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Last update 2008年03月15日

お爺さんとお婆さんと女性専用車両  著者:ヨーノ


「今まで、こうしてあげることもなかったね」
 男はまるで赤子の柔肌に触れるような優しい手つきで、女の下腹部に手を伸ばした。
 女は男の手を感じ、ピクリと体を強張らせると、上目遣いで男を見遣った。
「そんなところをさすってないで、腰をさすってくれだべ」
 お婆さんは生理で機嫌が悪かったのです。
「結婚して70年。あたしも90歳になるけんど、アンタがこうしてあたしの体に気を遣ってくれることなんて本当になかったね。それにしたって今更だべ。ほら、はよ腰さすれ」 お爺さんは文句を返してやりたいところを我慢して、言われた通りにお婆さんの腰をさすってやりました。

 お爺さんだって腰が痛かったのです。
 山の木を切りに行き、まさか切ってそのままぶん投げてくるわけじゃないのです。担いで帰ってくるのです。苦労人の代表になってやがる二宮金次郎のように、薪を背負って本を読みながら下山してくるわけじゃありません。両手一杯に薪を抱えて下山するのです。二宮金次郎のようにあれっぽっちの薪を担いで本を読んでいるようでは、本当のところ怠け者です。
 お爺さんだって腰が痛かったのです。

 お爺さんはバーで木樵仲間にそれとなく愚痴を言いました。
 しかし女性をは大切にしろと、お婆さんだって仕事をしてるんだしと言葉を返され、そうだよなと、ウイスキーグラスを傾けて、琥珀色した液体ごと体の中に情を押し流したのでした。

 しかしいい加減にヘルニアっぽかたったので、お爺さんは病院に行くことにしました。 歩くのですら辛く、近道とばかりにラブホ街と抜け、居酒屋通りを抜けました。以前は、夜にもなれば木樵仲間と飲み遊んだ通りも、ヘルニアを抱えたお爺さんが昼日中に見る限りでは、ずいぶんと衰えた街の残滓のようでした。
 川で洗濯をしていた時に知り合ったお婆さんとは職場恋愛で、なんだか意味深に流れてきた桃をは二人で切って食べ交わし、その時にプロポーズをしたものでした。その後、小さな女の子が生まれ、名前を桃子とすると、その子はクリクリとした目が可愛らしい女の子に育ち、なんだか知らないけどまるちゃんと呼ばれ、二人の自慢の子になりました。

 なんとかようやっと駅に着くと、まん丸く育ったまるちゃんが手を振っていました。
 おじぃ~ちゃ~ん! と手を振るまるちゃんは、ちょっと気の利かない女の子で、お爺さんのヘルニアを思い出すと、慌てて駆け寄ってきて肩を貸したのでした。
 まるちゃんの肩を借りながらでも、駅の改札を抜け、プラットホームに下りるまではひどく大変でした。
 階段を数段残し、電車がホームに入ってきてしまうと二人は慌て、閉じかけのドアに飛び込むと、そこはなんと女性専用車両だったのです。

 まん丸く育ったまるちゃんはどうでも良かったのですが、やはりお爺さんを女性達は敵視しました。
 しかしお爺さんはヘルニアの腰の痛みで、もう動く気力もありません。
 それになにより、男と言えどもお爺さんはお爺さんです。たとえ女性専用車両とはいえ、このご老体ですもの、どうか女性のみなさんは甘んじて許してくれるのではないかと、そうお爺さんは自分に都合がいいように考えました。

 ですが、女性達の目はお爺さんに別の車両に行けと言っていました。
 お爺さんはにわかに自信がぐらつき、罪悪感を覚えました。
 痛むヘルニアへっぴり腰を抱え、お爺さんは隣の車両へと移動することにしました。
 しかしなんてことでしょう、車両連結部の通路は案外に狭く、まるちゃんはまん丸かったので通れないのです。
 仕方ありません。ドアに挟まったまるちゃんを置いて、お爺さんは隣の車両へと渡っていきました。

 まるこや~い
 おじぃ~ちゃ~ん

 二人の悲痛な叫びが、電車内に響いたのでした。




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