Mystery Circle 作品置き場

望月来羅

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nightstalker

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Last update 2008年03月14日

泪石花(るいせっか)  著者:望月来羅


 大きな茶色の瞳が、外から入る硝子テーブルに反射した光を受けて奇妙に歪む。

光彩の加減では、怒っているようにも泣いているようにも見える、そんな瞳に見つめられて。先に折れたのは少年、アルフの方だった。決まり悪げに頬を掻くと、誤魔化すようにため息をついて、ついで自分の短い茶髪にわしゃわしゃと乱暴に手を突っ込んだ。

「だぁからぁ、悪かったって。いい加減機嫌直せよレオンー」
「・・・なにに機嫌直すって?そもそも怒ってないし。」

(嘘言え)とは正面切って言えず、せめて、と肩を軽く竦ませた。謝罪の相手は向かい側。小さい1m四方のテーブルの向かいに、明らかに機嫌の悪い幼馴染が腰掛けていた。
チラリと視線を巡らしても、広い洒落た感じの店内には他に一組のカップルが、アルフ達とは遠く、丁度反対の角に陣取っているだけだった。やけに静かで、かすかに暖房の音がする。
が、別にカフェ・・・ここ、『ドラジェ』に閑古鳥が鳴いているというわけではない。ただ単に、時間帯の問題だろう。視線を落とせば、この秋に買ったばかりのアナログ時計が午前9時半を指し、おまけに今日は休日日曜。普段であれば、アルフにしろ、レオンにしろ今だ夢の中の住人のはずだった。

(なーんでこうなったかなー)

胸中ボソリと呟いて、顔を右側に向ける。わずかに埃の掛かった窓ガラスは、鈍く光を反射し、アルフが頭を動かすと、窓の中でシンメトリの少年が見つめ返してくるのが見えた。硝子に反射して映る自分の像は、何故かモノクロのようだが、こげ茶色の瞳、同じく天然色こげ茶の短髪。前髪も散切りに切られ、短い横髪は好き勝手な方向に跳ねている。
立てば身長は165㎝ほどか。体勢を変えた時に羽織っている黒のコートの袖から腕が覗き、痩躯ながらにしなやかな筋肉がついているのだと知れる。
年齢は16。正式にはアルフ=レギンという。
窓の外、道路よりわずかに低い位置・・・つまり地下にカフェがあるため、窓から見えるのは植え込みと急がしそうに歩く人々の足並みだけだ。遠近法も手伝って見える街路樹はすっかり葉を地に散らし、時折遠くに見える人々も、白い息を吐いている。
クリスマスが、近い。

 一通り視線を彷徨わせると、アルフは再度ため息をついて幼馴染に向き直った。
東向きの窓に面して、レオンの色素の薄い茶髪に天使の輪がかけられる。レオンの細い髪の毛は、アルフとは違い肩下ほどまであり、シャギーが入れられている。髪と同じ色彩の瞳がある顔立ちは整っているのに、今はその視線の冷たさが人を近寄らせ難い。身長155㎝、年齢13。正式にはレオン=リルド。皮肉屋の彼だが、怒りがこうもあからさまなのは珍しいと言えよう。さて、どうしたものか。

「レオンくーん、美少年が台無しぃ」
「棒読み。・・・君ね。僕が怒ってるのが分かってるんだったら、取り返してきてよ、泪石花。」

やはり怒っている・・・と、いうより、直球で来た本題に少し言葉に詰まる。だが、焦っては逆効果である。「まぁまぁ」、と、とりあえず自分の目の前にあった湯気の出ているカフェ・ラテをレオンの前に押し出した。

「ま、とりあえず落ち着け?な?俺だって賭けに乗ったのはまずかった。だけどさーあの場面でお前断れる?お前の爺様他招待客の前で?真がやりたいって言ってんのに?」
「知らないよ。それに賭けに負けたのは君で?なんで僕の泪石花まで賭けなきゃならなかったのかな。ぜひとも伺いたいものだけど。」
「あれは真が・・・っ」

真というのは、レオンとアルフのもう一人の幼馴染のことだ。・・・いや、正確には『幼馴染』というよりも、『腐れ縁』という言葉が似合う。18歳で、大手ソフトメーカーの一人息子であり、皮肉屋。且つ科学マニア。アルフ的には、レオンと似ていると思うが、レオンはあまり好きではないらしい。同類嫌悪というやつだろうか。
弁解をするつもりが即座に打ち返され、とっさには反論できない。額に汗が伝うのが分かった。
そもそも、なぜこんなことになっているのか。話を遡ろう。

レオンの家は、政治家の輩出率が高い、ということを除いても、代々の資産家である。
日本に本家を構え、世界中に様々な会社を築いている。一方アルフの実家もそれなりに裕福層・・・と、いうより、名声がある家である。古くからのしきたりを重んじ、家名を安売りしない。もちろん日本名――神尊(こうそ)――という苗字もあるわけで、正確には『アルフ=レギン=神尊』となるわけだが。両親が国際結婚のため、父方の姓を継いでいる。母親が次女とはいえ、よくもまぁ祖母が許可したものだ。

 国際結婚、というキーワードが共通点になったのだろう。たまたま避暑に行った別荘が近かったアルフの母親とレオンの母親はお互いに親しくなり、その関係で息子のアルフとレオンも幼馴染の間柄になる。その間にさきほどの真も入るわけで。
昨夜は、その真の誕生日パーティーが催されていた。若くも、将来必ずソフト会社の社長になる人材である。アルフの眼から見ても盛大なものだった。

 皮肉屋の真が毎年行う『ゲーム』。今年は、ポーカー。しかもアルフに面と向かって申し込んできたのだ。
アルフは、真のことが嫌いでは無い。が、苦手である。幼いころから幾度と無く絡まれ、『新薬』!といっては実験台にされてきた。どちらかというと化学方面に詳しいレオンと違い、バイオ方面の真である。なまじ人体科学に精通しているだけにその薬とやらが人体に及ぼす影響は計り知れない。ソフト会社の息子ならば、ゲームだけしていればいいものを。科学マニアはレオン一人で充分である。
 とにかく、数回目の『新薬』とやらで40度を超える熱を出し、一週間以上寝込んだあと。アルフにとって真とは本能が危険信号を出している人物なのだ。

だが、思うように行かないのが常世の中。何が良かったのかそれ以来真には妙に気に入られた節があり、ことあるごとに絡んでくる。
 先日のポーカーがそうだったように。何かモノを賭けてのカード遊び。ただ、不幸なことに、記するなら、アルフは負けず嫌いである。レオンや真のような理論人間から見ると俗に言うところの『単細胞』ということだろう。
パーティーで、勝負を申し込まれ。財界一の勢力を誇るレオンの祖父の前ではおいそれと辞退できなかったのだ。初戦、アルフは絹のスカーフを賭け、見事に負けた。
そう、そこで終わればよかったのだ。潔く引いていれば。

(馬鹿だよなぁ俺。なんで引けなかったんだよ・・・。)

数回して後、どれも惨敗―・・・。賭ける物のなくなった自分に、余裕の笑みを向ける幼馴染。なぜかぷつりと線が切れた。手渡されるままに飲んでいたアルコールのせいかも知れなかったが。
とにかく、そのときは楽しかったのだ。気分がハイで、やけくそのように笑った覚えがある。そして――・・・近くにいたレオンがネクタイに止めていた、ネックレスを加工したタイピンを賭けたのだ。どよめく人垣を背景に、レオンが止める間もなく、「今度こそ勝てる」そう信じて・・・
結果は・・・・・

「じゃなくて・・・っレオン!本当にゴメン。俺が悪かった!ごめんなさい。」

見事に負け。聞くところによると、レオンがしていたタイピンは、レオンが懐いていた祖母からもらった大切なものだという。俗に『泪石花』という通り名で呼ばれ、5カラットほどの大粒のダイヤモンドの中に自然の気泡が浮いているらしい。珍しいのは、このダイヤはほぼ加工されておらず、にもかかわらず蓮のような形をしていることだ。そんな外観から、『泪石花』という名前がつけられた。
レオンの祖母がイギリスから仕入れ、ネックレスにして宝石を愛でていたという。そんなものを―・・・。

 賭け事では、一度賭けたものは、双方が賭け終わった時点で絶対的なルールの前にその人の物ではなくなる。一旦所持権は宙に浮き、勝利者に渡っていくのだ。
賭けに負け、不貞腐れたレオンからそのタイピンの生い立ちを聞いて後。アルフは慌てて真にせめてピンを返してくれるように頼んだ。幼馴染のよしみで、と。だが。パーティーも終わり時に、真から返ってきたものは、満面の笑みと、「取りに来たらね」という言葉だけであった。
 こんなに焦っているのにメールも電話も受け付けない。なんですか、嫌がらせですか。
 ・・・思い出したら腹が立ってきた。
レオンは頭を下げたままのアルフを無言でしばらく眺めていたが、やがて諦めのため息をついた。

「・・・まぁね。君を殴ってでも止めなかった僕にも非はあるわけだし。」と、レオンは聞き捨てなら無いことをさらりとのたまう。
「とにかく、アレだけはあげられないんだ。いくら真さんでもね。」

暖かいカフェ・ラテをゆっくり嚥下しながら。レオンの薄茶の瞳がつ、と窓の外・・・通りの向こうに向けられた。連られてアルフも首を巡らす。見えにくいが、人々の行き交う足と、植え込みの向こう・・・道路を挟んで、ちょうど反対側に、その家はあった。
縦横3M四方ほどに、センスよく、細い鉄柱を組み合わせた両開きの扉が備え付けられ、高い塀。都会よりにも関わらず、広く、やたらとめだつ噴水の群。白を基調とした壁に淡いクリーム色の屋根。豪奢な家である。
築数十年は経っているであろう外観は、蔦一つなく手入れが行き届いている。

「硝子カッターとカードキーあった?」
「レーザーのカッターならね。作らせたよ。カードっつーかマスターのがあるから。」

ふふふふ、と笑うが、その眼は少しも笑っていない。アレが、これから向かう先、真の居城である。返してくれないのなら、と、出向いて取り返しに行くことにしたのだ。
くぃっと一気にカフェ・ラテを飲み干して、がたんと長居していたカフェの席を立った。会計を支払い、「ありがとうございましたー」の声を尻目に店を出る。
一気に押し寄せる寒さの中、車に気をつけながら道を渡れば、真の家は本当にすぐ近くで。そびえ立っている。
カメラが仕掛けてあるため、正門は使わない。100Mほど移動し、小さな扉の横の差込口にマスターキーをスコンと差し、中に入った。
途中で何人かの使用人に会ったが、特には咎められなかった。日常的にここ、真の研究室にも入り浸っているレオンとアルフ。顔なじみの彼らを見ても注意しないということは、昨日から真は家のものには指示を出していないということだ。
真の居場所は分かっている。

 ――――キィイ・・・ィ――
どこか緊張して押し開けた樫の木の扉が、静寂の空間に、やけに響いて聞こえた。

「あ、レオン、アルフ。遅かったね。」
「!・・・・真さん」

不意に声をかけられ、二人の登場にも驚かない相手に逆にこちらが少し驚く。レオンが、ふん、と鼻を鳴らして扉を押し開けると、アルフが後ろから続いて部屋に入った。20平方Mほどの、簡素な部屋である。
大きな窓が特徴的で、バルコニーに直通していけるようになっている。中央には、革張りのソファとテーブルが一対。

「遅くないでしょ。まだ昼前だよ?真さん。ってか、用件は分かってるよね。」
「まぁね。俺が遅いっつったのはおまえらのことだから昨日のうちに来るんじゃねーかな、とか思ったわけで?用件はコレを返せ、だろ?」

太陽光差し込むバルコニーから部屋の中央に歩み寄ってきた。ラフな格好のYシャツの胸ポケット部分からシャラ、とネックレスのようなタイピンを取り出した。後光に当たって、5カラットのダイヤが煌めく。

「これアレだろ?『泪石花』ってやつ。通り名は伊達じゃねえのな。」

鎖部分を持ち上げてその蓮の形を示す。太陽の後光にさえぎられて黒髪が淡く縁取られているが、その中でややつり眼気味の黒眼は楽しそうに輝いていた。

「えっとね、真さん。その・・・昨日のこと、確かに俺の負けです。ただ、俺馬鹿だから、それレオンの大切なもので・・・だから、なにか代えれるものがあればなんでも代えますから!その『泪石花』はレオンに返してくれませんか?」
「いいよ。」
「本当に、他に代えれる・・・・え?」

勢い込んで言うと、さらりとした返事が返ってきた。それが肯定だと言うことを理解するまでに少しの時間を要した。隣で、レオンがその皮肉気な顔をわずかに困惑にゆがませた。

「ただし、俺にポーカーで勝てたらね。レオンとはやってみたかったんだ。」
「・・・何ソレ。僕とやりたいんだったら昨日言えば良かったでしょ。昨日僕がやって勝ってたら真は返してくれたわけ?」
「いや。目的が違うんだ。俺は『本気の』お前と対戦してみたかったもんでね。
昨日お前と対戦できなかった理由は2つ。一つはあそこが『公式』の場だってこと。レオンの爺様だっていたろ?もう一つは純粋にパーティーも終わりに近くて、俺が眠かったから。お分かり?」

かなり身勝手な意見にレオンを伺い見ると、口をへの字にして顔を顰めていた。
いつもの尊称も省かれている。

「で、でも真さん!悪かったのは俺ですから!なにか代わりになるものを、」
「わかった」

慌てて真の機嫌を取ろうとすると、不意に横からレオンの不機嫌そうな・・・いや、不機嫌そのものの声が聞こえた。

「『本気の』勝負?上等だよ。買ってあげようか。ああ、賭けるものはもちろん『泪石花』だからね。僕はなんでもいいよ。・・・ああ、僕がこの2年を費やして研究している細胞増殖のレポートでどう?」
「ちょ、おいレオン!」
「アルフは黙ってて。元凶は君だろ。今度からはもっと冷静に物事を判断してよね。どうなの、真」
「嬉しいね!コレでお前に勝てば俺の本願は達成されるわけだ。」
「僕に勝ってから言ってね、その科白」

「え、え?」と二人の顔を見比べるアルフだが、当人達はというとレオンも真も笑っている。ただし、眼が笑っていない。特にレオンは、本当ならただ単に被害者の身にも関わらず、真が自分を指名してきたことに苛立ちを感じているのか、その薄茶の瞳が、怖い。
 そんな二人の様子を見ていたアルフは。引きつった口元を押さえ、そっと一歩後ろに下がった。
二人が中央の革張りのソファに、テーブルを挟んで腰掛ける。まるでレオンが了承することを予想していたかのように、そこにはプラスチック製のトランプが一組、中央に置かれていた。真が楽しみで仕方が無い、というようにソファに軽く腰掛け、そのトランプを切り出す。対するレオンは不機嫌で、ドサリと気だるげにソファに腰を下ろし、始終ため息をついていた。元凶にも関わらず立つ瀬のないアルフは、そうっとレオンのソファの後ろに立った。直立不動の姿勢。

「親は俺がやる。ルールは昨日と同じな。賭け物は俺は『泪石花』。お前は『レポート』。オッケ?」
「異存なし。・・・仮に僕が負けたら、2年越しの研究成果が奪われるわけだ。・・・いいでしょう、本気で相手しようか」
「・・・・レオン!」

どこか悟ったかのような顔で振り向かれ、思わずうっと詰まる。だが、気を持ち直して唇を湿らせた後、そうっと口を開いた。

「その・・・やっぱさ、俺がやるよ。馬鹿で、どうかしてた。俺。ゴメン。それでさらにお前が研究諦めるなんて目覚めが悪すぎて、ぐっ!?」

視線を合わせないようにして言葉をつむぐと、突然腹部に鈍痛が走った。反射的にレオンを見ると、にっこりと笑っていた。ただし、手は拳に握りこまれ、構えている。紛れも無く、レオンが背後を振り向いてアルフの腹部を殴ったらしい。

「い・・・何するんだよ!」
「君は本気で馬鹿?」
「は?」

にっこり笑ったまま、レオンがソファの背もたれに身を乗り出した。相変わらず、眼は笑っていない。

「僕がそんな自己献身的な性格?あのね、僕は別に君に対して怒ってな・・・怒ってはいたけど、今はもう真の方が憎らしいんだよね。さっき言っただろ?君を今みたいに殴ってでも止めなかった僕にも非はあるって。それに、真が戦いたいのは僕だよ。そして泪石花を取り返したいのも僕。さらにいうなら、真に惨敗中のアルフにはあまり期待できないんだよ。」

一気に言って、ね?と首を傾げる。と言われても、アルフにすると内容はどれも正しいもので、ハイ、と肯定の意を示してうなだれるしかなかった。
冷や汗を流しているアルフを見て、レオンはその多少の怒りが含まれていた視線をフ、と緩めた。手を伸ばし、頭を叩こうとしたが、背が足りなかったのでアルフの肩を軽く叩いた。
「・・・・まぁ、大丈夫だよ。なんたって僕だし。だから、君は学習してくれればいい。これから昨日みたいなことしたら、そのときは遠慮なく殴るから」
「・・・始めていいか?レオン。ごらんの通り、トランプにはイカサマ無し」
「・・・・うん。違和感は無いね。良かった。君がイカサマトランプ使い出したらどうしようかと思った。」
「はっ!お前の『本気』とどっちが強いかな?」
「さあ?じゃあ、それなりに大切な勝負、始めようか?」
アルフの首筋に、暑くも無いのに一筋の汗が伝った――・・・。

「―――はい、終了」
「・・・・・・・・・」
ひくり、と真のこめかみが引きつるのをアルフは見た。驚きを隠せずに口を半開きのままテーブルに眼を落とすと、そこには真の前には9から始まる『ストレート』が、レオンの前にはスペードの1から、『ストレートフラッシュ』と呼ばれるカードのそれぞれ扇型に身を晒していた。ごくりとつばを飲む。
これで、戦いを始めて4戦目。まるで、昨日のアルフのように、レオンの前には手が出せない真だった。現在、見事完敗中。
数秒黙ったあと、ため息をついてトランプを投げ出した。「あーぁ」と呟いてズルズルと背もたれにもたれる。

「3戦・・・4戦4敗、ね・・・。」
かんぱぁい・・・と諦め顔で呟いて、もたれて天井を向いた顔に片手を置いた。
「・・・・わかった。いいよ、俺の負けで。タイピン持ってっていいよ」

それとは違う片方を、対するレオンに向けて軽く振った。
ども、と軽く言うレオンとは違い、アルフはというと、もうすっかり感激した面持ちだ。レオンが机の端においてあったネックレス型タイピンを手にとって思わず振り返り・・・・。振り返った瞬間、うげ、と思わず顔を引きつらせた。

「レオン!凄いなお前!なんだよこんなにポーカーできるんなら教えてくれればよかったのに!」

やけに眼を輝かせた、アルフがいたので。まるで子供のようにはしゃぐアルフは、今の完勝劇に感激してのことだろうか。不気味そうにそのアルフを眺め。いささか決まりが悪くなったのか、視線をあらぬ方向に飛ばし、頬を軽く掻く。

「ん~そこまで感激されると逆に心苦しいんだけどね・・・。」
「は?」
「で?レオン、お前『何回』やった?」

純粋な疑問はアルフから。そしてアルフとは違う視点から事を見、確認しているのが手を顔にのせたままの真だ。

「5・・・6回かな?すり替えはね。」
「多っ!?うわ~馬っ鹿だなぁ俺・・・ちくしょー」

すり替え?なんの話しだろうか・・・と思いつつも、アルフの中で、ある可能性が育っていった。純粋なポーカーの腕なら、教えを請おうと思ったが。今の真の、そしてレオンの応答は・・・。

「レオン?今の・・・その、まさか・・・」
「ん。まぁね。ほら」といってレオンが自分のジャケットの袖を滑らせると、2,3枚のカードが滑り出てきた。「!」
「少ないけどね。真は気づいてたかな。毎回さ、とりあえずジョーカー、1の2ペアくらいはもっといたほうがいいかなと思ったんだよ。」

肩をすくめつつそんなことをのたまうが、アルフはいろいろな意味で口がふさがらなかった。

「はぁ!?なにそれ!イカサマ!?しかも真さん知ってたんですか?」
「まぁね。レオンは『本気』になるとイカサマ絶対仕掛けてくるから。俺それが見破れるかなぁとか思って勝負したわけ。」
「失礼な話しだよね。僕だって真面目な勝負する時だってあるのに。それにコレが真さんの望んだことでしょ?わざわざ爺様がいる公式の場では勝負しなかったってことは。どっちかっつーとポーカーよりイカサマが見たかった?僕はその要望に応えただけだけど。」

軽い眩暈がする。額を軽く押さえてから、アルフは目の前のソファに両腕を投げ出した。

「なんだよ・・・・あぁもーなんだよそれ。ってかレオンも最初っからイカサマしてて?お前がスストレートフラッシュやらなんやら出すたびに一喜一憂してた俺が馬鹿みてー・・・」

顔が熱い。なにやら自分がものすごくピエロに思えて顔を上げられなかった。
後頭部に手の感触を受ける。撫でられるような感触は黙って享受していたが、次第にその手に力が込められ、顔を上げようとした瞬間にレオンの体重が一気にかけられた。

「いっ、やめろ!レオンってば」

文句を言うも、聞く耳持たず。レオンはアルフの頭を支えにしてソファから立ち上がるとタイピンを片手に部屋の外へと歩きだした。潰れたアルフがソレを見て慌てて起き上がる。

「おいレオン!?帰るのか?」
「違うよ。ちょっと研究所内に用があるだけ。アルフはここにいてね。また薬ひっくり返されたらたまんないし。すぐ戻るから。」

それだけ言うと、レオンはアルフを一人残し、部屋の扉を閉めた。
だが、別にどこに行くでもない。閉めた扉に背をつける。そして、ゆっくりと視線を掌に落とした。
左手を広げて、シャラ、と掌に収まるペンダントをつまみ上げ、目の前の窓、すでに昇りきった日に透かす。一日ぶりに見たダイヤモンドの花の中に、泪のように、自然の気泡が浮かんでいる。その気泡の周りで光の反射が起こり、いくつもの小さな虹の輝きを生み出していた。見慣れた美しい宝石にホッとして、安堵の念がじわりと胸に広がった。
見ているうちに、自然に口角が上がって、くすりと小さく笑う。

「僕の勝ちだね・・・・真」

ゴシューショーサマ、と誰にともなく呟いて。レオンは愛しげにペンダントを眺めていた。

その後の話として。
 実はこの後何時間もレオンを待っていたが、レオンは一向に姿を現さず、苦手な真と何時間も一緒に過ごす羽目になり。ついに切れてレオンを探し始めたが、本人はとっくに家に帰っていた、という報告をもらった、哀れなアルフ少年がいたという。ある意味被害者といえるレオンからアルフに対する、ささやかな復讐だったらしい―――・・・。




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