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Last update 2007年10月27日

恋愛嗜好 著者:幸坂かゆり


「こうやって空見てると、だんだん足とか背中とか、もぞもぞしてこない?」
僕と鳥子は、乱れ咲くような夜の桜の木の下に並んで、寝転んでいた。
明らかに下心のある言葉だったが、
「虫でもいるんじゃない?」
と、鳥子は端正な横顔を見せて、知らん顔して空を見つめていた。

昼間、僕は読書家の鳥子が以前から読みたがっていた本を入手したので、貸してあげようか、とさりげなく話しかけた。本当は苦労して探したのだが。
しかし、予想に反して「夜桜見物も兼ねましょう」と、夜に誘ってきたのは鳥子だ。
高校の同級生でもある鳥子は冷たさを感じさせる美少女で、休み時間などは、いつも本を読んでいて、人を近づけない雰囲気を漂わせていた。
女友達とは気兼ねなく、さらさらとお喋りを交わすのだが、なぜか男子に対しては、物言わずとも視線が氷のようで、実はそこもたまらなく魅力を感じる所でもある。
だから、今日のこの時間は僕にとっては至福の時であり、勝負の時でもあった。

僕はじらして、その本をなかなか鳥子の手に渡さなかった。
身を焦がすほど恋しい女をみすみす逃すものか、と意気込んでいたからだ。
とは言え、大それたことを考えている訳ではなく、並んで座るよりも、満天の星空だったので夜空ごと桜を見よう、と提案し、横になっただけだ。
鳥子の鮮やかな長い黒髪は月の灯りの下でつやつやと輝き、睫毛のびっしり生えたその瞳も、苺のように赤い唇も白い肌も、息苦しくさせるほど美しく、僕はどうにかなりそうだった。
僕は普通のどこにでもいる男だけれど手を伸ばせば、触れる距離にいる。
僕は今、鳥子をどうにでもできるのだ。
そんな不埒なことを考えていると、鳥子が唐突なことを話しかけてきた。

「隣のクラスの青木くん、知ってる?」
「え?ああ。この間亡くなったんだよな。何があったんだろうな」
青木は、取りたてて目立たない奴だったが一週間前、飛び降り自殺をした。
遺書などは見つかっていないという。
その話はしんみりとさせたが、僕以外の男の名前を出された事に気分を害した。
「青木くんもあたしに本を貸してくれるって言ってたの」
「・・・それで?」
「じらすだけじらして、結局貸さない、なんて言うのよ」
僕は考えを見透かされたようで少しだけ動揺したが、鳥子は続けた。
「交換条件を出す、なんて言うんだもの。そんなのお断りよ」
「あいつ納得した?」
「しなかった。でもそういう一方的なやり方って嫌いだから、
断固として取り合わなかったわ。だから今日こうしてあなたと会ったのよ」
「交換条件って何だったの?」
「結婚しようって」
僕はぷっと吹き出した。そんな本ごときであまりにも唐突すぎる。
「でも、ひとつになることならできる、って言ったわ」
さらりと涼しげに鳥子は言う。
けれど、それは要するに青木が鳥子を抱くということではないか。
「やったのか?」
「下品な言い方ね。嫌いよ、その言葉」
「でもひとつになるって事は」
「ええ、そう。抱かれた」
鳥子の言葉に僕は思わず詰まった。信じられない。
こんなに身持ちの悪い女なら僕が言っても断らないのでは、と思った。
その間、僕を見つめる鳥子の髪が揺れ、その髪を飾るように桜の花びらが舞い、この世のものとは思えないほど美しかった。鳥子はそんな僕を見て淡く微笑んだ。
「じゃあ、あなたもあたしとひとつになる?」
願ってもいないことだ。僕は鳥子の方を向き、遠慮がちにくちづけたが、拒絶しなかったのをいいことに、少し乱暴に鳥子の上に覆い被さった。
鳥子の甘い香りは更に僕を夢中にさせ、後はもう何もかも流されるがままだった。

どのくらい時間が経ったのだろう。
鳥子の洋服がはだけ、そのまるい胸は白くて夜空をも反射するようだった。
僕はその胸に顔をうずめて息を整えた。なんて柔らかい肌なのだろう。
だめだ。僕は鳥子を離したくない。きっと青木もこんな気持ちになったはずだ。

「本は渡せない」
「なぜ」
「受け取ったら、君は行ってしまう」
「あたしを抱いたくせに、他に何が欲しいの」
星を散りばめたような鳥子の瞳が鋭く輝き、冷たさが際立つ。
そんな鳥子に僕は魅了されている。

思わず空を仰ぐと、一際大きな星があり、不自然なほど輝きを放っていた。
「すごく光ってるな、あの星」
「きっとあなた星と目が合ったのよ」
「そんな話、初めて聞くよ」
そう言ってまた星に目をやると、その瞬間、その星が、すっと流れた。
「あ、流れ星だ。さっきのやつ」
「流れちゃったの?」
鳥子は奇妙な言い方をした。
「目が合った星が流れるのを見た人は死ぬのよ」
「迷信か?」
「あの人も見ちゃったのよ」
黙るオレを尻目に鳥子は話を続ける。
「この世では、青木くんのしたこと自殺って言うのよね」
突然、何の前置きもなく鳥子が言った。
「みんな地球を地上って言うでしょう。違うわ、ここは空なのよ。
さっきあなたがあたしにしたこともセックスって言う。
だけど、セックスなんかよりひとつになれる方法があるのよ。そう説明した。
だから彼は空に飛んだだけよ。体は必要ないの。魂さえあれば」
青木は、校舎の屋上から飛び降り、柔らかな土に体が埋まり、
スニーカーを履いた逆さまになった足首だけが見えた恰好で発見されたのだ。
鳥子の哲学的な考え方一つで、青木は死んだと言うのか。

「君は自分を何者だって言いたいんだ?」
「別に。ただあたしだって人間だっただけよ」
「どういう意味だ?」
「もう死んでるの」
表情も変えずに言うものだから、僕は吹き出してしまった。
「信用しないのね」
「できる訳ないだろう?君は僕をバカにしてるのか?」
「信じないなら構わない。ただ恋愛の仕方が他の人とは違うだけの話。
あたしのために肉体を投げ打ってくれなければ成就できないのよ」
鳥子は魅惑の微笑みを浮かべる。何もかもが完璧だった。
きっと僕が鳥子に魅かれているのを知っていて、度量を試しているのだ。
鳥子は美しすぎて、人を試さなければ気が済まなくなっているのだと思った。

少し後ずさるように一歩足を後ろに出すと、がくん、と体が揺れた。
平坦な場所だと思っていたそこは桜の木で隠されていたが、崖になっていた。
一瞬、墓があるのが目に入ったが、そのまま僕は足を踏み外した。
落ちそうになり、悲鳴を上げて必死に何かを掴んだ。
剥き出しになった木の根。そう思ったが感触がぬめぬめとしている。
「それはあたしの手よ」
よく見ると土の中から出ていたそれは、半ば白骨化した人間の手だった。
驚いて放そうにもそんなことをしたら崖から落ちてしまう。
しかしその「手」は溶けてずるずると滑り、今にも僕を放り出しそうだった。
これが鳥子の訳がない。それに肝心の鳥子は今、目の前にいるじゃないか。
「どうする?あなた呼ばれてるのよ、淋しがりやのお星様に」
そんな僕の考えなんか、既に読んでいたように鳥子は僕を見下ろしていた。
僕は鳥子に追いつめられていると言うのに、鳥子に救いを求める目を向けた。
「大丈夫よ。たった一瞬のできごとよ」
「ほ、本当に?」
「本当よ。やってみる?」
「あ、ああ」
もう腕の力がもたないので、つい口をついて出てしまった。
そんな鳥子の姿は段々半分透けてきて、周りには色んな男達がいて、その中に、頭がぐしゃぐしゃに潰れた血だらけの青木がいた。
「みんな、ひとつになってくれた人よ」
鳥子はその場にしゃがみ、うふふ、と低い声で笑いながら僕を見ていた。
青木が僕の方に一歩踏み出して僕に訊いた。

「ふうん。それで?おまえも自殺したいのか?」




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