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Last update 2007年10月07日

タイトルなし  著者:松永 夏馬


 川は小さな入江のような、あるいは半分埋められた運河のような海に注いでいた。

 事件当夜は悪天候で、この川の水も濁流となり渦巻いていたはずだ。しかしなぜ犯人はわざわざこの場所で殺したにもかかわらず海に放り込まなかったのか。ちょいと転がせば遺体は水の中だ。犯行の痕跡を少しでも消したいと思うのが犯人の心理ってもんじゃないのか。
 包丁のような刃物で胸部腹部をめった刺しにされた死体、それだけが嵐の過ぎた朝に発見された。凶器もない、犯人が持って逃げたか、轟々と暴れる川に投げたか。

 人工的に造られた海岸をぼんやりと歩きながら僕は腕を組む。
 そしていつしか組みたてられた妄想ともとれるひとつの推理。思いついてしまったその妄想を何度も何度も頭の中で繰り返し穴を探す。感情では論理の崩壊を望んでいるのがわかる。しかし、穴を探せば探すほどその妄想は確信へと変わっていく。
 僕はポケットから携帯電話を引っ張り出すと、勢いを止めぬようにボタンを押す。コール音が5回鳴るまでに出なかったら、という願いも虚しく彼女の柔らかい声が聞こえてきた。
『もしもし?』
 何度も聞いた優しい声。幼い頃から淡い想いを抱いていた憧れの人の声。咽に声が張り付いたようで言葉が出てこない。
『もしもし?・・・どうしたの』
 彼女に名前を呼ばれて僕は必死で言葉を紡ぎだした。
「突然すんません。ちょっといいッスか? その・・・内藤先輩の殺された事件について」
 沈黙。
「・・・聞いてもらえませんか?」 
 さっきまでの躊躇いがウソのように、言葉は自分の意志とは裏腹に吐き出される。まさに堰を切ったように。あの日の濁流のように。

 あなたは一度警察に疑われていた。そりゃそうだろう。内藤先輩の生命保険金がごっそりと下りたんだから。でもアリバイがあった。強固すぎるほどの・・・まるで作ったかのようなアリバイが。
 結局警察はそのアリバイを突き崩せず、あなたは無事開放された。捜査は「通り魔」「強盗」の方面へと向いているらしいが。
 でも違う。通り魔や強盗だったら遺体をそのままになんてしない。ほんのちょっと遺体を転がすだけで証拠隠滅の確率が上がるんだ。遺体があるとないとでは大違いなんだ。

『でも、私じゃない。私にはアリバイがあるの。貴方と一緒だったじゃない』

 内藤先輩はすげぇ不器用で、でもすげぇ優しい人だった。普段は陰気でぶっきらぼうだけどね。大切なものの為に命張るような人だった。比喩じゃない。事実そうなんだ。あなたはそんな所に惹かれたんじゃないのかい? だから選んだんだろ? ・・・せめてそこは頷いて欲しいよ。
 死体がなければ死亡が確認されない。死亡が確認されなければ保険金が下りない。でも自殺じゃ保険金は下りない。現場に遺体が残された不自然さはこれが理由だ。
 先輩は自分で自分の体に何度も、何度も何度も包丁を突き立て、最期の力でそれを川へ投げ込んだ。あなたの言う通りに。あなたの指定した時間に。あなたと・・・幼い娘の為に。
 そう、あなたがしたのは殺人じゃなく、自殺幇助なんだ。

『そんな自殺幇助だなんて・・・』

「・・・だってアンタは僕で『アリバイを作った』!」

 否定してくれ。鼻で笑ってくれ。妄想だと笑い飛ばしてくれ。
 あの時、僕と一夜を共にした理由を。

 彼女は電話の向こうでしばらく迷っていた。






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