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Last update 2008年03月15日

偏愛  著者:櫻朔夜


「僕が君への欲望に身を焦がしていたことに、気づかなかったんだね?」香しい耳朶を甘噛みしながら囁く…


 彼女を見掛けたのは、数日前の会社帰りだった。事故で不通になった電車を諦め、普段は通る事の無い繁華街をトボトボと歩いていた時、僕の目に飛び込んできたのが彼女だ。その無邪気な、けれど何故か魅了される独特の雰囲気に釘付けになってしまったのだ。彼女の居た一角に辿り着くまでの間に、わざとらしい卑猥な声を掛けてきた安っぽいキャッチの女など到底足許にも及ばない。彼女の立つ空間だけが、清浄で輝いているのが一目で分かった。

 つい最近、理不尽で傷付くには有余る程の痛手を恋人に受けてフラれたばかり、不安定な精神状態だった。そのせいにはしたくないが、会社でも上司に怒られっぱなしだった僕に、彼女の微笑みは癒しとも救いともつかない何かがあった。
 立ち止まってしまった僕と彼女との目が合う。彼女は僕から目を逸らそうともせず、ただ無邪気に見詰め返す…完全な僕の一目惚れだった。

 それから今日までの数日間、電車の往来に関係なく毎晩のように彼女を一目見たい一心でその場所へと通い続けていたのだが、想いは募るばかりとなり、遂に今日、手を伸ばせば彼女をどうにでもしてしまえる程近くへと歩み寄った。それまでこんな繁華街のど真ん中で僕から興味を持つ女性が現れるなんて夢にも思わなかったし、何より社会人で大の男だという、甘いながらも世間並みの理性と自負はあった。

 しかし彼女はそれを全て、その笑顔で僕から奪った。人目を気にしながらも、そっと話し掛ける。
「君を好きになってしまったんだ」
 彼女は最初の晩に僕と目を合せた時と同じ無邪気な表情で答えた。
『最近毎晩見に来てくれてたから、いつ話しかけに来てくれるか、ずっと待ってたの』
 それは鈴を振るように心に染みる透明な声だった。

 そして僕はたった一晩で彼女を家に連れ帰る事に成功したのだ。目の前に居ることがまだ信じられないが、これは現実だ。彼女を抱くようにして電車へと乗り込み、一緒に僕の部屋へとやってきたのだ。



 僕はもう一度、心を込めて彼女に言う。
「僕が君への欲望に身を焦がしていたことに、気付かなかったんだね?」
 …何も知らない、無垢な笑みを浮かべ、僕だけを視界いっぱいに捉えている幼いくらいの顔を見詰め、僕は熱っぽく語りかけながら、艶のある白磁のような彼女の肌を撫で上げる。
「本当に綺麗な肌をしているね…」

 彼女の肌は白いだけでなく、ほんの少し赤味が差している。大丈夫だからと言い聞かせ、着替えをさせた黒のメイド服とのコントラストが眩いばかりに美しい。触れれば掌に吸い付く、とは正にこの事だろう。はにかんだような笑みを投げ掛ける彼女の頬を包み、顔を上げさせる。その瞳に僕は更に煽情されて思わず彼女を抱き上げた。

『何するの?』

 そう言いながらも僕の膝の上に大人しく収まった彼女の首筋に顔を埋める。
「大丈夫だって言ってるだろ?」


 僕の理性は完全に飛んだ。その瞬間から僕は彼女を掻き抱き、手荒く服を降ろす。 その胸の膨みはとても綺麗で、どんなに力を加えても型崩れすることなく僕の目を愉しませる。

「綺麗だよ」

 何度もうわ言のようにその言葉が口をついてでる。内股に指を這わせるとくすぐったそうにしながら、僕を見詰める潤んだまなざしに目眩さえ覚えた。彼女の香りに酔い、狂おしい程にその肢体を掻き抱き、髪の毛の一本一本から足の爪先まで、舌先で蛇の様に這い回り調べ尽くした僕の欲求はもう限界まで来ていた。彼女は僕の情欲を理解し受け入れ、身を任せてくれていた。


 僕自身を、彼女の体躯へと擦り付ける。美しい胸から、丸みのある腹部、そしてその先へと、それで愛撫しながらゆっくりと下りていく。その様に彼女が小さく『いいよ』と言った。
 僕は頷くと、更に擦り付けていたモノを強く押付ける。そこから広がる形容し難い数々の快感と愉悦が僕を飲込んでいく。
 獣のように彼女の体躯へと僕の情欲を突立て、その反復も心なしか早まる。滑らかで華奢な体躯が眼下で上下する度に果てそうになるのを必死に堪え、ただただ彼女に証を刻む。鈴を振るようだった彼女の声が、言葉にならない嬌声に変わる。その声が一段と大きく長く、僕の頭に響いた瞬間、堅く閉じた瞼の裏で光が弾けた。
 荒い呼吸を落ち着けながらゆっくりと目を開く。彼女は僕の白濁に塗れ、美しかった。



 それからというもの、一緒に生活を始めた彼女に欲情しない夜は無かった。ベッドの上は勿論、風呂でも、食事中でも、テレビを見ながらでも、僕が求めるだけ彼女は応える。会社帰りにコスチュームを物色し、帰宅後すぐに着替えさせて弄ぶ。そんなことも少なくなかった。
 しかし彼女の存在の稀有さはそれだけではない。僕の愚痴や悩みをただ黙って聴いてくれたり、その無邪気な笑顔を絶やさずに僕を癒してくれたりすること、何を取っても理想の女性だったのだ。僕が彼女に溺れないでいられる理由など何もなかった。


 しばらくすると僕は会社にも行かなくなっていった。日々、彼女との淫らな行為に耽り、それ無しではもう感情のコントロールさえままならなくなった。
 誰との連絡も謝絶し、退廃した毎日を繰り返すうち、喧しく鳴り続けた電話やインターフォンも静かにり…ようやく2人の空間が当たり前になってきた頃だった。


 ――ガチャ…



 ある日、突然玄関の鍵が開いた音がした。続いて、女の声。
「ねぇ、いるの?」

 僕は反射的に隣で寝ている彼女を守ろうと起き上がった。侵入者が入って来るであろうリビングのドアへ意識を集中する。
 入って来たそいつは、僕を見るなり叫んだ。

「何やってるのよ!!そんな…」

 女はこの間僕から去った元恋人だった。僕はその女の言葉の先を中断させようと、負けずに叫んだ。

「うるさい!お前には関係ないだろ!」

 女は皆に言われ、まだ返していなかった合鍵をつかって様子を見に来たのだろう。心配そうに入って来たのに、今は狼狽しているのが見て取れる。そして申し訳なさそうに、今度は肩を落として言った。
「私がエッチ下手だからアナタと別れたいって言ったから?」

 僕は背後で怖がっていた愛しい彼女を振り返り、無視を決め込んだ。

「まさかアナタがそんな人形とこんな…」

 女の台詞に逆上した僕は、「黙れ!お前なんて彼女にくらべれば下衆だ!出てけ!」と一喝した。泣き出しながら外へ駆け出した女など気にも留めず、傍らの30センチにも満たない最愛の彼女を見詰める。

『私はずっとアナタの側に居るわ』


 僕にしか聞こえない声で彼女が言う。勿論さ、僕にはそれだけが全てだよ。



 静かな満足感がわいてきた。




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