※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

Last update 2008年03月15日

伝わらないこころ  著者:おりえ


「男だからな。あからさまな誘惑には弱いんだろう」
 彼の淡々とした言葉を聞くと、彼女はいつも頭のどこかでがっかりする。
 それは彼の冷めた態度のせいもあるし、今のふたりの関係性を思うからでもあるけれど。
 ……ありきたり。実に陳腐。
 彼女の思考は最終的にそこで留まり、ひどくがっかりするのだ。
「あからさまな誘惑なんてしてない。ただ私は、一緒にくっついて寝たかっただけ。あるでしょ? そういうこと」
「一緒にくっついて寝るだけなんてありえない。僕なら襲ってるね」
「ほんとに?」
「ああ」
 彼はきっぱりと断言した。そこで彼女は一縷の望みをかけてみることにした。
「じゃ、それが私であっても? 私が一緒にくっついて寝ようって言っても?」
 ほのかな期待があった。言って欲しい。望んでいる言葉を、たった一言でいいから。
 けれども彼は即答した。
「おまえは別だ」
「なんだ」
 ウソツキ、と言ってみた。彼の目を探るように見上げた。どうかその瞳の中に、私が期待する言葉が見つかればいい。
 彼はわずかに目を細め、まぶたを閉じて彼女から逃げた――少なくとも、彼女はそうであって欲しいと思った。
 彼は彼女のそんな願いをいともたやすく一蹴した。
「血のつながりがないとはいえ、一応僕らは兄と妹ってことになってるだろ。そんな気にはならないさ」



 ありふれた設定。実に陳腐で、他人から見れば特に新鮮さもない話。


「その男はおまえと付き合いたいって言ったんだろ? そのおまえが一緒に寝てくれなんて言ってきたら、そういうつもりなんだと誰だって誤解する」
 がっかりしている彼女に、彼は容赦なく言葉を浴びせた。相談を持ちかけたのは自分の方なのだから、彼女は彼に何を言われても甘んじて受けなくてはならなかった。それでも彼女は、がっかりした。
「私は、試したかったの。本当に私のことが好きなら、私がそういうつもりで言ったんじゃないってこと、気づいて欲しかったのに」
「そりゃ、おまえが男心を知らなすぎ。いい教訓だったと思えよ。……気持ちよかったんだろ?」
「!」
 付け足された言葉の甘い響きに、全身がぞくりと震えた。彼の目が一瞬細められ、からかっているような、面白がっているような気配が伝わった。かあっと頭に血が昇り、彼女は火照った顔を隠すようにうつむいた後、きっと顔をあげた。
「な……何言うのよ」
「好きな女相手にヤれたんだ。丁寧に、気持ちよくしてくれたんだろ? だったら喜べよ。おまえも満更じゃないから、僕にそんな話したんだろ。普通だったら男にそんなこと言えないと思うけど」
「お……」


 母の再婚相手には、ひとつ年上の息子がいた。


「男じゃないもん」


 仲良くしてあげてくださいと隣で母が彼に言った。


「――だから……」


 言われた彼は彼女を見て、微笑んだ。


「義兄だから――」




 すぐには無理だろうけど、いい兄妹になろうね。



「お義兄ちゃんだから、言えたのよ!!」



 ――それが、最初に彼が発した一言だった。



 ◇



 転入した学校では、すぐに友達ができた。
 前の学校はさほど好きではなかったから、彼女は母が再婚してよかったとまで思った。
 再婚相手の人は穏やかでやさしい人だったし、本当の父親はろくでもない人間だったので、彼女はお父さんとは呼べなくても、義父のことが好きになった。
 義父の連れ子の義兄のことも好きになったが、その「好き」は違うところから来たものなのだと気づくのに、数秒もかからなかった。
 彼女は恋に堕ちた瞬間から、その心を封印しなくてはならなかった。
 ひとつ屋根の下に彼がいると思うだけで、気が昂ぶって眠れないこともあった。
 誰でもいいから、傍にて欲しい。
 その願いを叶えてくれそうな人を、ようやく見つけたと思ったのに。


「つまらない、ありふれた話よ」
「何が?」
 下校の時間になると、当然のような顔で隣のクラスから彼女を迎えに来た男がいた。彼女はうんざりした。そういうつもりじゃなかった。まだ返事すらしていないのに、もう彼氏気取り。
「つまらない人間だってこと」
「……俺が?」
 彼女の台詞を聞くと、男は声のトーンを落とした。彼女は呆けた顔で男を見上げ、すぐに顔を戻す。
「私が」
「はは」
 男はいきなり彼女の手を掴んだ。ぎょっとすると、男は彼女の耳元で素早く囁いた。
「俺、あんなによがる女の声、初めて聞いた。すげぇ良かった……。つまんない女は、あんな声出さないって」
「ちょっと……!」
 彼女は男の手を振り払おうとするが、男はにやにやと笑うと、彼女の指と指の間を親指でなぞりだした。
 熱い指が、じっくりと、彼女の指の付け根を行き来する。それはこの間の夜のことを連想させて、彼女は声を押し殺す。
「やめてったら……!」
「いいじゃん。なあ、俺の家来いよ。自分の部屋でするってすげぇ興奮すんだよ。おまえを俺のベッドでさ……」
「やだ! 私は……」
 男の息が荒くなるのがわかった。男は家と家の間にある隙間を見つけると、そこに彼女を押し込み、両肩を強くつかんできた。
「な、俺の家来いって……な?」
「嫌よ! 私言った! ただ一緒に寝るだけだって! なのに」
「期待してたくせに、今更何言い訳してんだよ……なあ」
 男は喉の奥で笑いながら、彼女の丸みのある部分に手を添える。
「きゃっ!」
「俺の家が嫌なら、ここでもいいけど? 俺はおまえの為に言ってんだよ。ここじゃ嫌だろ?」
 スカートの中に湿った手が入ってくる。ショーツのゴムを下から指ですくいあげ、男はそれを引っ張っては放した。
 ぱちん、ぱちんというわずかな振動が彼女の体に浸透するたびに、体の奥から疼きが沸いてくる。
 膝の裏から力が抜けて、男の体にわずかに体重を預けた。悔しい。壁が両脇にすぐあるせいだ。暑くて息苦しい。
「また、あのエロい顔見せてくれよ。俺もう我慢できね……」
 男の声が遠ざかる。……そうだ。そうだった。

 ――誰でもいいから一緒に寝たいんじゃない。誰でもいいから、抱いて欲しかった。

 気づけば、自ら積極的に舌を出し、男のそれと絡めていた。
 両腕を男の首に巻きつけて、ぐいぐいと男に自分の身体をこすりつけていた。
「は……っ、おい、ここじゃまずいって……俺の………んっ、ん、俺の家まで我慢しろって……」
 男は戸惑ったように彼女を引き剥がすと、喘ぐ彼女の肩を抱き、早足になる。それにもつれるようについて行きながら、どうしようもなく濡れそぼった部分から水音をさせ、彼女は飢えた身体を動かした。
 家に着いた途端、ふたりは家人の存在を確かめようともせず、狂ったように互いの制服をはぎとる。上半身だけ裸になると、犬のように舌を出したまま、灼熱の肌を舐め合った。
「おい……なんだよ、その気じゃないみたいな……素振りしと……うぁっ」
 彼女は聞いていなかった。
 バランスを崩した彼にのしかかると、ベルトに手をかけ、前をくつろがせる。すぐに飛び出てくる怒張を見つけると、それに手をかけ、真っ赤に染まった唇を開けた。
「すげ……っ、あ、気持ちい……っ」
 びくんと体をしならせる男のことは眼中になかった。
 血管の浮き出たそれを口に含み、何度も顔を上下する。唾液なのか男の先端から出る液なのか判別のつかないものでてらてらと光るそれを、彼女は一瞬うっとりと見つめた。私がこれをこんなにした。これが私の中に入ってくる。もっと、もっと固く、太く、大きくなくちゃ、私の疼きは止まらない!
「う……む、んっ、んふっ、ふふ……っ」
 裏の部分を丹念に舐め取り、袋も指で刺激してやる。男の喘ぎが悲鳴のようになっていたが、勿論そんなもの何の意味もない。これは男を気持ちよくさせるためにやっているんじゃない。自分のためだ。私を受け入れるのなら、私の望む形にならなくちゃ、意味がない!
 飽きることなくしゃぶりつくしていると、男が突然彼女の頭を押さえつけてきた。もっと首を振って刺激を与えたいのに、まだ足りない。全然足りないと目を上げて抗議すると、男は口の端から涎を垂らしながら、もういいと言った。
「食いちぎられそうでこえぇって……それに、背中が痛いんだよ。上行こ……な……挿れてやっから……」
「冗談じゃ……ないわ……」
 彼女は息を切らせながら、立ち上がり、スカートをたくしあげた。ショーツの間から流れ出る雫に構わず、それを片足を上げて脱ぎ捨てると、男にまたがる。がっと男の肩をつかみ、床に押し付ける。舌を絡めた距離で男を睨みつけながら、彼女は叫んだ。
「傍にベッドがあるのに、あんたは私を床で抱いた。ベッドに行こうと逃げる私の腰を掴んで、何度も何度も後ろから突いた! 苦しくてずっと耐えてたら、あんたは私をフローリングの床に押し付けて、笑いながら腰を振ったのよ!」
 彼女はぞっとするほど冷めた目をしていた。身体は火のように熱いのに、目だけが氷のようだった。
「しばらく背中の痛みが取れなかった。朦朧としている私をベッドに引き上げて、半分意識のない私を、あんたはそれから何度も弄んだ! 何が好きだから付き合ってくれよ! あんたはね、私の身体しか目当てじゃなかった。私の心なんか好きじゃなかった!」
「そんなエロい身体してるのが悪いんだろ……おまえも楽しんでたじゃねぇか……被害者面すんなよ……!」
 男が首を持ち上げ、女の口を封じる。すぐにびちゃびちゃと唾液が絡まり、ふたりの口の端から糸を引いて流れ落ちた。
「だから私もあんたの身体目当てに好きにさせてもらうわ。ここで、最後までしてあげる……!」
 彼女は微笑みながら男の胸に両手を突くと、そろそろと尻を持ち上げ、入り口に男の怒張したものを押し当てた。
「はぁ……っ」
 彼女は顔をあげて息を詰めると、自らに課する罰のように、一気に腰を落とした。
 ずくりと侵入してくる他人の肉の塊。初めてのときは全身を引き裂かれると思ったが、今は何よりも喜びを与えてくれるのだから、女の身体はよくわからない。自分でそう思う。
「奥まで一気に入った………なあ、自分で見てみろよ……」
 男が満足げにつぶやくので、彼女はむっとした。
「私に命令しないで。ほら、私を支えて。これからむちゃくちゃに動いてあげる……っ! ん、ん!」
「あぁっ、あ……っ」
 腰を両手で掴んで固定する男の指が食い込む。彼女は暴れ馬のように男の上で跳ねた。髪が振り乱れ、豊満な胸が揺れる。
 ガタンガタンとふたりが揺れるたび、男は背中にごりごりと当たる床の痛さが気になりだした。痛さと快楽がまぜこぜになって、体の感覚がなくなっていくようだ。やっぱり床の上は痛いからと声をかけようとすると、彼女は男の上に倒れこみ、腰を激しくくねらせた。
「ん、んぁ、あ、あふ……、ふっ、あっ」
 彼女は左右に大きく揺れて、胸の先端をわざと男の胸板の上で滑らせた。時折押しつぶすようにして、男に自分の身体を思う存分味合わせてやる。男はその甘美な感触にすっかり酔いしれ、背中の痛みを訴える気をなくしていた。それどころか彼女の腰を自ら手で押さえつけ、激しく振動させている。
「あぁぁっ! そこ……っ、そこぉ……っ!」
「ここがいいのか? なあ――」
 ある一点をねじるようにしてやると、彼女の嬌声が跳ね上がった。男は腰を浮かせ、彼女の片足をつかむと、下から高速で突く。
「あああぁあぁっ、イく……っ、イっちゃうの……っ、私……っ!」
 玄関に彼女の声が響いた。男は笑うと、そこで腰の動きを止める。
「なに……? どうして止まるの?」
「イかせて欲しかったら、お願いしろよ」
「あ……!」
 男はゆるゆると腰を動かした。その弱々しい振動は、余計彼女の疼きを増やすだけだ。
「結局最後は俺が勝つんだよ。おまえをイかせるのもイかせないのも、俺次第だ。ホラ、早くしろよ……途中で止めたって構わないんだぜ」
「いや……」
 男は彼女の乳房に手をかけると、円を描くように動かした。腰の動きも相変わらずで、頭がどうにかなりそうだ。
「俺のが欲しいんだろ? 言えよ……言えって」
「んぅ……」
 涙が零れた。最後の最後で欲しいものが与えられない。まるで自分の恋のようだ。あんなに近くにいるというのに、手を伸ばしても届かない。
 どうしたって、届かない。
 欲しいものが手に入らないなら、せめて――……
「お、お願い……」
「欲しい?」
「欲しいの……」
 彼女は自ら四つんばいになると、男に向かって尻を持ち上げた。
「俺が欲しいか?」
「…………」
 彼女は答えなかった。
 男は彼女の背に手を乗せて、もう一度尋ねた。
「……俺のが、欲しいか?」
「欲しい……」
「……!」
 ――容赦のない一撃が加えられた。
「あぁあんっ! ああっ、ああっ!」
「そんなに俺のが……いいかよ!」
 肉と肉がぶつかり、はじける。背後から聞こえる男の声は、怒っているのか泣いているのかよくわからない。それでも彼女は加えられる衝撃に喜びの声をあげることに夢中で気づかない。
「こんな場所でよがって――泣いて――ふっ、変態かよ、おまえ!」
「ううっ、ああ、もっと……ぉ、ああ……っ!」
 出し入れしてるだけ。それだけ。
 なのに人間同士がやるから、こんなにも感じる。例え好きでも何でもない相手であっても。
 今だけは、忘れられる。
 これがあの人であればもっといいのに。
 あの人だったら。
 あの人だったら!
「ホラ、もっといいって言えよ……!」
「いいっ、いい――っ! あ―――っ!」
 絶叫とともに、ふたりは達した。


 寸前で引き抜き、白い背中に精を放ちながら、男は彼女が、別の男の名を叫ぶのを、他人事のように聞いていた。





 ◇



 汗でぬめる床の上で、彼女は放心していた。ひんやりしない床なんて、床じゃない。それでも起き上がる気力がなかった。
 見知らぬ天井を見上げていると、次第に喉が痛くなってくる。熱い塊がせりあがり、目頭がつんとすると同時に涙が零れた。
 こんな姿を見たら、あの人は何ていうだろう。
 怒るだろう。
 悲しむだろう。
 平手打ちしてくれたら、嬉しさのあまり声をあげて泣いてしまうかもしれない。
 だけどあの人はきっと、薄く笑って見ないふりをするのだろう。今までがそうだった。まぶたを閉じて、何からにも蓋をするのだ。
 だから意味がない。それはわかっているのに。
 重い体をのろのろと起こすと、男が濡れたタオルを持って立っていることに気づいた。
「……何?」
「今日は、泊まっていかないんだろ」
 男は確信を得ている言い方をした。その通りだったのでうんと答えると、男は投げやりになったような笑顔を作った。
「だったら、拭いてやるよ。……臭いとか、服につくだろ」
 そう言って屈んでくる。彼女はそれをやんわりと制し、タオルをひったくるようにして奪った。
「自分でやる」
「……なあ」
「ん」
 素早く腕や胸をタオルでこすっている彼女を、男は痛ましそうに見ていた。
「セフレでもいいから、これからも会わね?」
「……何言ってんの」
 彼女は下着を身につけ始めていた。肌の上に散る情事の痕が、妙に虚しく映る。
「俺ら、身体の相性いいじゃん」
「私はとっくに、あんたとセフレのつもりでいるけど? さっきも言ったじゃない」
 その冷め切った目は、男をイラつかせた。どれだけ熱く燃えても、この目だけは、染まらなかったのだ。
「……おまえが叫んでた男の代わりってことかよ」
「わかってるじゃない」
 彼女は制服に着替え終え、立ち上がったところだった。男もそれに習い、彼女の腕をつかむ。
「なあ、俺は――!」
「ありきたりな話よ」
 彼女は男を見ていなかった。口元を歪ませ、乱れた髪を手櫛で整えながら、遠くにいる誰かに向けて口を開いていた。
「ね、面白くもなんともない話なの。笑っちゃうでしょ」
「……」
 男は力なく彼女の腕から手を放した。
「だけど仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだから。絶対に振り向いてくれない相手を」
 靴を履き、ドアノブに手をかける。
 立ち尽くしている男を振り返れば、酷く滑稽な格好をしていて、彼女は笑ってしまった。
「だから、私にはあんたが必要なのよ。……ねぇ、お願い。これからも協力してよ……」
 男の返事も聞かずにドアを開け、飛び出した。
 今日は背中の痛みもない。情事の名残もない。いい感じだ。これからもあの男に慰めてもらおう。抱きしめてもらおう。
 それ以外に、この心の置き所がないんなら、もうしょうがないことなのだ。





 ◇





「顔色が悪いな」
 家に帰って顔を見合わせると、彼は開口一番そう言った。彼女は何の意味もないとわかっていながら、それでも言ってしまうのだ。
「おかしいな。今男と会ってきたとこなのに」
「何おまえ、例の男とまたヤったの?」
「うん。相性もよかったし。……そういう気分だったから」
 そう言って笑ってみせると、彼の隣をすり抜ける。
「好きでもないんなら、そういうことするの、よくないんじゃないか」
 彼女の背中に、彼がためらいがちに声をかける。それだけで、彼女は舞い上がりそうになった。
「……好きじゃないから、できることもあるでしょ。気持ちよかったし……」
 最後の言葉は計らずとも声が震えた。嬉しいけど、嬉しくない。こんなこと、彼の前で言いたくない。
 嬉しさと情けなさで頭が混乱してくる。彼に背中を向けながら、彼女は泣いてしまわないよう努めた。
 しばらくすると、ため息が聞こえた。
「どうしてそんなに寂しいんだ。再婚して、自分の居場所がないとか思ってるのか? 父さんは女の子が欲しかったっておまえのことをそれは可愛がってるじゃないか。それでも愛情が足りないとか、甘ったれたこと思ってるのか?」
「違う……!」
 振り返ると、彼は彼女の顔を見てはっとしたようだった。慌てて口を開く。
「今のは、悪かった。……そんな問題じゃないんだな?」
「うん。……つまんない話だから」
「言えよ。……そんなこと言わないから」
 彼が近づいてくる。冷えて気持ちの悪いショーツに、じんわりと広がるものがあった。……どうかしている。ただ心配してくれているだけなのに、声を聞くだけで、気配が近づくだけで、感じてしまっている。
「隣に誰かがいるだけで、私は幸せになれるの。一緒に眠っているだけで、すごく満たされる。でもね、そうしてくれる男の人っていないから……だから私は」
「わかった」
 彼は彼女の頭に手を置いた。
「……っ!」
 膝の裏から力が抜けた。内側からどろりと生暖かいものがショーツを重く濡らしていく。言葉も出ない彼女を見下ろし、彼は優しく言った。
「じゃあ今夜、一緒に寝るか」
「……え……っ」
「そしたら、さびしくないか?」
 涙が出た。
 彼はそれを見て、微笑んだ。
「その方がいいだろ。おまえのためにも」
 違うよ。
 彼女は泣きながら否定した。声にはならなかった。
 そんな兄貴みたいな優しい顔で、私を見ないでよ。
 私を妹として扱わないでよ。
 これ以上さびしくさせないでよ……!
 何も言えなかった。
 引き寄せてくれる恋焦がれた身体に包まれると、一層空虚さが増して、彼女はすがるように彼の胸にしがみついた。
「風呂には入っておけよ。……他の男の臭いさせたおまえとは、一緒に寝たくないからな」
 泣きじゃくる彼女の頭を撫でながら、彼はからかうように笑った。





 ◇




 あれほど感じていたさびしさが、嘘のように霧散して行くのがわかった。
「窮屈なら、言えよ」
「ううん……」
 うっとりしながら、彼女は同じ香りのする身体に身をすりよせる。
 抱きしめてくれる腕は心地よくて、世界で一番安心できる場所だと確信する。
 両親が寝静まる家の中、彼のベッドの中で。
 彼女は今まで感じたこともないほどの安堵感に包まれていた。
 さびしさが募ると思っていた彼の腕の中。彼の体温。彼の鼓動。彼の静かな息遣い。
 それらを全身で感じながら、彼女は淫らな気持ちにならない自分に驚いていた。
「あのね、腕回してもいい?」
 子供のように言ってみる。彼は一瞬だけ息を止めると、ふっと笑った。
「どうぞ」
「へへ」
 彼女は腕を広げて、彼を抱きしめた。
「苦しくない?」
「全然」
 ずっとこうしてみたかった。こうして抱きついたらどんなに幸せだろうと夢見てきた。
 それが叶った。
「……お義兄ちゃん」
「……ん?」
 鼓動を聞きながら、彼女は目を閉じた。
「心配してくれて、ありがとうね」
「……いや」
「私ね、もうやめるよ。好きでもない男の人とえっちしたりするのやめる。お義兄ちゃんが抱きしめてくれたから、もういいの」
「……」
 つまらない話。
 何度も彼と交わる淫らな夢を見ては、濡れた下着を確認して落ち込む朝も。
 彼の代わりにセフレに抱かれて虚しさを感じる日も、全部終わり。
 こうしているだけで、穢れた身体が清められる気がする不思議。
 なんて陳腐。なんてありきたり。
「またこうやって、抱きしめてね。そうしたら、私だんだんさびしくなくなるよ。ひとりでも眠れる日がくるから……」
 本当はね、キスもして欲しい。
 だけどそれだけは無理だからね。
 私はもういいの。
 いずれきっと、この気持ちに区切りを付けられると思うから。
 ごめんね。
 ごめんね。
 今だけはこうしていて。
 義妹のわがままを、叶えて。


 夢の中で、彼は笑っていた。
 キスして欲しいとせがんだら、そっと唇をくれた。
 柔らかい、優しいキスだった。
 義妹になれなくてごめんね。
 でもなれるように努力するからね。
 そう言ったら、彼はまた唇をくれた。
 もう死んでもいいと思った。



「ホラ、起きろ」
 誰かの手が、彼女の頬を軽くたたいた。
「……ん」
 目を開けると、彼の顔があった。
「わ……っ」
「おはよ」
 彼女は真っ赤になって飛び起きた。
「ご……ごめん! 寝相悪かった?」
「いや、静かなものだったよ」
「良かった!」
 胸をなでおろし、彼女は彼を見つめた。
「……うん」
「? 何?」
 確認するようにひとりでうなずくと、彼が目を丸くした。
「うん、私、いい義妹になれそう。頑張れそう」
「は?」
「なんでもない。部屋、戻るね」
 彼女は晴れやかに微笑むと、身を翻した。
 こんなにいい気分で目覚めたのは久しぶりだった。
 ありきたり。つまらない。陳腐。
 そう、だからこれでよかった。
 いい家族になる。まだ先の話だけど、私はこの思いを風化できるだけの力を、彼からもらったのだ。
 彼女がドアノブに手をかけたときだった。
「ごめん」
「え?」
 振り返ると、ベッドの上で胡坐をかく彼と目が合った。
「……僕はおまえのいい義兄になれそうもない」
「……お義兄ちゃん」
「ごめん」
「……どうして……」
 晴れやかな気持ちが一気にしぼんだ。
「無理、してたの?」
「……ああ」
 彼女は震える足取りで、彼に近づいた。
「私が頑張っても、だ、ダメなの……?」
「……ごめん」
 彼女はぺたんと座り込んだ。
 そうか……
 この人は私が、嫌いだったんだ。
「おまえも、気づいてたんだろ」
 彼は低い声で言うと、立ち上がった。
「だから冷たかったんだね」
 彼女は彼の指先を見つめた。
「そうだ」
「……言ってくれればよかったのに。そうしたら私、近づかなかった。お義兄ちゃんに不愉快な思い、させなかったのに」
 視界がぼやけた。
 好きになってさえくれなかったなんて。
 義妹にもなれないなら、家族にもなれないじゃないか。
「そうだな。あんなこと、言うんじゃなかった」
「……え」
 顔を上げると、すぐ目の前に彼の顔があった。驚いてさがろうとすると、腕をつかまれ、物凄い力で引き寄せられた。
「ここにも……ああ、ここにもだ、くそっ」
「痛いっ、やだ、何――!?」
 恥ずかしいと思うより先に、恐怖があった。
 パジャマの前を引き裂くようにして広げると、彼は彼女の肌に残る痕をひとつひとつなぞっては、短い呪いの言葉を吐き散らした。
「気づいてるんだろ。なのにおまえは僕を苦しめてばかりだ!」
「痛いよ! どうして――!」
「もう誰にも触らせない……おまえは――!」


 そう、ありふれた話だ。
 再婚した男と女の連れ子が、互いに惹かれあってゆく話。
 あまりにも陳腐すぎて、誰も驚きはしない。




「痛い……! あっ」
「なぜ、僕がキスしたか聞きたくないのか?」




コメント

名前:
コメント:
| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
|ログイン|