Mystery Circle 作品置き場

AR1

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nightstalker

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Last update 2007年10月27日

ライド 著者:AR1


「ままごとには相棒が必要なんだよ……確かにそう教わった気がする」
 ただ、今は独りである。この手狭な閉鎖空間に、まるでキリストのごとくシートに磔にされて独りでたたずむ。
 今彼――ニール少尉は空を飛んでいる。羽を生やした重金属の機体――F/A-18ホーネットに乗って。この戦闘機は海軍機……つまり、空母での運用を前提に設計された機体で、ハードポイントにぶら下げる武装を挿げ替えるだけで、迎撃機としても、地上攻撃機にも変貌する。空軍の主力戦闘機の選考審査に漏れた落ちこぼれがよもや、不死鳥のごとく復活して、しかも米軍の空母艦載機の大多数を占めることになるとは。皮肉というよりは、世の中なにがどう転じるか分からないものだ。
 夜間ミッション。まだ二〇歳を少し越えるだけの、まだまだ戦闘機乗りとしては若造。そんな彼が、夜闇の中からカタパルトで打ち出されようとしている。
 さて、マーシャルが手旗を振っている。合図だ。彼はスロットルを最大にまで開け、アフターバーナー点火。黒の背景に細く、しかし青白い炎が伸びる。ついでに爆音のおまけ付きだ。
『グッドラック――テイクオフ』
 聞き慣れた男の声が彼を励ます。グッドラック……どうも好きになれない。幸運に頼らなければ戦場から帰ることは叶わないのだろうか? ただ、幸運が命運を左右することもあるのだろう。細い綱を渡っている時は、特に。
 脚部を固定しているカタパルトが強力な蒸気の圧力で、機体を150ノットの速度で打ち出す。それは要するに、超肥大化した弾丸である。しかし、空母上では十分な滑走距離がなく、また垂直離陸などという芸当をこの機体が出来る訳もなく、いつもそういう気分を味あわされる訳だ。だが、悪くはない。大海原を上から、独りで占有することが出来るのは戦闘機パイロットの特権であるのだから。ただし、今は夜間であるがゆえ眺望も台無しだ。シチュエーションとしてはごめん被る。
 そして、カタパルトから射出される。停止状態からのロケットスタート、さしたる時間もかからず、F/A-18は海上に躍り出た。
 つまらない任務である。たかだか半径200マイル程度を警戒して回るだけの哨戒。ケツの青いルーキーに与えられた完熟飛行を騙った嫌がらせである。この手の、同じ作業を繰り返すことを若い血は嫌う。だが、大抵はこういう作業に終始するのもまた宿命。有事の際は敵機より味方の誤射に注意しなければならないと言う体たらく。
 アフターバーナーを切り静々と哨戒して回っていると、パッシブレーダーに反応あり。次の瞬間にはアクティブに切り替えた。少なくとも、この周辺に味方機がいるという訳がなく、また民間機の出入りもない。そうなれば、可能性としては選択肢が少ない。
「こちら〈ガーゴイル1〉。正体不明の――恐らく、接近速度から計算して戦闘機が接近中」
『〈ガーゴイル1〉、迎撃に体勢に入れ』
「…………ひょっとして、そういうシナリオ?」
『そういうことだ』
「ラジャー」
 予定よりも遙かに早い段階であるが、任務が迎撃に置かれたのであれば話は別である。セーフティを解除。全てのウェポンが若いパイロットの指揮系統に置かれた。同時にレーダーも索敵から戦闘モードに。
 現代の空戦は大抵、相手の姿を確認する前に決着がつく。なぜならばミサイルという長い槍があるからで、圧倒的な制空権を獲得する連合国軍の前では、そう迂闊には戦闘機を飛ばすことなど出来ない。戦力が拮抗した世界大戦の時代とは、なにもかも事情が違う。
 だからこそ、こうした近接戦闘というのは経験的に貴重である。同時に、命を落としかねない危険な諸刃とも。
 そういう意味で、ニールはまだ経験不足だった。つまり、運命は後者に転がってしまったのである。彼は焦って、約18マイル地点からのロックオンで「Fox One」をコールしてしまった。そのコールは即ち中距離ミサイル――この機体にとって最大射程の槍であるが、それは実用最大射程ギリギリの距離で、確実性は望めない。
 案の定、回避マニューバを取った敵機の姿を見失い、自爆した。舌打ち、苛立たしさと焦燥が青年の脳を煮沸する。
 よし、それならば相手を見てやろうじゃないか――格闘戦(ドッグファイト)で粉砕してやる。
 そして、さしたる時間が経過しないうちにそれは訪れる。敵機はどこか米軍の空軍戦闘機F-15に似ているが、あそこまで有機的な外観はしていない。
「スホーイ!?」
 旧ソ連の戦闘機、スホーイ Su-27フランカー。制空能力に関してはF-15をも凌ぐとさえ言われた名うての名機。
 三時の方向に逃げる敵機を逃すまいと、アフターバーナーを焚いてテールチェイス。なんとか短距離(ヒート)ミサイルの射程にまで近づくものの、限界機動と思しき回避行動に振り回され、ロックオンがままならない。
 挟み込み機動(シザース)やロールを幾重にも繰り返し、追随して360°縦方向にローリングしたニールの視界から、突如として敵機の姿が消えた。それはまった信じられないことで、彼の中の常識から完全に逸脱した事象。しかし、ハッとなる。その時にはもう遅い。レーダーにロックされた警報音、女性の声が危険を機械的に連呼する。
(分かってるってぇ――!!)
 しかし、もう成す術がなかった。フランカーから射出されたミサイルは、熱源を追跡したジェットエンジンに飛び込み――

「ジ・エンド。ニール少尉、KIA」
 淡々と無線機から告げられる。その声は、先程交戦を許可した上官によるものだ。
「戦死(KIA)……俺は今、落とされた?」
「そう。フランカーの〈コブラ〉にな」
 〈コブラ〉とは、世界でも数少ない機体にのみ達成出来るパフォーマンスの一種で、ヘリコプターでも垂直離着陸機(VTOL)でもないくせに、一時的にではあるがその場に静止することが出来るという、少々パイロットの常識的観点から見て『無駄』な芸当が出来るのであるが……まさかそんな機動によって不意を突かれるとは、まったく考えてなかった。
「シミュレータに感謝しろよ。確かに、変則的な単独出撃という点からして、お前に不利な状況を作っていたが、それにしても命を一つ拾ったんだ」
「えぇ、分かってます」
「俺らの頃は、こんなチキンなものはなかったがな」
 それはちょっとした皮肉であろう――事実を述べているだけで、持ち出すシチュエーションこそ考えてはいるが、それ以上の他意はない。
「――まあ、そういう訳だ。あとで〈反省会〉を覚悟しておけ」
 ふう……息をつく。やれやれ、これから〈反省会〉が始まるのか。やむをえないだろう。血気盛んな馬の手綱を引いているのは、紛れもなくあの上官に他ならないのだから。
「以上だ」
 そのニュースを流しおえると、モニターは一斉に白くなった。




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