Mystery Circle 作品置き場

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nightstalker

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Last update 2008年03月15日

一瞬間  著者:朔


 ――俺の仮面が剥落する番だ。



 街外れの廃工場。急ごしらえしたテーブル代わりのダンボールの中心に、懐中電灯の灯り1つ。

 先程までの和やかな、それでいて緊張した心地良い雰囲気が一転するのを感じた。同時に掌がじっとりと汗ばんでくる。すっかり回ったアルコールも手伝って、喉はカラカラだ。

「で、どうする?」

 一番に口を開いたのは俺の親友でもある、拓海。その茶色がかった瞳は、自分の左右に座している和也と怜に意見を求めていながら、対面している俺から、視線を逸らそうとはしなかった。まるで、俺の動揺を残らず感じとろうとするかの様に。
 ニヤニヤとこちらを見ている2人に比べ、拓海の目には冷酷さと同情の混じった、複雑な表情が見え隠れしていた。

 「やっぱさ、俺らどこまでも同じ道を行くしかねぇってコトだよ」
深夜になると異様に音の響く環境を気にしてか、ついさっきまでの興奮状態を押し殺すように怜が俺の肩を叩きながらヒソヒソと言った。
「だよな」
と、それに和也も同意し大きく頷いている。2人とも、嫌な笑みを浮かべながら、だ。


 こうなるような予感はしていた。だが、それに抗いたい気持ちは拭えない。縋るような思いで拓海を見やると、それに気が付いたのか、奴は俺の視線を振り切るように、飲みかけの缶ビールを煽り、制服の裾を気にしながら居直ると、ついにそれを宣言した。
「決まりだな。決行は…今からだ」
 その目は、既に同情の色を消し、興味と期待で輝いていた。



 俺達4人はいつも一緒だった。良きライバル、良き理解者。
好きな娘の話、青少年にありがちな無謀で実りそうもない恋。勉強なんてしもせず、身の回りのものが何でも遊び道具だった。
 高校も揃って同じ所へ進学し、幼い頃から相変わらずの『悪ふざけ』も、高校卒業の今年に至るまでに、徐々に『法律違反』へと名前を変えてきたのも同じだ。
 喫煙や飲酒は当たり前ながら、尾崎豊の『15の夜』さながらに、盗んだバイクで街中を疾走した夜も、一度や二度ではない。
 両親や教師達は、既に俺達を見放していたが、例え引き離されても、俺達はすぐにお互いを見つけ出せるだろう。そのぐらい、信頼している。

してはいるが、今回の件は違った。




 俺は3人の顔を代わる代わる睨み付けてやった。
「なんで決めたからって、俺もやんなきゃなワケ?」
手元にあったビールの空缶を握り締め、苛立ちを何とか鎮めながら吐き出すように言うと、少し間を置いて拓海が言った。
「決まりは決まりだからだ。そしてそれには、お前も同意しただろ?」





 その後、俺は渋々ながらに3人に従った。黄色い懐中電灯の光は薄暗く、視界を確保するには到底足りない。鞄から手探りで携帯電話を取り出し、電源を入れる。
 すぐに、留守電有りの通知を何件となく受信したが、着信は全て親父だった。

「やっぱ電源は切っとくべきだよな」
俺の携帯画面を覗き込みながら、和也が俺も俺も…と、茶化すように言う。
「うるせぇよ」
俺は右手で和也の顔を殴る仕草をしながら、左手で携帯のアドレス帳から、ある一件を呼び出した。

 画面に映し出された名前を一瞥し、確認。途端、このまま逃げ出したいという気持ちが湧いてきた。
 そわそわと落ち付かない俺を横目に、怜は次の缶ビールのプルタブを押し上げながら、ヘラヘラとしていたが、拓海はそれとは対照的に、拾ってきたソファに寝そべり、静かにタバコを吸っていた。

 俺はそれを見て、馬鹿にされた気がした。いや、拓海は、そうすれば俺が電話をすると知っている。
 決心がついた。




 風化した工場の壁穴から吹き込む夜風は酒で火照った体に気持ちが良かった。
素面で歩けば、そんなに厚くはない制服の生地では、寒く感じるかもしれない。
 電話を終え、頭の隅でそんな事を考えながら、上がりきらない気分を鼓舞しようと、和也の手からビールをひったくり、一気に喉へと流し込む。
「おお、決戦を前にボルテージ上がってきたか!?」
 怜と和也がコールをかける。ビールの炭酸で涙が出てきたが、俺は意地になって飲み干した。
 ピークになった緊張を、空になった缶に託す思いで、懐中電灯が照らす範囲外の暗闇へと思い切り投げると、けたたましい音を立てて空き缶は消えた。
 後には静寂。だが、いつの間にか起き上がっていた拓海の一言で、その静寂は破られた。

「よし…行くか」




 住宅街の公園は、気味が悪いほどひっそりしていた。もう季節を外れかけた花火の残骸が目に付く以外、 特に代わり映えのない、どこにでもありそうな公園だ。
 俺はそんな公園の真ん中にある照明の下、じっと待つ。
 拓海達3人は、この公園のどこかから俺を見ているのだろう。背中に刺さるような視線と、囁き声を感じる。


 …ジャリ


 突然、暗がりの静止した空気が、足音と共に動いた。拓海達が息を飲んだ気配を感じた。足音の持ち主は、近付くごとにその姿を、照明に曝されていく。同時に俺も、息苦しいくらいの緊迫感に包まれる。



 【お前が撃墜されたら、俺らも、お前に付き合ってやるよ】
 不意に、廃工場を出る時に、空き缶で足をもつれさせながら拓海が言った言葉を思い出した。知らず、体に力が入る。今まで、それがケンカでも何でも、カッコ悪い所など晒したことの無い俺だ。今回も負けるわけにはいかない。

だけどそれもいいかもしれない。

 そんな事を考えているうちに、電話で呼び出した相手は、既に目の前に立っていた。

「何?こんな時間に」
怪訝そうな相手の声音に威圧されながら、その問いに応える。
「ああ、悪いな」
歯切れの悪い言葉を噛み潰すようだ。「やんなきゃならねえ事があってさ」

「ふぅん…で、何?」







 俺の頭は、フル回転で状況を把握し、適当な行動をしようともがいていた。これは、酒が悪いわけでも、他の3人が悪いわけでもなく、ましてや俺が悪いわけでもない。悪いのは、そうだ。あいつだ。紙にへばりついたまま、胸くそ悪い顔で俺をバカにした、あいつが悪い…



「どうかした?」
俯いている俺に、その言葉が更に緊張を与える。

 …窮地だ…




 背後から、拓海達の緊張までが伝わってくる。
 もう、この雰囲気に限界だ。拓海、やっぱりダメだったときは、凹みまくってる俺の面倒、見てやってくれよな?


 すぐ目の前に立つ、相手を見据えた。少し、身構えたようだが気にせず叫んだ。

「香織、好きだ!付き合ってくれ!」

「!?」



 …俺は今日、ヘマをしたんだ。ちょっとした遊び心と、俺に降りかかる事は無いだろうという、甘い考えがマズかった。そう、俺はババ抜きで負けたのさ。罰ゲームは【告る】って決まりだ。



 でもやっぱり振られるのは勘弁だ。答えに困っている香織を見ていられない。

 だが無情にも香織の口は言葉を紡ぐ。
「私は……」



 俺は目を強く瞑り、分かりきった返事を聞くまいと別な事を考えようと努めた。


拓海達、今頃嘲ってんのかもな…




香織のこの返事さえ聞かなければ、俺は振られることもない、そう思った瞬間、俺は走り出していた。

「拓海、怜、和也!行くぞ!」


 公園の入り口に並んで止まる、4台のバイクの中の1つに跨ると、キーを回して思い切り、蹴った。


「おぃ、ま、待てよ!」
慌てる3人と香織を残して、俺は走り出す。意味の分からない持論を大声でぶつけながら。
「俺は負けてても、負けたくねえんだよ!特にお前らにはな!」





 もうすぐ卒業。こんな馬鹿も今だけだ。こんなに楽しいのも。こんなに一生懸命なのも。それに気が付けるだけの年齢になったんだな、俺達。

 制服の胸ポケットで携帯が鳴った。親父だとは思うが、関係ない。3人が、追いついてきた。4台の排気音が重なり、夜の住宅街に木霊する。

 いつまでもこの音が、こいつらと聞ければいい。
俺は目を閉じ、そしてこの瞬間だけは、言葉通り心から永遠を望んでいた。


 例え笑われても、うまく行かなくても、これだけは。




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