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Last update 2008年01月13日

不思議の国 著者:亜季


終わりと始まりはいつもいっしょにやってくる。

今までいつもそうだった。
何かが終われば、何かがすぐに始まった。

何か失敗しても、全くできるようにならなくても、その場限りの話。

でも、何度も同じ失敗をしたり、
コピー取りですら、容量の悪くて全くできるようにならない、
会社へも遅刻をするか、行くのが早すぎるかの極端さ。
それでいて、責任感も出なければ、政治にも疎い。
その上、人の話は聞かないくせに、自分の話ばかりする。
たとえ冗談でもからかわれると、すぐに泣いてしまう。

学生の頃は、周りも笑って許してくれたから気にならなかったけど、
社会に出て、周りの大人たちに馴染めずに
大人になっていく友達も離れていく。

エリコは20代半ばになって初めて、
知能障害があることを知ってしまった。

いつまでも、エリコの心は大人になれない。

始まりどころか、終わりがくるのかどうかも分からない。

大人になると、年を取るのも嫌だと聞くけれど、
エリコは子供が大人に憧れるように、
いくつになっても、「早く大人になりたい」と年を重ねる事を望んでいた。


そして今、エリコは病院のベッドの上にいた。

なぜかはよく分からないけれど
頭の検査をするのに、数日だけ入院しないといけないらしい。

可愛らしい動物のイラストの描かれたクリーム色の壁の病室で、
大人とは別の、小さな子供たちと一緒の相部屋になった。

遊びたい時に遊べるお手玉や、折り紙、絵本だってある、
ステキな病室でラッキーだったなとエリコは思う。

窓の外からは、明るい日差しも緑も見えて心地いい。


「エリコ、入院したのー?」
「あ、ケイちゃん。来てくれたんだー。この部屋、ステキでしょー。」

物心つく前から一緒にいたケイは
細い体に似合わず、ドンッ!と音を立てて、
ベッドの横の小さな丸い椅子に座った。

「入院って大げさだね。」
「でしょ。」

エリコは思わず、泣きそうになった目を押さえた。

「私の頭のこと、先生に聞いた?私は・・・何も一人でできるようになれないみたい。」

「私だって、エリコがいなかったら一人じゃ何もできないよ。」

胸の奥がグッと締め付けられ、
エリコは涙が溢れそうになるのを必死でこらえて
可愛らしい鳥の刺繍がされた枕で顔を隠した。

「見て!両手!」

ケイはエリコに両手をまっすぐ差し出した。

「たとえばね、両手で重たい荷物を持ち上げるでしょ?」
「そりゃ、片手じゃ無理だもん。」
「でも、右手でご飯を食べながら、左手でマンガを読んだりもできるでしょ?」
「・・・行儀わるい。」
「あはは!」

ケイはニッと笑って、エリコを覗き込んだ。

「まぁさ、そんな風に右手と左手は別々の事をできるのに、
 一生、一緒にいて、力を合わしてたくさんのやりとげていくんだよ。」

そう言う両手を握りしめるケイの指先で
キレイなエメラルドグリーンのマニキュアが輝いていて
とてもキレイで見入ってしまった。

ハッと気付くと、まっすぐな瞳でエリコを見つめるケイから
焦って目をそらした。

「そんなの『力を合わせて』なんて言わないよ。両手はセットなだけ。」
「うまい!そうだよ。神様が私たちにプレゼントしてくれた大事なセット。」

ケイとエリコは見つめ合う。
ベッドの横の小さなテーブルに飾られた小さな向日葵が
一瞬だけ、太陽ではなく、ふたりを仰いだ気がした。

「私たち、右手と左手のようになれないかなぁ。
 それぞれ、ひとりでもたくさんのことができるけど、
 ふたり一緒だともっといろんなことができる。 何より『心強い』でしょ?」

ケイはエリコの両手を包み、優しくも力強そうに微笑んだ。

「・・・私は・・・右手役?」
「え!?エリコが右手役?じゃあ、私は右手より強い左手役ね!」

ケイはグシャっと、エリコの頭を撫でた。

「強い左手より、利き手のが役に立つんだから。」
「お!言ったな!私の握力、すごいんだから!」

左手の袖をまくりあげ、力こぶを作るケイの顔が
病室の窓から強い光の逆光で見えなくなった。

小学校に入る前、ケイと交わした約束を思い出した。

――大きくなったら、ふたりで一緒に『不思議の国』で暮らそうね。

不思議の国は、ずうっと、ここにあるんだね。




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