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Last update 2008年03月14日

キロ  著者:一茶


「終電なくなっちゃう」

女が、眠りに就こうとしている駅へと駆けていく。
そこで、私達はすれ違い、別れた。
意識に残らぬような一瞬。
すでに、女の顔は記憶に残っていない。
私は幾重とこの瞬間を過ぎては忘れてきた。
私は、私にとっての全てだ。
だが、それと同時に全てにとっての一にしか過ぎない。
私は小さい。
そんな私と言う存在が、どこまで痕跡を残せるのか。
その、最も残しやすい方法が遺伝子であったのだろう。
だが、私はその方法を否定した。いや、否定せざるを得なかった。
その方法以外に私達は痕跡を残せないのだろうか。
私は、今を生きている。
あの女も今を生きている。
だが、そこに痕跡は残せない。
一人だけで痕跡などは残せないのだ。
私がこうして家路へと着こうとしていることを誰が認めるか?
誰が、記するのか?
 …そんな者はいない。
この事象は消えていくだけだ。
そこには憂いも怒りもない。
ただ、消えるだけだ。ただ。

先刻の女は電車に間に合っただろうか。
それとも乗れずに立ち往生でもしているだろうか。
それを観測するものなどいない。
私達は絶対的な孤独の中で肩をぶつけ合って進んでいる。
誰が、他人の痕跡を記するだろうか。
誰が、他人の痕跡を気にするだろうか。
誰が、他人に気を向けるだろうか。
もうすぐ、家に着く。
家に着けば、ただ死に近い眠りに就くだけだ。
そうして明日を今日に変え、また動き出すのだ。
死ねないから生きる毎日を。
自らの人間としての欲に貪り続けられる日々に。
金を稼ぎ、それを脳内の快楽物質を出すために使う。
なんと、高価な薬品であろうか。
今宵も私の脳内麻薬は価格を上げ続けている。
違法ではない、合法として認められた麻薬。
私達は、それを貪る。
それを望む。
それを懇願する。
そう、生きるように組み立てられた。
それを否定する人間などいないだろう。
馬鹿らしいものだ。

ボロボロの家に着き、暗い玄関で鍵を開ける。
全てを埋葬するぽっかりと開いた暗闇に私は飲み込まれる。
そうして、私は今日を終えるのだ。
下らない、実に意味の無い一日を。
それに飲み込まれない為にも、私は寝る前に一言だけ自分に言う。
この行為すら、習慣の中にはめ込まれていることを分かっていながら。
いいじゃないか、愚かで。
無能で何が悪い?
大きく息を吸い、虚空に向かいただ叫ぶ。

「負けるな、オレ!」




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