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Last update 2008年03月15日

PINK MECHE PUNK BOY(ぴんくめっしゅ ぱんく ぼーい)  著者:なずな



ああ・・、この音。
なんて耳障りなんだろう――。

日のかげる放課後の教室。嫌味な先生。
疲れた顔 不機嫌な生徒たち。
ちゃんとした音が出るまで いつまでもクラス全員残された。
頭にきて その学校指定の一括購入品に悪態をつきながら
先生の目の前で叩き割ったあの日。
ただ 驚いたような顔して あたしを見ていた顔、顔、顔。
皆だって 思い切り先生の悪口言って
色んな反抗のし方考えて 盛り上がってたくせに。


消し去ったはずの小学校の日の苦い思い出。
遅い朝の目覚めに そんな記憶がゆらゆらするのは
きっと・・・あの音のせいだ。




CDプレイヤーから流れる音楽は 早朝だろうと夕方だろうとヘヴィなRock。
激しいシャウトの合間、かすれて聞こえる、あれはソプラノリコーダー。
あの頃 音楽会のために練習してた・・あの曲は えっと・・。

リコーダー・・・???


寝そべったまま 腕を伸ばし CDのボリュームを絞る。
お日様はとっくに高くて 冬の日差しとはいえ、寝ぼけマナコには刺激が強い。
耳を澄ます。五感が少しずつ目を覚ます。
何だっけ。何だっけ・・・・。
この 笛の音。警戒信号。
どこから 聞こえる? どこから・・・・?
眉間にしわを寄せ 少々寄り目になって 瑠璃は玄関ドアを注視した。


† †

覗き穴からは何も見えない。
音はドアのすぐ向こう・・いや ・・そんなはずはない。
うちのドアの前で誰かがリコーダーを吹くなんてありえない。
瑠璃は首をふるふるっと振り、ドアに背を向ける。

子どもなんて嫌いだ。子持ちの若夫婦も苦手。
とにかく大人しか住まない所を・・と注文つけて探した部屋。
繁華街が近くて およそ教育によろしくない環境の、このワンルームマンションは、近所づきあいどころか 自分の他に誰が住んでるのかさえ全く解らない。
防音だけが妙に良く出来た四角い箱。
リコーダーなんて 気のせいだ。
ぜったい気のせいだ。




ぴーっ
一層大きい音。
もう一度見た玄関ドアの覗き穴から 信じられないものが見えた。

一筋ピンクメッシュ ツンツン髪の子供。

笑ったら線みたいになる切れ長の目元、
おそらく普通の表情でも笑ってるように見える、口角の上がった薄い唇。
ドアの前で固まった瑠璃の様子が解るかのように 
覗き穴の向こうから、漫画で描いたみたいな顔で、にいぃっと笑ってピースした。


あの顔、あのピンクメッシュ あの髪型。
悪い夢 見てるようだ。
思い出したくないものを思い出させる。

皆藤 陣太。カイドウ ジンタ。
    • そのうえ何でリコーダー?!。

記憶の領域から追い出したはずの
遠くに住むそのひとの訃報を 瑠璃が知らされたのは 今年の夏だった。


† †



ぴーっ・・

現実を突きつけるように もう一度笛の音が高く響き
日ごろ気配さえ感じない隣の住人が 廊下に顔出して文句を言う声がした。
恐る恐る・・ 瑠璃はドアを開ける。


「・・・誰?」
「過去の亡霊じゃ。スクルージおじさん」

即行閉めかけたドアの隙間に ピンクメッシュの子供は手をかけてきた。
「ごめんなさい 冗談ですっ。今度音楽劇すんの。『クリスマス・カロル』
 ・・あっ・・あっ・・手挟まないで 痛いですぅ~・・」
泣き声に怯んでドアを閉める手を緩めると 満面笑顔で 
「お邪魔しまーす」
「過去の亡霊」が部屋に滑り込んだ。



「何や、普通やな。パンツでアナアキ・・ちゃうやんか」
瑠璃を上から下まで まじまじ見、部屋をぐるり見渡すとピンクメッシュは 関西弁でそう言った。

初対面の大人の女性の部屋に入って この意味不明な感想。 
さほど驚かなかったのには訳がある。
もう 見た瞬間から解ってた。
─ あいつの子供だ。間違いない。



自称「パンクでアナーキーな自由人 HotでCoolなロックンローラー」

ジンタ・・頭痛がするような大きな声で 存在感を押し売りするオトコ。
お祭り大好きで 目立つためには何でもする暑苦しい関西人。
バンド、劇団・・コンパならどこにでも顔を出し、いつも周りを沸かせてた。

大学時代 無視しても無視してもやたら 絡んできたヤツ。
瑠璃の横をカニ歩きしながら 人生の楽しさについて語り続けた。

─いや あたしだけにじゃなく 皆にも・・だったんだよね。
ほんとはね・・。





「か・・勝手に物触らないのっ。何しに来たの?ひとりできたの?
 っていうか あんた あたしの知り合いじゃないはずだけど?」

子供の扱いなんて知らない。歓迎なんてしてやんない。
でも 入ってきちゃったものはどうしたらいいんだ?
鼻歌まじりのピンクメッシュ頭・・これでジンタのこと思い出さないはずがない。
動揺を隠そうとして 声が余計に上ずった。

「オヤジのセイシュンってものに ちょっと触れてみたくなってな。大丈夫、親の了解も得てのひとり旅。家出じゃないから。
うーんいわゆる『センチメートル・ジャーニー』ってヤツやな」
頭イタ・・。いまどきの小学生はよく解らないが やっぱりコイツは浮いてるんだろうな。
滑ったギャグを飛ばす子どもの様子を横目で見ながら 瑠璃は思う。




「オヤジ・・交通事故で死んだ。知ってるやろ?皆藤 陣太」
ソファのクッションをぶかぶか揺らしながら 急に真顔になって
ピンクメッシュの関西弁のこどもは そう言った。



† †

「おじいの和菓子屋を引き継いで、結構マジメに頑張ってた。ま、見た目は派手やったけどね」
「派手だった?」
「うん 店、金髪ピンクメッシュでやってた。ほら このピンク、おそろい」
ジンタの息子は「リュウ」と名乗って 誇らしげにそのピンクの髪を摘んで見せた。

いきなり来られても 迷惑。
だけど、ちょっとしんみりした顔になった子供を早々に追い出すことも出来なくなって
一応話を聞いてやることにしたわけで・・。
だけど あたしは 話すこと何にもないんだよ。 
そんなに 仲良かったってわけでも・・ない。

「あ、うちに訪ねて来てくれたんでしょ、大学卒業してから1年ぐらいしてさ」
ジンタのヤツ、そんな話 子供に聞かせてたんだ・・瑠璃は思う。

「『何だ・・つまんない。普通になっちゃってさ』って
ルリのヤツに捨て台詞キメられて、かなり悔しかったって、
酒飲むたび オヤジよく言うとった」


† †


卒業後、「一旦は帰る。帰るけど そのまま絶対田舎で埋もれたりせん」って言った。
なのにジンタ  全然戻って来なかった。

何で 会いになんか 行ったんだろう・・・。

実家が老舗の和菓子屋だとは聞いていた。 
店先に現れたジンタは、黒髪をきっちり分けて店の名前の入った法被着て笑ってた。
 ─ おぅ ひさしぶりやな、みんな元気か?
  あ、これ オレのカミサン。
  子供 できてな。
  信じられないよなぁ・・オレも「オヤジ」だよ。

「捨て台詞」言ったかどうかなんて よく覚えてない。
少し膨らんだお腹をさすりながら 柔らかに微笑む可愛らしいその人と、その人の肩を大事そうに抱く 黒髪のジンタをちゃんと見ることができなかった。
ひきつった顔を見られないように 瑠璃は慌てて背を向けた。

帰りの新幹線が東京に着くまで 涙と鼻水は流れ続けてた。
花粉症なのよ。仕方ないんだから。
涙を季節のせいにして テッシュの箱を二つ空にした。

そして やっと帰ってきた駅のホームのゴミ箱に
大学時代の思い出や 気づいてしまった恋心を
瑠璃は ティッシュの山と一緒に全部 投げ入れた。



† †


「オヤジさん病気な上、店の経営状態悪いらしくって・・ねぇ聞いてるの?」
そんな事情を聞いて、瑠璃に話してきた女友達もいた。
「取引先の印象や年上の職人さんの手前 あの外見ってわけにもいかなかったんだろうね」

 ─ 黒髪のマトモなジンタかぁ・・ちょっと 見てみたかったな、女友達は言い、
 ─ やっぱ 世間は甘くないよな・・ジンタも結局皆と一緒かよ・・
ゼミ仲間の男子はネクタイ緩めながら言った。
「青春時代の バカやった思い出とか言ってさ・・オッサンになってからしつこく語るんだろうな」

「どっちでも いい。興味ないし」

瑠璃はただ、生活費とアフターファイブの遊び代だけのために就職した会社で 
無難で平板なOL生活を送っていた。



† †

「リコーダー叩き割ったって 武勇伝 聞いたよ」
リュウが 自分のリコーダーを刀みたいに振り下ろす。
ジンタが瑠璃に初めて話しかけた言葉と 全く一緒だった。

一瞬 時が遡る。
ジンタの顔がダブって見えた。

『熱いスピリットを隠し持ったヤツ。学生やってる間 
結局その熱さはオレには引き出されへんかったけど
 あの捨て台詞は効いたなぁ・・うん やっぱあいつはそういうヤツや』
リュウは 瑠璃について ジンタがさかんにそう話していたと言った。

瑠璃と同じ小学校出身の子に聞いたんだろう。
学生時代ジンタは面白がって その話題をしょっちゅう振ってきた。
「いやぁ、心震える、感動したぞ、お前、グレート。
       そういう熱さはオレに通じるな。ウン。」




封印したはずの過去だった。
リコーダー事件は尾ひれがついて いつの間にか瑠璃が
リコーダーで先生に殴りかかったことになっていた。
キレると怖いと噂され 中学時代は他の小学校から来た子たちにはずいぶんと恐れられた。
小学校では 目立つことも案外好きだったのに
瑠璃は だんだんと気持ちを押さえ込むこと、皆の中に紛れ込むことを覚えていった。

 ─最悪だったんだ。あの教師。
全員揃った綺麗な音が出るまで 帰さないとか言ってさ、
音楽って楽しいものなんじゃないの?皆 楽しくない顔してたんだ。
音楽会が重荷になってたんだ。
一発殴りたいなんて 確かにそんな気にさえなってたんだ。


心の中で叫んでも 顔はクールを決めて 
ジンタのハイテンションな弾丸トークを 瑠璃は受け流していた。
 ─ そんなこと あったっけ。
  小学生の頃のこと?あんまり 覚えてないなぁ・・・。
  忘れっぽいんだ 私って。



† †


「音楽って楽しくないとな・・。な、このリコーダーオシャレやろ?」

ぼんやりしてたら リュウが自分のリコーダーを鼻先まで持ってきて ぶんぶん振り回して見せた。
スケルトンのピンク。およそ学校の一括購入品とは思えない。

「オヤジが楽器屋で買ってきた。オレむっちゃ気に入ってるんや これ」
リュウが自慢げに鼻をひくひくさせる。
返事しなくても 全然気にしない様子で 話し続けるところも父親そっくりだ。

「もうすぐ学校の音楽会なんだけど、ちょっと考えがあるんや。オレ」

「本番の時だけ、皆 オレの考えたアレンジで吹く。オヤジの好きだったロックっぽく」
秘密の計画を話す時の、くりくりと悪戯っぽく光る目。

「ロック音楽劇『クリスマス・カロル』?」
瑠璃も ついつい引き込まれて 膝を乗り出す。

「おう、先生仰天の 最高の舞台」
鼻の穴膨らまして笑うんだね、ほんと あんたオヤジそっくり。
ジンタそっくり・・。
「役のついた『先生のお気に入り』も、舞台袖でリコーダー吹く『その他大勢』も 一斉に 舞台で 主役になる。今 秘密の練習中」

音楽会の計画の話から始まって 学校の事、友達の事、家族の事 店の事 リュウは勢い元気になって喋りつづけた。



リュウの顔 リュウの声 リュウの手足。

どこから見ても 格好だけ生意気な小学生なのに 見つめてしまう。
懐かしさがこみ上げる。心が震える。
保ってきた心のバランスが・・・壁が扉が・・蓋が・・崩れていくのを 瑠璃は止めようがなかった。

ジンタと目の前の少年との境目が見えなくなっていきそうで
話を聞きながら 瑠璃は何度も自分を引き戻さなくてはならなかった。





† †


「いきなり邪魔して悪かったな」
リュウは きちんと帰りの時間も計画に入れていて 
およそ子供らしくない そんなセリフを言い 時計を見て立ち上がった。

「音楽会の成功 祈ってるよ」

「うん、ありがとな。仕事の配達中の事故で最期はあっけなかったけど 人生は
 無茶苦茶 楽しいぞ・・って オヤジいつも言ってた。お前も いっぱい楽しめよって」

 ─ 楽しんでるか~?
あれは ジンタの能天気な挨拶だった。



「じゃ、さよなら 元気で」
差し出された手が思ったより小さくて、瑠璃は改めて相手が「子ども」なんだと思う。

150センチにも満たない身長。
一房揺れるピンクの髪が 瑠璃の目の前にあった。

手を握り返す。
息が止まる。時間が歪む。
記憶の底の切ない風景が 次々あふれ出る。
零れそうなものを留めるため 瑠璃は 目をぎゅっと瞑る。

向き合いたかったのに 横顔ばかり見せた。
触れたかったのに 離れて足早に歩いた。
好きって言葉が心の中でさえ 言えなかった。

ジンタの色んな言葉の隅っこに ちょっとした動作に
自分への「好き」を探してた。

邪険にしながら 冷たくあしらいながら
構ってくるのが 絡んでこられるのが嬉しかった。

嬉しかったんだ。


「ありがと な・・」
一瞬の静けさの中 もうこの世にはいなくなった人の声がした。
慌てて目を開くと ジンタそっくりの切れ長のリュウの目が瑠璃を見上げていた。

「 出会ったヤツらみんなが、オレの誇りだ、って。
生きること、楽しめよ・・そう 伝えろって、オヤジが言った」


† †


一人で帰らせろよ。 ガキみたいでカッコ悪いじゃん
リュウが ふて腐れた顔で言う。

「いいさ 気にしないのっ。音楽会観たら帰るから」
「えーっ、まだ 先の話だよ」



いいさ。リュウを送って一緒に行って 音楽会まであっちにいて
ジンタの墓参りに行こう。ジンタが喜びそうな 奇抜な花買って。

そんなことを考えながら 瑠璃は横の座席のリュウを見る。
ミニチュアのジンタみたいで、 でも しっかり「自分」を持ったひとりの子ども。
うとうと眠る 無防備な横顔を見てたら 胸の奥が クスンとした。


行きと帰りの新幹線。ティッシュ何箱あっても足りやしない。
もう 花粉症の季節じゃないのにね。




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