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Last update 2008年03月15日

僕はそれに口付けを……  著者:一茶



 一睡もせずに警察が来るのを待っていたが、そのうちに朝が訪れた。
ぼんやりと、天井を見上げる。
「…来るわけ……無いか。」
そう、来るはずなど無い。
今時、未成年が飲酒したところで現行犯でも無い限り警察が動くはずが無い。
何を恐れていたのだろうか。
何に怯えていたのだろうか。
一睡もしなかった頭では、よく考えられなかった。
「……目、覚ますか。」
呟いて、眠りにつきたがる身体をむりやり起こす。
ユニットバスの洗面に向かい、水道水で一気に眠気を取り払う。
「頭…いてぇ…」
これが、二日酔いってやつか。
そう認識したら、更に痛くなった。
顔を洗うついでに、コップ一杯の水を飲み干す。
「……うまい。」
初めて水道水をうまく感じた。
部屋に戻って、壁掛け時計を見る。
 ―7時45分―
そういえば、今日から学校が始まるんだっけか。
よりによって、休みの最終日に飲み会に呼ばれるとは。
「どうして、行ったんだっけか……。」
確か、何か嫌なことがあって、その腹いせに…。
嫌なことって、なんだ?
「ウッ…いたっ。」
考えることを拒むかのように頭痛がひどくなった。
とりあえず、着替えて学校に行く準備をしなくては。
睡魔を払いながら、準備をする。

 ―ウルサイ。
「…え?」
少し、寝かけてしまったようだ。
時間は……マズイ。
アパートの鍵と自転車の鍵、かばんを持ち、急いで学校に向かう。
「……やっぱり、行くんじゃなかった。」
まだ、行った理由が思い出せなかった。


 学校、それは集団生活の場。
そんなことを誰かが言っていたような気がする。
確かに、高校まではその言葉も理解できる。ただ、その言葉は高校までだ。
大学となると、もうその集団生活なんて無い。
皆が皆、自分のことしかかまってはいない。
決まったクラスなども無い。固定された座席なども存在しない。
それのどこに集団生活を見出せと言う?
ほら、まただ。こっちが避けると思ってか避ける気が一切無い。
で、ぶつかったら全部相手のせいだ。一言もしゃべらず、ただ嫌な視線だけを投げてくる。
これのどこに集団生活があると言えるのだ?
…まさか、大学は学校ではないとでも言うのか?
これが、本来の学校なのか?自然状態だと言うのか?
「はぁ……こんなものだったか。」
思わず、独り言が出てしまった。
これも最近の風潮なのかもしれない。仕方の無いことなのかもしれない。
人間の生活が変わってしまったのだろう。少なくとも、僕の高校の頃の担任の時代から。
でも、あんまりだ。
僕はただ、そんなことを考えながらも身体を教室へと運ぶ。
「はぁ……」

 一コマ九十分のだるい講義を二コマ分、受け終わった。
よりによって、初日から講義を始めるとは思わなかった。
「飯、か…」
なんとか、二日酔いも治まってきてくれたようだ。
「よっ、来てたのか。」
高校の頃からの連れ合いが僕に向かって手を上げて言った。
「これから飯だろ?一緒にどうだ?」
僕はその彼へ向け、無言で頷いた。
「じゃぁ、行くか。」
僕は無言で彼の隣についていく。
 食堂につき、開いている席を選んで座る。
「珍しい混みようだな。」
「あぁ…学期の始めだからじゃないのか?」
「そっか。」
てきとうに返事をする。
上辺だけの関係。
相手の懐深くに入っての話はこいつとしたことがない。
思い起こせば、僕はいつだって相手の懐に入っての話をしてこなかった。
親と話すにしろ、友人と話すにしろ、どんな時でも。
僕はうまいか下手かは分からないが、仮面を使い分けていた。
たまに仮面の着け間違いぐらいはした。尤も、誰もがやっていることだろう。
ただ、一度たりとも仮面の下の顔を見せた相手はいない。
もしかしたら、自分にさえ見せていないのかもしれない。
僕が知っている、僕自身の姿すら仮面なのかもしれない。
彼との会話の中で、彼は僕がこんな無関係なことを考えていると想像するだろうか。
いや、しないだろう。
「…ぃ、おいってば!」
彼が僕の肩を叩く。
「…ん、あ、あぁ、なんだ?」
つい、考え込んでしまった。
「なんだよ。人が話しているときに上の空なんてよ。」
「悪い、悪い。で、何の話だ。」
なんとなく、嫌な予感がした。なんとなく。
「いやぁな。昨日、お前が山に入っていくところを見たって言う奴がいてな」
「…山に?」
「そう、山に。入って行ったらしいんだが、何しにいったんだ?あんな場所に。」
「うん?そんな場所にいったことはないぞ。少なくとも昨日は。」
「そっか。なら、いい。」
「何が知りたかったんだ?」
「いや、何でもないさ。」
彼の顔には嘘がこびり付いていたが、敢えて無視した。
なぜか、自分の鼓動が早くなっていることに気付いた。

 昼食を終え、午後の講義のための教室へ向かう。
彼は今日の午後は空きらしい。羨ましい限りだ。
僕は個から、多数の中へと身を投じる。
分かっているよ。それがこの世の生き方だろ?
 午後の講義はガイダンスだけで済んだ。
まったく、午前の講義は選択ミスだ。
大学内にあるコンビニで二つのパンと紙パックのイチゴミルクを買う。
今日の夕食がこれだ。
昼食時にそれなりに食べたからこの程度が調度いい。
ふと、前の学期に入ったサークルの部室にでも行こうと思った。
だが、あまり気乗りしなかったので踵を返して家へと帰ることにした。
正門まで来て、ふと後ろを振り返ってみる。
無機質な校舎が、ただそこに存在していた。
分かっている。このシステムの中で生きるからには、このシステムのルールに従うことぐらい。
だが、そんなものから抜け出したくなる時だってある。
「はぁ……」
分かっている、抜け出すことがもうできないことぐらい。すでに。


 家につき、鍵を開け、後ろ手で鍵を閉める。
「…ただいま」誰もいない空間に声をかける。
習慣化したこの行為には、もはや意味はない。
秋口で既に出しているこたつの上の物を脇に寄せ、コンビニの袋を置く。
てきとうにパソコンのテレビチューナーでニュースを眺めながらパンを食べる。
今日も、世界は、僕を、置いて、動いている。
明日も世界は僕を置いて動いていく。
『……さん宅に強盗が……』
『……が核兵器の所持を宣言し……』
『……のアルバムがミリオンセラーを達成……』
まるで、悪くつまらない冗談満載の喜劇を見ているような気分だ。
頭に銃口を突きつけられながらも、手元には漫画を置き、銃を気にせず爆笑しているような。
一時ののちには絶命しているかもしれないのに、笑っている。
時限爆弾の上に座らせらながらも悠長にどこかの料理のフルコースを堪能している。
ふざけた、喜劇だ。
そして、誰もがそれを演じていて、誰もが笑っている。
「…くだらない」つい、口に出た。
パンを食べ終えたころには、画面はバラエティ番組に変わっていた。
僕は、そこでテレビを見るのをやめた。
街指定のゴミ袋にパンの殻と紙パックを入れる。僕は分別する。
僕は身体をシャワーを浴びるように誘導する。
 シャワーを浴び終わった後、僕はパジャマに着替えてベッドの上に座っていた。
ぼんやりと、前のことを思い返していた。
昨日のこと、一昨日のこと、一週間のことを…。

僕は目を閉じる。
 『よぉ』
 ―あぁ。
 『どうだった?今日は。』
 ―そんなの、分かりきっているんじゃないのか?
 『毎回言っているだろ?言語化することに意味があるって。』
 ―だが、言語化することで見えなくなる"もの"もある。
 『分かっている。それを分かった上で言っているんだ。』
 ―今日、か。
 『そう、今日。』
 ―変わらず、ってとこだよ。
 『そんなはずは無いはずだ。何かはあっただろ?』
 ―何か、か。朝は二度寝して、危なかった。
 『……』
 ―午前の講義は始めっから講義を始めたし。
 『でも、それを選んだんだろ?必要でもないのに。』
 ―あぁ、そうだ。
 『それなら、それは自分にとって必要ってことだろ?なら、それが正解なんじゃないか?』
 ―あぁ。
 『…今日はあまり乗り気じゃないな。…そういや、何か嫌なことがあったらしいじゃないか。』
 ―ん、あったな。
 『で、その内容を忘れている。』
 ―そうだ。
 『じゃあ、思い出させてあげようか?』
 ―いや。“君が”僕に思い出させられるのなら僕には既にそれが何か分かっているハズだろ?
 『そうか、なら思い出してみろ。』
 ―……あぁ、やってみよう。
僕は目を開ける。

眼前に、暗闇に近い闇が広がっている。
「僕は……何かが無性に嫌で仕方なかった……」
例えば“自分にとって臭い物”に蓋をしていたら、どこかにその物を広げている奴がいるような。
どこにあるかは分からないが、その匂いが漂ってきて、なんとなく嫌な気分になる。
「僕は、何かが無性に嫌で、嫌で仕方なかった」
だが、僕はそれを覗き込んだ。世界の全てを求めるように。
僕は“それ”を覗き込もうとした。
“自分にとって臭い物”の蓋を自ら開けようと望んだのだ。
どこかで誰かがそれを広げていようが、目をそむければ臭いはするが見えはしない。
だけど、僕はそれを、蓋をしたものを自ら開け、そして目と耳と鼻と口と皮膚で感じ取ったんだ。
感じ取ろうとしたんだ。
……思い出してきた。
確か、そこは僕の家からさほど遠くない山の中だった……。

僕は息を殺して“それ”を見ていた。
青い闇の中で繰り広げられる“それ”を。
青い闇に浮かぶ木々、茂み、何者かの蠢く姿。
僕は息を殺して“それ”を見ている。
“それ”は臭い物。
“それ”は嫌な物。
“それ”がそこにある。
“それ”を目で耳で感じる。
そうだ、吐き気を覚えたんだ。
はっきりとは見えないが、"それ"が何かが分かる。
それだけで、十分だった。
僕はフラフラになりながらも気づかれないようにゆっくり戻った。
戻った後に飲み会の誘いが来たんだった……。

そうか、僕は“それ”を見ていたのか。
僕は見ようとしたんだ。
眼前の暗闇に"それ"が浮かぶ。
ちょっと、吐き気がした。
そうか、「僕は“それ”を見に行かなくてはならない。」
僕は“それ”をしに行かなくてはならない。
身体を起こした。
 ……。

 月明かりが青い闇を打ち消す。辺りは静かだ。
そう、水が凍る音でさえ聞こえてきそうな…。
吐く息の音が凍り付いて落ちていく。
今、この世に生きているのは僕以外にいない。と、錯覚さえも覚える。
僕は“それ”を見た場所へ向かう。
どこかは覚えてはいない。ただ、気分が悪くなる方へ進むだけでいい。
僕はどんどん近づいていく。僕はどんどん気分が悪くなる。
それを意識したうえで、それを意識しない。
あと少しで倒れそうになった。だから分かった。着いたことが。
“それ”は無かった。
そこに“それ”は無かった。
僕にはその理由が分からなかった。
だが、僕にはその理由が分かっていた。
「そうだ。僕はそれを分かっている」
僕はある場所へ歩を進める。
気分は悪くなかった。
むしろ、良かった。それも、とても凄く。
僕はある場所に着く。僕は着いた、この場所に。
そこは急激な斜面にぽっかりと抜けた、入り口。
 ―ここは僕の場所。
何かが頭を駆け抜けた。
気になったが、気にしないようにして僕はその中へ侵入する。
 ―おかえり。我が家へ。
「ただいま」と口から音が出る。
その穴―家―の中は入り口に比べ、中はそれなりに広かった。
洞窟の中のためか外気に比べると、体感で10℃は低かった。
だから、僕のように羽織る物を持ってこなければ凍えてしまうだろう。
……僕は、いつ、羽織る物を持って来たんだ?
ただ、気がつけば手に持っていた。
 ―さぁ、"それ"を始めよう。
異世界への入り口のように、洞窟の壁面に引っかき傷みたいに開かれた亀裂。
僕の手がするするとその亀裂に吸い込まれる。
「……冷たい。」
何かに触れた。
僕の手はそれを掴み、ズッと引き出した。
「……!」
僕は息を飲もうと命令したが、身体は唾を飲んだ。
壁の穴から、僕の手につかまれて引きずり出された、女のものとしか思えない白く細い腕が垂れ下がっていた。




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