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Last update 2008年03月16日

緋い服  著者:松永夏馬



「偽者はおまえだ」
「何を言うか。アンタこそ偽者だろう」
「見ろこの通知書を。本物の証だ」
「そんなもん私だって持っているさ」
「オレもあるぞ」
「そっちこそ偽者だろ」
「争いは止めたまえ偽者共」
「そうだよ、この偽者野郎の言うとおりさ」
「な、なんだとこの偽者め!」
「んだとコラ」
「ヤル気か? あぁ? 出るなら出るとこ出たっていいんだぜ」
「ああやだやだ。偽者は野蛮で困る」
「んなこと言うのはこの口か! えぇ?」
「痛いッ! てめぇ何しやがる」
「やりやがったなコラ! この野郎!」
「痛っ……ケンカすんなら外でやれ!」
「このやろ私は関係ないだろ!」
「偽者はさっさと帰れ帰れ」
「てめぇもう許さねぇぞ」 

 ********************

「……困りましたね」
「まったくだ。ひぃふぅみぃの……5人か。1人だけでよいのに何を誤ったのか……」
「申し訳ございません」
「瑠堂さんのミスではないでしょう? 通知を送るように指示したのは部長なんだし。……それにしても採用枠はたった一人だというのに最近は希望者が多いんだよね」
「やはり不況ですから。失業率も上がっていますし」
「それにしたってさ、僕らが言うのもなんだけどもう少し堅実な職業を希望したっていいと思うけどなぁ。たしかにウチのペイはいいけどさ」
「ちなみに一番年長のあの方、あの方は元森中食品会社の販促部の課長さんです」
「森中食品? 超大手じゃない」
「リストラされたそうです」
「へぇ。大変だ、今は大手だから安泰ってわけじゃないんだなぁ」
「あちらの方は元泉友銀行の支店長さんでした」
「そちらもリストラ?」
「ええ、そうらしいです」
「不況なんだねぇ」
「まったくです。彼らが血眼になってるのもわからない話ではありませんね」
「とはいえウチだって他人事じゃないよね。少子高齢化、このまま進めばますますウチの需要だって……」
「少子化に伴い各個別の単価は上がるのではないかという予測もされていますが、厳しいことには違いないでしょうね」
「君は寿退社すればいいだろうけどさ」
「国宮主任、場合によってはセクハラの対象となりうる発言です」
「あー……えーと、どうしようかあの5人。ものすごくケンカがエキサイトしちゃってるけど」
「止めますか?」
「うーん。危ないよ? それに、どっちにしろ1人に絞らないといけないわけじゃない?」
「それはそうですけど」
「それに、不採用の4人だってそのまま帰すわけにもいかないでしょ?」
「そうですね」
「……何か……ないかな? あ、ああコレでいいや」

 そう言って国宮一吾は、机のペン立てに置かれた黄色いカッターナイフを手にとり、ガラス窓を開けた。

 ********************

 今日私は再就職の採用通知を受けてやってきた。採用されたはずなのに採用枠1に対して5人もいた。せっかくのチャンスを棒に振るわけにはいかないのだ。ここまで来て、ここまで喜ばせておいて不採用なんて馬鹿な話があってたまるか。家も車もローンはまだ残っている。子供たちは私立の大学に入るのが精一杯だろう。不倫相手とも別れたくない。まだまだ金が必要だ。

 それに……それに家族にはリストラのことを言っていない。毎日同じように家を出て、こっそりと職探しを続ける日々。公園のベンチでハンバーガーを貪る日々。
 就職しなければいけない。どうしてもここに就職しなければいけない。

 どうしても―――

 気が付くと私の足元には4人の男が転がっていた。部屋に入った時はベージュだったリノリウムの床一面が真っ赤に染まっている。少し粘り気を帯びた生臭い液体。ぎこちなく体を動かして見ると同じように真っ赤に濡れた両手が視界に入る。それと同時に小さく音を立てて一本のカッターナイフが床に落ちた。
 気配を感じぼんやりとした視線を上に向けると、天井近くの窓が開いていた。そこから私を見下ろしているスーツ姿の中年の男とメガネをかけた女の姿が映る。
 中年男は白いコートをふわりと私に向かって投げた。受け取り損ねて床に落ちた白いコートは、床に撒かれた真紅の液体を吸って色づいていく。
 そのコートをぼんやりと見つめ、私は思った。ああ、そうか、だから彼らは赤いコートを纏っているのか。

「あなたのユニフォームです、来週から約4ヶ月の研修を受けてもらいますのでそのつもりでお願いします」
 中年男が言った。
「サンタクロース、頑張ってください」
 一瞬何を言われたのかわからず、私は再び顔を上げた。ようやく視界の焦点が合う。女性がやさしく微笑んだ。
「採用、です」
 聞こえてきたのは、甘く温かい声だった。




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