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Last update 2008年03月15日

バイ霊ガル  著者:空蝉八尋



 むし暑い夏の夜でした。


 夏、と言えば海。海、と言えばデート。デート、と言えば手を繋ぐ。手を繋ぐ、と言えば。
 遠足だか修学旅行だかなんだかの、ほぼ悪ノリイベントとも称する肝試し。
 恒例パターンとしては林道を通ってお墓や寺まで行き、カードを取って帰ってくるという一見簡単なハイキング。
 ただ、時間帯を除いては。
 どうして肝試しっていう奴は、昔から太陽が落ちた夜だと決まっているんだろうか。
 もし昼間だろうと、熊とでも遭遇すればある意味本当の肝試しになるんだろうが、早々都合よく腹へり熊は登場してくれない。 
 嗚呼、僕はこれほどまでに幸運と不運の板ばさみに挟まれたことがあっただろうか。

 説明しよう。
 まずは自慢したいくらいに幸運の板から。
 僕はたった今、付き合って一ヶ月目となる澤口佐和子、通称さわちゃんと肝試し中なのだった。
 これはもう距離を縮める空前のチャンスなのである。
 部活合宿のお約束、三日目の夜は肝試し大会!
 勿論公平にくじ引きで男女ペアを決めたが、恋の神様は僕とさわちゃんの見方だった。
 こうして見事一緒に肝試しの道のりを歩くことになれた僕とさわちゃん。
 ここまで来たら不気味な物音でキャー!ってしがみ付いてくることに対しての期待は最高潮さ!

 次は崖の下に叩き落されるように不運な板を。
 僕は肝試しとかお化け屋敷とか、そういう系が苦手なことをすっかり忘れていた。
 最悪な事態としては、不気味な物音でキャー!と叫びさわちゃんの腕へしがみ付いてしまうかもしれない。
 そんな自分へ非常に腹が立つが、会ってしまった運命はもう裂けられまい。
 僕は逃げも隠れもしない! どこからでもかかっておいで!

 と言いたいところだが。

 不幸な板はなんと二重張りなのであった。
 そろそろ説明と証した現実逃避、あるいは半分気絶の世界から逃れよう。


 僕は今、幽霊を目の前にしている。




「………………さわちゃん」
「なあに?」
 全く普段どおり、のんびり落ち着いたさわちゃんの声。
「僕の目がおかしくなければ、あの……僕らの目の前に人が立ってるよね?」
「そうねぇ」
 僕とさわちゃんが足を止めている十メートルほど前方に、真っ赤でド派手なつなぎを羽織った男が居る。
 もれなく髪型は懐かしきリーゼントだ。黄金ものだ。
 普段の僕としては目を合わせないようにしてその場を空気のように通り抜けたいところだが、立ち止まってしまったことにはもっと他の理由がある。
「え、あの……あれ、足ないよね?」
「ないねぇ」
 足がない。
 正確に言えば膝から下に段々と白い霞がかかり、最期には溶けるように消えてしまっているのだ。
 引きつって上手く動かない舌で、なんとか言葉を紡ぐ。
「………え、あの……じゃああれ、人じゃなくない?」
「人じゃないねぇ」
 さわちゃんからその言葉が発せられた瞬間、悲鳴が喉を突き破りそうになった。
 が。
「人じゃなくて、あれ作り物よ」
「え?」
 作り物?
 僕は叫ぶのも忘れ、ポカンと右隣に視線を戻した。

「先輩達が私達を驚かせるのに置いたんじゃない、たぶん」

 はっ……はいはいはい!
 僕の心を覆っていた影が一気に晴れ、雲の間から光が差し込む。
「そっ、そーだよね!まっさか幽霊なわけないよねー!」
 相手が無機質だと知った時の僕はどこまでも強気になれる。
 驚かせる作り物にわざわざどっかの総長を選ぶ根拠も分からないが、まあ別の意味で怖かったが、今となってはそんなことどうでもいい。
 未だに目を細めて偽幽霊を見つめ続けているさわちゃんの横で、僕は出来る限りの強がりを述べた。
「ていうか、今時足がない幽霊とか古いし全然怖くないしねー!どーせ出るならもっと流行りのお化けみたいな、なんか貞子的な……ん、でもあれ井戸ないと出てこれないんだっけそもそも幽霊に流行りも何も無いっかー!あははははは」
 と、高らかな笑い声を上げたまさにその時だった。

「なんだとコノヤロー、キスすんぞコラ」

 すぐ耳元で囁く、枯野を通る風のように低い声。
 間違いなくさわちゃんでもないし、僕でもない。
「今言ったの、飯塚君?」
「いや、僕はあんなツッパリに憧れてるいい年した親父みたいな声じゃないし。それにキスなんて破廉恥な」 
「悪かったな親父みてーな声で。こう見えてまだ二十代だ」
「あ、そうでしたかすみませ……って」
 僕とさわちゃんは同時に背後を振り返った。
 すると、ついさっきまで前方に居た男がすぐ真後ろに潜んでいる。
「……ッきゃああああああ!?」
 注意しておくがこれはさわちゃんの悲鳴だ。名誉にかけて僕の悲鳴ではない。
 ついでに言うと、僕は気絶寸前で悲鳴すら出てこなかった。
「随分と好き勝手言ってくれんじゃねーか。アァン?」
「ごごごごごごごごめんなさい!」
 間近に迫っても、人の体温すら感じられない。そして相変わらず膝下がない。
 今すぐにでもこの場から走り去りたいが、足の裏は根が生えたように地面へ吸いつけられ動けない。
「飯塚君! この幽霊違う意味で怖い!」
「ババ、バイク事故の、ううう恨みとかで成仏してないんだよきっと!」
「バッキャロー、俺は事故るほどヘマしねぇ。乗りなれない自転車で転んだんだ」
 ヒィィ……ツッコミ待ちなのかどうか微妙なところだよ!
 自称幽霊は僕とさわちゃんの間を通り抜け、また前方に回ると睨み上げるように眉間にしわを寄せた。
「オイてめーら、こうなったのも何かの縁だ。キスしてやろーか」

 き す ?

「…………え、さわちゃん。あの人キスって言った?」
「言ったわね」
 そういえば登場された時も同じような台詞を口にしていたような気がする。
 いやダメだ。ダメだダメだダメだ。
 さわちゃんの唇をこんな不良幽霊になんか渡してたまるか!
 僕だってしたことないんだぞ。この肝試しでちょっと狙ってたのに、その計画がパーじゃないか。
 まあそんな勇気もきっかけも無くて、計画なんかたてた意味もないんだけれど。

 今までも、小さなジャマが入ったりタイミングがつかめなかったりで、僕はかなりの試行錯誤を繰り返してきた。
 ああ、やっぱり僕って彼氏という名目には向いてない性格なんだ。
 何か、何かきっかけでもあったら……なんて他力本願なことを考えてみたりもする。

「と、とにかくっ!さわちゃんにキスなんかさせないからな!」
「飯塚君……」
 不良幽霊は眉間のしわを緩め、キョトンとした顔で僕とさわちゃんを見比べた。
「はァ? さわちゃん? ……ああ、その女な。心配すんな兄ちゃん、さすがに女は可哀想だからやんねェよ。俺はフェミニストだ」
 一時の間。
 僕は慌てて両手で口を押さえた。
「ささささささわちゃん! どうしようこの幽霊ホ……」
「飯塚君、私の心配するより自分の身の安全を考えて!」
「なーんかさっきから話が噛みあわねぇな」
 そう呟いた幽霊は、しばらく考え込むようにしてふいに、あ!と声を上げた。
 と思ったら急に恥ずかしそうに額を抱え込むと、これまた次はヨコシマな笑みを浮かべて僕を見た。
「あー……十年くらい盆も帰らずに居たから忘れてたけどよ、キスって違うから」
「はい?」
「なんつーかな、こう……幽霊語?みたいな、流行語みたいな」
 どうやら僕のファーストキスは奪われずに済みそうな展開だ。
「ようするに、キスって言葉は人間と意味が違うんですか?」
 先生に質問するような動作でさわちゃんが聞くと、満足そうに幽霊は頷く。
「まァな。ところでよ……」
 そこで幽霊の本格的なヨコシマ微笑み再登場。
「人間のキスってなんだっけ?」
「え!?」
 僕とさわちゃんは同時に発し、顔を見合わせた。
 みるみるうちにさわちゃんの頬が赤く染まっていく。
「なァ、兄ちゃん」
 僕と視線とヤンキー幽霊の青白い視線が確かに交差した。







 これは もしや チャンス なのか ?






 僕は、さわちゃんの小さく閉じられた唇に、一秒もかからないキスを落とした。
 一瞬見開かれたさわちゃんの瞳。
 目を合わせられる余裕もなく、恥ずかしさから慌てて顔をそらす。
「い、飯塚君!ちょ、ちょっと……」
「あーそうそう。そんなんだっけかキスって」
 さわちゃんの言葉を途切れさせ、歯を浮かべて笑う幽霊は、間違いなく僕に一度ウィンクを送ったのだ。
「じゃあ代わりに俺も教えてやっから。キスってな、幽霊語で……」






「呪い、だっけ? 結局からかわれただけみたいだったけど」
「そうそう。ほんとあの時は生きた心地しなかったねぇ」 
 さわちゃんは僕の背後から、机の上の原稿用紙を覗き込む。  
「書き出し微妙じゃない? むし暑い夏の夜でした。 って……」
「いいじゃん。怪談物にはこの出だしが一番なんだよーだ」
「文芸部の原稿、ほんとにそれで出すの?」
「そ。ホントにあった怖い話っていうテーマで、これを使わずして何を使うって」  
 いささか不満そうな顔を向けたさわちゃんは、私もそのネタにしようかと思ったのに、とこぼした。
「なんてったってノンフィクション。僕とさわちゃんの思い出話!」
「みんな信じてくれないに決まってるけどね」
 それでもいいんだ。
 さわちゃんと僕と、名前も聞かなかった幽霊総長だけ知っていれば。 
「でも私あの時……ちょっと嬉しかったな」
「え?なんつった?」
 僕は猛スピードで消しゴムをかけていて、さわちゃんの呟きは耳に入らなかった。
「…………もう言わない」
「ごめんなさい!」

 肝試しをする時は、くれぐれも女の子に格好良いところを見せないように。
 そしてくれぐれも、くれぐれも幽霊の悪口を言わないように。
 声をかけられても、僕は知りません。
 この野郎。キスしてやるぞって。




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