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Last update 2007年10月27日

化け物屋敷 著者:nymphaea


 何だよ。こんくらいでビビるなよ、冗談だろ。
 李家の姑娘に懸想してんのは、この町の男全員だぞ?
 こんな話してんのは、俺だけじゃない。
 寝屋に忍び込むなんて、ほんの口先さ。マジにゃ出来るはずねえ。
 ありゃ、届かない高値の花ってやつだ。そんくらい、分かるだろ。
 どうしてそんなにビビってんだ。
 え?誰も分かってないだぁ?何をさ?
 ふんふん、李家は化け物屋敷……って、はぁ?何だそりゃ。
 いや、声を潜めろなんて言われなくても、そうするよ。
 こんな馬鹿な話、他の奴に聞かれたら、一緒にいる俺まで笑い者になっちまう。
 お前、一体何を言い出すんだ。
 この前まで、一番せっせと李家に文を届けてたのはお前じゃないか。
 はーん。さてはお前、とうとう姑娘に袖にされたな?
 だからって、そういう悪言を言いふらそうとすんのはどうかと思うぞ。
 女泣かせのお前らしくない、馬鹿なまねだ。
 第一、そんな世迷い言、誰も信じやしないだろ。
 え?違う?なら、どうしてさ。
 へ?李家に、本当に忍び込んだだって!?お前、何やってんだ!
 ああ、皆の衆、気にしないでくれ。単なる冗談話さ。そうそう。
 …いやすまん、ちょっと声がでかくなった。あんまり驚いたんでな。
 おいおい。いくら手ぇ出したくても、夜這いはいけねえよ。
 家の人間に見つかったら一巻の終わり。
 責任取らされて、来年の春にゃ一児の父。若旦那様ってとこだな。
 お前みたいな奴は、まだ遊んでるのが似合いさ。
 そんで実家の身代食いつぶして婿に行くのが、賢い男の生き方ってもんだ。
 だろ?うんうん、それでこそ俺の弟分だ。
 餓鬼の頃から手塩に掛けて遊びを仕込んだ俺の努力、無駄にすんじゃない。
 で、どうしたんだ?化け物屋敷って…
 もしかしてお前、李家で下手打ったのか?
 家人に見つかったとか。そりゃ魑魅魍魎の巣窟にもなるだろうさ。
 娘に手を出された親ってのは、凄まじいからな。
 特にお前は、名も知れた金持ちのボンボンだ。捕まえりゃ、またとない婿がねだろ。
 それも違う?…はあ。一体,何だってんだ?
 暗い顔して、そんなに言い難い事なのかよ?
 おいおい、黙り込むなよ。どんな話だって聞いてやるから。
 笑わねえって。馬鹿にもしねえ。するわけないだろ。
 俺達ぁ、兄弟みたいなもんだ。さあ、この兄貴に何でも話すがいいさ。
 俺はどんな事があったって、お前を見捨てやしねえよ。
 ん?いやな、あの喧嘩の時の事は置いといてくれ。昔の話だろ。
 ああ最近もそんな事あったか。まあそれも忘れとけ。
 今はお前の大事な話だ。細かい事は気にすんな。助けてやった事もあるだろ。
 それはともかく、李家で何があった?
 はあ、忍び込んだのは三日前ねえ。そういや、やたら曇った暗い夜だったな。
 夜這いにゃ吉日だ。
 だけどそんな暗闇で、お前、よく姑娘の部屋が分かったな。李家は広いだろ。
 ああ、知ってたのか。
 よく訪ねてると思ったら、部屋まで案内されたことがあったとはな。
 それで姑娘の部屋まで、誰に見つかる事もなく行き着けた、と。
 だけど問題はそこからだろ?相手の女に騒がれたら、努力も全て水の泡だ。
 へ、姑娘は歓迎してくれた?何だいそりゃ、羨ましい話だな。
 お前、もしかしてただ自慢がしたかったのか?
 そんなら他を当たってくれよ。俺ぁ、そういう話は御免だ。
 せっかく笑いのタネにな…いや、弟分の一大事だと思って聞いてやってんのに。
 違う?違うって、何がさ?
 何?姑娘が恐ろしい化け物だった?何を馬鹿な。
 お前、そういう事言ってると袋叩きにあうぞ。
 元は後宮の女官。先の皇帝が死んでの出戻りだっつっても、この町が誇る美女だ。
 そりゃあ、俺と同い年。少々年はいってるが、年増ってほどじゃない。
 大体、あの美貌にゃちっとも変わりないだろ。
 化け物なんて滅多な事を言うな。失礼だぞ。
 え?何をムキになってるのかって?
 …ははは、そんなムキだったか?悪ぃ悪ぃ。
 いや、なに。実を言えば、俺だって昔、姑娘に憧れた口なのさ。
 まだ姑娘が、後宮に召される前の話だけどな。もう十年にもなるか。
 俺ぁ昔っからこんな破落戸。相手は李家のお嬢様だ。
 お前みたいな坊ちゃん野郎とは違って、家にゃハナから相手にされやしねえ。
 俺も青い時代だ。スリなんかやってケチに小金を稼いでたな。
 そんで市場で人の財布をくすねてる時に、見つかったんだよ。そのお嬢様に。
 ああ、姑娘の事さ。
 あの頃から美人だったね。こう、切れ長の目尻をきっとつり上げてさ。
 小さい手で、こんな破落戸の袖を掴んで「馬鹿な事はお止しなさい」だと。
 真っ青な顔で、俺の風体が怖いだろうに止めてきたのさ。
 学舎で一緒だった俺の顔を覚えていたらしくてな。
 俺ぁ、学舎なんか一年も通っちゃいなかったのに。
 ん?知らなかったのか?俺の家も、昔々はちょっとしたお大尽だったんだよ。
 子供を学舎にやれるくらいにはさ。
 俺が餓鬼の頃に、親父が馬鹿やって破産したがなあ。
 姑娘は、その頃の俺の同窓って奴さ。たった一年だけどよ。
 そんな俺をさ、覚えてたんだ。あのお嬢様は…。
 それで、酷く説教されちまってなあ。
 親の所も飛び出して、下らねえ事ばかりやって、誰もかも見放した悪餓鬼だぞ。
 それに、姑娘は本気で怒ってくれたのさ。
 ひねくれてた俺は、一度やそこらじゃ話を聞きゃしねえ。
 なのに放り出しもせず、何度も、何度も訪ねてきてなあ。
 いいとこのお嬢様が、こんな下町に足を運んでよ…。
 向かい合って、何日も何時間も話した。
 俺ぁ途中から話より、姑娘に見蕩れてばかりいたんだがな。
 あの頃の姑娘は、そりゃあ綺麗だった。
 俺なんかが近寄っちゃいけねえ玉石みたいでさ。触れもしなかったよ。
 指をくわえて眺めてるうちに、会えない所に連れていかれちまった。
 ああ。俺みたいな破落戸に関わった所為で、傷物って噂が立ったんだよ。
 それで話の届いてない都の後宮へ、家の人間が無理矢理、な。
 …あの人は、俺なんかと関わっちゃいけなかったんだ。
 もう、昔の話だ。
 いいか。姑娘を化け物なんて、二度と口にするな。
 俺にだけじゃねえ。他の奴の前でも、絶対に言ってくれるな。
 あの人は、そういう優しい女なんだ。姿だけじゃねえ、心だって綺麗だ。
 だから、今度こそ幸せになんなきゃいけねえんだ。
 なんでも後宮ってとこは酷い場所らしいじゃねえか。
 何百人の女に、男は皇帝たった一人。おまけに、おかま野郎共がうろうろしてる。
 俺の所為でそんなとこに送られて、十年も耐えたんだ。
 もう、幸せになっていいはずだ。
 姑娘ならできるさ。あんなに綺麗なんだ。
 今度こそ良い結婚をして、どこかの大尽の奥様になってさ。幸せになるんだ。
 だからお前、妙な噂を立てるなよ。
 俺ぁ、姑娘のする事ならどんなだって反対はしねえ。
 お前を寝屋に招き入れるのだって、姑娘の望みならいい。
 だけど、それを口外するんじゃねえ。化け物なんて、もってのほかだ。
 第一、寝た女を悪し様に言うなんて、最低な奴のすることだぞ。
 え?今でも俺が姑娘を好きなのかって?
 馬鹿言うな。俺ぁ、この辺じゃ札付きの破落戸だぜ。
 そういう綺麗事が似合うもんじゃねえ。
 こうやって夜這いだのって、下んねえ冗談言うくらいが関の山さ。
 あの人に会いに行けるような人間じゃねえだろ。
 はあ?姑娘の結い髪の中に、もう一個口があっただと?
 おまけに腹は腐って、臓物が見えてただぁ?
 …てめえ、まだ言うつもりか!ふざけた事抜かしてると、川に浮かばさすぞコラ。
 何だと!?俺みたいな破落戸にゃ、化け物女が似合いだってえ?
 いっぺん死んどくか?
 これまで可愛がってやったのを、何だと思ってやがんだ。
 姑娘まで悪く言いやがって!
 おい皆の衆、離してくれよ!俺ぁ、殴り足りねえ。
 こいつがこんな奴だったなんてな。弟とも親友とも思ってきたのによお。
 まだ何かナマ言ってやがる。頼むから、こいつをもう一発殴らせてくれよ。
 ほら見ろよ、李家の化け物女は破落戸がお好みだ、なんてほざいて……
 …待てよ。
 お前、何言ってんだ?お前、それ、誰から…
 まさか…
 すまねえ、みんな、離してくれ。もう殴らねえ。殴れるわけねえ。
 俺が思った通りなら…まさか…
 悪かったな。こんなにボコボコにしちまってよ。
 …そうか、化け物女は気味が悪くて抱けなかったか。はは、そうか…。
 あんな化け物には、俺みたいな最低の破落戸がお似合いか…。そうか…。
 馬鹿な化け物女だな。
 化け物なんて評判が立ったら、せっかくの貰い手が無くなっちまうってのに。
 ただでさえ出戻りなんだ。家からだって、追い出されるかもしれねえ。
 …そうか、それでもいいって言ったか、あの人は。
 そうしたいって、言ったのか。
 ほんとに馬鹿だな。十年も経ってんのに。俺はこんななのに。
 なあ。悪い、ちょっくら化け物屋敷に行ってきていいか?
 …ああ、お前は最高の弟分さ。世界で一等な。
 だから俺が此処を出てく後ろ姿を見て、笑ってくれよ。
 化け物屋敷の化け物を、喜び勇んで夜這う馬鹿な破落戸だぜ。
「今から我が身に降り掛かる惨状に全く気がついとらんな」ってさ。




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