Mystery Circle 作品置き場

なずな

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nightstalker

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Last update 2007年11月10日

NEKOZE(猫背) 著者:なずな


「僕の、かわいい共犯者。」


「ユウト、誰だよ、その娘ぉ?」
コンビニの駐車場。
興味津々尋ねるのはクラスメイト。
って言ったって、コイツらとは学校でほとんど会うことが無い。
ここに来たら会える、それだけの関係。

親しすぎず、かといって冷淡すぎない程度の微妙なトーンで、軽くそう答える。
ある時間帯一緒にいるからって 『仲間』って訳じゃない。
僕の世界は今までずっと、そんな風に閉じていた。

僕は、制服姿で店の前に現れた文緒に向かって真っ直ぐに進む。



「あんな事あっても やっぱりまだ来るんだ。」
「あ・・あなただって、来てるじゃない。
 ち・・ちょうど良かった・・これ。」
差し出すのは 僕のタオル。貸したときより綺麗でふんわりしてる。

「・・・ありがとう。」

俯いたまま、佐川文緒はそう言うと、右向け右、
カクカクと身体の向きを変え、店のドアに手をかけた。
咄嗟に 僕は彼女の腕を掴む。


「佐川さ、まだ あの店員のニイちゃんの前で うじうじやる気?」

「う・・う・・う・・・うじうじって・・・。」

「じゃあ、何? 今度はちゃんと、話しかけんの? 
 あ、デエトに誘ちゃったりする訳?」

「そ・・そんな・・。私はただ・・」

「ただ?万引きの共犯と間違われて、最後まで疑ってた嫌味なヤローに
 まだ 未練たらたらしてんだ。」

「あ・・あなたこそ、自分が万引きと間違われた店の前で 
 また たむろしてるじゃない。」

「オレぇ?・オレはいいの。あんなの珍しくもないんだから。」

「とにかく・・こ・・こ・・こんな風に 
 い・・・一緒にいたら誤解されちゃう。やっと信じてもらえたのに。」
文緒は いきなり身体を捩って、僕の手を振りほどいた。

ドアを押す勢い良さも束の間、出て来る客に不器用に先を譲る。
譲り方さえモタモタしてて タイミングが悪い。
店内に入ると、いきなり読みもしない雑誌の表紙を眺めてる。

挙動不審。情けない・・。

どうせ 店内を何周もして 欲しくも無いコロッケパン一つ
やっとのことで選ぶんだ。
レジで、あのすかしたヤローに、もそもそと金を出し 
小声で「コレ下さい」って言えれば まだマシ。
死にかけの蚊だって も少し元気だろうよ。ホント。

☆ ☆



真面目な学生にも 悪ガキにもなりきれなくて
コンビニ前にしゃがんで 毎日日暮れの空を眺めてた。
入れ替わり立ち代りやって来る客の中、毎日やって来る彼女に気がついた。

そう 僕は文緒をもっと前から知ってたんだ。

入学式の第一印象・・「すげぇ猫背」。背中丸めて 首引っ込めて。
意に反して伸びすぎた長身を、折りたたんで隠そうとでもするみたい。
「目立ちたくない気持ち」を人間の形にした感じ。
まぁ、それでも 女子の中では頭一つくらい飛び出していた。

すっきり立ってりゃ 案外スタイル悪くないし 
重たい前髪さえ何とかすりゃ きっと顔だってそんなに悪くない。
ま、美人っていう程じゃないけどね。

 * *

毎日ここのコンビニに通う理由は すぐ解った。
アルバイト店員のアイツ。 爽やかすぎる笑顔。
この店で推奨してるらしい、客への一言の語りかけ。
「今日はいい天気でしたね。」「あ、それ美味しいですよ。」
エトセトラ、エトセトラ・・。

自分よりずっと小柄な男の前で
見てる方が恥ずかしくなるくらい顔、赤くして
チャリ銭ぼろぼろ落としたりして、うろたえる。
「またお越し下さいね。」
に送られて、出て来る時は地面から身体、浮いてる。

笑わせてくれるじゃん。 
僕は 文緒がやってくるのが毎日の楽しみになっていた。
近くで見たい気持ちに抗えず、文緒が来る頃僕も店内に入るようになった。
もちろん目的は彼女のウォッチング。(ストーキングじゃないよ 断じて)
それが 間違い・・。

今度は店を挙げて、僕を監視状態。まぁ、想像はしてたけどね。
やましいところはないので 澄まして雑誌なんかを立ち読みしてた。
結構毎日楽しかったんだ。僕も暇だしね・・。


 * *

あの日の文緒は全身で、「決意」を現していた。
といっても 猫背はそのまんまなんだけど。

おや、今日は雰囲気違うぞ・・文具の棚の途中で立ち止まって見ていると
緊張した面持ちで レジに向かう。
500円玉をレジに置くと、あの店員に商品を差し出す。
「あ・・あ・・あのっ・・こ・・こっ・・この・・」

意味不明。

爽やか店員の怪訝な顔。
コイツ、もしかしたら物凄く鈍いかもしれない。
毎日自分目当てに来る女の子が、キミに話しかけたがってんでしょ。
解んねぇかなぁ・・。

文緒は青くなったり、赤くなったりしながら もごもご口を動かすだけ。
商品のパンを文緒が離さないので レジも打てない。
店員の笑顔が少し固まる。
後ろに並んだ客が 舌打ちをする。
僕を見張ってた店長が あわててもう一つのレジを開けに走った。

折りしも、携帯が震えたのでポケットに手を入れた。どうせオフクロだ。
音楽にも興味が無くなってから 着メロも使ってない。
着信音 サイレント。ただブルブル震えるだけ。

聞かなくたって解ってる、言いたいのはこれだけ。
─まっすぐ帰って来なさい。
出来の悪い方の息子が悪い連中に惑わされ
これ以上問題を起こさないように。

曰く、学校に呼び出されるなんて なんて恥ずかしい。
お兄ちゃんは そんなこと絶対しなかったわ。
そう、兄貴は親のお気に入り。学校の先生の お 気 に 入 り。

聞きたくなくて シカトしてポケットの中で電源を切った。
コノ デンワハ ツナガリマセン。

 * *

結局 文緒は何も話せず、いつもどおり。やたら時間がかかっただけ。
文緒を見送る店員の笑顔は薄っぺら。ぺろんと剥がしてやりたかった。
彼女がレジから離れたとたん、笑顔がすっと退き、
店長に目配せしたのが気になった。



「ちょっと、キミ 来てくれるかな・・? そこの女の子も。」
文緒を追うように店を出ると、後ろから店長が呼び止めた。


 * *

ポケットの中には疑われるようなものなんて入ってない。
罪なんて何もない。

店員はずっと僕たち二人をセットで 怪しんでいたらしい。
文緒が店員の注意逸らして、僕が盗る・・。

大いなる勘違い。
文緒は 僕の事なんか 同じ学校だってことすら知らなかったのに。


それにしても 無粋なオトコ。
文緒の乙女心なんて 全く気づいてなかった模様。
挙動不審の猫背の、大きな女の子。
恋するオトメって風にはやっぱ・・見えない・か。

無罪放免。
釈然としない。


 * *

「何か話すつもりだったんじゃないの?アイツに。」

数歩先、肩を落として歩く文緒に、初めて声をかけた。
憧れの店員には疑いの目で見られ、僕みたいなのとつるんでると思われてた。
ショックは大きいだろう。
クルっと振り返った文緒の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。
千年の恋も冷めるかも。

あわてて腰に下げてたタオルを放り投げた。
「きったねぇタオルだけど、拭け、顔。」



「お・・お日様みたいだって・・思ってたの。」
タオルを不器用にキャッチして 彼女は俯いたまま唐突に語りだした。

「コ・・コンプレックスとか心の病気とかイ・・イジメとか
 色んな暗い事や重いこと、辛いことになんかまだ一度も出会わなくて
 し・・幸せで、 笑って過ごしてるのが ふ・・普通で・・

 そんな人がいるって か・・神様は不公平だって思いながら
 ・・・そういう人になれなくっても もう しっ、仕方ないけど
 だけど、そういう笑顔の人に話しかけられたら そ・それだけで嬉しくて・・」

背中がどんどん丸くなる。大きな身体は居心地が悪いとでもいうように。 


「自分から話しかける事ができたら か・・変われそうな気がしたの。
 少しだけ お日様の方向いて、わ・・笑える気がしたの・・。」

コンビニの外のゴミ箱をコツン、コツン蹴りながら 文緒の言葉を聞いていた。
何に対してだか解らない けど、何だか 少しムカついた。

「何であのニイちゃんが そんなに羨ましい人生送ってる人だって思うわけ?
 第一こんなシケた店でアルバイトしてるんだぜ、ビンボーかもしれないし、
 カン悪そうなとこあるからオンナに振られてばっかかもしれないし 
 あの店長にいじめられて 円形脱毛症かもしれないし。」

「そ・・そうだとしても・・ううん、そうだとしたらもっと・・
 あ・・あんな風に・人の目を見てまっすぐ、あんな風に笑顔になれて
 そういうの・・そういうのって凄く、大事で
 私にとって・・私・・私は・・。」

まっすぐな笑顔・・っか。お日様みたいなヒト・・か。
そういえば 僕は最近 誰の目を見て 笑顔見せたっけ。


「『ありがとうございます』も『またどうぞ』も
 こっ、『このパン 美味しいですよね』・・だって
 あなたには つっ・つまんない店員のセリフかもしれないけど 
 だ・・誰にでも愛想いいんだろうって わ・・解ってるんだけど 
 それでも 私のき・・希望っていうか・・なんか こう・・。」

真っ赤な顔して 必死で言葉を探す文緒を見て
何だか とことん付き合ってやろうじゃんって気になっていた。
意外と僕は、気の長いヤツなのかもしれない。

「なんかいいなって・・だからここ、来たくて
 あの人の笑顔見たくて・・すごく・・気に入ってて・・。」

「『気に入る』じゃなくて『ホレてる』って言うんじゃない?そういうのはさ。
 ただアイツの顔 見てたくて、話がしたいんじゃないの?」

「そ・・そんな風に、そんな言葉が さらっと言えるくらいなら、
 私はこんなに・・こんなに 。」
「こんなに?」

「ひ・ひとりぼっちじゃなく・・」



下ろした片手を握り締め もう一方の手に持ったタオルで鼻水を乱暴に拭い、
いきなり回れ右して 文緒は走って 帰って行った。
鈍くさい走り方。小学生のかけっこだってもっと速い。
その上あれ・・僕のタオルなんですけど。




その日の話は それでお終い。
だけど 文緒の言うことが少し解る気もしてた。
あのオトコの笑顔が僕も好き、とか そういうのじゃないよ。


☆☆☆



店から文緒が出てくるのを待った。

僕に気がつかない振りして通り過ぎようという、ぎこちない動き。
かえって意識してるのがバレバレ。

「喋って来たの?あの笑顔ヤローと。」
「う・・うん。これが・・最初で最後。」
意外と明るい声だった。
並ぶと文緒の方が少し背が高いのがわかる。

「レ・レジの後ね、『さよなら』って言ってきた。」

「何だよ、それ。」

「お日様になんか 一生気に入ってもらえなくてもいい。
 し・・仕方ないよ。私はわたし。こんなだし・・。」

「こんなって、どんなだよ。」

「ち・小さいときから 身体ばっかり大きいのって・・解る?
 あ・甘えたって 全然可愛くなくって、
 何やってても ”そんな大きいのにまだできないの?”って
 大きく見えたって、なっ・中身は全然で・・。」

確かに「大きいねぇ」なんて子供を褒める言葉かと思ってた。
でもさ、大きくても元気に生きてる娘、いっぱいいるよ。

「ち・・ちゃんと喋れないし、喋ったって相手、面白くないし
  笑い顔引きつって、もう笑い方解んなくて・・。
 運動部誘われたって、すぐにがっかり・・っていうか
 あきれられちゃうの・・解ってるし・・・。」


文緒の背中を見つめている内、僕の中で何かがパチンと弾けた。

「佐川と話すのむっちゃ面白いよ。
 面白いし、すげーと思う。 佐川って勇気あるよ。」

弱くてダメな自分を見つめる勇気って、確かにあるはず。
文緒はきょとんとした顔で振り向く。

「佐川の話 滅茶苦茶で下手糞で聞き取りづらくて最悪。
  ・・だけど オレもっと聞きたいと思ってる。」

何言ってんだよ 自分。だけど今 凄く文緒に告げたかった。
自分自身にも言いたかった。

「お日様が気に入ってくれなくても お月さまでもいいじゃん。
 星だって上等。 信じろよ。アンタはちゃんと気に入られるよ。
 気に入られてるよ。自信持ちな。」

親が、教師が 僕のこと気に入ってくれなくてもいい。
僕のこと気に入ってくれるヤツが 1人でもいたらそれでいい。

猫背のまま少し顔上げて、文緒がくしゃっと笑顔を見せた。


お日様の笑顔でもお月様の笑顔でも どっちだっていい。
僕はこの笑顔が「気に入った」。
手を伸ばして 文緒の前髪をちょいっと摘んで持ち上げたら、
意外と広いおでこ。

「手始めに オレの前ではしゃんと背筋伸ばしてみない?
 ほれ、お日様に顔向けて。」

顔を上げた文緒の目に、澄んだ青空が映る。
おずおず背筋を伸ばす姿を見て
僕は、朝顔の双葉が開いていく映像を思い出した。
小学校理科・・あれ、好きな科目だったっけ。

背を伸ばし深呼吸し、彼女は僕を・・・見下ろした。
笑顔だった。
その方がいいや。ずっといい。

「でさ、オレ思うんだけど
 いきなりショボい万引きの共犯にさせられちゃったままって
 なんか 悔しくない?
 どうせなら、もっとでかいこと一緒にするとかさ・・」

「え?た・・たとえば?」
「うーん、コンビニ強盗とか?あのニイちゃん人質で。」
「だっ・・だめっ、だめっ!それはダメ。絶対ダメ!」

「何そんなに力入ってんの?冗談だよ。犯罪ほど佐川に似合わないものないし。」

「だって・・だって、やっと『さよなら』してきたんだから。
 明日から もうここ、来ないんだから。」

勇気振り絞って、初めての一言がホントのお別れの『さよなら』・・。
この娘らしいや。

「じゃあさ・・、こんなのはどう?
 明日 二人で手をつないで登校する。」

文緒は 目をまん丸くして僕の顔を凝視した。
耳まで真っ赤になるのに数秒間。





少しずつ日が翳って行く、コンビニの駐車場、
文緒が笑うことなら 何でもいい。僕は思いつくままに喋り続けた。

外野の冷やかしも、通る人の目も何にも気になんかならなかった。

「君に気に入られること」以外 今、僕は何を求めるだろう。




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