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Last update 2008年03月15日

Infinite  著者:AR1


 会った瞬間、叱責の幻聴が聞こえてきた。しかし、それは自分に向けられたものではない。誰に向けられたものなのだろう――彼に解を与えられる機会はない。
 不確定の森の中、流れ続ける光景の中をたゆたう体。幻に対して反応した信号だと思っていたそれはまやかしではなく、単に『存在するには危うい状態』にあるだけの、極めてリアルに近いファンタジーの渦中の漂流者。
 過去の記憶、未来の可能性、生前の世界、死後の青写真……全てが混ぜこぜ、一つとしてこねくり回された可能性の断片。このトンネルに出発点も、出口から差し込む陽光もない。進む道はおろか戻る踏み場もない。四方八方を正体不明の映像が勝手気ままに飛び交い、消失していくだけの不可思議な筒の中。
 いつかどこかに終点があるはずだ――流れに逆らい、前へ進もうともがく。ここがどこかなどと知ったことではない。今はこの無軌道な循環の中から這い出したい一心で、前方へと腕を伸ばして光の中をもがく。
 ここに溢れる全ての幻聴は、全てが実際に発せられる可能性を含んだ事象である。希望に溢れた宣誓が、未来に於いて脆くも崩れ去るビジョンが広がる――発展のリンクを未来に辿り、分岐した箇所の一つを切り取ったものであるから、それが実際に訪れるかは誰にも知れない。しかし、別の世界の自身がそれを必ず経験するはずだ。限りなく、果てしなく繰り返すタイムパラドックスの嵐があれば、その現象に立ち会うパーツの一つになれるかもしれない。
 しかし、漂流者はそれを拒みたい一心で波に抗い続ける。可能性などというものは、未踏の開拓地であるからこそ挑みがいがあるものなのだ。一度でも足跡をつけてしまった場所には未練しか湧かない。
 いや、なによりも他者の無残な叫喚が耳元を掠め、そして愚直なまでに失われた時への哀惜を叫び続ける、その悲哀の激情にはうんざりする。まったく、この中で三十分と耐えられる頑強な輩は存在し得るのだろうか? いるのだとしたら、そういう連中は〈無神経〉と呼ばれる人間なのかもしれない。慟哭が通り過ぎるたびに気が触れそうになるので、今だけは目先の心配を最大限に膨らまさざるを得ない。いつの間にか感受性を麻痺させることを肯定する自己への恐怖、しかしそれに気づくはずもない。
 ここを脱出するためにもがく行為も、実のところ無駄なあがきなのかもしれない。見渡す限りが崩された時間の概念、憶測すらも一つの真実として現像されるストーリーの奔流だ。『今』がどこなのかも判然としないこの場所で、そもそも出口が『いつ』、『どこに』あるのかも分からないこの場所から逃れる術はないのではないか? 愕然となる。この空間に一つ希望を見出すとしたなら、それは出口に向かって突き進む自分の姿。
 だが、ここはパラドックスの大海。もしかしたら、そうした姿は映し出されるかもしれない。しかし、その逆も……いや、もっと凄惨な顛末を目の当たりにするかもしれない。それは文字通り、浮遊している彼を撃墜するほどの威力を誇っているに違いない。

 ――ここにいるのが分からないのか?

 幻聴の木霊の間に聞き取った一言。それはどこからやって来たものだろう? 必死に動かしていた手足を休め、体をぐるりと回してみる。そこで初めて、ここは重力に左右されづらい、全方向対応のワイヤーアクションのような空間であることを自覚した。
 一箇所だけ、壁のような場所に虫食いのようにぽっかりと開いた穴。糸で繋がれているかのように手繰り寄せ、ようやく目まぐるしい情景からの脱出に成功する。それだけで死刑宣告を言い渡された牢獄から解放された様な安堵に包まれる。
 倒れ込むようにして地面に投げ出され、膝と両手を突き、顔だけを上げる。その声の主はどこかで聞いたことがあるもので、それはカラオケでエコーがかかりつつ耳に刺さるものだった。
「やあ、もう一人の俺」
 そこにいるのは彼自身であり、足元を血で染めたそいつは、まさに俺の影だった。




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