Last update 2007年11月23日
最初から何もなかった 著者:おりえ
誤解は疑惑を生むものだ。
男はしみじみとそう思いながら、信じられないといった目でこちらを見ている女をやれやれと見返した。
「信じられません。まさか、あなたが」
「俺が、何?」
うんざりとした口調で聞き返せば、女はぐっと唇を噛み締めた。
「あなたは知っていたはずです。私がどんなに楽しみにしていたか」
「いや、知らないよ、そんなの」
「嘘です!」
女はちゃぶ台をどんと拳でたたきつけた。…やれやれ、なんだって女って生き物は感情でしか動けないのだろうか。もう少し頭を働かせてみればわかることだろうに。
男はしみじみとそう思いながら、信じられないといった目でこちらを見ている女をやれやれと見返した。
「信じられません。まさか、あなたが」
「俺が、何?」
うんざりとした口調で聞き返せば、女はぐっと唇を噛み締めた。
「あなたは知っていたはずです。私がどんなに楽しみにしていたか」
「いや、知らないよ、そんなの」
「嘘です!」
女はちゃぶ台をどんと拳でたたきつけた。…やれやれ、なんだって女って生き物は感情でしか動けないのだろうか。もう少し頭を働かせてみればわかることだろうに。
「わ、私は、最近の私の楽しみは、これしかなかったのに、あなたがそれを、台無しにしたんですよ!?」
「え、台無しって大げさすぎない? そんなむきにならなくてもさぁ…」
「うっ!」
女は一言呻くと顔を押さえて横を向く。出た! と男は思った。泣き落としか。そんな低脳な脅しにはもう屈しない。何しろこの女は誤解しているのだ。それを解いてやらねば、この馬鹿げた茶番劇に終止符も打てない。面倒なことだ。
「あなたにはわからないんでしょうね。蓋を開けた私の嘆きが。そこに広がる虚無を目にした絶望が!」
「わかるわけないじゃん」
アホじゃない? と言いたいところを、男はかろうじて耐えた。
「なんてひどい!」
女はもう一度ちゃぶ台をどんと叩く。ちゃぶ台の上に置かれた紙の箱が宙に浮いた。
「え、台無しって大げさすぎない? そんなむきにならなくてもさぁ…」
「うっ!」
女は一言呻くと顔を押さえて横を向く。出た! と男は思った。泣き落としか。そんな低脳な脅しにはもう屈しない。何しろこの女は誤解しているのだ。それを解いてやらねば、この馬鹿げた茶番劇に終止符も打てない。面倒なことだ。
「あなたにはわからないんでしょうね。蓋を開けた私の嘆きが。そこに広がる虚無を目にした絶望が!」
「わかるわけないじゃん」
アホじゃない? と言いたいところを、男はかろうじて耐えた。
「なんてひどい!」
女はもう一度ちゃぶ台をどんと叩く。ちゃぶ台の上に置かれた紙の箱が宙に浮いた。
「じゃあ誰が、私のシューマイを食べたって言うんですか!」
男は、ちゃぶ台に頬杖をつくと、あからさまなため息をついた。
勘弁してくんないかな。一応夫婦なんだし、こんな下らないことでなんで喧嘩しなくちゃならないんだろう。
2kの狭いアパートにふたりで暮らし始めて数ヶ月経つが、男は早くも女と結婚したことを後悔していた。これから先もこんなことが永遠に続くのなら、ここいらでこの誤解と夫婦生活に終止符を打つのも時間の問題かもしれない。
女は小腹が空いた時のためにと用意していた一箱のシューマイをレンジでチンしてちゃぶ台に置き、わくわくしながら蓋を開ければそこには半分しかシューマイが入っていなかったことに、驚愕し、次に怒りがふつふつと沸いてきたのだという。男は女のがめつさにあきれ果てた。別に欲しくはなかったが、夫である自分に少しでも分けてやろうという気持ちがさらさらないのがこの女の本質を現しているなと漠然と思った。
怒りに震える女を冷静に見つめ、男はもう一度ため息をつくと、シューマイの箱を指差した。
勘弁してくんないかな。一応夫婦なんだし、こんな下らないことでなんで喧嘩しなくちゃならないんだろう。
2kの狭いアパートにふたりで暮らし始めて数ヶ月経つが、男は早くも女と結婚したことを後悔していた。これから先もこんなことが永遠に続くのなら、ここいらでこの誤解と夫婦生活に終止符を打つのも時間の問題かもしれない。
女は小腹が空いた時のためにと用意していた一箱のシューマイをレンジでチンしてちゃぶ台に置き、わくわくしながら蓋を開ければそこには半分しかシューマイが入っていなかったことに、驚愕し、次に怒りがふつふつと沸いてきたのだという。男は女のがめつさにあきれ果てた。別に欲しくはなかったが、夫である自分に少しでも分けてやろうという気持ちがさらさらないのがこの女の本質を現しているなと漠然と思った。
怒りに震える女を冷静に見つめ、男はもう一度ため息をつくと、シューマイの箱を指差した。
「それ、もう一回開けてご覧よ」
「は!?」
「いいから」
「は!?」
「いいから」
男の冷めた態度に震えながらも、女は無言でシューマイの蓋を開けた。
「ああっ!?」
「…」
「ああっ!?」
「…」
そこには全てのシューマイがきっちりと詰まっていた。
「な、な、何故…!」
「いや普通に考えればわかるじゃん。蓋の方にシューマイがくっついてたんでしょ。それで君が今まで何度もちゃぶ台を叩いたから、その時に蓋から離れたんだ」
「そ、そうだったんですか…!」
「いや普通に考えればわかるじゃん。蓋の方にシューマイがくっついてたんでしょ。それで君が今まで何度もちゃぶ台を叩いたから、その時に蓋から離れたんだ」
「そ、そうだったんですか…!」
女はわかりやすいほど脱力した。機械仕掛けだったら頭から湯気が吹き出ていたことだろう。男は濡れ衣を着せられたことへの謝罪を要求したかったが、無理なことはよくわかっていた。出会ってから今まで、この女は男を責めることはあっても謝ったことなど一度もないからだ。目の前で物凄い勢いで全てのシューマイを平らげ、途端にご機嫌になった女を半目で見つめる。女はすくっと立ち上がり、せっかくの休日なので、出かけてきますねとタンスを開けて、洋服を物色し始めた。男がその方がありがたいと思っていると、がさがさとタンスを漁っていた女の手が止まり、
「ああっ!」
あるものを手にして絶叫した。
「何、どうしたの」
のろのろと立ち上がって女の方へ近づくと、女は一枚の紙を手にぶるぶると震え、顔面蒼白になって男を見上げた。
「わ、わ、私…!」
「え?」
説明できない女から紙をひったくって広げてみる。
のろのろと立ち上がって女の方へ近づくと、女は一枚の紙を手にぶるぶると震え、顔面蒼白になって男を見上げた。
「わ、わ、私…!」
「え?」
説明できない女から紙をひったくって広げてみる。
「……婚姻届?」
一瞬何のことだかわからずに、男は呆けた表情で女を見下ろした。女は青ざめたまま、男の耳に信じられない言葉を投げかけた。
「出すの、忘れてました…ごめんなさい…!」
「こいつはびっくりだ!」
ふたりのサインと実印が押されてあるそれと、女の口から出た恐らく最初で最後であろう謝罪の言葉に、男は感謝した。
ありがとう。今初めて、おまえを尊敬したくなったよ。