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Last update 2008年03月15日

~memory~  著者:神楽崎ゆう



 「でも、記憶なんて多かれ少なかれ、みんなそういうものなのかもしれませんね。」

 新しく水を替えた花瓶をベッド脇に置きながら、彼は言った。
 クリーム色の壁紙の殺風景な小さな部屋に、花だけがぽつんと鮮やかに浮き出てみえた。
 「年なのかしらね。日に日に度忘れが多くなってるわ。」
 ベッドに座っていた彼女はそう言って小さく苦笑してみせた。
 「でも人と会話することって脳にはいい運動にもなるそうよ。それにね、わたし毎日あなたとおしゃべりする時間が楽しみでもあるの。」
 ミルクティー色の綺麗な髪の毛は、今ではすっかり真っ白になり、背中の半分あたりまである髪を頭の下のほうで一つに結わえている。笑いシワの多い優しそうな顔には、昔の美しさが残っていた。ベッドの頭の上には『メアリ・ブランシェット』という名前と生年月日が表記された札が貼ってあった。

 「そのお話、是非聞かせてもらえませんか。」
 棚のほこりをふき取りながら彼が言った。窓辺近くにある彼女の昔の写真や家族との写真が飾ってある以外、この部屋にはほとんど物が置かれていない。
 そして彼もまた、彼女と同じ年くらいで、頭は白く、少し右足を引きずるようにして歩きながら、ベッドの横にイスを置いた。
 「そうね・・・あれはたしかわたしが二十歳にもなっていなかった頃だったわ。」
 メアリは遠くに目を細めながら、静かに話し始めた━━━━━━


 1943年、冬。街に雪はしんしんと降り注いでいた。戦争中の今、騒がしい世の中も雪に音が吸い込まれたように静かだった。
 メアリはその中を傘をさしながら歩いていた。手には安く買えた食料を二袋も持っている。しかし、最近では手に入るものは芋類ばかりだ。雪のせいで道路もよく見えない。
 そんな中、少し融けかけたところに足を滑らせて、メアリは派手に尻もちをついて転んだ。持っていた芋も地面に散らばった。「あぁあ・・・」とため息が出てきた。道を行き来する人々誰もが見て見ぬふりをして彼女の横を通り過ぎていく。

 「大丈夫ですか。」

 その時後ろから声をかけてくれたのが、彼だった。メアリに手をさしのべ、転がった芋を一緒に拾ってくれた。そして、転んだ拍子に破けてしまった袋のせいで持ちきれなくなった芋を、一緒に家まで運んでくれたのだ。
 これが彼と初めて出会った日のことだ。
 その日をきっかけに彼とは時々会うようになり、お互いの家を行き来するようにもなっていった。毎日彼のことを想い、辛い日々も彼のおかげで幸せな日々に変わった。
 しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。
 日に日に戦争は激化していき、若く軍隊に所属していた彼にも影を落としていった。
 1945年、春。ついには太平洋を越えた、日本上陸の命が下り、それは国中に知らされた。そしてその上陸作戦の隊の中に、ジェームズの名前も加えられていたのだ。
 彼が出発する日、冬が残していった雪はすっかり融けていた。

 「最後まで、君を幸せにできなくて・・・すまない。」
 「最後なんて言わないで。わたしは・・・わたしはあなたに会えただけで、あの日あなたが声をかけてくれてからの日々は幸せだったわ。」
 メアリは自分の首にかかっていたペンダントをはずした。
 「これは、死んだ母が昔くれたものなの。今まで肌身離さずつけていたものだわ。」
 そう言ってそっと彼の手に握らせた。 
 「メアリ、僕は君に帰ってくるまで待っていてくれとは言わない。何の約束もしない。・・・だから君はこれからも幸せに生きていてくれ。」
 「いいえ、これが最後の別れみたいな言い方しないで!」
 彼女はぎゅっと彼の手を握って言った。
 「必ず・・・必ずわたしの所へ戻ってきて。何かあったときはこのペンダントを見てわたしを思い出して。」
 メアリは震える声でうつむいた。頬に涙が伝わる。
 それを彼はそっと拭いて、彼女の旋毛にキスをした。
 「最後に君の素敵な笑顔を見せておくれ。」
 メアリは涙のたまる目で見上げると、ゆっくり笑った。
 「行ってくる。」

 そして彼は戦地へと赴いていったのだった━━━━━━


 「それで彼は、ジェームズは帰ってきたんですか。」
 今まで静かに話を聞いてきた彼は、彼女に問いかけた。
 ベッドに座っていたメアリはゆっくりと首を横に振った。
 「いいえ、戦争が終わっても彼は帰ってこなかったわ。」
 両手を重ねた自分の手を見つめながらメアリは答えた。
 「後に届いた軍からの通知には“消息不明”とだけ書いてあったわ。遺体も骨も見つからないんですって。」
 窓から差し込む光は、いつの間にか夕日色に染まっていた。
 「なんだかとても疲れてしまったわ。」
 そう言って横になろうとするメアリの背中を彼が支えながらゆっくりと横たわった。
 「でもね・・・こんなにもジェームズとのことを覚えているのに、どうしても彼の顔が思い出せないの。」
 毛布をかけながらメアリはそっと言った。
 「これも病気のせいかしらね。」
 彼女はそう言って一瞬悲しそうな笑みをこぼすと、そのまま眠りに陥った。
 「ゆっくり休んでください・・・。」
 彼は毛布をかけ直してやると、しばらく彼女の寝顔を眺めていた。

 脳に関する病気で入院しているメアリの看病及び毎日の話し相手を彼の名を、ジェームズといった。
 62年前、日本上陸作戦のため戦地の沖縄へと向かった。そこでの戦いは激しいもので、ジェームズは相手が仕掛けた爆弾で右足を重症、顔の皮膚もただれ誰だかわからないほどだった。生死をさまよう日は何年かに及んだ。
 そして、奇跡的に命をとりとた彼は真っ先にメアリの所へ行った。
 しかし彼の目に映ったのは、三人の子供を抱え、夫と幸せに暮らしている彼女の姿だったのだ。

 彼は窓から見える、美しい夕日を眺めた。
 窓辺にある写真の中に、色あせた昔の二人が写っているものがあった。古くて彼の顔はよくわからない。

 それだけ影が差したように、写真は変色しぼやけていた━━━━━━




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