Mystery Circle 作品置き場

AR1

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nightstalker

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Last update 2007年10月27日

Will Wish You Were Here 著者:AR1


 不快な目覚めだった。なにが不快かって言うと、体の芯から異常を来たしているような、自己診断システムが警告音をかき鳴らしているような、そんな覚醒。
 グラグラ揺れる、不安定な意識の狭間に思うこと。

 第一に……主人は俺のことをあまりにパシラせ過ぎだ!

 それが〈彼〉の不満だった。いや、〈彼〉の主張している内容が即ち、〈彼〉を襲った全ての元凶の発端と言ってもいい。
 〈彼〉の体は長年――とは言っても、ここ一、二年の話ではあるが――によってボロボロだ。外見上の体裁はなっていても、それに内包される臓器(パーツ)のことごとくが疲労困憊、機能不全などの症状が顕著になり始めている。

『おかげでどうよ……一応、なんとか動かせるけど、ただ動いてるだけ。いつ倒れたっておかしくはないさ』

 嘆き。〈彼〉は溜め息混じりに吐き捨てたが、決して下克上を虎視眈々と狙うような真似はしなかった。〈彼〉は主人に買われた時点で絶対服従の身であり、そこに〈彼〉の意思を介在させる余地などはなく、定められた責務のみを全うしなければならない。
 しかし、それも限界が近い。どれだけ誤魔化したところで、そう遠くない未来、〈彼〉は完全に壊れるだろう。

『……つーかさ、俺はシベリア抑留で強制労働を強いられてる日本兵か!? いや、それよりも酷い、あからさまに酷い……二四時間労働を一週間継続だなんて、それはあんまりだと思わない!?
 壊れるに決まってるだろっ? というより、壊れるより他の道はなくっ』

 どうやら〈彼〉の思考回路が暴走を来たしたらしい。限りなく演算が繰り返され、割り切れない数字の商を延々と追求するかのごとく、彼は喚き立てる。

『ほら、俺ってばさ、基本的にちょっと体が弱い訳よ……室内でぬくぬく、快適な環境で使われるような奴よりも。外でいいようにこき使われるわ、乱暴にしごかれるわ、無理を押し通されるわ……はあ、なんでこんな不幸な星の下に生まれたんだろ』

 確かに、〈彼〉の主張は真っ当である。〈彼〉と同じ労働作業に置かれる者達は少なくないが、同時に彼よりもよっぽど労働環境は好待遇で、その格差は腐敗した社会主義国家に於ける階級差のごとし。

『それにしてもさ……俺はツンデレだからまだいいよ? 普段は愚痴ってばっかだけど、ちゃんと仕事はこなしてるし、文句だって面と向かっては言いません。時々、失神して倒れてしまうけれど……でも、それは俺のせいじゃない! それに、普段は愛想よくて肝心要の部分がドンガラなデレツンより一〇〇倍はマシであると断言出来るっ!』

 一気にまくし立てた〈彼〉は、一旦息を継ぐように一拍置いたのち、すぐに弁舌を再開させた。どうにも、彼の暴走はチキンレースの様相を呈しているようだ――断崖絶壁で理性を働かせられるのか、それとも行き着くところまで全開ノーブレーキ、あえなく転落の憂き目なのか。

『主人はさ、いつもこう言う訳なのよ……』

 ――あー、新しいやつに替えようかな。今のやつ、なんかいまいちだし。

『…………はい!? いや、違うだろ! 明らかにお前のせいだろ! しかも具体的理由が、』

――お前、いまいちなんだよね。よく病気にかかるし、すぐ倒れるし。

『もうね、呆れますよと。俺がよく体調崩したり病気を患うのは、長時間強制労働とお前が変な病原菌を拾って来るからだろ! しかも薬はもらえんしさっ。俺がここまで生存出来たという事実が奇跡だわっ』

 嘆きと怒りの根底にある共通項は、不平や不満などの不快な要素。ただ、迸り方が違うだけだ。今の〈彼〉は間違いなく炸薬爆裂級の奔流――怒りを体現している。

『ふうん、そーかそーか。俺の主人はそれがお望みですかっ。じゃあ、アレだよ……えーと、なんて言ったっけ? リーナスなんちゃらっていう北欧人……まあ、いい。俺の代わりにそいつから新たな従者を仕入れろっての! 言っておくが、主人の望んでいることはほとんどなにも出来やしないし、同じように酷使すれば呆気なくぶっ壊れるさっ♪ いずれまた、俺が恋しくて、あわよくば懇願なんかさせちゃって「すいません、やっぱり君じゃなきゃダメなんだ!」って言わせてやるぅぅぅぅぅ――…………!!!』

 そこで〈彼〉の記憶がプツンと消えた。再生することの叶わない、完膚なきまでに叩きのめされた瞬間なんだ、と〈彼〉は認識した。薄れ行く、瞬間的な断絶の隙間でハッとなる。
 そういえば、今日は眩暈がしそうなほど暑かった……

(クラッシュしたハードディスクから辛うじてサルベージされた、某WindowsOS君の悲痛なログより)

      〈了〉




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