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Last update 2007年11月23日

今日の皆さん  著者:七夜実


 最後は誰よりも自分が生き延びることを選ぶのさ。



 私の右手の肉を、骨を外さないよう、丁寧にそぎ落としつつ、
 アイツは怯えた様子で、そう呟いていた。
 部屋に飛び込んできたとき、悲鳴を上げなかったのが不思議だ。



 最後は誰よリも自分が生キ延びるコとを選ブのさ。



 その言葉が頭の中をぐるぐるとまぜこぜになって、
 ぱっくりと十時に開いた私のお腹から少しずつ腸が切り取られた。
 パパとママは寝てしまったのだろうか、ちょっと期待している。



 最後ハ誰ヨリモ自分ガ生キ延ビルコトヲ選ブノサ。



 意識が裏返りそうになるのを食いしばって我慢していた頭を、
 眉間に突き刺さった細長いナイフが粉々にした。
 よくよく見ると、すでにアイツは血まみれだった。



 サイゴハダレヨリモジブンガイキノビルコトヲエラブノサ。



 それが私に言う台詞か、馬鹿野郎。
 でもきっと、それはアイツの独り言。
 だって、聞いた奴は、みんな死んでしまったんだから。



 そんな、懐かしい夢を見た。
 何度目かに死んでしまった時の話である。


               * * * * *


そのニュースがテレビに流れたのは、完全に恒例となったロッカーの上での食事タイムbyMorning。
いつもの如く、トースト二枚を居候と分け合って、お新香をオカズに食べ進んで、もとい水と一緒に胃へ押し込んでいた。
ロッカーが部屋の真ん中を占拠して、ついに九ヶ月。
液体物しか飲まなかったのに、固形飯をたかるようになった居候、もといロッカー。
成長したのか、回復したのか、助長したのか、其処までは判らない。
が、面倒くさくなったのは事実だ。

最近知ったのだが、トイレとかどうしているのだろう?という、どこかギャグ設定じみた疑問は、外から帰ってくるたびに異常なほどの丁寧さで磨き上げ抜かれた風呂場と洗面所に気づいたことで、非常に納得するしかない答を提示された。
なんてことはない。中から出られるのだ、このロッカー。
初めて部屋の真ん中で遭遇したときや、ロッカーの貸し主の死体がロッカー内に出現したときなど、あんなにも「出れない、出れない、ブリッジ封鎖デキマシェン!」とパニクってたのに、それがなんだか馬鹿馬鹿しく思えてくる。
そもそも、いつから出られると判っていたのか。
最初から判っていたんなら、あの馬鹿騒ぎに掛けた時間を返してほしい。
その分だけ、失った点数や単位に還元したい。

話が逸れた。
ともかく、人前でロッカーから出てくることは、今もない。
それ故に、飯を食べるときには、ドアに開いている隙間から物を落とす。
受け取りを失敗したときには、断末魔の悲鳴だ。これには、近所も慣れてしまったっぽい。というか、慣れてしまった自分がヤバイ。絶対にヤバイって思われてる。そのはず。
最近は、学校の友人の間でも、「アイツは家で人間をロッカーに閉じこめて飼っている、危険だ、ヤバイ」なんて噂が流れ始めた。
その尽くをもみ消しているが、火元が普通に健常である限り、いつかは事実として知れ渡るだろう。
クリスマスに友人達を呼んだのは、やはり失敗だったのか。
気付かれはしまい、と、思っていたのだが・・・・・・うぅ・・・。

再び逸れた。
いずれにせよ、今更出てきてもらっても、なんだか嫌だ。
九ヶ月も同居しているわけだが、その相手が意思疎通こそしているが、完全に生活空間を私から断絶していたからこそ、成り立っていたとも言える。
いきなり人間だけが私の部屋にいたのなら、とっとと警察に連絡していただろう。
もっとも、ロッカーがあった時点で、すぐさま警察に電話しようとした私がいたりするのだが、それは捨て置く。
そういう訳で、ロッカーはロッカーのまま、同居人兼机兼ちゃぶ台兼調度品兼粗大ゴミ候補として未だに部屋に居座り続けている。つまり、ぶっちゃけゴミ。

もう、逸れて仕方がないのだが、ともかく、
そして、再び言うのだが、そのニュースが飛び込んできたのは、そんな1人と1箱が貧相な朝食を摂っていた時のことだったのだ。

「・・・ねぇ」
トーストをかじり終えたロッカーが呼びかけてくる。

「何」
「学校は「自主休講」・・・・・・五月病「先生が、ね、ちょっと」・・・・・・・・・典型的症例」

そろって溜息ホロリ。
今更、なんだけど、ねぇ?
じゃあ、なんでこんな朝っぱらから飯を食べているのかと言えば、単に昨日、夕食を抜いたからだ。お腹が減ったのです。仕方ない仕方ない。

「バイトしよっかな」
「そうすべしそうすべし」
「でも、人と会うのも、なんだか」
「・・・・・・・・・・モノ扱いヨクナ「黙れ直方体」ハイ」

よし静かになった。
正直、話すことすら億劫なのだ。
ここしばらくは頭痛が全然離れてくれないし、髪の毛もまとまらず、見た目ベートーヴェン、よし、今笑った奴、ブッコロス。
目の下に熊が住んでいないことだけが唯一の救いだけれど、これも後数日の話。
そして音楽家は壮絶なる死を迎える晩年に至るのだ、きっと。

ならよく喰えばいいじゃん、という巫山戯た声が聞こえてきたので、箱の上部を横から蹴り飛ばす。
耳が耳が~、と、どっかのラピュタみたいな悲鳴が聞こえてくるが今度は無視。
アレは、ワザとだ、絶対そうだ、確実決定。

ところで最近、ロッカー宛の電話が、よく掛かってくる。
名前はその時その時で違うのだが、ロッカーに相手のことを聞いてみると、「アァソレオレオレ」と、未だ水面下で蔓延る小市民的悪党行為を連想させる返答をする。
その後、会話を聞いていても、やはり内容がまちまちで、何を縁に知り合ったのか、全く判らない。
というか、勝手に人の携帯電話の番号を連絡に使わないでほしい。
電話代はアッチ持ちだけど、電気代はコッチ持ちなのだ。
そもそも、どうやって番号を知った、何時相手に教えた、どうやって相手に会ったんだゴラァ!
その他諸々の文句と疑問は、ロッカーの隙間に携帯を押し当てる私の左手の慢性疲労によって蓄積されていく・・・・・・・・・・・・そうか、これが私の疲れの原因か、やっぱりロッカーはコロしてしまうべきか、ひいては今度、隙間にホースを突っ込んで水を

そこで、ロッカーが名前を連呼していることに気がついた。
ちなみに今、風呂場の蛇口にホースを取り付けているところだった、無意識って恐ろしい、ユングさんも凄いです。
で、部屋に戻るのだが、ロッカーが連呼しているのは名前ではなく愛称の方で、しかも前に突き合っていた恋人が使っていた奴だったので、食後に飲むコーヒーを作るのに使うつもりだった熱湯を下の隙間から注ぎ込んで、そのネタの出所ごと隠蔽してあげた。
何も聞こえない、何も知らない、ロッカーはロッカー、自同率、熱い、不快、嘲笑い、ハニヤニヤニヤニヤニヤ・・・

「で、何「ひどいな君は時々ここに輸送されてきたことを激しく後悔してしまうほどの仕打ちだよ親の顔どころか遺伝子配列まで確認したくなってきたじゃないかホラ隙間じゃわかんないだろうけど臑から太腿にかけて赤く赤い跡がくっきりと「ダマレ」ハイゴメンナサイマセ」



「で、何「な~んでしょう?」



(少々お待ちください。本日の夢は、富士の樹海です。ふかいです)



「で、何」
「いや、今、ニュースで、凄いのが流れてたんだけど」
「他人のことですかぃ・・・」
「いやさ、確かにそうなんだけどね」
「?、何か気になることが」
「あるんだよ、これが」


そして、そのニュースの詳細を、ロッカーが把握した限りで語り出した。


               * * * * *


新聞を大量に持ち歩く癖は、未だに取れていないらしい。
そのためだけに、あんなにも大きなショルダーバックを買ったのだがら、普段は交通費すらケチるアイツが判らない。
勝手に部屋に入り、勝手に部屋の隅を占拠して新聞をゆっくりと読み始めたソイツは、もちろん新聞を読むためだけに来たのではない。
沢山の新聞と一緒に突っ込まれたために所々黒くインキで染まってしまった紙包み、その中身が私に用があるモノ達だ。

ちなみに、勝手に上がったと書いたが、、これから学校をサボっていると聞いた友達の家へと行こうとした私との間で、玄関先での激しい遣り取りがあったことは、とりあえず示しておこう。
いきないだから飯をおごってね、とかわいく恐喝、
今日の昼食でどうか、と素早く交渉開始、
それならファミレスドリバー込みで、と優しく切り返す、
そんな、今週ヤバイのに、と静かに頽れる依頼者1人。
あぁ、依頼料は別払いで宜しくね、と致命傷を与えるのを忘れぬ私。
それでも勝手に、と言ってしまうのは食事で釣られたことを私のプライドから、賢明にひた隠すためでもある。不毛だ、そう思う。

そんな、命の次に重要なやりとりをした後ですが、新聞読んでいる当人、もう忘れてません?そんな気がしてやまない読み姿、不吉だ。
朝食の直後を狙ってきたのはソイツの好判断、中々醒めない脳細胞は既にクリアランスセール・・・これってどういう意味だっけ?
 ・・・ともかく、髪を縛り上げ、眼鏡を外し、ガラステーブルの上に並べてみた品々を見渡してみる。
第一印象を一通り感じ取った後は、仕事の効率とモノ相互の相性を踏まえつつ、取り組む順番を決める。


それでは、始めますか。


新聞の開き、舞い上がり、引きずられるように落ち、重なっていく音。
 先程までの不機嫌さや気疲れ、徒労感は意志から切り離される。
 これから必要となるのは、己の身を無限に開き、尚かつ厳密に維持する精神力。
その単調すぎるメロディをバックサウンドにモノへと意識を集中する。
 音と同調するかのように、目の前のモノが次第に生々しくなっていく。
 モノとそれを掴む手が次第に同化していく錯覚、それに飲まれてはいけない。
両手で挟み込み、捧げるように目の位置まで持ち上げたソレの奥へ、
 直視せよ、それが私にとって最高級の行動原理であり、
 忘れるな、ソレがみせるはずのないモノが、見る者を喜ぶはずはないのだと。
ソレが仕舞い込んで、仕舞い込まれた創造主達の記録、
その、人とは違う目方で保存された世界に飛び込んでいく。

私の持つ『鑑定眼』は、超能力ではない。
よくサイコメトリーと勘違いされるが、これは歴とした技能の類だ。
鑑定家、学芸員、芸術評論を目指す人間ならば、誰もが身につけなくてはならない技能、
即ち、目の前の芸術作品そのものから年代、保存場所及び状態、所有者の遍歴、使われた技法、材料、制作動機、制作過程、その果てには制作者そのものへと至る全歴史の鑑定技能、それがこの『鑑定眼』の基礎であり、全てでもある。
私は対象となる芸術作品を自身の感覚を限界まで総動員した状態で鑑賞し、そこから得られるすべてを足がかりに、己をソレに同化させるのだ。そして、ソレとなった己をさらに感じ続けることで、それ自体から得られる全情報のほとんどすべてを得ることが出来る。
つまり、私は作品の持つ記録の世界を覗き込んでいるのではなく、作品の情報の悉くを独自の世界像へと再構成して必要な知識を得ているのだ。

今見ている世界の中から、私が、ひいては依頼者が必要としている情報が整理されているはずの場所を覗き込む。
 ・・・駄目だ、かすれてしまっている。
どうやら、依頼者が真に目的としている人間は、このモノには、ほとんど思い入れがなかったらしい。
今、私がやっていることは、本来私が意図している使い方ではない。
それ故、必要としている情報が手に入らないことは、いつものこと。
本当に、なんでこんなことしてるのか、貧乏な自分が恨めしい・・・。

一つめ終わり。二つめに取りかかる。
と、そこで素っ頓狂な声が上がった。
もちろん、新聞を読んでいる奴のことだ。
普段から感情表現が激しいのだが、正直オーバーだと思う。
今度のもソレか、と思ったが、どうも様子が変だ。
あれは、そう、巫山戯半分で平将門の墓石を私に見させて、2人そろって酷い目に遭ったときと同じ顔だ。
どうも、本当に驚くべきことに出会ったらしい。
さて、動かないソイツに変わって、慈悲深い私が声を掛けることにしよう。

「どうした?」
「う、おう?は、はれ?」
「今日は曇りだ」
「いやそうじゃなくてコレコレ!」

俺の担当箇所だったのに、とかなんとか良いながら私の目の前に突き出される新聞記事。
眼鏡を外すと小さい文字は見えないのだが、とりあえず、その中心に大きく写った一つの写真に、


私は、激しく戦慄した。


               * * * * *


目が覚めたとき、私はバンソーコーまみれだった。

非常にむずがゆかったので、思わずはがそうとした手を誰かに掴まれた。
なんとか開いた右目で、掴んだ相手を確認する。
執事だった。
主の命令で、私の看病をしてくれていた、ということだろう。
とりあえず手の力を抜くと、執事も何事も無かったかのように離してくれた。

さて、状態を確認する。
現在の私の思考形態はTYPE-L3。通常生活の中でも、休息時に使われる形態で思索が営まれている。
緊急時には動くことが許可されているが、TYPE-L系統以外の思考形態、及びソレに適した能力変動は禁じられている。
先程手を動かしたときに違和感はなかったし、触覚もすべてバンソーコーで覆われている以外の外傷を感じ取れない以上、治療中に設定されてしまったのであろう諸命令に従うべきか否か。
身体、及び精神面全域に対し、上記命題の判定開始。
 ・・・・・・・・・・・・・・・終了。
身体修復は体表の数カ所における欠損を除き、完全終了。この無駄に多いバンソーコーは本当に無駄らしい。ただし、修復ではなく交換・改善された箇所との連携が最適化されていない。関連する複数の再設定が未処理。現段階での諸動作の実行は、致命的な破損を引き起こす可能性アリ。許容範囲外確認、これより未処理の条項を含めた身体全箇所の同一性再構築処理(リハビリ)を開始。予定終了は四時間後。いくらかの思索を、この処理の統括、及び思考停止時に他者により行われた各種処理過程のチェックに充てる。
ここで同時進行していた精神面、特に思考の連続性復元・修正処理に意識を移す。強制終了した際における破損は、回路面で無し、記録面で終了直前に未処理だった疑問系命題数個が修復不可と判定、各命題の発生タイムカード発見、確認、記録可能、この一連の処理記録と合わせて記録し、バグは全除去とする。未破損の記録との同一性確認・・・・・・・・・終了。誤差許容範囲内、全意識再統合を、活動中の思索を一時停止した上で作業承認、開始。

「・・・・・・・・・ん」
「確認は終わりましたか?」
「・・・おはよ、世話馬鹿」
「・・・それは、どのような比喩表現を用いた返答なのでしょうか?」
「単なる挨拶。質問の答は、大丈夫、ってところ」
「それでは、おはようございます、元気そうで何よりです」
「敬語は使わないで、朝からキツイ」
「判りました。それでは、おっは「繰り返さない、シツコイ」わかりました」

それきり黙り込む。
この執事、普段は必要最低限かつ必要最善手的な発言しか行わない。
しかも主の、疑問系命題に対する返答のみ。
よくそんなんで依頼を受けたり、調べ物が出来るモノだと考えることもあるが、依頼主が執事に話なんかさせる訳もないし、調べ物で対話なんて時間が掛かりすぎる。在る意味、最も執事の仕事に適した会話方式なのかもしれない。
それがこんなにも話を仕掛けてくるのは、主が与えた数少ない命令形命題の一つに「彼女と話すときは、出来る限り貴方から話しかけるようにしなさい」とあるからで、それを馬鹿正直に守っているからなのだ。
最も、最初の頃は「話とは、いかなる定義を持つ行為を指しているのか」とか「話の内容とは、どんなものが適しているのか」「話をすることに必要なスキルには、どのようなものがあるのか」といった風に、会話について会話するメタ会話と化していた。そんな時と比べれば、今日のような会話も、非常に進歩した、そう言えるだろう。
私の受け答えを、それに再び私が返答できるような形・内容を持たせて返答するという、「話題を引き出す」というスキルの第一歩に基づいた会話を行おうとしたようだが、今日は相手が悪かった。
TYPE-W、TYPE-Rの時には、もっと会話がやりやすいのだが、今の私、TYPE-L準拠の思考形態では、会話を続けることに思索を上手く割くことが出来ない。出力よりも入力に重点があり、現状維持を目標とする以上、変化を追うことに強い障害を感じるのだ。
断じて、不機嫌な訳じゃない。

とにかく、私たちは黙っている。
私は早々と目をそらしたのだが、執事の方はまだ私を見つめている。
それが私との会話の糸口を待っているのか、私の状態を逐一確認・判断しているのかまでは判らない。
わからない、が、これから眠りにつこうとする私には、あまりにも、邪魔だ。
という訳で、会話することにした。

「ねぇ」
「何でしょうか?」
「私がアレをやってから、どのくらい経ったの?」
「現時点で九時間と十四分です。貴方が主に抱えられた状態で此処に戻ってきたときから計算すると八時間と四十二分です」
実を言うと、身体をチェックしたときに、諸細胞のタイムコードを確認して、ほぼ同じ正確さの時間は把握していた。
それでも、執事のように、常に頭の中で時を刻むような芸当は、私には出来ない。寝ているときも意識しているなんて、理解できない。
「じゃあ、アレはもう、かなり知れ渡ったことになるのかな」
「かなり、では不適当です」
「え?」
思わず仰ぎ見た執事の顔には、珍しく悪戯をとがめようとする大人みたいな表情が張り付いていた。
どうやら、やっかいごとが大量に出てしまったらしい。
命令したのは主だが、やったのは私なので、今の執事と対峙するのは、ちょっと怖い・・・?
「各種報道機関、及び情報媒体の殆どが、つい一時間と三十三分前のラジオ速報を皮切りにアレを扱っています」
驚いた。情報の周りが早すぎる。普段は、もう少しオブラートな扱いのはずなのだが。
「情報操作は、アレが行われたことを私が把握した時点で、既に実行不可能な段階にまで進んでいました」
 ・・・?この論考に、記録の何かが反応しているような気がする。
気がする、ということは、間違いなく考えたことがある、はず、なのだ、が。
再び思索が働きだした私を置いて、執事は論を進めた。
「これは私見なのですが」


「主のことを、タレ込んだ者がいたようです」


その言葉に、同一化した意識がやっと過去から現在へと追いついた。


               * * * * *


パクリ、と、そんな音がした、ようなきがした。
そんな裂け目が、そこにあった。


市の中心部に存在する公園。
噴水が時間と共に吹き出す広場に、
真っ黒な裂け目があった。


とりあえず言っておくが、地面に、ではない。
宙に、だ。
空中に、夜が割れたかのような、そんな裂け目があるのだ。


少し時間が経つ。


再び同じ場所に、
今度は1人の青年が立ちすくんでいた。
割れ目は、消えている。


青年は、まず身体を見下ろした。
そして、夜空の星を観た。
それから、何かを見透した。


それだけで何かが判ったのか、
青年は立ちすくんだ状態から、
ちゃんと二本足で立った。


そのまま歩いていく、
と、途中で止まり、
公園を取り囲むビル街の、頂上の一角を見据えた。


そこに、
月が、
あった。


「キエロ」


初めて聞く青年の声は、
しかし、夜にも似合わぬ冷たさで、
月を皆殺しにした。


星の瞬く夜空。
星しかない夜空。
彼の目はそのすべてを一周し、再び前を向く。


そして、両手へと落ちた。
そこにあるのは、どこか使い込まれた小さめの、
それでもどこか力強い手のひらで、


彼には血まみれに見えた。
そして、実際に血まみれでなくてはならなかった。
そうでなくては、


血まみれの両手を握り返してくれるような、幸せが、わからないじゃないか。


さらに時間が経って、


公園には誰もいなくなる。



               * * * * *


 何故、と、言っているのだろうか?



 入り込んだ家。
 そこにいるはずの家族は何処にもいない。
 ただ、リビングに佇むのが1人だけ。


 目は見開き、口は半開き、足は今にも折れてしまいそう。



 その様子にいぶかしみつつも、
 普段のように飛びかかり、
 始める前に終わりが始まった。



 意識は、あるはずだ。感覚も、もちろんそうだ。



 きっと、何をされたのかも判らなかったに違いない。
 だって、ソレを行った当人にも判らないのだから。
 そして、驚く暇も、与えられない。



 そうじゃなきゃ、やられたことを、やってあげられないし。



 手始めに右手が消えた。
 いや、右手は在る。
 でも、間違いなく、右手が消えているのだ。



 アイツの目が私を見る。タスケテ、と泣き叫ぶ。



 次に消えたのは左手。
 もちろん、在るのだ。
 じゃぁ、何が消えたというのか。



 タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケ 其処で止まる。



 両足も消えて、腰も、腹も、胸も消えた。
 まだ在るのに、何もされていないのに、消えてしまった。
 もう、何が何なのか判らない。



 そこにあるのは、再び、何故、だった。やっと、気付いてくれた。



 鼻が消えた、耳が消えた、唇が、瞼が、舌が、歯が、顎が、喉が、消えた。
 そして目が残る。
 目だけに、なって、



 何故「お前がそこにいる?」口がないので代弁してあげた。



 目の前の誰か、知っているけど名前は知らない誰かが、何かを呟いて。
 悲鳴を押しつぶした疑問は、
 目と共に消えて、私だけになった。



 目の前には変わらずアイツがいて、アイツはなくなってしまった。



 笑おうと思って、何故か笑えなかった。



 そんな私を、後ろから誰かが抱きしめる。



「復讐、おめでとう。これでアイツは誰にも赦されないわ」
「そう。でも、よくわからないんだけど、これでいいの?」
「えぇ、大丈夫。私がよく分かってるわ」
 あなたのことも、あなたの力のことも、ね。
「でも、やっぱりわからない」
「言ってみて?」
「どうして、アイツは私を解体したかったの」
 それはね、と、その人は私の耳を唇に寄せて、そっと囁いた。



「私たちのような人間はね、みなフェチなの」




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