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Last update 2008年03月15日

No Title  著者:ヨーノ


「あぁ……人を殺したい」
 四日前の牛乳に愛を込めて。
 配膳室に忍び込み、自分のクラスへ配われる牛乳瓶の一本と、四日前の牛乳瓶とを交換する。
 私は抜き取った牛乳瓶をまず下駄箱に忍ばせる。後はクラスで保健室に行ってきますと言った通りに保健室に行って、「あぁ、またこの子か」と優しい顔の保険医と言葉を交わして、適当に時間を潰して教室に戻るのだ。
 四日前の牛乳を持ち込む時も、隠すのは下駄箱の中。
 いつか見つかってしまうかもしれないけれど、いつも見つからない。
 誰か私に初恋を抱いて、ラブレターを書いて、友人に見つからないように私の下駄箱に入れようと蓋を開けた時、不思議と四日前の牛乳瓶が出てきたらどうなるんだろう、と想像する。

 1 好きな子の牛乳だから飲む

 高校生の姉と大学生の姉とが、私のソプラノリコーダーを見つけると、揃ったように笛が盗まれてしまった思い出を語ってくれた。今は大人な指では笛の小さな穴を器用に塞ぐことができずにもどかしそうに、「ねぇちょっと吹いてご覧よ」と私の白く細い指に感傷を期待する。「下手っぴね」と微苦笑の余韻が尾を引く。
「笛の授業が終わった後に盗まれたから、きっとクラスの誰かが持って行ってしまったのよね。まだ授業が残っている内に盗まれたりしたら大変だったけど、そういう心遣いは嬉しいじゃない」
 私の名前は小夏涼。ソプラノリコーダーの名札には、魔除けとばかりに小夏大輔と父親の名前を書いてみた。
 決まってソプラノリコーダー紛失事件とファーストキス物語をセットにしてくる姉達のエピソードは今回は省略。

 2 牛乳を隠している事を脅し文句に、私を強請る

「なぁ小夏ちゃん、下駄箱に牛乳を隠しているんだろう」とヒソヒソ。「先生やクラスの奴等には黙っていてやるから、俺の言うことを聞けよ」
「下校途中にみんなが寄り道する公園に捨て猫がいただろう。白い猫が二匹に黒い猫が一匹、ダンボールにバスタオルが敷き詰められて、その中に何日分しか保証のないエサと水と一緒に入れれているのを、小夏ちゃんも見ただろう。女子達は字のごとく猫可愛がりして、でも誰も飼うことができないからって、みんなで公園で育てることにした猫がいただろう? みんなで名前を付けて、給食のパンや牛乳を持って行って、みんなで育てただろう? でも、子猫を元気に育ててやるには、ちゃんと飼い主が必要なんだよ。そこで小夏ちゃん、牛乳のことをバラされたくなかったら子猫たちを飼うんだ、いいな。“雪見”と“落ち葉”、“小春”をよろしくな、小夏ちゃん」
猫達と出会ったのは一ヶ月ほど前のこと。みんなで育てていたのだが、四日目の朝に、爆竹と一緒に散らばっていた。
飲ませてあげるつもりだった牛乳は、今もここにあります。クラスの皆で、代わる代わるロシアンルーレット。

 3 不思議に思って牛乳瓶を取るも、ラブレターに震えた指から取り落とす

 散らばる牛乳瓶の欠片と、濡れ広がる牛乳の海。
 小夏涼の下駄箱の蓋なんかはすぐに閉めちゃって、届けようとしていたラブレターは懐に隠してしまう。あははと笑って、さて彼はどんな言い訳を口にするのでしょうか。 
 その牛乳、どうしたの?
「いや昨日残した牛乳をさ、下駄箱に入れたまま忘れてしまったらしくって、朝に下駄箱開けたら転がり落ちてきちゃんだよね」
 あははと朝の喧噪の片隅で、私も牛乳瓶を指先に摘む振りして、ラベル蓋を摘み上げるのです。
「ねぇこの牛乳、四日前のだよ」


 “小春”“落ち葉”“雪見”を集めて私は泣いた。
 墓前でみんなで泣いた。わーわー泣いた。涙が涸れるくらい泣いた。みんなで学校に遅刻するほど泣いた。
 墓前に牛乳を捧げる。
 一本。
 二本。
 三本。
 今日も持ってきたよ。
 古くなった牛乳は、明日学校でみんなのうち誰かが飲むからね。
 ごめんね、もう一日早ければみんな死んでしまうことなかったのに。私のお父さん、“小春”と“落ち葉”と“雪見”を飼ってもいいって言ってくれたのよ。あなた達が死んでしまった日の晩ね、お父さんったら、あなた達のエサをすっごくたくさん買ってきちゃったし、爪を研ぐ道具や遊び道具、トイレとか、一通り揃えてね、もうホクホクって顔をして帰って来ちゃったの。私達三姉妹を猫可愛がりしてくれたお父さんだもの、また三匹の猫ちゃんが家族に加わると知って、舞い上がっちゃったのも無理ないわよね。でも私はそんなお父さんの顔を見たら、また悲しくなってしまって、お父さんの胸を何度も叩いたわ。どうしてお父さんは私の気持ちを知らずにそんな浮かれた顔をしているんだ、わかったような顔をして、私の頭を撫でてくれるな、どうせ誰も私のこの想いを理解してくれやしないんだ。
 私はお父さんをさんざんに叩いて、口汚く罵って、そうして自分の部屋に閉じこもって鍵を掛けたんだ。
 どうして子猫達を殺したのが、私の初恋の人なんだろうかと唇を噛み締めて、夜に暮れた。


 雨風に吹かれて逞しく、牛乳瓶は夜寒に凍え、朝露に濡れ、陽光に照らされ、私達の嘆きを聞いた。牛乳瓶の感傷は、二週間もすれば心に沈殿して動かなくなった。備えていた牛乳が何者かに飲み干され、墓が踏みにじられ、みんなは少しずつ忘れていく。私は牛乳を飲むようになった。
そして思春期らしく歪んだ情熱がソプラノリコーダーを盗み出し、私の体は大人へと近づいていく。
 下駄箱を開けると、想い人だった人からのラブレターが入っていた。
 あぁ、あまりに滑稽。愉快でしょうがない。




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