の持つ全ての要素を、如何に整理したとしても、奥行きという最も基本的な要素を失うはずはない。
故に、この「絵」が世界を示しているとするならば、それ自身が奥行きを示せない以上は、そのどこかに、奥行きをモチーフに持つ絵があるはずだ。

しかし、それは不可能だ。

世界において、すべての事象は平等だ。
と同時に、奥行きは俺たちが世界という言葉を用いて指し示す三次元空間を規定する特別な要素でもある。
故に、その絵はこの「絵」の中で他のどの「絵」よりも、ある程度は目立っていなければならないが、この「絵」の中にある限り、他の全てと等しく埋没してしまう。

奥行きという要素を含んだとしても、それではただの世界の説明であって、世界そのものを示すには至らない。
丁度、精巧に出来た地球儀が地球を充分に説明できるとしても、地球そのものとは全くの別物であるのと同じだ。

「だからあんたは、この絵を中心に据えることでソレを解決した」

奥行きを要素として示すことが上手くいかないならば、どうすればいいのか。
そもそも奥行きが存在するのは、世界が無数の視点によって成立しているからであって、たった一つしか視点がなければ奥行きは消滅する。つまりは、片目で物を見るのと一緒だ。

「この絵に描かれているもの、それこそがこの「絵」を見ているもの、それ自身なんだ」

要は、たった一つだけの観察点を決め、この「絵」に付属させておけばいいのだ。
でも、その観察点を持つのは、一体誰なのか?
たった一つの視点から、世界の全てを見て取ることが出来る、そんな人物が、果たしているのか。
いや、そもそも、俺はそんな奴を、知っていたのか?

「あんたが、この「絵」を描いたことを忘れた理由は、この絵に描かれているのが何なのか、今のあんたには理解できなくなってしまったことにあるんだよ」

少なくとも、俺はこの「絵」を見て、これが世界そのものを示していると理解できた。
つまり、その誰かの視点は、他の誰かがそこから見ても、全員が世界すべてを見て取ることが出来るようなものだということになる。それは、つまり・・・。
もう一度、絵を見

【みてはいけない】

やはり頭痛。
今の俺には、理解できない、理解してはならないものなのか。
俺がこの「絵」を完成させたから?
そもそも、なんでこの「絵」を、俺は、描いたんだ?

「あんたをここに連れてきたのは、この絵に描かれているものを思い出してもらうためだよ。それはあんただけでなく、私たち全員にとっても重要なことなんだ」

俺たちにとっても重要・・・。
俺だけでなく、すべての人間が、忘れ、いやそうじゃない、わからなくなってしまったもののことなのだ。
あと少しだ、あと少しで思い出せそうだ。
あと少し、何か、何かないのか。

「この「絵」だけでは駄目なんだ。世界がすべて判るだけでは意味がない」

意味

「世界が、こうであるということ、それ自体がもっと重要だが、それでも足りない」

重要

「世界がこうである、ということによって示されることが、ひとつだけある。この「絵」はまさにそれを証明してくれた。もしかしたら、あんたがコレを描いた理由もそこにあったのかもしれない」

証明

そうだ、***は、その視点を持っている以上、世界の外にいる。

示されうるものの集合によって、示されないものが証明される。

それは、誰の言葉



そうか、そういうことか。



「私たちは、***が死んだ、なんていう、狂人の言葉なんて信じてはいないんだ。***は、この「絵」がある限り、必ず存在する」

思い出せた。

そうだ、そのために俺はこの「絵」を描いた。

「だから、この絵に描かれているのが、一体何なのか、いや、***を如何に描いたのか、あんたに思い出してほしいんだ。それは、この「絵」があること、それ以上の確実さをもって、私たちに***がいることを、教えてくれるはずなんだ」

「絵」に近づく。

今度はその中心を見ても、いや凝視しても、何の痛みもない。

その、真っ正面に立つ。

側では、長々と話し続けた誰かが、期待を込めた目で俺を見つめている。

そいつは、この世界において何番目かの目撃者となるのだ。

俺は「絵」を見つめる。

その瞳に浮かんでいるのは、きっと、



殺意だ。



あっという間の事だった。

この「絵」を完成させるのと同時にするはずだったのに、なんで忘れていたのだろうか。

まぁいい、遅れてしまったけれど、これで完全だ。

 ***は死んだ?

それだけでは不十分だ。

 ***が死んでいたと宣言しただけでは、虚構を消すことは出来ても、この現実を壊すことなど出来はしない。

だから、確実に、



 ***を殺さねばならない。



両手には、二つに引き裂かれた絵。

目の前では、突然作られた小さな、それでも致命的な空白によって壊れていく「絵」

横に目を向ければ、驚愕をはりつけて固まった誰かの顔。

その様子に苦笑しながら、出来る限り、優しく声を掛けた。

「なんだよ、こんくらいでびびるなよ。冗談だろ」




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