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Last update 2008年03月15日

Blank、物語は埋め尽くされる  著者:空蝉八尋


 そしてその瞬間だけは、言葉通り心から永遠を望む。
 それを願ったところで見え透いた自分の運命が変わるなんてこと、ありはしないとも分かっていた。
 それでもヒトは永遠を望み、最後から目を背け続け、そして思い知る。
 瞬間、望みは無かったことと限りなく等しくなるのだ。


「じゃ、回収お願いしやァす」
 等身程もあるよどんだ大鎌を右肩に背負い、鼠色の皮膚をした頬のこけた男が脇を通り過ぎてゆく。
 いつもと同じ光景。空気、匂いが渇いた喉と体を満たす。
「何ボサッと突っ立ってんだセシル」
「あ……ごめん」
 ヒトとは何処かが明らかに違った。
 大鎌を持った男も、セシルという少女を叱った少年も、セシルと呼ばれた少女も。
 地に足を付けていないような歩き方と、呼吸さえ止まっているような物腰。氷点下までに冷たい体温。
「さっさと終わらせて、今夜は……」
「な、何?」
 鼻先に顔を突きつけられたセシルは一歩僅かに後ずさる。透き通った肌がほんの少しだけ紅潮した。
 その反応を楽しむかのように口角を歪めた少年は、わざと芝居かかった仕草をしてみせる。
「そうだな、ポーカーをしよう」
「…………どうせ負けるクセに」
「勝負の神様は気まぐれだからな。おっと、久しぶりに神なんて言葉使っちまった」
 少年は枯野を風が通るような口笛を鳴らし、仄暗い部屋の先へと進んでいく。
 その後を追うようにして、セシルも古くなった床を軋ませた。
「随分ちいせぇ部屋。さびれたとはいえ、一応王家の娘の部屋だろ?」
「カルロの部屋と同じくらいね」
「王室と同じ大きさの部屋か、ありがたい話だな」
 カルロと呼ばれた少年は、後ろで乱雑にまとめた黒髪を揺らせて笑った。
 セシルは一度も笑うことなく、ただ俯いて変化する足元の絨毯の模様を見つめていた。

「発見発見、まあ綺麗な子だこと」
 わざとらしく声を高めて言ったカルロの視線の先には、目を閉じて横たわる幼女の姿があった。
 霧のような天蓋カーテンで何重にも覆われたベッドで、まるで眠っているかのように目を閉じている。
 月光が斜めに差込みその輪郭を鮮明に描き出し、ウェーブのかかった金髪は勿論長いまつげの先までも輝かせた。
 降り積もった雪の上に置かれた、深紅の薔薇の花びらを思い起こさせる唇が静かに横に結ばれ、二度と開かれることはない。
「ちっさくてもさすがはお姫様だねぇ。惚れ惚れしちゃう」
「カルロ、この子はまだ随分幼いね」
 セシルの手がそのまだ柔らかい頬へ伸びる。ほんの僅かな温かみを感じた。
「あぁ……たぶんまだ十にもなってないぜ。気の毒にな」
「ちっとも気の毒そうじゃない風に言うのね」
「いつもの事だろ」
 不快な態度を無視するかのごとく、セシルは幼女を覗き込む。
「苦しそうな顔じゃないみたい」 
 安心したような、何処か疑問そうな囁きだった。
「ああ。衰弱死って事もあるかもしれねぇが、血圧が下がりすぎたか体が冷えすぎたか……今は寒いのか?」
 カルロは窓に自分の息を吐きかけてみる。温度のない吐息はそんな事をしても無意味なことを知っているのに、とセシルは悲哀な眼を逸らした。 
 どこからともなく、二人の口から大袈裟なため息がもれる。
 するとその息の音とは別に、生暖かい空気が激しく動く気配がした。 
 途端に眼光が尖ったカルロと、緊張した面持ちで息を飲んだセシルが同時に背後を振り返る。

「すいやせーん、忘れもンしちまいましたァ」

 半分潰れて、濁った声が蛙のように低く唸った。
 先ほど傍を通り過ぎた大鎌持ちの男が、するすると足元を這いずらせる様にして向かってきている。
 相変わらずに鈍い輝きをした刃渡りを背負ってはいるが、二人の肩は気が抜けたように落ちた。
「なんだ……」
 セシルが思わず安堵の声を上げる。
「よぉ死神。おたく9008番だっけか?」
「9018番ス、旦那」
「そうだっけ。悪ぃな、死神の名前は覚えにくくて」
 9018番という名の死神は、羽毛の絨毯が敷かれた部屋を注意深く何度も旋回している。
 その様子を、セシルが不思議そうに眺め、そして問う。
「何を忘れたの?」
「いえね、大したもンじゃないス。此処で拾った本なんスけど」
 拾ったという言葉にカルロが怪訝そうに顔をしかめた。構わず9018番は続ける。
「この娘さんが、死ぬ晩に読んでた本でして。貰うって約束したんス」
 呟くようにそう言いながら横たわる亡骸に視線を配らせた。
 セシルは一度短く息を吐くと、手を下ろせば沈むようなベッドに近付いていく。
「面倒臭ェなぁ死神も。わざわざ遺言を叶えてやる規則なんか破っちまえばいいのに」
「そんな事できやせんよ。こっちも一応仕事の都合てもンがありやすから」
 胡蝶蘭が生けてある花瓶までも退けて、几帳面に辺りを探し回る9018番に、カルロは無言のまま不気味な視線を送った。
「しかし旦那方……お嬢さんも知ってやす? 人間共は今でも、死の回収は死神がやるもンだと思ってるらしいですぜ」
 すかさずセシルが驚愕の声を上げる。 
「そんな! 私達の仕事は無視されてるっていうの?」
「人間共は昔から、生を司るのは神、死を司るのは死神だと思ってやすからねェ」
 何とものん気な死神の口調を、カルロの冷酷な言語がかき消す。部屋に立ち込めてきた鼻をくすぐる匂いは、消し忘れた蝋燭が銅台を焦している香だった。
「はん、お前ら死神はずっと階級も低くて、ただ命の終わりを告げるだけのアルバイトだろうが。それに比べて俺たちゃ回収人だ、それもトップクラスのな」
「カルロ、その言い方酷いわよ」
 いいんです、と9018番はさり気なく俯く。そしてその鉛筆のような指先が鏡台の下へと伸びた。

「あっ、ありやしたァ。見つかりやした、この子の本」

 埃を落とすような仕草をしてみせた後、金糸で縁取られたハードカバーの小さいが分厚い本を二人の回収人に見せてみる。
 カルロは鼻を犬のように動かすと、眉をしかめて顔を背けた。セシルは興味深そうに英字の表紙を眺めている。
 その視線に気がついたのか、9018番はそっと破れそうに薄いページをめくった。
「難しい本じゃないみたい。私にも読める」
「小さな子が読める程度スからねぇ」
 一ページに必ずひとつの細い線で描かれた挿絵と照らし合わせながら、並んだ大きめの文字列をセシルは声に出して読んでゆく。 

『 ねえ魔女のおばあさん、私はちっとも美しくないし、優雅でもないわ。
 でもあなたの魔法で私を綺麗にできるでしょう。
 ねえ魔女のおばあさん、王子さまに会うまでに、私を最高に綺麗なお姫様にしてちょうだい 』


『 ああ素敵ね、魔女の世界の魔法とはどんなものかしら? 』


 大きな鳥が鳴くような掠れた笑いが、カルロの閉じられたままの口からもれた。
「随分と貪欲なお姫様だな」 
 セシルは本から視線を逸らさないまま、死神に尋ねる。
「人間はまだ、魔法ってものを信じているのね」
「お嬢さん知らないんスか? 人間共は魔法を使えやす……我々には想像もつかない魔法を」
 普段あまり表に感情を出さないセシルだが、驚いたという風に声も出せず顎を引く。
「人間からしてみりゃ、俺達みたいなのは<ファンタジー>の世界らしいぜ」
 今度はカルロが、身を預けていた古めかしいソファから身を乗り出す。
「ふぁんたじい? 知らない、そんな言葉」
「ただの勝手な妄想さ。人間共は皆、空想とか想像がお好きらしい……どれも綺麗で美しいものに限ってな」
 カルロは肩を竦め、本のページを捲る9018番の傍までにじり寄る。 
 間違って大鎌に首を持っていかれないよう注意しながら、その手元を覗き込む。
「オイ、9028番」
「9018番ス」
 居心地悪そうに苦笑いを浮かべたカルロは、尖った耳元に口を寄せて囁いた。
「この絵は何だ?」
「葬式の光景ス。大昔は人間が死ぬと土に埋めたり、焼いたりして天まで運んだんスよ」
 見かけは平然としているカルロだが、額にうっすらと小さな汗の粒が浮く。
「な、んだって……? じゃあ俺達の祖先は何をしていた」
「さぁ。そもそも回収人自体が生み出されていたかどうかも、今となっちゃ分かりやせんねぇ」
 何かに気付いたかのように口をつぐんでしまったカルロの横で、セシルは小さな亡骸を見つめていた。

 白いドレスを身に纏っている。お気に入りなのかシミひとつ残されていない純白のドレスを。
 光に揺れる優雅な髪、上品な紺色サテンのリボン。丁寧に揃えて脱がれた、磨かれた皮のストラップシューズ。
 頬はまだうっすら紅潮している。それなのに手を触れれば石膏のように凍り付いているのだろう。
 閉じられた瞳を飾る長いまつげも、結ばれた唇も、肌もすべてが真っ白に見えた。

「そもそも、何で葬式とかいう絵が出てくるんだ」
「さっきのお姫様が、魔法で魔女に殺されたんスよ。魔女の考える最高に美しい姿は、死体だったっていう恐ろしい話ス」
 首元を押さえて舌を出してみせるカルロだったが、やがて面白そうな笑いへと変わっていく。

「魔法、この子も使えるのかしら」

 ポツリと呟いたセシルに、9018番は静かに本を閉じて答えた。
「この子もきっと使えやす、人間何かしら魔法の能力を持ってるんス。些細なことでも魔法になりやす」
 次にカルロの高笑いが部屋中にこだまする。嘲笑を含んだ笑みだった。
「魔法? 俺達だって<ファンタジー>の世界で、<魔法>みたいなことをして、魂と肉体の回収してんだぜ?」
「違うス旦那。そういう魔法とは、人間の使う魔法は異なって生まれてるんス。消して物理的じゃなくて、儚いけれど何処か素敵な魔法って、この子は言い残しやした」
 言い切った死神を、睨みつけるようにしたカルロは思い出したように下げた時計に目をやった。
 その瞳が林檎のように丸くなる。
「うわっ! ヤバイぞセシル、早く回収しねぇと時効切れちまう!」
「もうそんな時間?」
 急に慌しくなった雰囲気に、9018番は本を抱えてそっと部屋を後にした。
 足音さえ立てず、別れの挨拶も口にせず、消え入るようにまた空気へ一体化していく。
「王家の血も此処で途絶える運命か、可哀想に」
 カルロの右手が撫でるように宙を舞った。その動作の真下に、白く冷えた幼女。
「カルロ」
 ふいにセシルは、カルロの仕事を静止させる。カルロは少し苛立ったように言葉の続きを促した。

「この子、きっとこの本のようになりたかったのかもしれない」
 カルロの動きが完全に止まった。セシルは誰に話しかける風でもなく続ける。
「綺麗なお姫様になりたかったのかもしれない……だからあの本を死神に託したんじゃ」
 小さく息を吸い込む音。


「私達が死んでしまったら、この子のように綺麗な白になれるの?」


 カルロは質問に答えないまま再び手の動作を繰り返し、魂、やがて肉体をも消滅させる。
 短い蝋燭が倒れた。月光は雲に隠れ遮られる。
 二人の姿だけが、この狭い部屋にあった。
「何故、今日に限ってそんな事を聞く?」
「ずっと見てきたけど、ずっと聞かなかったけど、ずっと聞きたかった。それだけよ」
「綺麗に死にたくなった?」
「少しだけね」
 冗談めかしたような、半分本気なような会話に二人は視線を交差させ、そして逸らす。
「この子のような亡骸になれる?」
 もう一度セシルが問うと、今度は即座に答えが返ってきた。
「いいや、俺達はこんなに綺麗な白にはならない。ただ赤く染め上がって、誰にも気付かれないうちに消えるのさ」  
「…………私、人間になってみたくなったかもね」
 カルロの漆黒の瞳が、怪しく光る。セシルの言葉を警戒するように光っていた。
「なってどうする?」  
「見てみるの、終わりを」   

 自分の最初。自分の最後。
 ファンタジー、そして魔法、死神、永遠、回収屋、祖先、生まれる、生み出される。
 この世界での終わりはどういったものか?
 月光、そして蝋燭、亡骸、肉体、魂、大鎌、鼠色。
 この世界での死は終わりであると認識されているのか?
 さびれた王家の幼女、本を受け取った9018番、カルロ、そしてセシル。


 魔女に殺された最高に美しいお姫さまを、王子さまはきっと愛するのだ。


 振り返ったセシルは薄く微笑み、闇へと溶けながら小さく唇を動かした。
『ファンタジーでない、この世界での魔法とはどんなものかしら?』




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