Mystery Circle 作品置き場

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nightstalker

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Last update 2008年03月15日

似た者同士の恋愛譚(仮)  著者:知



 私の選んだことだから間違いはなかった、そう言えるほど強くなれたらいいと思う。

 家に帰り着いてからそうとだけ書いたメールを彼に送った。
 この一文に込められた意味を理解してくれるのだろうか――私は理解してくれることを望んでいるのだろうか、それとも理解してくれないことを望んでいるのだろうか――そんなことを考えながら携帯を閉じた。
 明日はバイトが入っているからシャワーを浴びて寝なければいけない時間帯なのに、頭を空っぽにして少し硬めのベッドに体を横たえて目を閉じる。

 『どうしてこんな事になったのかなぁ……』

 ふと、又、そんな言葉が頭に浮かんできた。
 そんなの……理由は簡単……

 「私が弱いからでしょう?」

 そう自分に言い聞かせるように呟きながらベッドから体を起こし、シャワーを浴びる準備をし始めた。
 汗をかいているのにこのまま眠るのは気持ちが悪いし、何より化粧を落とさないと肌に悪いしね。化粧を落とさなきゃいけないのならシャワーを浴びるのは別に面倒でもないから……寝る前のスキンケアは面倒だと思うけど、もう生活の一部になっているからしないと反対に気になって寝付けなくなる。

 ……そしてスキンケアの仕方は亡くなった母から教わった物……私と母の繋がりでもあるから……

 化粧の仕方、スキンケアの仕方は母から教わった。スキンケアに関しては小学生のときから母に教えられていた記憶がある。
 母は綺麗な人だった。特に美人というわけではなかったんだけど、肌が凄く綺麗だった。近所の人や私の友達の母親に頼まれてスキンケアの仕方を教えていたという話はよく耳にした事がある。
 母が言うには、スキンケアの仕方は代々受け継がれてきたものとのこと。母も母に(私にとっては祖母に)教えられたと言っていた記憶がある。

 ……私も、我が子に教える日がくるのだろうか……



 寝ようと思い時間を確認すると、予定していた時間よりも一時間遅い……明日のバイトは大丈夫だろうか……家庭教師や個人指導ならいざ知らず、大人数クラスの塾や予備校で教えることは体力の消耗が激しい。お世話になった塾長に頼まれて始めたんだけど、塾長への恩返しになると思って始めたんだけど……想像していた以上に疲れるよ……
 何で私が難関国公立や医学部のクラスの授業を持ってるの? 私が通っている大学は中堅の私立大学だよ? えっ、何、これ、嫌がらせ? 授業時間の何倍を予習時間に使っていると思っているの! ……なんて口が裂けても言えないけど……
 今日は疲れていたせいか、そんな事を考えながらもベッドに入ってからすぐに寝付いていた。


 目を覚ますと7時……少し早いけどこれ以上眠れないことはわかっているからベッドから体を起こした。携帯を確認すると予想通り彼からのメールの返信はない。安心したような残念なようなそんな思いが胸の中に去来する。

 『私と彼は似ている』

 そう初めて感じたのはいつだっただろうか。
 初めて二人きりで話をしたとき? 初めてゼミで同じグループになって課題についての話し合いをしたとき?
 ……違うよね、初めて軽く言葉を交わしたときから似ているって感じてたんだよね……

 ……って、そんな事を考えている暇なんてないんだよ……

 今日は授業という名の戦争に行かなければならないのだから。しっかりと準備(予習)をしないと私の方がやられてしまう。食うか食われるかの勝負がそこ(教室)には確かに存在している……(私のアルバイト先は予備校だよね? と思ってしまうのは不自然なことではないはず、絶対に)
 実は就職活動を始める前に塾長から「家に就職しないか?」と言われたことがあるんだけど、丁重にお断りをしたということがあった。長くは続けられない仕事だと実感したからね。
 私が通っていたときある先生が辞めて、その理由を尋ねたら「体力の限界……」とだけ答えが返ってきた。何のことかわからなかったんだけど、今ならわかる。
 予備校でアルバイトをしているという人に知り合い、他の予備校もこんな感じなのかと話をしたら、顔を引きつらせ、乾いた笑いを浮かべながら「……噂には聞いていたけど、本当なんだ」という答えだけが返ってきたこともあった。やはり異常なのかと改めて感じた瞬間だった。


 予習を終え、一息つくと準備をして予備校に向かわなければいけない時間になっていた。部屋着からスーツに着替える。スーツでなくてもきちんとした服装ならいいと言われているんだけど、教えるのに気合が入るからスーツを着て授業をしている。

 「さて、行きますか」

 自分を鼓舞するように呟き、私は家を出た。


 ……数時間後……

 つ、疲れた……

 予想通り、授業を終えると体がくたくただった。電車を降りてほっと一息つく。
 真っ直ぐ家に帰ってベッドにダイブしたいところだけとそうはいかない。今から大学に行かなきゃいけない。今日が提出期限の書類があるのを友達からのメールを見るまですっかり忘れてしまっていた。
 本当は昨日提出するつもりだったんだけど、色々あって提出できなかったんだよね。
 幸いなのは予備校に行くときのカバンにその書類を入れてあったこと。一旦、家に取りに帰ってから大学へ行くなんてとてもじゃないけど嫌だ。家が駅からすぐで大学も家から歩いて10分足らずで着くとしてもね。家に着いた瞬間に行く気をなくしてしまうのは目に見えてる。


 「ふぅ……」
 書類を提出しベンチに座り缶コーヒーを飲み一息ついた。
 時間を確認すると家で晩御飯を準備するには微妙な時間になっていた。食べてから帰るか家に帰ってから食べるか悩んでいると私を呼ぶ声がした。この声は……

 ……彼が今日の夜に講義を入れているのを忘れていたよ……

 顔を上げると彼が私の目の前に立っていた。

 「今、講義終わったとこ?」
 「Yes.今日は講義入れてない日じゃなかったか? スーツ……就活……じゃあないよな?」
 「今日までに提出しなきゃいけない書類があるのを忘れてて……で、スーツなのは予備校で授業をしてきた帰りだからだよ」
 「それはお疲れさま……」

 ……何時もどおり、でも、二人ともどことなくぎこちなく感じるのは気のせいだろうか……

 「パンツのスーツなんて持ってたんだ」
 私が飲み終わった缶を捨てようとベンチを立ったときに今、気づいたというように聞いてきた。
 「うん。就活にもゼミにも着ていったことないけどね」
 家のゼミはゼミの講義のときはスーツを着ていかなければいけないのだ。面倒だけど就活のときにスーツを着慣れていて助かったことがあったからゼミのスーツ着用義務に関しては特に文句はない。
 「何で? 確かスカートよりもパンツの方が好きって言ってたよな?」
 うっ、その質問はあまり答えたくない。
 「まぁ……色々あってね……」
 パンツのスーツを着て講義に出ると知らず知らずのうちに戦闘モードになってしまうなんて言えない。
 「そっか……」
 私のあまり答えたくないという気持ちが伝わったのだろうか、彼はそれ以上何も聞いてこなかった。


 それからどちらからとはなく、駅に向かって歩き始めた。
 「晩飯、どうするんだ?」
 「家に帰ってから作るのも面倒だから、食べて帰ろうとも思ったんだけど……二日連続だし……お金がねぇ……」
 「だよなぁ……」
 やはり、会話をしていてもどことなくぎこちない。おそらく彼もそう感じているだろう。でも、どうかしようとすればするほど余計にぎこちなくなって泥沼にはまってしまっている。

 そのうち、二人でちゃんと話し合った方がいいかもしれない。互いに立つポジションが微妙になってしまっている。このままでは良くないことははっきりしている。自然解決する前に、なるべく早く……そんな事を考えながら歩いていると
 「あれ? 先生?」
 駅前に着いたらよく知っている声が聞こえてきた。
 「珍しい……下宿先は駅の近くとは聞いてたけど、こうやって予備校の外で会うの、初めてだよなぁ」
 予備校で教えている生徒二人――優と茜――だった。予備校で一番有名なカップル。そして、私が生徒の中で一番仲良くしている二人でもある。まぁ、小さい頃からの知り合いだったからという理由があって仲良くしているんだけどね。私が中学生になったときに二人が引っ越してたんだけど、最近、予備校で再会したんだ。
 「そっちこそ、この時間はいつもなら自習室で勉強している時間でしょう? 今日のあま~い自習(デート)の時間はお仕舞い?」
 若干のからかいを含めてそう返した。でも、流石は中学生のときから付き合い始めた幼馴染カップル、からかわれることには慣れているのか少し照れた表情をしながらも反撃してきた。
 「えぇ、今日は珍しく先生が早く帰ってしまい質問ができませんでしたから」
 そこで一旦区切り、彼の方をちらりと見る
 「なるほど……デート……デートですか。デートなんですね? 先生も受験を控えた生徒よりも好きな男性とのあま~いひと時の方が大事なんですね……よよよ」
 私が早く帰った理由を知っているくせにわざとらしく「……よよよ」なんて語尾につけて泣き崩れた。ちらりと彼の方を見ると茜の言葉が冗談だとわかっているのか苦笑している。それを見てほっとしたのが運の尽き。私のほっとした顔を見てチャシャ猫のような笑顔を浮かべた。
 「それにしても、スーツ……ですか……」
 ……凄く嫌な予感がする。
 「今日はスーツでプレイですか? うん、わかります。男の人って女性のスーツ姿が好きな人って多いんですよね……」
 「「な……っ」」
その予想外の一言に私と彼は顔を赤くして固まってしまった。
 「優なんて最近スーツでなきゃしないって強要してきたんですよ。しかも、スカートじゃなくパンツっていう指定付き。パンツのスーツなんて持っていなかったから貯金を下ろして買いましたよ」
 「あ……茜……」
 ギギギという音をたてながら優の方を見ると顔を青ざめながらそう呟いていた。
 「それを着て行ったときのことは鮮明に覚えています。もっと熱い夜を過ごしたいと思ってHな下着で迫ったり、ナース、巫女、メイド、裸Yシャツ……と色々やってみたんですよ」
 優の顔色が青くなったり赤くなったりしている……冗談ではないようだ(何で私は冷静に観察しているのだろう)
 「その度に熱い夜を過ごせました。優は実はかなりな変態じゃないかと思ったりもしましたが、私は満足していました。でも、今まで何も口出ししなかった優がこう言ったんですよ、『今度はスーツを着てきてくれと』」
 もはやこの場は茜の独擅場だ。茜以外の3人は口を挟むことができない。というか固まっていて口が挟めない。
 「次のときその要求にこたえて、スーツで行ったんですよ。そしたらがっかりした様子で『スカートじゃなくパンツ』って言うんですよ。そして、今日はする気にならないなんて言って帰ったんですよ。私を放って。今まで何も言わなかった優が指定してきたんですよ?もう、今日はどんな熱い夜になるのかと期待していた私の高まりをどうしてくれるんですか。久しぶりに一人でしましたよ」
 茜の言葉が過激になってきている。もう、自分の言葉に酔いしれて周りが見えていないようだ。しかも、流石演劇部というべきか、よく通る声と悩ましいまでの声色・仕草のせいで人が集まってきている。頭は動いているのに体が動かないのでこの場から逃げられない。
 「次のとき普通の服装で行ったら凄くがっかりした様子でした。いえ、してくれるにはしてくれたのですが、その気になっていないというか、手抜きというか……中途半端で余計に色々溜まってしまいましたよ」
 もはや、私たちの周りには人垣ができている。体も動くようになったんだけど、逃げようにも人が多すぎてできなくなってしまっている。「これ、何かの撮影?」「カメラはどこ?」なんて声が聞こえてくるのは気のせいではない。
 「これ以上はダメだムリだと泣く泣く貯金を下ろしてパンツのスーツを買いましたよ。そしてそれを着てきた時の優のあの嬉しそうな顔、忘れられません」
 そのときを思い出しているのかうっとりとした顔で茜が話すのを止めた。「カメラなんてどこにもないぞ」「えっ、じゃあこれは……?」なんていう声が聞こえてくるのが恥ずかしい。まだ茜だけに目が行っている分、ましだけど。
 「あれを獣のようっていうんでしょうか……もう、いきなり押し倒されて……ああ、思い出すだけで体が熱くなってきますね。もう、そこにいるのは男と女ではなく雄と雌。欲望のままに……って感じで、気は付いたときにはシーツと私たちの体はお互いのでグショグショな状態で抱き締めあっていました」
 そういうと、まさに妖艶という言葉が相応しい表情でため息をついた。その隣で顔を青くしたり赤くしたりしている優とのコントラストが面白い(だから何で私は冷静に観察いるんだ?)
 「これ以上ないというぐらい熱い夜だったのですが、欲望のままにいきすぎたのか仔細を覚えていなかったんですよ。でも、すぐにあることを思い出しました。今日は撮影していたということを」
 撮影という事実を初めて聞いたのか信号のように青くなったり赤くなったりしていた顔が、一気に蒼白になった。
 「カメラは何箇所も仕掛けてましたから、アングルもばっちりでした。電気はつけたままでしますから明るさもばっちり。全てが最新機種ですから勿論、画質、音質もばっちりです。今、編集中なんですが、編集しようと思って見ているとあのときの事を思い出してしまって遅々として進まないんですよね……そうそう、最近全部を見終えてわかったのですが、何と二人とも十回以上……」
 茜はふと私の方に目を向けると急に言葉を止めた。ギャラリーの目も自然と私に向く……嫌な予感がする……
 「先生にも衣装をお貸ししましょうか? ナース、巫女、紺袴、着物、浴衣、メイド、和服メイド、裸Yシャツ、裸エプロン、ブルマー、スパッツ、スク水、白スク水等など、色々揃ってますよ」
 その言葉に一瞬、茜以外の視線が優に注がれた……衣装も色々増えてるし。
 「今までにない熱い夜が過ごせるかもしれませんよ。ああ、私と先生は身長も体型も殆ど変わりませんから大丈夫です。後、使用後はきちんとクリーニングしていますから何も変な物はついて……」
 もう、恥ずかしいやら色々な感情がないまぜになって我慢の限界がきた。

 「Be quiet!!!!!!!!!!!!!!」

 私がそう叫んだ瞬間、顔面蒼白だった優はもとより饒舌に話していた茜も黙り、背筋を伸ばし気をつけの姿勢をとる。

 「茜、あんたはねぇ、一度入ると周りが見えなくなる癖、どうかしなさいよ。後、優、こうなる前に止めなさい。止めるのはあんたの役割でしょうが」
 「「Sir, Yes Sir」」
 「誰がSirよ!」
 「「Yes Ma'am」」
 「あんた達だけ、今日の宿題2倍ね。わかった」
 「「Yes Ma'am」」
 二人は敬礼をしてそう答えた。

 ……

 …………

 …………はっ…………

 我に返って周りを見てみると、彼を含めて周りにいた全ての人が私たち3人を呆然と見つめていた。
 しまった、つい、予備校での癖が出た。



 「「「あははは……」」」


 3人して顔を赤らめながらそう乾いた笑いを浮かべると、私は優と茜の手を握り締め、この場にもう一秒たりとも長くいたくないと全力で走り去った。

 どこに向かって走っているかわからない。ただただ恥ずかしいやら色々な感情がないまぜになっていて、そして、全力で走っていることもあり頭に酸素があまり行かず上手く働いていないこともあってか、

 周囲の闇にすべて溶けてしまい、ただ握り締めた手だけが世界に存在しているように思えた。




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