Mystery Circle 作品置き場

ヤグタケ

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nightstalker

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Last update 2007年10月27日

自殺幇助屋 著者:ヤグタケ


「ふうん。それで? お前も自殺したいのか?」

 天高く輝く満月をバックにして、拳を血に染めた男はそう尋ねていた。

「ぇ?」

 問われた男が、間の抜けた声を返す。
 彼の目に映るのは、無気味に笑う長身の男と、その足元でうめき声をあげている3人の仲間たちだった。
 その仲間たちは、たった5秒前までは自分と一緒に笑いながら、うるさく注意してきたバカ男を取り囲んでいたはずである。1対4の絶対的優位の立場でいたぶり殴り、社会に対する不満でも解消しようと一様に思っていたはずである。

 それなのに――今では立っているのは自分だけ。

「おい、俺の話を聞いているのか?」

 この男が――目の前にたたずむこの黒い男が、一瞬にして仲間たちをアスファルトの大地にひれ伏せさせてしまったのだから。

「お前も自殺したいのか? そう聞いている」

 怒気が混ざりだしたその声に、逃げ腰の男はようやく現状に引き戻された。
 これ以上、彼を怒らせてはいけない。
 本能がそう告げるのだが、そもそも男の言っている意味がわからなかった。
 自分たちは『自殺』などと言う単語は、一度も口にしていなかったのに、どこからそういう話になったのか。
 顔にまで表れたその心中を見てとったのか、謎の男はさも当然とばかりに言葉を続けた。

「だってそうだろう? 『自殺』とは、『自ら死ぬような行動に走る』者のことを言うのだから。殺されるとわかって俺に向かってくるのならば、それは『自殺がしたい』という意思表示――そう捉えることが出来るよな?」

 とてつもなく自分勝手な講釈ではあったが、彼が身にまとう言い知れぬ雰囲気には、それを説得させるにたる力が宿っていた。
 そのままゆっくり男が一歩ずつ動き出した。

「お前が自殺する気でいるのならば、手助けしてやろう。それが『仕事』だからな。 ……うむ。満月は人を狂わすというが、本当にそうなのかもしれないな。なぜか今、俺はとても気分がいい。だから特別に3割引で引き受けてやってもいいぞ」

 彼がおぞましいほどに綺麗な狂った笑みを浮かべる。
 それだけで、相対する男の体はその場に縛り付けられてしまっていた。
 恐怖に引きつるその表情が気に入ったのか、謎の男はさらに笑みを強くし、彼の前に立つと矢継ぎ早に捲くし立てた。

「遺書は残すか? 便箋とボールペンは用意してあるぞ。それとも遺言のほうがいいか? ボイスレコーダーももちろんある。それと、せっかくだ。ドナーカードに記入をしておけ。意は汲んでやる。」

 そして、返り血に濡れた両手が震える彼の肩に置かれようとしたとき、

「う、うわぁぁあぁっ!」

 男は精一杯の悲鳴を上げて、ただ一人逃げ出していた。
 必死に小さくなっていくその後ろ姿を追おうともせずに、謎の男はつまらなそうに声を漏らす。

「なんだ。自殺する気はなかったのか。せっかくの客だと思ったのに……」

 そして、もう興味はないとばかりに、彼は後ろで倒れている男たちを無視して、荷物が詰まれた一角へ歩き出していた。
 その先には、身を丸くしている少女が一人。恐怖の色が宿るその目は、不気味な男の姿を捉えたまま外れない。いや、外せない。

「さて」

 数秒の視線の交錯の後に、先に口を開いたのは男のほうだった。彼はやれやれと言いたげに肩をすくめてみせると、少女から視線を外して天を見上げる。

「今日が満月でよかったな」

「え?」

「いつもだったら、どこで誰が襲われていようとも、無視するんだがな。やはり満月は人を狂わす。ついつい、お前を助けてしまった。まぁ、これに懲りたら夜遅くにこんな場所を一人でうろつかないことだな」

 それだけ言うと、男は脇にのけてあったコンビニの袋を掴み上げ「……あぁ、せっかく温めてもらった弁当が冷めてしまった」とぼやいて、そのまま少女に背を向けて歩き出した。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 だが、その一言に足を止める。
 振り向いた先には、強い意志を込めた瞳でこちらを睨み立つ少女がいた。

「さっきの言葉は本当なの?」

「どの言葉だ?」

「あの男たちに言っていた言葉。……あなたに向かっていけば、殺してくれるの?」


「なに?」

 怪訝な男の問いかけに、少女はその身を震わせながらもはっきりと答えた。

「私、死にたいの。あなたに向かっていけば、それは自殺になるんでしょ? だから殺し――」

「断る」

 『て』の口のまま、少女が固まる。
 そして、きっかり3秒後、ようやく思考の追いついた彼女は大声で聞き返していた。

「なんでよ!? だって、あなた男たちに『自殺するならば手助けする』って、そう言ってたじゃない!」

「あぁ、手助けするさ。何せ俺は『自殺幇助屋』だからな」

「自殺、幇助屋……?」

 聞きなれない単語に、少女が眉をひそめる。
 男は彼女の方へ完全に向き直ると、一歩一歩近づきながら口を開いた。

「1年で3万人だ」

「え?」

「自殺する人の数だよ。毎年約3万の人間が自分の手で自らの人生を絶っている。一日換算で80人以上、交通事故死のざっと3倍。……それほど、いまの世の中には『自殺』が溢れているのさ」

 少女の目前に立ち、男が狂気をたたえた笑みを浮かべる。

「だが、自殺の方法がわかっていない人間のなんと多いことか。結果、苦しみを味わったにもかかわらず生き続けてしまう。『自殺未遂をした』と言うレッテルを張られた上でな。哀れだと思わないか?」

 その問いかけに、少女は答えられなかった。ただ、再び滲み出てきた恐怖と言う感情に従って、体を震わすことしか出来なかった。

「だからこそ、俺がいる。自殺の仕方がわからないヤツに、手取り足取り自殺の作法を教え、確実に自殺を遂行させる『自殺幇助屋』がな」

 そこまで言うと、男は気だるそうに半分だけ目を閉じた。

「そう、俺は自殺幇助屋だ。死にたがっているやつがいれば誠心誠意手を貸そう。だが、本当は死にたがっていないやつを殺しては、殺人だ。自殺幇助じゃない」

「なっ」

 突然の一言に、少女は目を見開いて一歩だけたじろいだ。

「ひ、人のことを勝手に決め付けないでよ! 私は本当に自殺したいんだから!」

「本当に、そうなのか? そうだとしてもお前は、自殺に付いて軽く考えているんじゃないか? そもそも、女は確実に自殺しようと思ったとき、痛みを伴う手段をあまり用いようとはしないものだ。服毒、服薬、入水か、多いのは。……それなのに、殴られ殺されたいだと? 真実味が感じられないな」

 しばし唇を噛み締める少女。
 だが、急に右手を振り上げたかと思うと目前の男へと襲い掛かった。
 しかし、男は冷静な顔で、その攻撃ともいえない右手を握りとめる。

「立ち向かってくれば有無を言わさず反撃してくれると思ったか?」

 図星を付かれ多少所が左手も振り上げるが、それすらも取り押さえられ、握りあげられてしまった。
 少女が力を込めるも、男の腕から逃げ出すことは出来ない。
 男は必死に抵抗する彼女の細い腕をなぞり上げ、唇の端を吊り上げた。

「綺麗な手首だな」

 ぞくり、と。
 少女の背中に悪寒が走る。

「今まで俺のところに来た女は、全員手首に傷があった。本当に自殺したいと願っていたヤツらはな。自殺したいと願うなら、もっと絶望しろ。絶望して、絶望して、そしてこの世に愛想がついたなら、もう一度俺のとこまで来い。正式な客として出迎えてやる」

 それだけ告げると、男は少女の腕を解放した。
 その目に涙を浮かべた彼女は、一度男を睨みつけたあとで、振り向きもせずにここから走り去っていく。

「あれ? 逃がしちゃったの?」

 突然。
 路地裏の闇から、舌足らずな女の子の声が聞こえてきた。
 男はそのことに対し、特に動じるでもなく、姿の見えないその声と普通に会話を始める。

「逃がすも何も、あの子は俺の客じゃない」

「そうなの?」

「あの子の瞳、そこで転がっているヤツらと違って、奥にちゃんとした意志がありやがった。自分を犠牲にしてまでも、誰かを救おうって言う自己犠牲の意志が、な。『自己犠牲』と『自殺』は対極の存在だ」

「おやおや、それじゃあ君は彼女の瞳の奥にある不確かな意志ってのを尊重したってわけ?」

「そのつもりだが。何か問題でも?」

「別に~。ただ、意外とロマンチストなんだなぁ、って思っただけ~」

 幼いその声に向かって、男は声を出して笑うとこう答えていた。

「ロマンチスト? 俺が?」


おまけ

「なぁ、お前。そんなことより腹減ってないか? コンビに弁当でよければやるぞ」


「いらないよ。そんな中身がぐちゃぐちゃになった弁当なんて」




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