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Last update 2007年10月27日

眩暈 著者:松永 夏馬


眩暈がしそうなほど暑かった。



 熱気を放つアスファルトへ一歩踏み出したオレ、牧村北斗はうんざりして輝く太陽を見上げた。真夏のような太陽がやたらとやる気を出して燃えているように見える。
 まだ4月だっていうのにこの尋常じゃない異常気象に日本、いや世界が震撼していた。南極の氷が融けだしてゆっくりと海面が上昇しているらしい。東京やニューヨークが沈む日も近いとか、世界の首脳陣は大慌てだとさ。
 え? それにしちゃのんびりした口調だって?
 そんなこと言ったって、そうなっちまったもんはしょうがないし。しがない高校生のオレがどうこう頑張ったって温暖化は止まりゃしないって。別に達観してるわけでも諦めてるわけでもない。ただ、なんとなくなんとかなるんじゃないかって、明日になったら超画期的な打開策が見つかるんじゃないかって、思っているんだ。日本の、いや世界の大抵の人はこんな感じじゃないかな。自分はそんなパニック映画の中にはいないんだって思い込んでる。思い込もうとしているだけなのかもしれないけど。



 そんな(どんなだよ)日曜の昼下がり、このクソ暑い中わざわざエアコンの効いた我が家を出るハメになったのは、幼馴染の那須ナツキに呼び出されたからに他ならない。昨日から海外赴任中の親父に会いにお袋は日本脱出。ストックホルムはさぞ涼しくて過ごしやすいだろうに、と悪態もつきたいところだが、週明けには模試があるからついて行くわけにもいかない。受験生はキビシイ、一人で自由を満喫するどころじゃあナイね。



 で、ナツキに呼び出されたのはナツキの実験室。
 ジョークじゃないぜ? ナツキの家には専用の実験室があるんだ。ガレージを改造したものだけど、某大学から流れてくる中古品とはいえ、置かれている機材は高校の実験室よかよっぽど専門的。なにせ彼女は天才だ。我が化学・物理・生物・数学・英語では全国でトップクラスの成績を誇っていて、部長を務める科学部はナツキが入部した時から全国大会常連(もっとも科学部関連の大会自体知名度が低いからあまり知られてはいないが)なんだ。
 見た目は決して美人ではないがおっとりとしたお嬢様然とした風貌、それでいて多少口は悪いがその秀才ぶりを鼻にかけないカラッとした性格はむしろ同性に人気で、おかげで科学部の部員構成は女性比率が高い。数少ない我ら男性部員はハーレムなどと喜んでいるわけがなく、荷物持ちが主な仕事で嘆いてる。
 あ、ちなみにオレの理数系の成績はほぼ2か3である。……文系の成績も2か3だけどな。うん、みなまで言うな。ナツキに無理矢理頼まれたんだよ。男手が少ないからって。



 ********************



「で、何?」
 ガレージもとい、実験室は外よりはマシな環境で、出してくれた冷えた麦茶をとりあえず飲み干してオレはようやく口を開いた。
「挨拶もナシ?」
「こんなクソ暑い中呼び出されたら挨拶どころじゃナイ大変な事態だと思ったんだが」
「麦茶はしっかり飲んでおいてよく言うわね」
 相変わらず打てば響くようなカウンターパンチだ。
「いいから用件を言え」
 ナツキは悪戯っ子のような笑みを浮かべ、オレの顔をじいっと覗きこんだ。
「北斗、驚いちゃうぞ」
「あー、びっくり」
「まだ言ってない」
「いいから言え」
「タイムマシン発明した」
 うん、さすがに驚いた。驚いたっていうか、心配になった。
「いちおう言っておくが、エイプリルフールはとうに過ぎてるぞ」
「冗談じゃないわよ」
 コイツはますます心配だ。暑さにやられてナツキがおかしくなってしまった。天才とバカは紙一重だってよく言うじゃないか。
「まだジョークだと思ってるでしょ」
「当然だ。そうでなきゃナツキを病院に運ばにゃならん」
「いや、ホントに出来ちゃったわけよ。アタシだってビックリよ」
 楽しそうに笑うナツキを見て、オレは頭を抱えた。誰だって抱えるだろうな。
「……あー、オレはバカだけどさ」
「知ってる」
 即答をするな即答を。オマエ相手に否定出来やしないけどさ。
「少なくともタイムマシンなんてのは、SFか未来の夢の道具でしかないと思うんだが。青いネコ型ロボットでも現れたか?」
 ナツキはやれやれと肩をすくめ、首を振った。
「何バカなことを言ってんのよ」
「いやいやいやいや、いくらオマエが天才だからって、いち女子高生が工作で出来ちゃうもんじゃねぇだろタイムマシンは」
 ナツキは一瞬寂しそうな目を伏せ、不貞腐れたように言った。
「出来ちゃったんだからしょうがないでしょ」
「一緒に、~ナリ、とか言うサムライロボットも作ったか?」
「……北斗って藤子不二雄スキね」
 冷ややかな目でナツキ。なんだこのくだらない会話は。
「いいから本題に入ってくれ」
「ハナシを逸らしているのは北斗のほうでしょ。……本当に作ったのよ、タイムマシンを」
 信じろというのかコレを。とはいえナツキの目は真剣だ。オレはどうしたものかと頭を掻いた。……仕方がない。
「……わかった、信じよう」
「全然目が信じてない」
「メンドクサイなオマエはッ」
 大袈裟に怒鳴って見せると、ナツキはケラケラと笑いながら立ち上がった。本当に面倒な女だ。幼馴染だからってなんでこう付き合わされにゃならんのだ。美人てわけでもないし、出るとこ出てねぇし。……いや、付き合ってるわけじゃないんだが。
「コレがそのタイムマシン。ナツキトラベル11号」
 金属製の、軽自動車くらいのコンテナをコンコンと叩きながら言った言葉にオレは眉をひそめた。
「11号? どんだけ作ってるんだよ」
「10年くらい前かな。失敗ばっかりだったけど」
 小学生の頃からおかしくなっていたのか……こんなに近くにいて気づかなかったなんて。
「なんかすごく可哀想な子を見る目してない?」
「鋭いな」
「失礼ね」
 ナツキはふん、と鼻を鳴らすと、おもむろにそのコンテナの扉をガチャリと開けた。
「さ、行くわよ」
「どこへ」
「世界を救いに」



 ********************



 もはや温暖化を食いとめる時間はない。だから、その温暖化が加速度をつける前に戻って手を打たなければならない。
 そういえばナツキは小学校の頃から温暖化問題に取り組んでいた。夏休みの自由研究で小学生にあるまじき調査と分析をして話題になったっけ。
 もちろん、ナツキ自身が過去に行ったことで温暖化が食いとめられる保証はない。今回の目的はむしろ、タイムマシンが正常に作動するかどうか、なのだ。タイムマシンが現実化しさえすれば世界中の科学者が過去へと戻り、結果として温暖化を食いとめられる。そういうことらしい。



 気付くとシートベルトの付いた皮張りのイスに固定され、オレは隣に座るナツキをなんともいえない顔で見つめていた。
「とりあえず、数日前に戻って帰ってくる、という実験ね」
「数日前には数日前のオレがいたりするのか?」
「そりゃそうでしょ。でも対面しちゃダメよ。過去の自分が未来の自分に直面したら何が起こるかわからないからね。気を付けてよ」
 気を付けろって、ムリヤリ座らせておいて何を言う。
 座ったままでナツキは手前の操作盤のキーボードを操り何やら入力を始めた。口元をわずかに上げて微笑んでいる、こういう時の表情は緊張している時だ。そういや最近じゃめったに緊張しているところなんて見ないな。



「これでOK。……たぶん」
「ちょっとマテ」
 最後の呟きはなんだオイ。オレの言葉を遮るように、機械が唸り声を上げた。金属の箱がわずかに震えだした。
「ひとつ……聞いておきたいんだが」
「何? 舌噛むからあんまり喋んないほうがいいよ」
「……安全なんだろな?」
「……たぶん」
「ちょっとマテ」
 起動音が大きく鳴り響く中、引きつった顔でオレは体を捻ってナツキの腕を掴んだ。
「い、いちおう聞いておくが、失敗したら……」
「時空を飛ばないだけ」
「……そか」
 ホッとして力が抜けた。
「もしくは時空の彼方に消える」
「降ろせッ!」
 並んだモニタから緑色の光が放たれた。同時に頭を揺るがすようなサイレンの音。
「北斗となら……きっと大丈夫だと思うから」
 ナツキの呟きがわずかに聞えたその瞬間、モニタのひとつが破裂。声にならないオレの悲鳴がサイレンにかき消された。



 ********************



 ガチャリ、と音を鳴らせてタイムマシン、ナツキトラベル11号の扉が開いた。中から漏れる燻った煙と共にオレは転がるように降りてガレージの床にひっくり返った。時間を超える前と丸きり同じ景色だった。ナツキは目をぱちくりとさせて慌ててガレージのドアから外を覗き見た。
「……失敗?」
 残念そうに呟くナツキを見て、オレは海よりも深く安堵の息を吐き出した。
「死ぬかと思った……」



 ********************



 口惜しそうな顔で再びパソコンに向かい原因を探し始めたナツキに別れを告げ、未だに蒸し暑い夕焼けの中オレは帰路についた。ナツキはモニタに食いつくようにして、こちらも見ずに手を振っていた。
 真剣なナツキの雰囲気に飲まれちまったが、やっぱりタイムマシンなんてムリなんだよな。そりゃそうだ。そんな映画じゃあるまいし。
 いや、でもナツキは天才だから、あと十年か二十年かしたら本当に作っちまうかもしれないな。そうしたら温暖化も食いとめられるってもんだ。うん、安心安心。
 相変わらず根拠なくそう思うオレは楽観的だと自分でも思う。
 そして少しだけ自己嫌悪に陥る。ナツキに比べてオレは何をしてるんだろう。ガキだからって何もしないで指くわえて見てて。誰かがなんとかしてくれるのを待ってるだけ。ダメだな……クソッ。



 そういえば。
(北斗となら……きっと大丈夫だと思うから)
 ……たしかにこう言ったんだよなナツキは。聞き間違いじゃないよな。



 ……どういう意味だろ。
 お守り代わりってことかな。うん、ほら、オレってこうのらりくらり生きてる割に悪運が強いっていうか。年末の福引でも自転車当てたし……。



 ……つーか、普通に考えればよ? その、なんつーか、「アナタとなら怖くわないわッ」みたいな?



 ははははは、いや無い。ソレは無い。……無い……よな? 成績は下から数えたほうがよっぽど早いし、運動も中の中。ルックスだって、ま、悪くはないけど……ソレナリか。
 無いな。うん、無い。無い無い。



 あー、……まいったな。別れ際のナツキの横顔が頭から離れねぇ。下唇を軽く噛んで、少し悔しそうな真剣な顔で。別に美人じゃないけど、集中してる瞬間の表情ってなんつーか……ていうか、呼びつけておいて別れ際は手ぇ上げただけで挨拶もナシかよ。
 うん、無いな。絶対に無いぞ。……あー、勉強だ勉強。明後日には模試だからな。ヤマかけるぞー。



 首を振り振りオレはポケットから家のカギを取り出しながら門を開けた。……開けたところでソレに気づいて立ち止まった。ぎょっとして足が竦み、流れる汗の種類が変わる。暑さの所為ではない眩暈。



(……とりあえず、追試は確定だな)
 どうでもいいことが頭を過ぎる。
「……失敗は失敗なんだが」
 思わず口走り、オレはゴクリと喉を鳴らした。



 郵便受けに5日分の新聞が突き刺さっていた。




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