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Last update 2008年03月16日

灰は虹に、ハートは灰に  著者:AR1



 灰色の石はすでに透明に変わっていて、その真ん中から幾筋もの光を放っていた――それが、我が青春の始まり。
 彼の恋は中学三年の秋に訪れた。親の事情で春から転校を余儀なくされたため、親友と呼べる友人はなく、更に受験戦争真っ只中の進学校では、穏やかな空気など望むことはできなかった。もっとも、彼も受験戦争に巻き込まれている立場なので、精神的なゆとりはあまりないのではあるが。
 そのような緊張感漂う仁義なき争いの中に、一筋の春を見出した。彼女の名前は「桜」。3―B組である彼とは別のクラスの女子である。最初にその姿を目撃したのは、中学生最後の文化祭。彼のクラスは、飲食店の限られた枠を懸けた争奪戦に敗れてしまったため、他の出し物にせざるを得なかった。大抵、パターンは決まっている――よって、お化け屋敷に決定した。
 とはいっても、それは無難の選択肢というだけであって、少なくとも彼にとっては魅力的な出し物には映らなかった。役目が終わると同時に教室を抜け出し、グループを作るでもなく、所在なく校内一周ツアーを敢行するしかなかった。最近の学校には監視カメラが備わっているため、外からの侵入者だけではなく、内からの脱走者も監視しているので侮れない。
 結局、全ての教室の前を素通りし、3―B組の寸前まで辿り着いてしまったが、上履きの底が床に縫い付けられる。教室の中には入らなかったが、廊下の壁に貼られていた展示物などには目を通していたため、一時間ほどの時間を食ってしまっていた。小腹が減るのも無理はない。
 無意識の中の鉄の意思が足を踏み止まらせた理由は、休息と空腹の摂取を促す食材の芳香だった。恐らく……甘い匂いはホットケーキ。
 財布の中に少々の小銭が入っているのを確認すると、開け放たれている扉の内側に滑り込んでいた。窓際の机に陣取り、置かれているメニューに目を通す。無難なメニューには悩む暇などなく、即決でホットケーキとオレンジジュースのオーダーを入れた。コーヒーは匂いは好きなのだが、大人の苦味は舌に合わない。
 ホットプレートで生地に熱を入れている香ばしい音が耳に届く。学園祭の醍醐味は味ではなく雰囲気にあるのだが、そもそも独りで校内をうろついている時点で楽しさは半減、もしくはそれ以上の目減りを見ている訳である。ゆえに、なにも期待していることはなかった。
 これがいけなかったのかもしれない。塵あくたのような衝撃でも、枯れた草木にとっては生死を分ける重要な一滴であるかのごとく。
 ホットケーキとジュースをトレイに載せてやってきた女子の笑顔は、某ファーストフードのキャッチコピー――スマイル0円――など一蹴して捨てるほどの、意識が旅立っていきそうな輝き。
 後で知ったことだが、その女子は名前を「桜」といった。

 そのような思い出を引き出しから取り出したのは、卒業式当日だった。ろくに話をしたこともない、いよいよ姿を見ることもできなくなる。せめて最後に思いをぶちまけるくらいは……と、最後の勇気を振り絞る決意に迷いが生じるが、後ろには下げれない。プライドが許さない。
 ――それくらい、別にやったっていいじゃないか!
 玉砕覚悟の特攻は卒業式後に行われることが決定し、今は下駄箱の壁際で到着を待っている――ああ、小っ恥ずかしいのなんのって!
 一時間たっぷりと待たされて、ようやく桜は姿を現したのだ……ただし、男を伴って。初めての心境だった、自分の頭上に隕石が落ちて欲しいと思ったことは、受験勉強の最中にすら起きなかったのに。
 視界の中で第二ボタンを危機として受け取る桜の姿は、彼にはあまりにもおぼろげな映像だった。彼には「負け試合」という舞台すらも用意されなかった。なんたる結末。
 新たに生じた自覚症状を砕け損なった傷心に刻む――僕の世界は、これまで思っていたのとはちがう動き方をしているのかもしれない。




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