Mystery Circle 作品置き場

空蝉八尋

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nightstalker

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Last update 2008年03月16日

アストロポース  著者:空蝉八尋




 宇宙の反対側の川岸に横たわっていたんだ。
 その一言を、父さんはよく僕に聞かせてくれた。
「三蔵法師さま」
 それが宝箱だったのか、オレンジだったのか、イルカだったのか、札束だったのか、人間だったのかすら判らなかったんだって。
 宇宙の反対側があるっていうことはね、宇宙の正面も、背面も、東も西もあるってことでしょう。
「三蔵法師さま」
 だから、宇宙は歩けるってことでしょう。

 ぼく、いつか宇宙を歩くよ。
 地球を足元に見下ろして、ぼくは星空を歩いて、父さんに会いにゆくよ。





「三蔵法師さまってば」
「なーによもう、るっさいなさっきから!」
 寝そべっていた砂から身を起こしすと、頭上で響いていた声の主が現れる。
 まるで獅子のような髪をなびかせている、眠そうな瞳の猿をにらみつけた。 
「あ、覚醒してたんですか。てっきりどこかと交信でもしてんのかと」
「君はいつから僕をそんな電波みたいな目でみるようになったんだ、んもうっ」
 相変わらずに表情ひとつ変えず、僕に視線を落とすゴクウの口元が、珍しく歪んだ。 
「何笑ってんの?」
「笑ったんじゃないですよ、なんていえばいいのかな……嘲る?」
「普通に酷いな君!」
 少しの悪びれもみせず、ゴクウは僕の隣に膝を抱えるようにして座った。
 砂丘が崩れ、小さく耳をくすぐる音が心地良い。僕はまた眠りの世界へおちそうになる。
「こんなノロノロと旅続けて、あとで絶対後悔しますよ三蔵法師さま」
「……どうしたのかな、今日は露骨に君の言葉がトゲだらけ……いやいつもだ、やっぱりいつも」
「だって、今日は一メートルも進んでないんですよ? この場所から!」
 そう言って彼は自分の足元を踏みつけた。虚しい音だけしか生まない。
「なーんか気に入っちゃったんだもん。いいじゃん、宇宙は広いんだし。時間も経たないし」
「それですよ、貴方が間違っているのは」
 僕はもう一度寝そべってから、ゴクウへ視線を投げた。
「どういう意味だい?」
 無意識に出した鋭い眼光にひるんだのか、ゴクウは下唇を噛む癖をみせる。
「永遠ではないんです。それに、辿り着く先もひとつではないんです。ひとつの場所へ到達したら、また行く場所が出来ます。その為に時間は必要でしょう?」
 酷く切実に乞う言葉だった。彼は思いつめた表情で続ける。
「いつか突然途切れてしまうことだってあるんですよ」

 すぐそこまで近くなった大きな太陽が、容赦なく燃える橙色の光を注ぐ。  

 巻き上げる風は軟風、蜃気楼の絶好条件はこれからも続く。

「いや、僕は別にいいんだよ。見つけたら、そこで終わりになったって」
「……見つけるってなにを、ですか?」
 僕は歯を並べて笑った。面食らったような顔が見える。 
「宇宙の反対側の川岸に横たわるもの」
「うちゅうの、はんたいがわ……ですって?」
 あまりに自然に言ってのけたことが信じられないとでもいうように、何度か口を動かして、なにかを言いかけている。
 僕はそんな彼の様子が子供のようにかわいくて、思わず微笑んだ。
「三蔵法師さま……いや三蔵ァ法師さま」
「今ちっさく“ァ”って言ったよね言ったよねなんだ阿呆師って」
「分かってるんですか? 宇宙の反対側の、川岸がどんなところか」
 僕はゆっくりとうなづいた。緩慢な動作に苛立ったように、ゴクウはその場に立ち上がる。

「それはもう、キレイな川なんだってねぇ。澄み切った緩やかな流れ、霧かかった霞み……素敵だろうねぇ」

 ゴクウは僕の腕を、力強くつかんだ。
 泣きそうな顔。
 力強い手のひら。
 なにかを自分の元へ必死で繋ぎとめておこうとする、動物の性。

「君も、行ってみたくはないかい」
「遠慮しておきますよ。生きていればいずれはたどり着く場所ではないですか」
「そうだね。だから、旅だってひとつも急ぐことはないのよ……」
 手の力がフッと緩んだ。心地よい熱が離れ、せき止められていた血液がまた循環を始める。
「三蔵法師さま。どうか、ひとりで行かないで下さいね」
「おやぁ、だって君は行きたくないんだろう?」
「その時がやってきたらですよ。こんな広い宇宙で、ひとりになるのはあまりにも寂しいです」
「じゃあ寂しくないように、手でも繋ごうか」
「誰が今って言ったこのもうろくジジィ!」
「ギャアッ、君だってさっき僕の腕つかんだくせにぃ! それに僕まだ若いんだけどォォ!」
 叩き落された手をさすりながら、僕は立ち上がった。つられたようにゴクウもその場に立つ。

「……さて、そろそろ出発しようかね」

 空を仰いでも、先ほどから一ミリも位置の変わっていない太陽しか見えなかった。
 そのあまりの眩しさに、目を細める。
「ではチョ・ハッカイとサゴジョウを呼んで来ましょう」
「え? 誰? その韓国アイドルみたいなのと数学式みたいなの」
「ァ法師さまの仲間じゃないですか忘れんで下さい」
「あっ!またちっさい“ァ”が! 仲間を忘れるわけないじゃないゴハンってば心配性」
「とりあえずアレですか両手から波動的なもの出していいですか」
 なにやら本気で世界中の皆からパワーを分けてもらえるような素振りをみせるゴクウから、僕は慌てて逃げた。
 首だけ振り返ると、彼は呆れた目つきで僕を眺め、そして他の二人を呼びに背を向ける。


 そして時間も経たないうちに、僕らはまたこの宇宙を歩きだすのだろう。
 行き先は、ひとつ。ひとつ以上は増える予定も、見込みもない。
 宇宙の反対側の川岸へ。
 そこへ横たわっているものを探しに。
 会いに。
 父さんに。




「三蔵法師さま。どうか、どうか、三途の川など逝かないで」




 それでも道は道なんだ。




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