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Last update 2007年10月07日

タイトルなし  著者:アスティ黒駒の勝蔵之助


 彼女は電話の向こうでしばらく迷っていた。
 そも、彼女は自分がなぜここにいるかもよくわからなかった。
  気がつけば周囲はすでに暗く、どこに何があるかもわからず、どころか、ここがどこかも皆目見当がつかぬ。正方形に十字の枠取りをした窓がひとつ、その脇にベット、小さなサイドテーブル、ただそれだけ。そしてそのサイドテーブルとは別に、部屋の隅に同じようなサイドテーブルがぽんと置いてあって、その上に電話があり、その電話が今、まるで彼女の戸惑いを嘲笑うかのように鳴り出したのだ。そういうわけで、彼女はその電話の向こう側でしばらく迷っていた。迷っていて結局、状況のわからないまま電話をとってますますわからない状況になることを恐れて、彼女はじっと電話が鳴るのに任せていた、決して取ろうとは、出ようとはしなかった。いつまでも出ない彼女をなじるように、またはそんな彼女に苛立ちを募らせるように、電話はしばらく鳴り響いていたが、じきにそれも止んだ。
 ほっと息をついて、改めて彼女は辺りを見回した。
 外は何も見えず、うっすらと外明かりで部屋の中が見渡せるだけだ。
 だいたい自分はいつからここにいるのだろう?
 この部屋には扉がないのだろうか、あるとしてもただ暗いだけで見えないのだろうか、とにかく今自分が座り込んでいるこの床からは何も見えない。
 寝ていただろうか? 気を失っていただろうか? 
 どうにも不可解なのはいつから、どうやって、そしてなぜここにいるのか。
 何も覚えていない。
 覚えているのはただひとつ、どこか水の中にいて、そこから空を見上げているのだが、水面を通してゆらゆらと月が見えている、ただそれだけだ。
 海なのか川なのか、ただのプールだったのかもよくわからないが、ただ覚えているのはゆらゆらとゆらめく月の歪んだ形と、身体が水中を海草のようにきもちよくたゆたうその感覚だけだ。
 それ以外には何ひとつ思い出せなかった。






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