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Last update 2008年03月15日

奇跡の教師  著者:おりえ



 ファンタジーでない、この世界での魔法とはどういったものか?

「はい、今日皆さんに考えて頂きたいテーマがこれです」

 教師がチョークに向かって指を向ける。
 チョークはふよふよと浮き上がり、黒板に命じられた文字を書き終えると、ぽとりと落ちた。

「せんせー」
 教室内の生徒が早速手を挙げた。

「はい」
「魔法ってなんですかー」
「そうですねえ」
 教師は考え込むような仕草をすると、指を左右に振って見せた。
「常識とはかけ離れた現象のこと、でしょうか」
「はーい、せんせー」
 別の生徒が手を挙げた。
「はい」
「ファンタジーってなんですか」
「そうですねえ」
 教師は教卓の上に置いてあった杖を持つと、それを宙に向けてくるりと円を描いて見せた。
 何もない空間から、テープレコーダーが出現する。
「うわー!」
 教室内が騒然とした。
「先生、それなんですか?」
「これは、こことは異なる世界の住人が使っていたという、大変貴重なものです。私たちは誰でも気軽に音を楽しむことができますが、こことは違う世界の人たちは、音楽を聴くためにわざわざこのようなものを用いていました」
「うそー!?」
 生徒たちが隣の子供と顔を見合わせている。
「私たちは火を起こすのに杖を使いますが、その世界の人たちはとても手間のかかる作業を行って火を起こします。他にもたくさん、彼らは非常に手間をかけて色々なことをしています。そんな彼らから、私たちは『魔法使い』と呼ばれています」
「えー? 火も作れないの? 俺一歳の時ペットを火の輪くぐりさせて遊んでたもんだけど」
「じゃあじゃあ、もしかしてその世界の人たちは、空も飛べないの?」
「まさかー! それくらいできるよね、先生」
「残念ながら」
 教師は首を振った。
「彼らは単独で空を飛ぶこともできません。大きな、見たこともない装置の中に入って、その装置によって空を飛ぶことはあるそうです」
「うそー!?」
 生徒たちが目を丸くしている中、教師は穏やかに言った。
「彼らは私たちのすることを見て、『まるでファンタジーの世界にいるようだ』と驚くそうです。しかし私たちにしてみれば、彼らの世界のほうが不思議でなりません。そこで、私たちはこの世界の『魔法』について、考えてみましょう」
 生徒たちは一瞬黙り込み、すぐに周りの人たちと口々に何かを話し始めた。

「えーなんだろ? 何かある?」
「えー? そんな世界の人たちが私たちの世界を見て魔法だのファンタジーだの言うんだったら、もうこの世界には私たちが言うような魔法なんてないんじゃないのかなぁ」

 ひとりの生徒が何気なく洩らした一言に、教師は人知れず苦笑した。


 ご名答。
 人は己が生きる世界に退屈してしまったら、別の世界を望むものなのさ。
 君たちのご両親の中には確実にいるんだよ、あっちの世界の住人が。
 なぜならこの世界の住人は、『なんでもできすぎるこの世界』に嫌気がさして、『なんでも簡単にできないあっちの世界』に憧れ移住することに決めた際、世界のバランスが取れるようにと、同じような思いを抱いていたあっちの世界の住人と入れ替わったのだからね。
 人は勝手なもの。
 何でも好きなようにしたいと望んでこちらの世界に来た癖に――
 やはり向こうの世界での不自由な暮らしが懐かしいと、あっちの世界へと帰ってしまう――
 無論、永住する者だって少なくはないけれどね。
 おかげでふたつの世界のバランスは崩れ、今にもひとつになろうとしている……

 人々が夢見ていたファンタジーや魔法の世界が身近なものになってしまったら、世界はどうなってしまうんだろうね?


「この世界での魔法……それは、奇跡を信じる心、かな」

 なんでもできすぎるがゆえに、奇跡という言葉の意味すら忘れてしまったこの世界は、奇跡を起こし続けるあっちの世界に憧れる。
 あまりのひどい因果関係に、今度は耐えきれずにため息を漏らした。

「どちらの世界にだって奇跡はある。今ここに生きていることこそが、奇跡そのものだ」

 さて、それをどうやって教えてあげようか。
 目の前に存在する、たくさんの奇跡たちを目の前に。




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