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Last update 2007年11月23日

Mystery Circle  著者:AR1


 この暗さではどうせ何も見えそうにも無いが、しかし、彼はこの世界を紹介せずにはいられなかった。誰にでもなく、されど誰かいなければ意味などなく、まずは手始めにと親友の洗脳から始めることとあいなった。
 まず、親友である彼に説明しなければなるまい。暗闇の中に蒼光の潜む月が宿る世界――『MysteryCircle』を。
 最初に――誰にでもなく、しかしこの文章に目を走らせているあなたに対して――言い置いておかなければならないことが一つ、確固として存在する。私は他者に対して先入観を植え付ける行為を酷く嫌う。イマジネーションを他者に依存する行為は、当人の可能性を著しく引き下げる方向にしか働かないからだ。初見にして抱く感想というものは極めて大事で、それが単なる御威光の眩しさに惑わされることのない実直な感想というものは、意識の新鮮さが失われるほどに鈍化する。
 だからこそ、私は提言として――極論だとしても――先入観は嫌いだ。ただし、時にはそれが必要となる場合もある。それが今、この時なのだと。

 まず最初に説明したのは、この世界は節操がないということだ。空気の匂いも、季節感も、見渡す限りに異質なもの達が、不思議なことに集合して構成されている。無論、天気も季節も関係がない。
湿度とは無縁の快晴もあれば、土砂降りに見舞われている区域もあり、春、夏、秋、冬と季節すらも超越する。

 彼はしかし、少々の苦言を呈する。曰く「ここに定住するのだとしたら、突然の変化に対応するための新居が必要だ」と。だが、私はそれを推奨はしなかった。勿論、否定はしなかった。それが彼の望むものだとするならば、それを無碍にする権利はない。ただ、それでは価値は半減してしまう。であるから、私はこう諭すことにした。
「全ての魅力を甘受したいのであれば、変化に対応するのではなく、変化を受容することだ」

 また、彼はこうも言った。「まるで織り葡萄が横たわっているかのような空は気味が悪くて仕方がない。この空もやはり変化するのだろうか?」と。
 私は「この空は変わらないんだ。そういう世界だから」と説明した。彼は首を捻りながらも、しかし「受容すべきことなんだろうな」と厳然と立ち塞がる事実を受け入れる。私の親友だけあって、理解力を示してくれるところには好感が持てた。

 次なる彼の疑問は、この世界――『Mystery Circle』に関することであった。抽象的ではなく、より具体的な。私は幾つかの言葉を選びつつ、周囲の状況を窺いつつ、ややあって彼に指を向ける。あくまでも、彼を指差したのではなく、彼の方向に指を向けただけ。我が親友を後ろ振り返らせるために。
 そこにあったのは、折り重なる死体の群れ。真紅に染め抜かれたレンガの道、銃弾に穿たれた民家の壁、爆風に崩れ落ちた塀――惨憺たる情景。その様子を一瞥して振り返った時には、親友の顔は青ざめていた。

「こんなに恐ろしい世界に自分は放り込まれたのか?」
 恐れおののいた顔で訴える親友。確かに、恐ろしい物語を展開する場面も存在する。しかし、それはこの世界の一部を切り取った断片に過ぎず、全ての価値を見出すには浅過ぎる理解。
 そこで、私は右側に腕を伸ばし、指し示した。ゆっくりと――明らかに期待とは真逆の形相で、ゆっくりとそちらを向く。
 郷里が広がっていた。『誰の』かは分からないが、ハッキリとそれを連想させるのどかな風景。そこは私の思い描く郷里でもなく、彼のものでもなかったが、見知らぬ誰かの胸裏の記憶であることに疑いはない。

 率直に言って、私の親友は唖然としていた。いや、むしろ都会にはない自然の息吹に心を躍らせているようにも見える。鼓動は跳ねるリズムに、定期的に心臓を活動させるそれは脳を突き抜けるビートとなって、彼の興味を惹かせるには十分であった。視覚に投影されたイメージは嗅覚を揺り動かし、やがて五感を先鋭化させる。

 だが、それで満足されては困る。私が思うに、この世界の肝要な点は白か黒かがハッキリしないことにあると考えている。それは、一時的にしろ確定しない、というものではない。ただ、不安定であり、変容する可能性を幾重にもはらむ場所。それを欠陥と見るか、長所と取るかで大きく価値は変動する。私がどちらに寄った嗜好なのかは言うまでもない。
 しかし、である。私は彼に――ある意味――取っておきを明かしていない。それは輝きを放つエースであり、漆黒をたたえるジョーカーでもある。

 今度は左を向くようにと、親友に指示した。彼は平和に和んでいたためか、なんの躊躇もなくそれに従う。しかし、それはれっきとした油断であった。
 そこにあったのは、いわば先に見た景色の混沌。左半分は繁栄を極める、もしくは将来の発展を約束された開発地であるのに対し、右半分はあばら家と古びたマンションの立ち並び、犯罪が街路を謳歌する貧困。まるで九龍の表裏を圧縮しているかのような、陰と陽のコンストラクション。
 これは極論であるかもしれない。が、私がこの場所を肯定するのを端的に表す好例でもある。

「一体、この冗談のような空間はなんなんだ?」
 少々の怒号を交えた声音で、親友は苛立ちと不快感を露にした。その意見は、半分理解しているようでいて、実のところは理解を得ていない証明。
「君にはよさが分からない、か。とっぴも脈絡もないの世界が」
 確かに、ここは昼寝をするには都合のいい陽光が昇り続けている空間ではないし、そもそも布団に包まれておちおち寝ていられるほど快適なところでもない。むしろ騒音の跋扈する、ある種の無法地帯ですらある。

 注釈として、親友に更に付け加えた。この世界には登場人物がいる、と。しかし、同じ人物には出会えないだろう、とも。まったくの同一人物と出会ったとしても、必ずなにかを疑え。もしかしたら、まったく外見が同一であっても、まったく別の人格を持っているかもしれない。まったく同一の人格であったとしても、それはクラウンでパーツを取り合った末に出来上がったピエロのように、背格好、体格がまったく違うかもしれない。
 親友にある教えを説いた。「この世界に存在するものは、全て疑ってかかれ」

「それにしても……」と親友は言い置き、今度は苦言――というよりは、もう私怨に近い文句としか言いようがない独り言を呟く。
「節句に合わせて、七草粥を突付いたり、鯉のぼりを立てたり、七夕の空を眺めたりなんてこと、無意味なんだろうな」
 なぜ、あえて『節句』なのか真意を量りかねた私ではあるが、一〇秒ほどたっぷりと時間を費やし、それを読み解くことに成功した。親友は、季節的な行事として作る意味がないことを言っているのだ。七草にまつわるナズナの囃し、雄大に泳ぎ流される異色の鯉の群れ、太陰暦と太陽暦との時間差によって今では拝むことの少ない七夕の夜空――それらの意味の消失を彼は嘆いている。
 しかし、それを嘆くことはあまり意味のないことだ。これだけ日常から切り離された世界に、むしろ『伝統行事』などというものが存在するとしたら、断罪に処するべき無価値に等しい。

 更に私は、こうも付け加えた――ここにあるもの大半は完成を見ず、莟(つぼみ)のまま散って行く。
 そもそも、切り取られた断片が完成していることがイレギュラーなのである。終わりのない、言い換えれば『不定形の未来』渦巻く世界が未完のままに崩れ去るその様は、桜の散り際のごとく美しい。

「この世界にどれだけの間、滞在すればいいんだ?」
 苛立ちと呆れを含んだ親友の声。それに対する明確な回答を、私は持ち合わせてなどいなかった。だからこそ、その指標を探るためのアドバイスを投げかけることは出来た。
「一週間――七夜を過ごせば、恐らく答えは見えているに違いない」
 逆説をするならば、この程度の余地しか残されていなかったのもまた、然り。

 彼にとって、ここがかけがえのない快楽と癒しを与えてくれる無償の薬だけに満たされるのか、それとも、自壊をもたらすほどの混乱と中毒性をもたらす麻薬(ヤク)だけが蔓延する三途の川と化すのか。それは全て、親友の――ある意味に於いて卓越した――人格にかかっている。

 私は、冒頭で「先入観を植え付けるのは本意ではない」と述べた。しかし、私が今していることは、明らかな先入観を植え付ける行為である。だが一つ念頭に置いてもらいたいのは、この世界が無秩序に溢れている特殊性を理解出来るか、これが重要なのである。理解しようとした結果に遠ざけてしまうのはやむを得ない。だが、異質なものを無意識で排除してしまう行為は、ハッキリと勿体のない行動だと断言する。ここが仮に、一般大衆に知られていて、公俗秩序に反する異物だと下馬評ごときに叩かれていたとしても、私にとってはどこ吹く風。
 そのための、理解より前に先行した知識が必要なのである。私の親友はこの方清潔な環境で育ち、異質というものに慣れていない分だけそれを与える必然性が生まれる。
 理解を得るための先立つ教養、早く理解することによる関係の亀裂の拡大阻止、それこそが過去の教訓――この世界で親友を一人、失ったことへの。
 悲しきかな、人知を逸した事象への誤解は疑惑を生むものだ。




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