Mystery Circle 作品置き場

高木京理

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nightstalker

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Last update 2007年11月10日

貴方の何を許すの? 著者:高木京理


 私は、いつもの習慣として読み手の存在の確認出来ない日記を見る。

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『私はたったひとつしたいことがあった。』2007/11/19 AM4:23
 退屈な一人暮らしの最中、僕の生きている現実は遅々として進展を見せない。流行の失墜の速さは、嵐の日の激流を思わせる。
 インタネートが社会へと浸透し、それは、誰にでも手にする事が出来る物となった。
望めば手に入れる事が出来る範囲の物が増える。その現実は、文明の進展に貢献する。例えば金だってそうだ。望めば、誰にでも手に入れる事が許されている。年齢や性別を選ばず、望めば、誰にでも手に入れることが出来る。金銭がもたらした文化貢献も、もはや、誰しもが認める所である。
 社会には基地外が溢れている。社会自体に何らかの不平不満を抱き、それでいて隷属する姿が僕には滑稽なのだ。僕は社会から隔絶した部分で生きる事を運命付けられていた。社会からも必要とされているのかさえ分らない。だが、僕自身が生きていくには、十分過ぎる財産を相続してしまった。

 この日記を読んでいる読者の大半が、一般の市民が細々と暮らしていけば一生困らない程度の金額を想像するだろう。
 だが、違う。一生遊んで暮らそうとも使い切れない金額が僕には相続してしまったのだ。大きすぎる力を手に入れた。だが、それは人間の人生を変えてしまうくらいの大きな力なのだと自覚している。
 僕も珍しく自分を省みるのは、最高の出来栄えの物を手に入れたからなのだ。その経緯を記したくて、数ヶ月ぶりの日記を記している。

 彼女と知り合ったのは、僕が運営している自殺支援サイトの常連さんだったのだ。オフで会うことを希望していたら、会ったのだよ。何が不満で死にたいのか分らないくらい綺麗な人だ。彼女は、整った顔立ちの、長い黒髪の女だ。悪く言うなら、世間知らずのお嬢様を思わせる人だ。携帯電話の番号と、メールアドレスを交換してからは、ほぼ毎日連絡を取って待ち合わせをしたのだ。僕は当然の如く働いていなかったけど、彼女も無職だった。
 彼女は僕と付き合いの期間が長くなるに連れて、彼女は前向きになっていった。死にたいとは口にしなくなった。

 僕はそれが不愉快でたまらなかったのだ。

 彼女は事ある毎に、色んな物を望んでいた。僕は彼女が望んでいる物を、全て提供したのだ。それは、高級マンションの一室であり、会員制のフランス料理のフルコースであり、ブランド物のバッグやアクセサリーであったのだ。
 彼女はそんな物があれば幸福だったみたいなのだ。僕は彼女が望む物を提供したけど、僕が望む物を提供してくれなかったのだ。僕が望む物に対しての執着は酷くなるばかりで、彼女と居る時には、始終その事ばかり考えていたのだ。
 彼女の最大の幸福は、最高の幸せな状態で死ぬことだ、と常々口にしていたから僕もそれを信じていたのだ。
 彼女に僕は「見せたいものがある」と告げると喜び勇んで僕の部屋に来た。
 僕が性的な不能を知らせていたから、彼女は何の疑いも無く僕の部屋を訪れた。
 僕の部屋には沢山のコレクションが飾ってある。それは樹海で拾った人体のホルマリン漬けや、連続殺人に使われた軍用のアミーナイフ、僕のお気に入りの死体の写真。

 僕は彼女に知ってほしかったのだ。真実の僕がどういう人間なのかをね。
 驚嘆に目を見開いて、彼女は僕を睨み返した。
「コレは何の冗談なの?ふざけないでよ」
 と彼女は言ったのだ。侮蔑を込めた視線が、心地よかった。
 僕は逃げようとする彼女の手首を、懇親の力で握って離さない。
「僕はね、ずっと内緒にしていたのだけど、死体とか、悲鳴とかが好きなんだ」
 と僕は言った。僕は隠していた感情を表に出そうとしていた。
「気持ち悪いよ」
 と彼女は辛辣な棘を含んだ言葉で言った。
「だからね、僕がしたいことを許して欲しい」
 僕は彼女が望む人間を演じて来た。今度は彼女が演じる番なのだ。彼女に想像力があるのか、無いのかそれを試す。

 僕が聞いた彼女の言葉は、
「あなたの何を許すの?」
 それが最後だ。
 残念だ。僕はそう言った。
 彼女が僕には人間の形をしたマネキンの様に思えた。
 有難う。僕も遠慮なく残酷になれる。

 僕は、壁掛けに飾ったアーミーナイフで、彼女の喉笛を切り裂く。
 彼女の悲鳴さえ聞こえなかった。 僕は彼女の名前を忘れ始めていた。
 天井は赤く染まり、僕と彼女しか居ないマンションの一室は静かな余韻を残して、血飛沫の音を反響させる。
 僕は、彼女が最初に望んだ幸福の至上での死を与える。
 彼女が望んだ物と僕が望んだ物が一致しなかったから、僕は彼女を殺した。

 僕は、彼女の息があるウチに解体を始めた。
 バラバラになる部位そのものが、愛おしく記憶に留めようと思った。
 僕は彼女に対して、理解も期待もしていた。
 愛されている思えるからと言って、理解されているとは限らないって事に初めて気付いた。ほんの少しのしたたかさがあれば、僕は彼女を殺さなくて済んだ。だけど、僕はそれを持つ事が出来なかった。
 誰も僕の心に触れてこなかった現実に、僕は気付いていたからだ。
 僕は彼女の存在を否定する為に殺した事が、虚しかった。だけど、後悔はしていない。僕は彼女が選んでくれたピアスをした自分の左耳を、切断した。

 僕は不確かな対象が望む物を提供する。
 死体画像はこちらです。との記載に人々が迷い無く訪れるのは、望むべき形を僕が保ち続けているからなのだ。恒例の通りに予告を記します。
 明日の正午に僕の最高のお気に入りをアップロードする。
 タイトルは『あなたの何を許すの?』。

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 カウンターが回り、一日数万のアクセスを記録し続けているサイトがある。そのサイトの中で、誰にも見られていない僅かなデータスペースに、その日記はある。
 退屈な世界に求められている物は、暴力であると私は知る。私はこれからも彼と同じ視点を共有し続けるだろう。私の体で唯一残された部位は、ホルマリン漬けになって彼の机の片隅に置いてある。
 飽きもせず彼は語りかける、眼球だけの存在になった私に対して……。




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