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Last update 2008年03月14日

トリップ -TЯIP-   著者:松永 夏馬


「あなたって麻薬みたいな人ね」

 少し暗い灯りの濃淡の狭間で、少し眠たげな目がそう言っているようだった。上目使いでオレを見たその女は、アルコールが入っているわけでもないのに擦り寄ってきてオレの左掌を自分の頬に当てた。こういう場合はどうしたらいいんだろう。人生20余年、彼女のカの字もなかったオレは、高鳴る鼓動に比例してパニック状態で、右手のグラスを落とさないようにすることで必死だった。

 別に女性が苦手なわけじゃない。ただちょっと、慣れていないだけさ。
 勇気を出して誘った映画も見事あっさりと一刀両断で断られた上に、新しい彼氏がいることまで笑顔で打ちあけられて。ちょいと一杯の自棄酒もいつのまにやら梯子酒。
 わかってはいるんだ。オレはモテない。
 しかし。気が付けば隣に女がいた。……もしかしてオレは酔っているのか? 

 落ち着きを取り戻そうとしてオレはグラスの中の液体を一口のんだ。たいした度数でもないはずなのに喉の奥が熱くなり体中の血が全身を走る感覚に襲われる。オレの喉の動きを、トロンとした目を細めて見ていた女は小さな鼻をそのグラスへと向けた。
「の……飲む?」
 どもりながらグラスを差し出すと、女は嬉しそうなそぶりで舐めるように口をつけ、そして少しむせた。あまりアルコールに慣れていないのだろうか。可愛らしい女の姿に少しだけ余裕ができたオレだったが、同じグラス―――間接キスに再び鼓動が激しくなった。

 彼女いない暦イコール年齢なわけで、当然キスもしたことはない。見た目が悪いとは思わないのに、やはりこの内向的な性格の所為だろうか。人見知りなんだよね。仲良くなるころには完全に友達状態で、そこから進展しようっていう気にならないわけで。
 高校の時に好きだったイッコ上のカズミ先輩はあまり目立つほうではなくて、どことなく同じ匂いがした。なんとなく引き合い、部活の合間にいろんな話をしたもんだ。暑い夏の盛り、オレの持っていた飲みかけのペットボトルを奪うように取り上げて飲んだカズミ先輩の薄い唇の色が、今でもハッキリと思い出せる。そんなことでドギマギしていたオレを、ほんの少し照れたような顔で笑う先輩は、その瞬間、やけに艶かしく見えたっけ。

 そんなオレに気付いているのかわからないが、相変わらず女はオレに身を寄せてくる。なで肩と背中のラインが描く曲線はドキドキするほど滑らかで、つい手を伸ばしてしまいそうだ。危ない。アルコールの所為にして抱きしめてしまえと、オレの中の誰かが笑っている。どうしたらいい。混乱と興奮がアルコールの血中濃度をさらに上げている。
 震える手でオレは女の頬に触れた。一瞬ピクリと身を竦ませたものの、女はさらにオレの体に身を寄せた。

 もしかして。いや、もしかしなくてもこれは。

 そのままオレは手を女の首筋から背中へと移動させる。嫌がるそぶりはない。むしろその快感を望むかのようだ。女の地肌に直接触れる。ときおりくすぐったそうな息が女から漏れ、それがまたオレの興奮を高めた。わずかに開かれた口元からちらりと覗く赤い舌。
 オレはグラスの液体を指に絡め、そして女の口元へと差し出した。熱に浮かされたように女はオレの人差し指に舌を絡ませる。生温かい舌の粘りがある種の行為を予感させ、オレは音を立てて喉を鳴らせた。それに気付いた女は指を軽く噛んだまま上目使いでオレを見上げる。そしてペロリともう一度指先を舐めてから口を離すと、今度は自分の番だとでも言うかのように顔を上げ目を閉じだ。

 限界だ。もう、どうにでもなれ。

 オレは知識だけを頼りに、悦びを感じさせるそのポイントに、手を、指を這わす。


 ********************

「ねぇ、見て」
 彼女が指差した路地のゴミ収集所に、どこかで見たような男が座り込んでいた。光量の乏しい街灯に照らされた醜態、道往く人達はその男に気付きながらも足早に通り過ぎていく。
「あれって……」
 たしか大学の同期の……名前までは思い出せない。アルコールが回りきっているのか目は据わり、ワンカップの酒を片手に野良猫の喉をさすっていた。ニヤケたような半笑いで何かブツブツと呟いている姿は滑稽を通り越してむしろ不気味だ。
 かかわらないほうがいい。僕はそう判断して彼女を促した。

「……さっさと行こうぜ」
 彼女は腕時計をちらりと見てあっさりと頷いた。
「そうね。終電なくなっちゃう」




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