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Last update 2008年03月15日

エクスタシー  著者:おりえ



 一体なんて説得なんだろう。
 あたしは目の前で繰り広げられる恋人たちの会話を眺めながら思った。
 浅黒い肌にたくましい体つきのハンサムな彼と、ブロンドで豊満な肉体をこれでもかと見せ付けてくる美女。ちょっと、そんなに睨まなくても誰も奪りやしないわよ。


「いぃ!? マイケル! 私があなたの何が気に入らないかって、そのうさんくさい笑顔なのよ! 何よ、そのいかにも営業してますって顔は!? あなたは私のことを商売相手としてしか見てないってことなの!? そーなの!?」
「おーうジェニファー! そんなわけがないじゃないか! 俺のこの笑顔は!」
 マイケルはニカッと不自然なくらい白い歯を見せて笑う。
「君だけのためにとってあるのさマイハニー!」
「でも私、知ってるのよ……」
 ジェニファーはふっとルージュの光る分厚い唇をゆがめて笑ってみせると、針金でできたうさんくさいおもちゃみたいなものをさっと取り出した。
「あなたがこれを毎晩つけて眠っているということを! この『笑顔ギプス』をね!」
「NOOOOOOOO!!!!! ジーザス! なんてこった! オーマイガッ!」
 マイケルはだんと膝を折ると、両手を顔に当てて、えびぞりになって叫びだす。
「このお買い得商品をあなたがこっそり購入して、鏡の前で鼻歌交じりに『これで俺もモテモテだぜハッハー!』なんつってモデルポーズしてるところまでばっちりよ!」
「ジェニファー! NO! ジェニファー! NOォオオオオオッ!」
 ジェニファーの腰にすがりつくマイケルを無視して、ジェニファーは私に向けてVサインを出した。
「あなたなら、上手にこれを使いこなせるはずね!?」
「えっ、あたし……?」
「そう! たまたま今回は私が目ざとかったからマイケルの悪行を暴いてしまったけど、あなたなら!」
「……あたしなら?」
「あなたなら!」
「あたしなら……」
「あーなーたーなーら!」
「あたしなら!!」
 あたしはふんっと鼻息荒く、意を決す。
「ジェニファー!!!!」
 マイケルの声が、遠ざかっていった。


 その翌日、あたしはマイケルに話があるからと相談を受けていた。
「聞いてくれよぉ! 参っちまうぜ。ジェニファーったらつれないんだぜ。俺が他の女に色目を使ったって決め付けるんだ! なあ、君ならわかってくれるだろ? 俺はいつだってジェニファー一筋なんだぜ!?」
「ええ、マイケル。わかっているわ」
 あたしはいつだって彼のためになることしか言わないのだ。
 彼は天を仰いで神に何事か叫ぶと、あたしに向かって親指を突き出した。
「よォし見ててくれよ、俺がジェニファーだけを見ているんだって事を証明するために、ほぉら!」
「まあ!」
 彼が脇に置いていた機械を指差す。それは皿洗い機だった。
「これでジェニファーの家事の負担も減らすことができるNE!」
「素晴らしいわ、マイケル!」
 あたしがガッツポーズをつくると、マイケルも満足げに笑った。
「俺はこの喜びを、君にも伝えたいのさ!」
「え?」
「だって見てくれよぉ! 今なら計量カップもつけちゃうって言うんだぜ!? 買いだろ!? なあ買いだろ!?」
「あううぅ、でも、でもあたしこの間、洗濯機を買っちゃったじゃない? だから――」
「ああッ、なんて綺麗になるんだこの皿は! へい見てくれよ、この輝きを!」
 マイケルはあたしの眼前にぐいぐいとぴかぴかになった皿を見せてくる。
「でもぉ……」
「俺はジェニファーにも君にも、この皿洗い機の素晴らしさをわかってもらいたいのさ!」
「ああ、やめてマイケル! あたしには無理よ! とても買えない――」
 あたしは頭を抱えてうずくまる。途端に体のどこかにごちんと物が当たった。見やればそれは、この間家に届いた『二の腕マッサージ機』で。その向こうには、箱から出してもいないプリンター機、複合機、スキャナーが勢ぞろい。いつだったか母が来たとき「こんなものどうするの! 複合機だけで充分じゃないの!」と怒ったけれど、関係ない。あたしのお金で買ったのだし。
 マイケルは尚もあたしに皿洗い機の素晴らしさを熱心に語りかける。
 マイケル。ああ、マイケル。
 あたしはあなたに幸せになってもらいたい。だからジェニファーと恋人同士だからって嫉妬なんかしないの。
 その証拠に、あたしはジェニファーに勧められたものだって色々買ったでしょう?
「君だけに、特別価格で譲ってあげるんだ! さあ、今すぐこの番号にアクセス!」
 その笑顔に心奪われたあたしは、電話しながら今日もあなたとジェニファーの恋を見届けるの。
 時には相談にだって乗るわ。でも意味ないことなのよ。だってあなたの目にはジェニファーしか見えてないんだもの。
 ……今はね。



 ――ドンドン



「やあ、ジェニファーじゃないか! どうしたんだい?」


 ――ドンドン


「ああ、マイケル! 聞いてちょうだい! 私ったら3キロも太ってしまったの! お気に入りのドレスが入らないわ!」


 ――ドン! ドンドン!


「Oh! そいつは大変だ! 俺に任せて!」
「まあマイケル! それはなに?」


 ――ドンドンドン! アケロ、コラァ!


「このマシンをちょいと漕げば、あら不思議! 君についたたっぷりの脂肪はあっという間に燃焼されるんだ!」
「ちょっとマイケル!? 私のどこに脂肪がたっぷりついてるって言うの!?」
「HAHAHA! 誤魔化しても無駄さ! 君のそのくびれは偽物! 買ったんだろ? 『万能コルセット』!」
「いやぁんマイケルったら! バレていたのね!?」


 ――ガチャガチャ、ガチャガチャ! アケロ!! イルノハワカッテルンダ!!!


「『万能コルセット』を身につけこの『脂肪燃焼バイク』があれば、あっという間に元の体重に戻れるぜ!?」
「素敵、マイケル! 愛してるわ!」

 ふたりの熱い抱擁。ううん、嫉妬なんかしないの。だってあたしはふたりの恋を応援しているんだもの。


 ――テメエ、イツニナッタラフリコムキダヨ――


「さぁて今ならお得な二点をこの値段で提供するよ!」
「マイケルったら太っ腹ネ!?」


 ――デルトコデテモイインダカラナ、コノアマ――


「君もこれで、スリムな体に大変身さ!」
「サイバンニモチコンデモ――」


 ……やだわ、どこから聞こえてくるのかしら、この雑音。


「モウオヤニモレンラクシテ――」


 うるさいわねえ、マイケルとジェニファーの相談に乗らなくちゃいけないのよ。邪魔しないでよ。
 ようやく生きがいを見つけたのよ。もう放っておいて。
 目の前のマイケルとジェニファーに集中する。このふたりを見届けなくちゃ。見届けなくちゃ。
 マイケル、愛してる。そう、これは恋であり、愛なの。
 ねえ、見て?
 ああやだ、怖い顔しないでよ、おじさんたち。
 あたし、健気だと思わない?
 ちょっと、ねえ、引っ張らないで。痛いから。ねえ、痛い、痛いってば!
 やめて! あたしとマイケルを引き離そうとしてるのね? そうはいかないわ。あたしの邪魔は、誰にもさせないんだから!


「ナンダ、コイツ――チョット―――カシインジャ―――」


 見て、障害物をかきわけながらあたしはマイケルの笑顔を見に駆け寄るの。ふふふ、後ろからつかまえられても、あたしの目はマイケルに釘付け。うふふふ、素敵! 引き裂かれた恋人同士!


「ああ! とっても最高!」


 あたしは悪者にさらわれるお姫様!
 今はジェニファーを見てるマイケル。でもいいの。いつかあたしを見てくれる。いつかあたしを助けに来てくれる!
 遠ざかるマイケルは、ジェニファーに夢中なの。でもいいの。あたしはいつだって待ってる。あなたがあたしに振り向いてくれる日を!
 ――ああ、なんて清らかな恋!






終わり




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