Mystery Circle 作品置き場

望月来羅

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nightstalker

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Last update 2008年03月15日

殺人鬼の虚日(きょじつ)  著者:望月来羅



(何だ?さっきからこいつは何を言っているんだ?)
何年振りかの強い光に照らされて、瞳孔の収縮が目まぐるしい。眩しさのあまり目を腕で保護しながら、俺は逆光気味の視界を必死にこじ開け相手を眺めた。目の高さに持ってくると、両手幅20cmしか伸びない鎖はギリギリで、擦れ合わさってチャリ、と独特の金属音を奏でる。

「だから、聞いてますか?アウンガード。返事をしてくれませんか。」

チッ、と舌打をするのもしょうがないと言えよう。いきなり人の領域に入ってくるなり、この一方的な態度はどうだ。

(ばらしてぇ・・・・)

手元にエモノが無いのが残念だ。もう何年相棒に触っていないことだろうか。3年という歳月の間、警備員でもいい、きちんと手入れしてくれているだろうか。もし仮にも刀身にサビのひとつでも付いていたら俺はここにいる人間全員をバラしてやる。
 やっと慣れてきた視界で俺はチラリとそいつを見返す。ぱちりと視線が合っても相手はその視線をそらさず、それどころかにっこりと微笑み、こちらを見返してきた。
両脇を、屈強な体躯を無理してタキシードに入れたマッチョが二人。その黒い肌と盛り上がった筋肉、二人そろってスキン。しかも内一人は額に明らかに銃痕と思しき傷が付いているときた。どれだけこちらを用心しているのだろう。太さ5cmはある鉄格子を隔て、中にいるのは四肢を鎖で繋がれた毛の塊だけなのに。

(いや・・・毛の塊って何よ?)

自分で言って、その表現に口元をわずかに緩ませた。実際は、髪の毛と髭が遠慮なく伸びているだけだ。3年もの間少しも切らなければ伸びもする。どうやら俺は、切らせてもらえず、又、切ってももらえない特別待遇であるらしかった。
 目の前に視線を戻して、格子越しに見える相手は、なんとお上品にも椅子に腰掛けていた。ここは、牢だ。しかも、ここ3年間というもの自然の光も浴びず、蛍光灯の光も最低限しか入らない、囚人の街東パクラの地下牢、最深部。
 視線を上げてそいつの格好を見れば、まぁ、裕福層の素材でばっちりだ。ガキのくせに。
そう、そいつはガキだった。見た目的には13,4ほどだろうか。耳下ほどの長さの淡い金髪が、シルクの襟足にわずかにカールがかっている。瞳の色はブルージルコン。
血色が良く、整った顔立ちだったか、その眼がいただけない。どこか・・・光が無い。俺は貧困街でそんな瞳を何人も見てきた。・・・おや。眉を寄せられた。

「ここから出たくないのですか?」
「お前、なんだ。」
「だから、最初に言ったじゃないですか。僕の名前はラウル。・・・バグフィッカ家の嫡男です一応。」
「それは聞いた。質問が違う。なんで『俺』にトレードを持ちかける?」

バクフィッカ家というのは俺も聞いたことがある。裕福層の中でも群を抜いて名高い、金の貿易で大成功を収めた家だ。家はデカイが、さすがに俺でも入ろうとはしないほどに警備が張り巡らされた家だった。

「バクフィッカ家のお坊ちゃんが死刑囚に何か用かよ」
「・・・・交渉です。あなたが正式に死刑判決を言い渡される前に、僕があなたをここから出してあげます。だから、一つでいい。僕の頼みを聞いて欲しいんです。」
「はっ!笑えるね。天下のパクフィッカ家も落ちたもんだ!どんな頼みだ?聞くだけ聞こうか」
「――アウンガード=G=オッディス。あなたが死刑囚で、しかもパクラの最深部牢に入れられているってことは、あなたがここでは最強ってことでしょう?」
「さてね。強いの強くねぇのってぇのが重要なのか?」
「重要ですよ。僕にとってはね。あなたが最強で、僕に一週間をくれると言うのなら・・・・ここから出してあげます。この街にはいられないかもしれませんが根回ししてブラックリストも回収させましょう。どうですか?」
「パスだな」反射的に俺は辞退の言葉を口にした。
「!なんでですか!?悪い条件じゃないでしょう!?」
「きな臭い。お前、俺に会いに来たってことは俺のことを調べてきたんだろ?俺に何が出来る?暗殺か?死刑を言い渡される囚人の心理に付け込んで交渉?はっ!俺は黒い綱渡りを他人に強いられるのが大嫌いでね」

く、とラウルの顔がゆがんだ。おや、図星か。俺は、死刑囚だ。仮に懲役に減罪されたとしても、それが終わる頃には俺の魂は輪廻というものがあれば30回ほど転生している。
そんな俺の死刑を免除?ああ、確かに出来るかもしれない。名乗り出ている遺族に莫大な金を払い、裁判官に『粗品』を渡せば。だが、その見返りはなんだ。
たかだか一週間と転生30回では秤にかけるまでも無い。片方が重過ぎて針は動かないはずだ。

「・・・分かりました。簡潔に言います。当たり。あなたには人を一人・・・殺してもらいたいんです。今は誰かは・・・言えませんが・・・」

ラウル少年の顔が俯いた。柔らかな金髪が滑り、その表情を押し隠す。ほ、と俺は口をすぼめた。大方そんなところだろうだとは思っていたが、こんな坊ちゃんにも殺したいほどにくい相手がいるのか。
 待てよ・・・と、俺は頭の中で算段を始めた。俺が出たときのリスク、出なかったときのチャンスの確率、出た後の逃げ道、依頼を受けたときの・・・殺し方。
ごくりと喉がなる。また、俺は殺せるのか?あの綺麗なワインレッドの液体を太陽の下で見れるのか。相棒に・・・触れるのか。

「・・・・お坊ちゃんよ。」
「ラウルです。」
「ラウル。先に一つ聞いておく。俺がその依頼を終わらせたら、俺は自由か?」
「僕はあなたが僕の頼みさえ聞いてくれればけっして縛るつもりはありません。
あなたが恐ろしい殺人鬼で、僕が外に解き放てば、あなたは僕なんか一突きに殺して自由を得るかもしれないという危惧はありますが・・・・。それに、その後にもし殺人を犯せば僕にはそこまでは手が出せませんが。でも、最強なのはあなたで、僕が頼みたいのは『あなた』です。」
「・・・オケイ。ま、俺は別に無差別殺人快楽者ってわけでもないからな。むしろココの一階上の囚人の方が酷いぜ?聞く耳もたずってヤツだ。常に殺す快楽を求めて普段は飛んで入ってきた虫なんかを丁寧に丁寧にバラしてるってぇ話だぜ」
「・・・・そうですか。それで?アウンガード。交渉は。」
「ああ良いぜ。引き受けてやる。あと、知ってるか?俺は相棒に全てを捧げた快楽主義者でね。常に肉を裁ちたい欲望を抑えてる。だから、俺に『赤い液体』を見せるなよ。」

俺があらかじめの忠告と、軽い皮肉とを混ぜてラウルに言うと、少年は一瞬ひるんだ色を見せたものの、ギ、と睨み返してきた。両脇のマッチョが動こうとするが、それは手で押しとどめた。

「僕はクライアントです。もしも僕を殺した場合、あなたはまたココに逆戻り、さらには僕の家をも敵に回すことになるでしょう。」
「分かってるよ。大丈夫だって。俺が手にかけた一般人は1人だけだからな。・・・ところで、本当に俺は出れるのか?」

これだけ話しておいてなんだが、俺にはまだ信じられなかった。なにしろ、3年もの間、ずっとここにいたのだ。外に出たい。出られるのか。太陽を見たい。見れるのか。
ラウルはそのあまり輝きのないブルージルコンの瞳で俺の顔を凝視していたが、側のマッチョに何か指示を与えた。『何か』といったのは、その言語が俺にとってなじみの無いものだったからだ。アクセント、イントネーションからすると西カサドラの地方の言葉だろうか。一礼して去ってゆくマッチョの後ろ姿を見つめる・・・と、すぐに引き返してきた。
手にはなんと・・・俺が望んでも拝めなかった鍵束を持っていた。そのまま格子に4重に掛かっている錠前を外していく。

錠前がきしむ音に、身体がわずかに震えた。本当に・・・本当に俺は『俺の』生活に戻れるのか?
ガチャリと重い音がして、3年ぶりに俺は格子なしの空間をみた。屈強な体躯をまげてそのマッチョは俺の前に膝まずき、四肢を縛っていた鎖を乱暴に取り払う。
信じられなくて、鎖のない自分の手首と足首を何度も触った。

「・・・出られますか?筋肉が衰えていないと良いのですが・・・・」
「ああ、そりゃ大丈夫だよ。」

感動もひとしおに、声のトーンが上がる。髭と髪を鬱陶しげに掻きあげると、俺は「よっ」と弾みをつけて起き上がった。
やることも無い、退屈な日々。暇つぶしにと窮屈な体勢で行ってきた筋トレは、むしろ前よりも腕の筋肉を増やしてくれている気がする。

勢いよく立ち上がった感覚に少しだけふらついて、それから格子の外に出た。――出た。
なぜかそのことに少し呆然として、それから眼の前に目線を落とした。金髪にブルージルコンの瞳の少年が、俺を見上げている。

「なんだ。けっこう身長高かったんですね。・・・あれ?」
「なんだ」
「アウンガードって、何歳ですか?もしかして30前半・・・」
「俺はまだ26だ。調査書見たんだろ?」
「え、いえ、そこまでは・・・26・・・僕と11歳しか離れていないなんて」
「は!?」

一瞬後、ラウルの言葉の意味を思い返してその蒼い眼を見返した。どう見ても12、3なのだが。

「何、お前15なわけ?今4月ってことは今年16か?」
「そうですけど。」
「・・・・すっげ。」

何が、とは言わない。凄い童顔ではないか。思わずその綺麗な顔を鮮血で染め上げてみたくなる。だが、これが、俺のクライアント。
俺は死刑囚だ。いや、だった、か?だが、どちらにしろ、約束はあまり破ったことはない。

「オーケィ。交渉成立だ。俺はお前の望む相手を一人殺そう。報酬は今もらった。・・・ところで、お前はラウルで良いのか?」
「はい。僕はアウンガードって・・・それともオッディス?」
「はっ!オッディスね。あんま呼ばれたくねーな。最高に俺に似合わない名前。」
「?何でです?」

不思議そうに首を傾げるラウルに笑い、俺は空中にGのスペルを指で描いた。

「俺の名前は途中がゴエルっつってな。あんまりいい名前じゃないから普段は略してるんだけどよ、そーすると略字は『G』だ。で、オッディス。昔よくそれに絡めてゴッディス、つまり神とからかわれていたんでな。アウンガードでいい。」
「なるほど。分かりました。アウンガード。あなたを引き受けます。まずはウチに来てください。」
「待て」

と、俺はラウルにストップをかけた。確かに出られたのは嬉しい。だが、『相棒』がいない。

「俺のエント・・・刀はどこにある?調べてあるんだろ?あれが無ければ俺は外には出ない。」
「・・・と、言うと思いまして。」

取りに行かせるのかと思いきや、なんとすでに取ってきていたらしい。マッチョの片割れが俺に黒い柄の付いた、1メートル半ほどの刀を取り出した。顔が笑い出すのが分かった。

「エント!!」

鞘を受け取って、すらりと刀身を抜く。傷一つ、サビ一つない。3年もの間、待っていてくれたのか。
ドクリ、と、刀身が疼いた。嬉しい、と語りかけてくる。嬉しい、嬉しい、また会えて嬉しい。切りたい、切りたい、鮮血を浴びたい。

「わかってる・・・分かってるさ。待ってろ、エント・・・3年ぶりの宴と行こうじゃないか!」

刀に向かって高らかに宣言する俺に、マッチョが身をわずかに引くのが見え、ラウルはというと、なぜかやけに光る眼で、俺とエントを凝視していた。その、緑と青の混じった、ブルージルコンの瞳で――・・・・。


「――・・・ヒャッホォウ!良いねぇ最っ高!糊の利いたシーツに勝るもの無しだ!」

バフン、と勢いよくベッドに倒れこむ。思わず顔がにやけた。顔に触ってもアレだけ繁茂していた髭の感触は無く、滑らかな肌が触れ、髪の毛も短く違和感が残る。が、視界は一気に開けた感じだ。うざったい前髪がなくなったのだから、そのクリアになった世界が嬉しい。
ラウルの豪奢な家で、生まれて初めて入るような広い風呂につかり、3年越しの垢を落とした。髭をそり、髪の毛を切り。鏡で3年ぶりに見る自分の顔は、北欧系の顔立ちに、茶色の瞳。切ったばかりの黒い髪は触ると頭皮の感触を受けるほど短くなり、腕などに触ると余計な肉はなく独房で鍛えた筋肉が付いている。
多少の疲れの色は見えたものの、懐かしい感じがした。用意された新品の白いシャツに腕を通し、少し大きめの厚手のズボンをはく。今こうして案内された部屋に来て見れば大きな天蓋つきのベッドがあり。片手に下げたエントと共に柄にもなくはしゃいでしまった。
 どうやら、慎重に気配を探っていたのだが、この家にいるのはラウルと使用人だけのようだった。
気持ちがいい。久しぶりに触るシーツの感触に、目を細める。こんなに心地良いまどろみに誘われるのは何時振りのことだろうか。
俺は、眠気に逆らおうとはせず、ゆっくりと目を閉じた――・・・


 ――・・・パタン
「っぁ?」
「あっ、起しちゃいましたか」

扉の開閉音に反射的に目が覚める。天蓋から覗く青空は快晴で、差し込む朝日が顔にかかった。『朝日』。太陽。感動する。
寝た体勢のままで首を巡らせると、丁度入ってきたラウルと眼が合った。瞬間その瞳が驚いたように瞬きを繰り返して、動きがフリーズした。

「・・・なんだよ。」
「・・・・あ、いえ。おはようございます。賠償金のほう、支払ってきました・・・。はともかく、アウンガードって本当に26歳だったんですね。一瞬誰かと」
「ふふん。格好良いだろ。巷で噂の好青年ってヤツだ」
「巷で騒がれてたのは噂の快楽殺人鬼ってことでしたけど・・・こうして見ると、本当に普通なんですね。・・・普通、3年も独房に入れられれば精神が病んでしまう人もいると聞きましたし、正直あなたがここまで礼儀のある人とは思いませんでした。」
「なんだよそりゃ。おいおいおい、俺は確かに死刑囚だったが教養を受けてないわけじゃないんだぜ?俺が12のときに親は死んだけどよ、それまでは普通に学校とやらも通ってたんだし?精神が病むってなぁ・・・・んなんやることが無いやつだけだな。慣れると楽だぜ?ちょっと日常に面白みはなくなるけど身体は鍛えられる、ネズミと仲良くなれる、独り言は多くなる。おまけに臭い。最高だ」
「・・・大変でしたね。」

あの独房での日々を思い出して少しだけ不機嫌になる。が、今はソレよりも用件が先だ。ラウルが来たということは暗殺の件に関してだろう。
足を少し上に振り上げると、振り下ろす反動を利用してベッドの上に起き上がった。手元にエントを引き寄せる。

「で?結局お前は誰を殺したいんだ?」

ハッ、とラウルの整った顔が強張った。単刀直入すぎただろうか。だが、俺は込み入った話は嫌いだ。ラウルはエントの柄を弄んでる俺の顔を見、それから閉ざした扉に眼を走らせた。そんなことをしなくても、何の気配もしないというのに。
確認して少し安心したのか、ラウルがそろりと顔を上げた。どうせ自分でもここには近づかないようにと使用人たちには念を押してあるだろうに。
そして、唇を湿らせてから、小さな声でポツリと呟いた。

「僕の父を、殺してください。」

ポツリポツリ。感情の篭っていない声でラウルは静かに語る。

「父、ギルド=バクフィッカはご存知の通り純金の仲買い人をして成功を収めました。父は・・・優しい父でした。僕が8歳の時に母がなくなっても後妻を取らずに育ててくれました。ですが、何時からか・・・成功してから、お金の価値を間違って受け取ってしまいました。」
「なるほど。金に味を占めたんだな。」
「父はやっと築いた地位をなくすのが怖かったんだと思います。あまり人の上には立てるような人ではありませんから・・・。人の意見を聞かなくなり、僕が気づいた時には臓器売買の仲買いをやるようになっていました。」
「・・・・ほぉ。良く気づいたな。」
「不審な、外出が増えましたから・・・。」
「そこまで眼を凝らしてたのか?」
「・・・・・」

エントの柄から刀身を抜き差ししていると、ふとラウルの言葉が途切れた。戸惑っているのとも違うようで、長い沈黙に疑問を抱いてラウルを見た。

「!どした?」

ラウルは、泣いていた。それまでの無表情が嘘のように必死に何かを耐えているようだった。
(おいおいおい、子供が泣いてるときはどうしたらいいんだ?つかなんで泣くよ)

「・・・おーい。やっぱり父さんを殺すのはイヤか?」
「違う。」違います、と、ラウルは首を振った。涙が零れる。
「・・・僕が父さんの臓器売買のことを知ったのは・・・僕の友達が父さんに殺されたからです。僕の周りの信頼できる使用人の人たちは皆、誰かを父に殺されている・・・」
「そりゃぁ・・・・。」

言ったきり、迷って言葉は出てこなかった。俺は確かに殺人はする。時には快楽を求めて拷問めいたこともするし、命乞いをする奴らは大嫌いだ。だが、別に気持ちが読めないというわけではない。12まで俺は、愛されて育った。友達もいた。
 決して無神経とは思いたくない。

「僕がまだ小院生だった頃から仲良しだった、ミシェルという女の子がいました。よく動く子で、褐色の肌が誇りだと言っていました。・・・僕とミシェルは、スラムで追いかけっこをしたりして遊びました・・・僕は父からはスラムには行くなと言われてたんです。外聞が悪くなるからと。でも、でも僕はスラムに良くいきました。こんなお上品に気取った世界とは違う、生きることに必死で輝いてる人々を尊敬しました。」
「へぇ・・・面白いな、お前。恵まれた世界に生きながら本当の生きる意味を探してんのか?」
「・・・そんなに大層なものじゃありません。ただ、僕は羨ましかったんです。父さんには内緒で何回も家の私財を持ち出してはスラムに置いてきました。・・・僕は、飾らない世界が欲しかったんです。うわべのお世辞、裏での影口にはうんざりでした。なのに・・・・ある日ミシェルの家を訪ねると彼女はそこにいませんでした。忙しいのかと思いました。でも、一週間後に行っても彼女はいませんでした」

何かを思い出したのか、ラウルの顔が辛そうにゆがんだ。ブルージルコンの瞳からまた一筋の涙が頬を伝う。

「今までそんなことはありませんでしたから焦りました。親しいスラムの人たちに聞いても行方は分からなくて・・・他にも何人も行方不明者がいたようです。・・・皮肉なことに、僕が彼女の行方を知ったのは自分の家の地下室ででした。」
「あぁ・・・」

なんとなく先の予測がついて、俺もまた不快さに眉をしかめた。
(金持ちが一般人をバラしてんじゃねーよ。)どうせ殺すなら仲間を殺せよ。

「あの日僕は・・・外泊する旨を報告するために父さんを探していたんです。使用人の一人が、父が地下に降りていくのを見たと言っていて・・・それで、普段は決して行かないような地下室に降りました。いつもは、扉に鍵が掛かっていたんです。でも、その日は開いていて・・・部屋の外においてある巨大な機械を不審に思いました・・・部屋に入って・・・入、・・・って・・・!」
「バラされてたのか。」
「・・・はい。その部屋には、沢山の容器が置いてあって・・・・中央の赤い手術台の脇に・・・彼女の・・・首が容器に入っていました。沢山の容器にどこかの部位が入れられていて・・・臓器がホルマリン漬けにされていたんです。」
「きついな」
「はい・・・・。足元が無くなったと思いました。悲しくて、情けなくて、どうしようもなくて、夢だと思いました。悪夢、最悪の悪夢・・・悲しくて、悲しくて・・・!」

とめどなく涙を流しながら、その涙を拭いもせずにラウルは泣き続けた。

「最初は、父がやったとは思いませんでした。でも、手術台の脇においてあった臓器売買名簿の字が・・・父のくせ字でした。それから・・・僕は信用できる人たちに頼んで父のことを調べました。調べて・・・・」
「分かった。」それ以上は待たずに、俺はラウルの言葉をさえぎった。ココまで聞けばいくらなんでも想像が付くというものだ。

「そこまででいい。ラウル、お前の父親、今までに何人位殺してきたか分かるか?」
「・・・分かっているだけで126人です。名簿の数を数えました。」

ヒュゥ、と思わず口笛が出る。よくもまぁ殺したものだ。

「それ、一人じゃないだろ。共犯者は?」
「赤い髪に、全身黒尽くめの男、」「赤い髪っ!?」

ソレを聞いた瞬間、俺の中で3年前の映像が浮かんできてエントを落としてしまった。

「おいまて、赤い髪に黒尽くめ?変な黒い帽子被ってる?」
「確か・・・アウンガードの知ってる人ですか」
「ああ・・・そうか・・・ヤツが関係してるのか・・・・」
俺の中で、ザワリとエントが疼いた。
「俺を陥れてパクラの独房に入れて下さったヤツでね。あいつが関係しているんだったら急ぐぞ。逃げ足だけは速い。」
「・・・・はい。今日も地下室にいます。」

覚悟を決めたのだろうか。ラウルは一旦目を瞑り、ギ、と睨むようにこちらを見据えた。
淡い金髪の下で輝くブルージルコンの瞳に、強い光があった。どんな心境なのだろう。思い出ある自分の父親を今子である自分が殺しの依頼をしているというのは。
(まぁ、どうでもいいけどな)
俺に大切なのは、また人を殺せること。エントに触れること。そして、自由の空気を吸えたことだけだ。
頭を完全に起こしてから、ラウルに続いて部屋を後にした。

 ―――絶叫が、耳を劈いた。前を走るラウルが、びくりと身体を竦ませて一瞬動きを止めて目の前の扉を見た。おそらく防音効果があるのだろう。地下から上では絶対に聞こえなかったような音量だ。が、今の叫び声は俺には分かる。あれは断末魔の叫び声だ。
「退け」チッと軽く舌打ちして、ラウルを押しのけその狭い空間で愛刀『エント』を一閃させた
硬い。ゴゥン・・・!と確かな手ごたえと扉が落ちる轟音はその静寂の中で響き渡り、その音で我に返ったのか、ラウルが中に駆け出した。

「・・・――父さん!!止めてください!!」
「・・・・・ラウル?なぜお前がここにいる!?」

一瞬の静寂の後、壊された厚い扉の向こうから聞こえてきたのは渋いバスの声だった。

(なるほど。アレがギルド=バクフィッカね。)

その側に、本当にあの赤い男がいたなら。3年前、俺の依頼主だったにも関わらず、ブラックリストハンターに俺の情報を売ったあの男がいるなら。
 思わず口元に笑みが浮かんできて、首を左右に巡らし、コキリコキリと間接をほぐした。
足元の扉の残骸を飛び越える。

部屋の中に視線を巡らせて。広い。一辺に寝そべった俺が15人は入るだろう。そして、その壁一面に。大小、長さも様々な円柱が積み上げられていた。小さなものは、掌に収まるほど。中にあるのは『眼』だろうか。大きなものは背丈ほどもあり、4、5個の同じ内臓が入っていると見た。なるほど、あれだけ頑丈な扉をつけるはずだ。

「・・・ぅっわ。よくまぁここまで悪趣味なもんを・・・」
「・・・・ラウル。そいつは誰だ?お前は・・・いつから知っていた・・・?」
「そんなことはどうでもいい!父さん!また・・・またですか・・・!?」

震える声のラウルに前を見ると、「おぉ」思わず声が出る。エントが歓喜に振動した。正しく『鮮血』の手術台。一応拭いようにと厚い布がかけられているのだが、その布が真紅に染まり、そこにバラされた人体が無造作に放り出されていた。・・・いや、最早人体というよりは肉塊というべきか。小腸などを残し、大多数の内臓は側の透明な円柱に入れられていた。わずかに液体が薄桃色である。眼がなくなり眼窩の落ち窪んだ首がごろりと手術台の上に転がっていた。男性で褐色の肌。黒い縮れ毛。貧困街の住人だろう。

だがそんなことより。俺は、ラウルの父親だろう、ギルド=バクフィッカを眼にして、眉を顰めた。特徴的な鷲鼻、意思の強いブルージルコンの瞳、撫で付けられたグレイの髪。血に染まった上衣を脱いだ服は汚れておらず高級そうだが、どこかオドオドした印象を受ける。が。側に、『誰もいない。』

「・・・ちょっと待て。ギルド=バクフィッカ。聞きたいことがある。」
「それこそどうでも良いことだ。」

ギルド=バクフィッカは、最初の驚きから醒めると、逃げようとしたのも束の間、こちらが二人だけと見て取ったのか腹をくくったように声に力を入れた。丸め込めると思ってのことだろうか。

「・・・ラウル、黙っていてすまない。だが、幸せに暮らしていくためだ。分かってくれ。」
「分かってくれ!?僕にそれを仰いますか!?僕がっ・・・僕がこんなことを望んでいたと思いますか!?」
「分かっている。お前は優しい子だ。だが・・・優しさだけではやっていけないんだ。だから、見なかったことにしなさい。でなければ、」
「―――でなければ、なんだ?実の息子もバラす気か?」
「何だと・・・・貴様!!」

ザィンッ・・・ン!
余韻がわずかに鼓膜を振るわせる。ザーッと流れ出してくる、円柱からの液体。
一瞬だけ眼を走らせると、エントで切り裂いた円柱のうち、一緒に数個の臓器も切断してしまったようだ。だが、感情は動かない。今更なことではあるし、『アレ』等はもう本人には戻らない。

「なんてことを・・・・!!貴様!貴様貴様っ、」
「ぁーあもーうっせーなぁ!」

駆け寄ってきたギルドに、遠心力の応用で刀を喉元に突きつけた。思わずのけぞる男の前で、頭をかきつつわざとヘラリと笑ってみせる。ラウルに眼をやれば一瞬追うように手が伸びたが、嫌がおうにも周りの景色が目に入ったのか、そのままの体勢でしばし止まり、やがて力なく手が下ろされた。下を向いた表情は、見えない。

「大の大人がさぁ情けねぇなぁ。あぁ?パンピーバラしてんじゃねーっての。てめーの腐った仲間をヤれよ。」
「ま、待て。話を聞いてくれ」
「話なら別筋から聞いたんでね。大体俺はそこら辺ははっきり言ってどうでもいいんでね。ただ契約を果たすだけだ。」
「け、『契約』?何の・・・誰とだ!?まさか、ラウル・・・!」
「はいはいそこらはどーでも良いの。ってか子供のほうが出来てんな、お前。で、俺が聞きたいのはぁ」

我知らず、エントに力が入った。刀を横にし、右手で柄を、左手を刀身の背に押し当て、ゆっくりとギルドの首に押し当てた。エントが騒いでいる。

「答えろ、ギルド=バクフィッカ。オーゴストはどこだ?」
「オ、オーゴスト?誰のことだ。それより、」
「でなけりゃギオンハルドだ。赤い髪の男がいただろう、黒尽くめの」
「・・・ギオンハルドなら昨日から見ていない。連絡すらつかん。ほ、本当だっ」

この言葉を聞いて。眼の奥に熱が貯まる。・・・逃げた。また逃げたのか?ギオン。
どこまで卑怯なやつ・・・!

「なら・・・」ギリ、と奥歯をかみ締めて、俺は鷲鼻のギルドを憎憎しげに睨み付けた。変な笑みで口元が引きつるのが分かった。
「逃げたんだろうあいつは。俺が、パクトの牢から出たことを知って。お前、見捨てられたな。」
「なんだと!?いや、違う!ギオンハルドはそんな男では、」
「無い、と思ってた俺が気づいたのが牢の中だった。・・・以来、俺はずっと思い浮かべてきた。俺の、この手であいつをバラせる日を。それなのに・・・・」
「ヒッ」知らず知らず、手に入った力がギルドの首に朱色の線をつけた。ドクン、と心臓がはねる。また、見た『鮮血』・・・。

「ま、待て。ギオンハルドからき、聞いたことがあるぞ・・・妖刀に魅入られた哀れな男がいると・・・!パクラの深牢に繋がれているが、や、闇の業界ではその残虐性に、」
「はいそれ俺―。はっ!なるほど、ギオンの野郎。この俺を哀れんで下さってたってわけか。・・・余計なお世話だっ!!」
「ガッァ!」

刀を横になぎ払う。ギルドの右の首少しと、鎖骨を抉って妖刀は後ろの円柱を薙いだ。
こいつはもうギオンに関してなにも知っていない。俺と同じに乗せられた哀れな哀れな『マリオネット』――・・・。

「―――やりたいことはありますか?・・・アウンガード」

傷を押さえてうずくまっているギルドと、肩で息をしている俺達の後ろから。ポツリ、と呟きが聞こえてきた。躊躇せずに答える。

「あぁ……今人を殺したい」

妖刀が疼いている。俺の心もだ。何を取り繕う必要がある?哀れな男がなんだ?
『俺』はこいつを殺したい。捕まえた所で裁判所にこいつが裁けるか?執行までに何年かかる?
俺とこいつは同類だ。何百という人生を絶ち、周囲を巻き込んで己の快楽に生きる。
だが、それがなんだ?

俺にはその力がある。だが、過信はしない。分かっている。俺だって自分が間違っても人の命を救えるなんて思っちゃいない。きっとこれからも自由になれば、俺は人を殺すだろう。今、これから行うように。ラウルは俺のブラックリストを撤回してくれたらしいが、どうせ明日には新しいリストが出回っていることだろう。ゆがんだ笑いがこみ上げてきた。その表情のままでラウルを振り返る。

眼が合ったラウルは不思議と安らいだ顔をしていた。ブルージルコンの瞳には涙が光り、様々な葛藤の後かうかがえる。これからの人生を、今、ラウルは自らの手で渦の中に放り込もうとしているのだ。黙っていれば静かな生活をおくれてたかもしれない。だが、ラウルは。自分の父を見つめて静かに息を吐く。

「僕が望んだことです・・・アウンガード。」
「やめっ・・・!」

愛刀、妖刀である刀を振るったとき、振り下ろした瞬間に聞こえてきた幾数多の『音』はなんだったのだろう。

ゴキリ・・・懐かしい感触がエントを通して身体に浸透する。
堪え切れずに、俺は本能のままに笑い出した―――・・・・・・。




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