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Last update 2007年10月27日

兵器の涙 著者:Clown


 酷く疲れた。
 最早、指一本動かせそうにない。

 ○

 そうだ、俺は疲れている。
 休息が必要だ。
 今までの36時間、俺は一睡もしていない。
 自分でも驚くほど、俺の体は勤勉に動き続けた。
 全ての関節は正確無比に駆動し続けるギアに、全ての皮膚は少しの違和感も逃さない鋭敏なセンサーに。
 そして脳は、それら全てを冷徹に司り続ける絶対的な支配者に。
 全ての状況を把握し、一点のミスも許さず、100%の制度を以て、事に当たらなければならなかった。
 精密──いや、精緻の極みを凝らした「それ」は、そこまでの極限を持ってしか為し得ない、超技術の塊。

 擬人型生体戦略兵器。

 「神の似姿」を更に模して創られたその「劣化コピー」こそが、俺をここまで疲弊させた正体。
 世界規模のハッカーとして名を馳せた俺が、ちょっとしたヘマで某国の軍に連行されて以来、俺はこの劣化コピーに縛り付けられてきた。
 無菌室のような青白い部屋に軟禁され、毎日膨大な量のプログラムと向き合わされる日々。
 最高級のスーパーコンピューターが束になったのと同じだけの演算能力を持った超小型ブラックボックスが、俺の唯一の会話相手だった。
 無機物とお喋りする以外には最低限の生活しか保証されなかった俺の体は、もうお天道様の光やそよ風のにおいを忘れて久しい。
 そんなものを懐かしむほど、以前の生活は自然に囲まれちゃいなかったが、だからこそ余計に懐かしく思えてくる。
 勿論、ハッカーとしての腕をこの劣化コピーのために振るえと命じられたからこそ、俺は蜂の巣にならず、こうして愚痴の一つも言えるのだろうが。

「…………」

 天井を見上げ、その視線をそのまま下へと移す。
 そこに、俺の体力を奪い続けた劣化コピーの完成素体がある。
 「M.E.L.(メル)」と名付けられたそれは、「兵器」と言う名とは裏腹に、普通の少女の形をしている。
 長い黒髪を垂らした小柄な少女の頭には、小さなティアラのようなものが乗っている。これが俺の手元にあるブラックボックスと連動し、入力された命令を遂行するのだ。
 すなわち、指定された対象物の「完全破壊」。
 すました顔で眠るそれの内側に、国一つ潰して有り余るほどの能力があるとは、誰も想像しないだろう。
 かく言う俺にだって、想像出来ない。
 目の前で開発現場を見、その上でプログラムを組んできた俺にも、それの力の真偽を確かめることは出来ない。
 漏れ聞こえてきた話に寄れば、核の力など比較にならないほどの高エネルギーを発する希少物質が内蔵されているらしい。
 もし俺が今でもハッキングをしていたとしたら、一笑に付しただろう。
 だが、いつかの起動実験に立ち会った俺は、その物質の存在を信じざるを得なくなった。
 天然のダイヤと同硬度の人工ダイヤを、軽く握っただけで塵にするような力を、俺は他に知らない。
 これだけでも、例えば要人暗殺などには十分だ。普通の少女を装わせて近づかせ、そっと相手の胸に手をあてがわせるだけで良い。何も持たない少女に、1秒で人を殺せる能力があるなどと、誰も思わない。
 この力が、軍部開発局の連中が言うとおり全出力の千分の一にも満たないとすれば、背筋がぞっとする。
 俺のプログラミング次第で、それは無差別大量殺戮に走ることも可能だと言うことだ。
 そう考えると、疑問もわいてくる。
 何故、開発局の連中は、こんな危険な代物のプログラミングを俺一人に任せる?
 基礎プログラミングを組んだのは、勿論俺ではない。幾つかの禁則が予めプログラムに組まれていることも俺は知っている。
 だが、その先の応用プログラムを組んでいるのはほとんど俺一人だ。
 例外規則をいくつも作り、基礎の禁則を覆すことも、今の俺には出来る。
 それを承知でなお、俺に全てを任せっきりというのは、どう考えても変だ。
 そうだ、何故今まで気づかなかった?
 疲弊していたはずの頭が、急激に回転を始めた。
 俺は、もう一度打ち込み終わったプログラムを展開し、基礎プログラムから俺の組んだプログラムまでの道筋を見直した。
 兵装プログラム、迎撃プログラム、シールドプログラム、ハッキングプログラム……俺の手がけたプログラムは細かいものを含めて数百に上るが、その中で一つだけ、俺が手がけていないプログラムがある。
 駆動制御プログラム。
 素体が人間らしい動きをするための物理制御を統括するそれは、俺のような基礎物理も覚束ない人間には組むことが出来ない。展開した途端に見たこともない数式が羅列して眩暈を覚えたが、それらを無視して大筋のプログラムを押さえていく。
 膨大な行からなる文字列。
 流れ続けるそれを追ううちに、細かな違和感が少しずつ蓄積されていく。
 否が応でも、その「歪んだ」中身に気づかされる。
 駆動制御プログラムの端々にセパレートされた文字列の断片。
 それらを抽出してコピーし、出来上がった文字列を解析し、そこに浮かび上がってきたものは、一つのプログラムコード。
 そのコードを無理矢理組み込み、実行させて出てきたのは、意味を成さない文字列と、その中に埋もれた、たった一言。

 "Save me(私を助けて)"

 瞬間、気づきたくもない可能性が頭の中をよぎった。
 それと同時に、俺は開発局の人間を呪った。
 何から何まで、俺に処分させようと言う腹か。
 プログラミングのほとんど全てを担った俺に、「プログラミングの『全て』を担った」というレッテルを貼り付け、この「エゴのカタマリ」ごと闇に葬り去るシナリオを準備していたと言うことか!
 俺は爆発しそうな憤怒を何とかこらえ、もう一度ブラックボックスに向き直った。
 駆動制御プログラムの次に俺の手があまり入っていないインタラクティブプログラム。
 命令に対して実行の有無を再確認する為の単純なプログラムだと思っていたそれが、予想に反して膨大な容量を持っていることに今まで気づかなかったことを悔やむ。
 Read onlyの基礎プログラムを書き換えることは出来ないが、例外プログラムを組み込んで強制的に加工することは出来る。
 追加したプログラムを見直し、俺は駆動制御プログラムとインタラクティブプログラムだけを試験動作させた。
 それと連動して、固定されていた素体が目を覚ます。
 俺は、わざと素体の目を見て言った。

「おはよう、メル」
「おはようございます、マスター」

 まるで自然な少女の声で、目の前の素体は挨拶を返す。
 そう、自然な声で。
 だから、俺は今まで気づかなかった。
 その声が、軽い愁(うれ)いを帯びていることに。

「気分は、どうだい?」

 そう言いながら、俺は手元にあるブラックボックスを撫でる。その仕草をしばし見つめた後、素体は、いや「彼女」は軽く目を伏せた。

「……とても、『嬉しい』です」

 警報が鳴った。
 大方の予想通り、俺の行動やメルの言動は監視されていたらしい。
 益々自分の描いていた「最悪」が具現化していくのを感じて、涙が出そうになる。
 俺はブラックボックスを手に取ると、素体の元へと走った。そして、素体の右手にブラックボックスを抱えさせる。

「『自分に抱えられる』のは妙かも知れんが、しばらく我慢してくれ」

 返事を待たず、俺は素体の残った左手を引き、走った。
 あらかじめ流しておいたハッキングコードで、研究所のドアは自動ドア化している。俺が近づけば、何の苦もなく自ら開いてくれるはずだ。
 だが、期待していたドアの開放は、俺がそこに到達するよりも早いタイミングで行われた。

「……残念だったねぇ」

 声が響く。
 朗々とした声は、いつ聴いてもカンに障る。
 麗しの軍部開発局局長『様』は、仰々しいコートをなびかせ、後ずさった俺達の前に立ちはだかった。

「M.E.L.のパワーがあれば、ドアなど使わなくても逃げ道はいくらでも作れたろうにねぇ」
「黙れ、畜生ども」

 吐き捨てる俺の言葉に、局長は眉一つしかめず、逆に笑顔で応答した。

「おやおや、畜生とは下品じゃないか。もう少し穏やかに話そう」
「畜生と話すことはない。ヒトの脳みそ、コンピューターに組み込むような畜生とは」

 笑顔を深める局長。
 確定だ、クソッタレ。

「再利用だよ、リ・サ・イ・ク・ル。どうせその子は骨肉腫の全身転移で助からなかったんだから、残った脳だけでも有効に使ってあげなきゃ、ねぇ」
「兵器に縛り付けるのが有効利用だと? それならお前をすり潰してミサイルの部品にしてやろうか。それこそ素晴らしい有効利用だろうよ」

 今度は言葉と一緒にツバも吐いてやる。局長は嫌な笑顔でにこにこしながらも、微動だにしない。
 いや、少しだけその手元が動き、

 俺の膝が、撃ち抜かれた。

「…………!!」

 灼けるような痛みとと引き替えにバランスを失い、俺はその場に崩れ落ちた。一瞬ブラックアウトしそうな視界を、必至でこらえる。
 その端に、鉄(くろがね)に光る銃を持った右手がよぎった。
 うかつだった。
 局長も元は軍の兵隊だったことを、すっかり失念していた。

「目の前の畜生が、跪く相手だと言うことを、思い出したか? なんなら、君の罪状全て実刑にしても良いんだよ? さて、何百年になるかねぇ」

 指折り数える局長。
 だが、俺は既にそこから視点を外していた。

「……メル、逃げろ」

 俺の後ろに立ち尽くす彼女に向け、痛みを押して振り絞った声を吐く。
 メルはその声が聞こえているものか、ぴくりとも反応しない。
 ただじっと、局長を見つめている。

「無駄だと思うけどねぇ。M.E.L.の基礎プログラムを組んだのは、軍だよ? ここから出られないようプログラムするなんてのは、基本中の基本だけどねぇ」

 動かないメル。
 俺は振り返り、彼女に向けて手を伸ばす。
 その手が、真っ赤な血を吹いて弾け飛んだ。
 飛び散った血が、素体の顔を赤く塗らす。
 それでも、俺は腕を伸ばし続ける。

「いずれにせよ、君はもう、必要ないんだけどね」

 深紅の花が、俺の胸を彩った。
 無粋な音を引き連れ、千切れ飛んだ花びらは、素体の抱えるブラックボックスを汚していく。
 黒い殻に閉じこめられた、憐れな少女を。
 痛みとも熱ともつかない神経興奮の荒波が瞬時に通り過ぎた後、俺は静かに成り行く世界の端に、彼女の姿を見た。
 未だ直立不動のままの、素体。
 その目の放つ光の色が、ほんの少し、変わった。
 瞬間、素体の各部があり得ないほどに変形していく。
 俺は、失われた手を懸命に伸ばそうとしながら、無音の叫びを発した。
 駄目だ、メル。
 それだけは、やっちゃ駄目だ。
 届くはずのない声。
 だが、闇に落ちていく視界の中に、音を失ったはずの世界の中に、俺は、彼女の声を確かに聞いた。

「……ゴメンナサイ」

 その言葉と共に、黒い闇は反転し、世界は白い闇に包まれた。
 薄れ行く思考の中、俺は世界が終わってしまったことを僅かながらに理解して──



 ──電話の音で夢が破れた




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