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Last update 2008年03月14日

リセットカード  著者:AR1



「これも立派な犯罪だって。そこんとこ、分かってる?」
 奴は一度として焦った調子をおくびも見せず、淡々とした態度でそう言ってのけた。
 ――知っていたさ。あえて踏み込んで知ろうとしなかっただけで、少し洞察を働かせればそういう幼稚な神経しか持たない奴なんだって。気が利かないだけなら別にいいんだ。お前の素晴らしいところは、いつでも他人の神経を逆撫でする急所を知っていて、それを最短距離で突くことを無条件に喜ぶことなんだよ。
 それに気づかせてやれなかったのは、これまで二年間接して来た〈少年〉も同罪なのかもしれない。しかし、こういう形なら贖罪と同時に気づかせてやれる最後のチャンスにも思える。
「家族が無念に思うけどさ、それ以上にニュースやら新聞やら、挙句には掲示板やらで騒がれるんだぜ? それはある種の立派な犯罪だと思わない?」
 その言はある意味、正当なのかもしれない。このような形の死が生むものは無情と雑多な騒音でしかなく、エゴの塊が衝き動かす、法律に抵触しないが道徳的には背信に近い行為なのかもしれない。
「…………悪い」
 〈少年〉はもう、選択肢の一切を取り払っていた。ここで一度リセットしておかないと、生きていようが価値なき魂の残留行為のような気がしてゾッとする。たかが両手で数えることの出来る数字から少し外れた年数しか齢を重ねていないとは言え、それはいささか残酷過ぎることは目に浮かんだ。
「ここで死んだらお別れ、生きていてもお別れだ」
「はあ? 意味分からんし」
 この期に及んで軽口を叩く友人に、さすがの〈少年〉も舌を打つ――ああ、なるほど。目の前で起こらないと分からん奴なんだよな。ごめん、うっかりしてた。
 全てを自分の掌と言う虚構の上で躍らせているつもりの彼には見せてやらなければならないようだ。無価値の死を選ぶところに、どれだけの価値があるのかを。
 もっとも、これは結果的に相手に教訓を与える行為なのであって、動機はやはり個人的エゴに尽きる。それを果たす寸前、あることにふと気づくものの、自身を嘲笑に伏した。このバカ野郎を殺しておけばよかったじゃないかなんて、アホらしいこと。こんなクズを殺して万が一生き残ってしまったら少年院行き決定じゃないか。こんな奴のために? とんでもない!
 ――やっぱりこれに行き着いちゃう訳なんだな。
 最後に、バカな自身に乾杯。近所のコンビニで買って来たコーラを最後まで喉の奥に流し込み、缶をコンクリートの床に据える。
「まあ、また会うとしたら来世ってことだよ――会いたくないけどさ」
 最後の言葉としては、〈少年〉らしくもなく皮肉の利いた幕引き。こんな情けない無重力落下を味わうハメになったのは、少し記憶を遡ることとなる。

 夕暮れの教室。一時間もすれば運動系の部活が後片付けを始める秋の夕暮れ。遠方が遠赤外線のような朱に染まるわりには肌寒さを感じる十一月の初め。
「え? ひょっとしてマジだと思った?」
 これは心外と心底から主張せんばかりに、ロッカーから取り出したリコーダーのケースをそこに戻す。ちなみに、彼――西田昌史(にしだ まさし)のものではない。意中の彼女――推定独り身――の所有物。
「勘弁してくれ。小学生じゃあるまいし」
「その小学を卒業してから二年しか経ってないけどな」
 この中学に入って以来の友人――が軽い調子でからかい、さりげなく皮肉。知り合った当時から変わってなどいない。成長した証と言えば、健康手帳に年数回刻まれる身体測定の数値と、声変わりの始まった中途半端な低い声。精神はあの頃のまま。
「あのさ、『好きな女の子のリコーダーを吹く』って、いつ頃の慣わしなんだよ?」
「よくあるパターンじゃん? そういうのってさ」
 きっとそれは漫画の知識だったりするんだろ?――昌史は心中で突っ込むが声には出さない。それは将棋で言うところの『王手』であるから。
「ほんの冗談をマジに取られても困るんだけどな……まあ、いいや」
 この友人のノリに延々と付き合わされでもしたらたまったものではない。ちょっかいを出す加減を知らないがゆえに、突っつかなくともよい藪を面白がって引っ掻き回すのだ。ちょっとは人の迷惑も考えて欲しい。
(そういえば……なんでこんな奴と続いてるんだろうな?)
 昌史自身にもよく分からない。なんとなく知り合った奴と、意味もなくだらだらと関係を保っている。それ以外の価値はどこにあるのだろう? 過去に友人と喧嘩をしたこともあるし、言動や行いに心底腹を立てたこともあったが、波風が立たないこの関係に戸惑っているのかもしれない。切ってもよい縁なのだろうか……? それが分からぬまま、一年半が経過している。
「ま、いいや。俺は絶対に吹かないからな。やるならお前がやってくれ」
 それがさよならの合図。ぶっきらぼうではあったが、いつもこんな調子で手振りさえもしない唐突な別れ。こういう去り際を演出したのは友人の方で、一年前は毎度心象を悪くしていたのだが、いつの間にかこれが正常になってしまっている。普通とはどういう意味だったのだろう?、昌史は今ここに至って『普通』という定常軌道を逸脱した場所を泳いでいることに気づく。
(なんで俺、今になってこんなことを考えるようになったんだろうな……?)
 色々なことが円滑に進まないようになって、そういえば話しかける人も少なくなったような気もして……最近、その原因を頭のどこかで探り当てようと容量の一部を割いていた。その結果、どうにも『友人関係』が歪んでいるのではないかという線にまで辿り着いた。まだ小学生だった頃、友達なんて普通に出来るものだと考えていた。多少、女の子とのグループの分裂もあったけれど、中学時代に比べればどこ吹く風。結構上手く付き合えていたと思う。
 そうしたレールが崩れたのが中学一年の後期。将来に対して明確な展望もないのに、理系人間であることを理由に高校はそちらの方向に進めとか、面倒臭がりで行事に参加したがらないとか、暗くて近寄りがたいとか……悩みと風評の殺伐さが昌史の耳元を掠めて回るのに一年も要さなかった。それが地盤沈下の始まり。
 そういえば、俺、最近仏頂面ばかりで笑ってないよな。時々、お笑い系の番組を見て乾いた笑いを挙げてるけれど――思春期が不安定であることを、初めて身に染みて体感した瞬間だったのかもしれない。

 翌日、昌史の眼前は血のような朱色に染まり、意識が止まる出来事がのしかかった。
 いつの間にか慣れっこだった風評や見聞の数々。目の当たりにしても心臓がきしんでいないことに思考停止していた自己を嫌悪した昨夕からこれだ。どうやら神様という連中は、自分のこれまでの経緯を見直すことに一切の猶予を残してくれないらしい。せっかく自身と鏡越しに向き合うことが出来るところだったのに……残酷な結末に産み落とされた憎悪の断片が膨れ上がるのが認識出来る。そし
て、それを止められない。
 後ろ指を差されるのもお構いなしに、教室に姿の見えない――だが、荷物だけはしっかりと置いてあるその人物の背中を捜索するため、屋上から一階まで、計五フロアを走り回った。一度目は見つからなかったため、一階に戻ろうと踵を返した時。
「おい、昌史! 探したぞ、まったく」
 さして息を切らした様子もない友人が、昌史が撤退しようとした屋上の出入り口前に立ち塞がる――呑気なもんだな、お前は。
「誰かに話したな。あることないこと付け足して……!」
「悪いって。悪かったって。ケータイのメールでちょこっと教えただけでこんなになるなんて……俺も予想出来なかったんだよ」
 やっぱりそうだ。昌史の想像通り、この友人はなにも理解出来ていない。事の大きさ、それに伴う昌史の信用の失墜、人格否定……様々な派生物が伝播して、想像の及ばないところにまで風に乗って運ばれて行くのだ。それを一言二言のにやけ混じりの謝罪で済まされるものではない。
「テメェ…………」
 真っ白な頭だからこそ出来るフィルターを通さない罵詈雑言でも浴びせたい気分ではあったが、一言を添えるに留まる。
「放課後、ここに来い。いいな」
 昌史は友人の傍らをすり抜け、ドスの利いた脅し文句を突き付けてやった。もしかしたら冗談半分程度に受け取っているのかもしれないが、それでもいい。俺はテメェに後味の悪いモノを嫌でも口に押し込んで、それを食道の奥に埋没されてやるからな。
 ――俺ももう、この学校には残ることは出来ないだろうけどな。

 ビスの緩んだ、掛け値なしに定まらない意識と視界の中で、俺は自分の置かれている状況を整理し始める。どこまで冷静に分析出来るかは怪しいが、それをしない訳にはいかなかった。
 俺の体はストレッチャーに載せられていて、衣服はズタズタ。鋭利な刃物で切断したようなので、恐らく救急車で搬送される間に応急処置でもしたのだろう。天井は細長い蛍光灯が通り過ぎ、残光が網膜に焼きつき、幾重にもちらついた。
 痛みはどこに行ったのだろう? 感覚は? いや、それよりも自分は死ぬのだろうか? 後生を絶たれるのだとしたら、最低限の利益は得たと見るべきだ。どの道、もうあの学校に通う気はしないし、ずっと誤解を引きずられるのは空前絶後の苦痛である。結局は首でも吊っていたかも知れない。
 生きていたとしたら――それは全面的な勝利確定である。永続的な苦痛から解放されるし、奴との縁もスッパリ綺麗に後腐れなく切ることが出来る。風評もあらかた鎮火するだろう。警察にリコーダーの口をDNA検査で鑑定してもらおうか?
 潔白を確定させる材料になり得る。
 まだ自分が勝者であると断定は出来ない。病院に辿り着いたとはいえ、あの高さから落ちれば内臓に被害が及んでいても不思議ではない。ここまで搬送されるのに費やした時間を知る由もないが、素人考えで五分五分……いや、もっと下回るか。
 そういえば、聖書に登場するラザロって人物は、死んだ後でイエス・キリストの力で復活を遂げて棺桶から這い出して来るんだよな。もっとも、神様がここに至って俺を助けてくれるのか、まったく懐疑的ではある。
 なんでもいい。ラザロのように生き延びようが、棺桶に倒れ伏すのであろうとも。後者の幕引きが成立した時、墓穴から這い出してきたラザロの姿で、俺はあべこべに入るのだ。




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