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Last update 2008年03月15日

連鎖  著者:おりえ


「道はどこかでつながっているものだよ」
「ああ、三本の道が果てには一本につながっていて、せっかく涙の別れをしたのにおまえらは……ってやつ」
「いや、そういうどっかのアニメ最終話の話をしてるんじゃなく」
 友人は無表情に言って僕のおとぼけを切って捨てると、病院のベッドの上で、寝癖の残る髪もそのままに窓の外を見つめるのだった。
 彼はもう、長いこと入院生活を続けている。原因不明の病に侵されているのだそうだ。といってもそれは本人説だから、どこまで信じていいのかわからない。スライド式のドアを開け、真っ白なベッドと真っ白な壁がぽつんと存在する世界へ足を踏み入れたとき思うのだ。友人の命は、恐らく長くない。当初は数人の友人を連れ立って見舞いに来たものだが、いつしか僕ひとりだけになってしまった。
「最近、食欲がないんだ。毎日来てくれた看護士さんも別の人に代わってしまった。担当医だって来るか来ないかだ。いよいよ見捨てられた気がするよ」
「……人手不足なんだよ」
 僕はかろうじてそれだけを言う。
「どうだか。……ただ最近、やけに静かだよな。昼寝をして目が覚めるだろ。真っ白い天井を見てから窓を見る。……時折自分はどこにいるんだろうって思うんだ。病院の中とは思えないくらい静かで、おまえが来てくれなかったら、僕はおかしくなっていたかもしれないよ」
「僕に感謝しろよ」
 僕は真面目腐った顔で言ってやった。
「ああ。だから、おまえが帰ると寂しいよ」
「言うなよ」
 僕は唇を噛み締める。どうかこいつが、俺の顔色に気づきませんように。もうすぐ別れの日が来ることを、勘付かれませんように。
「ところで、最初は色々持ってきてくれたのに、どうして最近は手ぶらなんだ?
 漫画雑誌、楽しみにしてるのに」
 友人は強引に話題を変えてきた。しんみりする空気を変えたかったのだろう。僕は内心ぎくりとしたが、笑って友人の頭を軽く叩いてやる。
「学生に何を期待してるんだ? そんなに金がもつかよ」
「学生?」
 友人はきょとんとした顔で僕を見た。
「何を言ってる。おまえ、働いてるだろ」
「あ、ああ。バイト、変えたんだよ」
 僕はそっぽを向いて誤魔化す。
「バイト? そうだったか? ……今はどんなバイトしてるんだよ」
「銭湯の番台やってるよ」
「ははははははっ」
 友人はしわがれた声で笑う。僕も大声で笑った。そうしないと、涙の説明がつかないからだ。
「なあ……」
 ひとしきり笑うと、友人はためらいがちに僕に言った。
「僕の親、元気にしてるか?」
「えっ」
「……もう随分と顔も見てない」
 そう言って目を伏せた。僕は笑いすぎて涙が出たのだと誤魔化しながらこすっていた目をまた熱くさせる。
「会わないほうがいい。……おまえの親は、随分と変わってしまったよ」
「え?」
「僕が来てやるさ。おまえは何も心配しなくていい……」
「……そうか」
 友人は僕の顔から何かを察したんだと思う。そう言うと、目を閉じてしまった。
「道はひとつにつながっている。僕もそう思うよ。
 ただ僕らとおまえの道は、恐らく永遠に交わることはないだろう。
 おまえはいずれ行ってしまうんだろ。僕らの知らない、永遠の場所に」
 寝息をたてる、かぼそい身体の僕の友。
 短い白髪に手を触れて、僕は丸椅子に座ったままで、声を殺して泣いた。
 視界もおぼつかない友人の目に、変わっていく僕の姿は判らない。
 おまえの両親は、もう赤ん坊になってしまったよ。
 おまえが好きだった漫画家も、僕らの友達も、とっくに消えてしまったよ。生まれ変わりの準備をするために。
 僕が若返るのを見るたびに、おまえは自身の心だけ若返り、時間の感覚を取り戻せずに少年の心に戻って行く。体は老いていくばかりなのに。
 一体おまえの身体はどうしてしまったんだろうな。
 どうして若返らないんだろう。僕らのように。
 何故死に向かって進むんだろう。死は終わりしかもたらさないというのに。
 僕らは何度も生まれ変わって、過去の過ちを正さなくてはならない。おまえにはそれができないんだ。
 辛いな。もう会えないだなんて。
 哀しいな。僕らが生まれ変わっても、もうおまえはどこにもいない。


 病室から出ると、若い女性の看護士さんとばったり会った。
「あら」
「どうも」
 看護士さんは微笑んでしゃがみ、目線を僕の高さに合わせた。
「そろそろ生まれ変わりの時期ね。……感心ね。眠りに入る前に、お友達に会いに通ってきてくれるんだ」
「あなたも綺麗になった。最初にお会いしたときは、しわしわのおばあちゃんだったのに」
「ふふ、折り返しの時期だったからね。一番見られたくない頃だったわ」
 そう言って、閉じられた病室を痛ましそうに見つめる。
「たまにいるのよ。折り返しの時期がこない人が。……可哀想に。どんどん老いていってるのよ」
「記憶も曖昧で……この姿の僕を見ても、やつは未だに社会人と間違える」
「まあ。素敵じゃない。小さな男の子が、千人を越える社員を束ねてるなんて」
 わざと頭を撫でる彼女の手が案外心地よくてそのままにさせながら、僕は手にしたランドセルを掲げた。
「かつて一流企業のトップとして君臨していた僕が、今では生まれ変わりの準備をするために平仮名の勉強ですよ。赤ん坊になってからの数年は記憶を取り戻せないから、それまでに義務教育の基本だけでも復習しておかないと、成長して使い物にならない。厄介ですが、仕方ありません」
「そうそう。思い出すわ~。記憶を取り戻すときは、小さい頃のことから始まるものね。今の内にしっかり復習しておかないと、何も話せない、物も書けない子供になってしまうもの。大事なことよ。
 そうだ。今はどこのご家庭にお世話になってるの?」
「両親が生まれ変わりの前に、懇意にしている方に頼んでくれたので、そちらに」
「私も今、子供を預かっててね……」
 彼女はそう言うと、ふっとため息をついた。
「時折彼をうらやましく思うわ。彼はこの連鎖の輪から抜け出せるんだもの。私たちは誰かの家族であり、友人である。そうやってひとつの道を皆で共有して生きているけれど、彼だけは独立した道を歩んで行く」
「……それはどうでしょう」
 僕はランドセルを背負って首を振った。
「あいつは言ってましたよ。『道はどこかでつながっている』。……いずれやつが死に、僕らの連鎖から抜けてしまっても、でもどこかで僕らとやつはつながっているんだと思います。それを証明したくて、やつは連鎖から抜け出すことを選んだのではないでしょうか……」


 原因不明の病に侵されていると友人は言った。
 だけど僕は、友人は原因を知っているのではないかと思っている。
 時間の流れに逆らって若返りをやめた友人の姿は、もしかすると本来の姿なのではないか――…
 聞きたくても、僕にはもうどうすることもできない。
 全ての準備を終え、今の両親が見守る中で。
 ――眠りの海がひたひたと足首を濡らし始めた。



終わり




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