Last update 2007年10月07日
タイトルなし 著者:Clown
そうだとすれば、それは彼女が着ているからにちがいない。
俺は自分の衣装ダンスの中を見て、ため息をついた。
明らかに俺のジャケットが一着無くなっている。
もちろん、俺は今現在ジャケットを羽織ったりはしていないし、それをどこか別のところに引っかけた覚えもない。ぼろ切れとしてゴミに出した覚えもなければ、雑巾にした覚えもない。
ならば、可能性は一つしかない。
「一言言ってくれよ……」
毎度のこととは言え、俺は二度目のため息を禁じ得なかった。
彼女の癖の一つに、人の衣服を勝手に着ていくというものがある。
もちろん、彼女はそれに対して罪悪感など抱いているはずもなく、何度俺が怒っても同じことを繰り返すため、半ば俺も諦めていた。
同棲し始めて一年になるが、これまでの間に数えるだけでも何十回も同じことをされたのだから、処置はない。
実家に住んでいたときも、よく妹の服を失敬していたというから、その「無断借用歴」は筋金入りだ。
今日も、そのうちの一回だと言ってしまえばそれまでだが、そう言ってしまうにはあまりに都合が悪かった。
明らかに俺のジャケットが一着無くなっている。
もちろん、俺は今現在ジャケットを羽織ったりはしていないし、それをどこか別のところに引っかけた覚えもない。ぼろ切れとしてゴミに出した覚えもなければ、雑巾にした覚えもない。
ならば、可能性は一つしかない。
「一言言ってくれよ……」
毎度のこととは言え、俺は二度目のため息を禁じ得なかった。
彼女の癖の一つに、人の衣服を勝手に着ていくというものがある。
もちろん、彼女はそれに対して罪悪感など抱いているはずもなく、何度俺が怒っても同じことを繰り返すため、半ば俺も諦めていた。
同棲し始めて一年になるが、これまでの間に数えるだけでも何十回も同じことをされたのだから、処置はない。
実家に住んでいたときも、よく妹の服を失敬していたというから、その「無断借用歴」は筋金入りだ。
今日も、そのうちの一回だと言ってしまえばそれまでだが、そう言ってしまうにはあまりに都合が悪かった。
無くなったジャケットは、俺の一番お気に入りのジャケットで、しかも今日は昔の恩師と会う約束をしているのだ。
別にほかのジャケットを着ていけばいいと言えばそれまでだが、久しぶりに会う人との会合くらいは良い服を着ていきたい。
それに、手持ちのズボンと色の合うジャケットが、それ一着しかないのだ。
着ていく服によって、その日一日の気分が変わるというのは、誰しもよく経験することだろう。
上下のあっていない服を着ることほど、テンションを下げることはない。
俺は携帯電話を手に取ると、早速彼女の携帯に電話をかけた。
間延びした数コールが終わった後、機械的な音声が流れ始める。
留守電サービスの講釈など聞く耳持たず、俺は電話を投げ捨てた。
よほど俺にジャケットを返したくないらしい。
壁掛けの時計を見る。
十二時五分。
約束の時間まで、後一時間ほどしかない。
彼女の行き先がわかれば、せめてその先で落ち合ってジャケットだけ返してもらうのだが、それもままならない。
いらいらする中、時間だけが過ぎていく。
と、その時。
それに、手持ちのズボンと色の合うジャケットが、それ一着しかないのだ。
着ていく服によって、その日一日の気分が変わるというのは、誰しもよく経験することだろう。
上下のあっていない服を着ることほど、テンションを下げることはない。
俺は携帯電話を手に取ると、早速彼女の携帯に電話をかけた。
間延びした数コールが終わった後、機械的な音声が流れ始める。
留守電サービスの講釈など聞く耳持たず、俺は電話を投げ捨てた。
よほど俺にジャケットを返したくないらしい。
壁掛けの時計を見る。
十二時五分。
約束の時間まで、後一時間ほどしかない。
彼女の行き先がわかれば、せめてその先で落ち合ってジャケットだけ返してもらうのだが、それもままならない。
いらいらする中、時間だけが過ぎていく。
と、その時。
──ガチャン
鉄扉の開く音がして、かぎなれた香水の匂いが流れてきた。
俺は焦燥から一転胸をなで下ろすと、彼女の元へと急いだ。
そして、顎が外れる思いをした。
俺は焦燥から一転胸をなで下ろすと、彼女の元へと急いだ。
そして、顎が外れる思いをした。
彼女は、薄いワンピース以外に何も羽織っていない。
「おまえ、一日中その格好だったのか?」
「えぇ、そうよ」
不思議そうに顔を傾けると、彼女はそう言って靴を脱いだ。
俺は何が何だかわからなくなって、横を通り過ぎる彼女の横から後ろからジャケットの片鱗を探してみたが、そんなものはもちろんどこにも見あたらない。
どこか途中で脱いだとしても、あの薄っぺらい鞄の中に入るはずもない。
おかしい。
なら、俺のジャケットはどこへ行った?
「なぁ、俺の黒いジャケット知らないか」
こらえきれずに、俺は彼女に問いかけた。
すると、彼女は何か奇妙なものでも見るように俺の方を見たが、やがて、ふいと顔を背けた。
その視線の先には、鏡台が置いてある。
「あなた、馬面よね」
唐突に、彼女が俺に投げかける。
俺は訳もわからず鏡台をのぞき込んだ。
そしてそこに、血眼という表現がぴったりの赤く充血した目と、黒ずくめの格好をしたひょろながの男を見た。
目を丸くした俺の耳元で、彼女は囁いた。
「えぇ、そうよ」
不思議そうに顔を傾けると、彼女はそう言って靴を脱いだ。
俺は何が何だかわからなくなって、横を通り過ぎる彼女の横から後ろからジャケットの片鱗を探してみたが、そんなものはもちろんどこにも見あたらない。
どこか途中で脱いだとしても、あの薄っぺらい鞄の中に入るはずもない。
おかしい。
なら、俺のジャケットはどこへ行った?
「なぁ、俺の黒いジャケット知らないか」
こらえきれずに、俺は彼女に問いかけた。
すると、彼女は何か奇妙なものでも見るように俺の方を見たが、やがて、ふいと顔を背けた。
その視線の先には、鏡台が置いてある。
「あなた、馬面よね」
唐突に、彼女が俺に投げかける。
俺は訳もわからず鏡台をのぞき込んだ。
そしてそこに、血眼という表現がぴったりの赤く充血した目と、黒ずくめの格好をしたひょろながの男を見た。
目を丸くした俺の耳元で、彼女は囁いた。
「おとといは兎をみたわ。昨日は鹿、今日は馬(あなた)」