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Last update 2007年11月10日

『under control』 ~第2章-第3節~  著者:ヤグタケ


「私の名前を知ってたんだ、あの子」

 遠くに見えるビル群よりもその位置を低くした太陽が、周囲を朱に染めあげていく。
 トウコはその光を背面いっぱいに受けながら、フェンスを強く握り締めていた。彼女の細い指によって緑色の網がわずかに形を変えていく。

 彼女が見下ろした先には、下校を開始している生徒達。彼らはそれぞれで寄り集まって一つの固まりとなり、各々の意思を持って校門から外へと飛び出していく。
 だが、トウコの目に映るのはそれらの意志ある塊ではない。その目に映るのは、寄り集まる生徒達から離れるようにして淡々と歩いていく、一人の少女の姿。

「ねぇ、カズマ……。どうしよう?」

 トウコは今にも泣き出しそうなほどに眉根を寄せると、視線を眼下の少女から隣にいた男子生徒へと変えた。だがそこにいた少年は、彼女の声音に不安や焦りが含まれているにもかかわらず、フェンスに背中を預けたままくつろいでいる。質問に答える気がないのか、「ふぁ」と隠しもせずに大きなあくびすらしてみせる。

「カズマ!」

「あぁ、大声出さなくても聞こえてるよ」

 その物言いに、彼女は「じゃあ――」とさらに続けようとしたが、

「……と言うかさ。むしろ、お前の名前を知らない奴なんているのか?」

 少年の言葉に遮られた。

「え?」

「お前、自分がどんな存在なのか、わかってないわけじゃないだろ」

 校内で密かに行われている『非公認学内ランキング』。その中で『彼女にしたい』部門をはじめとして、運動系、容姿系、学術系などのほとんどの部門でトップを総なめしている女子生徒。
 それがトウコなのである。

 風の流れにあわせてたなびく黒髪は、日本人らしい美しさと奥ゆかしさを兼ね備えているし、控えめながらもメリハリのきいた肢体は、異性だけでなく同性をもひきつける性的魅力を放っている。さらに学内テストでは、常にベスト10に名前を連ね、今年度の生徒会副会長。

 そんな彼女の名前を知らない生徒がいたとするならば、それはおそらく1,2回しか学校に来たことのない不良や登校拒否児くらいなものだ。いや、そういう彼らですら、噂で耳にすることだってあるかもしれない。
 そのくらい有名な存在が、トウコなのだ。

 だからこそカズマは、特に慌てる様子も見せなかった。

 しかし、

「知っていたのが、私の『真名』のほうでも?」

「なっ!?」

 続いたトウコの言葉で、その表情を驚愕に変えた。
 「本当か?」と口に出しかけた疑問を、彼女の悲痛な表情を見て飲み込む。
 そしてすぐさま、眼下に広がる生徒達の波に、彼は視線を移した。

「どいつだ……どいつがお前の『真名』を知ってやがったんだ!?」

 切羽詰ったカズマの表情に、トウコの表情が少しだけ和らぐ。その後、彼女はカズマのそばに近寄ると、「……あの子」と人差し指を伸ばした。

 そこいたのは、帰る人たちの波に逆らうようにして校門近くの大樹の側でたたずんでいる、一人の女子生徒だった。
 屋上から大樹まではかなりの距離があるため、少女の詳しい容姿は見てとれない。だが、髪は染めているかのようなブロンドに近い茶色であること、そしてそれを左右に太い三つ編みとして結わえていること、さらに周りの人たちと比べる限りでは背は低いほうだということを、カズマは視認することが出来た。

 鋭い視線でもって、さらに『相手』を分析していこうとする。すると、不意に彼女へと一つの人影が近づいていくのに気がついた。
 それは学ランに身を包んだ男子生徒。黒い短髪で背はかなり高い。こちらへ背中を向けているために、それ以上のデータは読み取れない。

 少女の方もその人影に気が付いたのか、嬉しそうに彼の元へと走り寄っていった。それはあたかも恋人同士の落ち合いのように見ることが出来たのだが、カズマはそれを祝福の目で見ることはどうしても出来なかった。

 彼女らが向き合ったままその動きを止め、何かを話し合っている。もちろん、ここからではその会話内容など聞こえるはずもなかったが、その内容が普通の高校生の会話ではないことは、なぜか感じ取ることが出来た。

 そのとき突然、二人の視線がこちらに向く。

 ただ屋上を見上げているわけではない。
 確かに意志を持った視線で、こちらの姿を捉えているのだ。まるでこちらを値踏みでもするかのように。
 カズマもそのことを承知で、逃げも隠れもせずに真正面から少女と視線をぶつけ合った。

 そのまま睨み合うこと一分弱。
 ふと、少女の隣に立っていた男子生徒がこちらに向けて左腕を伸ばした。
 そして、音を鳴らすようにして、その指を弾く。

 瞬間、

 カズマの真横で、硬く鋭い音がはじけ飛んだ。見れば、そこにあった鉄柵が綺麗に分断されている。

 カズマが眼下への男女へと再び視線を戻す。何事もなかったかのように冷静に立っている男の真横では、女子生徒が体を折るほどに笑っていた。
 周りの生徒達が訝しがっているのを気にもとめず、少女はなおも笑い続ける。しばらくして、ようやくその動きが落ち着いたとき、彼女は踵を返して歩き出していた。隣の男もそれに続き、他の生徒たちと同じようにして二人は校門を通り抜けていく。


 その姿が完全に見えなくなるまで、カズマは動くことが出来なかった。

 バカにされたことへの怒りや悔しさよりも先に、一筋の汗が頬を伝っていた。

「カズマ……?」

「あ、あぁ」

 カズマを見上げるトウコの体は、普段の凛とした態度からは想像できないほどに弱々しく震えている。
 その姿に彼は、顔を出しかけた恐怖を何とか心の奥に閉じ込めた。そして必死に余裕の笑みを取り繕うと、彼女を抱き寄せてその頭を優しく撫でていく。

「大丈夫、心配するなって。お前は誰にも渡しはしない」

「……うん」

 口ではそう強がってみたものの、彼女達と力量に大きな差があることは、カズマ自身が良くわかっていた。今の状態で真正面から戦えば十中八九、自分の負けだ。そしてトウコの支配権は彼女の『真名』を知っているあの女子生徒へと移ることになる。

 相手の意思によっては、使役しやすくするために、トウコから自分に関する記憶を完全に排除するかもしれない。
 そう。彼女らに敗れた時、自分とトウコの関係は終わってしまうのだ。

 廊下ですれ違う、自分とトウコ。
 「トウコ」と、いつもの調子で呼び止める自分。
 彼女が足を止めて、振り返る。
 だが、こちらの笑顔とは対照的に、彼女は不審者を見るかのような視線。
 そして、困ったような声でこう言うのだ。


「すいませんが、どなたですか?」


 そんな情景が目に浮かんだカズマの胸中では、先ほどとは違った恐怖が顔を出し始めていた。




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