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Last update 2008年03月15日

フィクション  著者:松永夏馬



「文学少女よ」

 自分で言ってしまうところが彼女のすごい所だ。ずんぐりとした体格に低い鼻、そばかすの残る頬、薄幸の美少女的なイメージを勝手に持っている僕としては彼女を『文学少女』と称するのには少しばかり抵抗がある。

 というかすでに僕らは20代半ばだ。少女とか言ってる歳じゃない。
 確かに彼女は本が好きで、読んでいるところを頻繁に見かけた。かつては学校の休み時間や放課後の図書室で。休日の図書館で。通学のバスの中で。小説もジャンルを問わずで、時には詩集や哲学書を開いていることもあった。
 首都圏の大学へ行った幼馴染とはその間疎遠だったけれど、Uターン就職を果たした彼女と再びこうして顔を合わせるようになったのも、なんともいえない腐れ縁てやつだ。

「んでさー」
 テーブルに肘をつき、生中ジョッキ片手に彼女は口をとがらせた。
「その浮気相手のとこに行くわけよ。堂々とね」
 なにやらピッチが早いかと思えば、恋人の愚痴だ。
「私は何? アンタにとってどういう存在よ? みたいな? チョー最悪」
 自分が不幸の深い深いどん底にいるかのような、深い深いため息を吐き出し、首を振った。
「でもね、あの人って私じゃなきゃダメだなって時々思うわけ。ね? わかる?」
「はいはい」
 苦笑しつつ焼きすぎたシシャモをかじると、僕は『文学少女』という言葉を彼女に重ね合わせた。
「悲劇のヒロイン気取ってるなぁ……」
「なんか言った?」
 酔いの回った目で睨む。おもわず呟いてしまった自分も、多少酔っているんだろう。抑えているつもりでも彼女のピッチに狂わされたようだ。
「なんでもないさ」
 居酒屋の喧騒の中、僕は笑い出すのを必死で抑えていた。

 まるで悲劇のヒロイン気取り。
 二股かけられてる現状をまともに受け止める前に、その試練に耐える女というキャラクタに酔っている。傷を最小限に留めようとする『文学少女』の本能だろうか。

 いや、誰だって同じだろう。受ける被害を少しでも防ぐ壁を作るのはみんな同じだ。無意識にしろ意識的にしろ、困難にぶつかりそうになったら逃げ道を探す。逃げ道を探している無様な姿を人には見せたくないから、過剰に何かを纏ってみたりする。テストの時に「オレ全然勉強してなかったよー」とか「ヤマが外れまくりだ」とか言うのと一緒だ。

 友達から発展した想いに気付きながらも、友達ですらなくなる恐怖を前に逃げ道を確保しているうちに。

 いや、ちょっと違うか。

 僕は僅かに声を洩らして笑った。

「ちょっと。真面目な話をしてるんですけどー」
 うわ。目が据わっている。
 酔って背中が丸くなった彼女が、ものすごい上目遣いで僕を睨んだ。
「はいはい。わかってるわかってる」
 僕は慌てて空いたジョッキを掲げて店員に追加を頼んだ。

 ビールが届くのを待って、一口飲んだ彼女は口元を少し上げた。
「それにしてもさ」
 据わった目で笑うのは怖い。
「……何よ?」
「なんでもありません」
「先月のはイマイチだったよね」
「は?」
「個人的には14回目……だったかな。なんちゃら博士の、コメディのやつ。アレが面白かった」

 僕は表情が固まって、食べかけのはんぺんフライを落っことした。一気に酔いが冷める。

「な。なんのハナシだ」
 なんで知っているんだ。

「『Mistery Circle』のハナシ」
 にんまりと笑う彼女の赤い顔。

 リアルの友達には誰にも―――

「言ってねぇぞ」
「言われてないもの」

 酔って少し赤い目を細め、彼女はイヒヒ、と女性にあるまじき笑みを浮かべた。

「ネットってけっこう楽しい小説読めるのよねー」

 これだから文学少女は油断がならない。




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