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Last update 2007年10月07日

タイトルなし 著者:カラス


「生命みじかし、恋せよ乙女……」
 麗子は暗闇に溶け入るような声でそっと呟き、精気の無い顔で椅子に項垂れた。
「そうだ。君は確かにそう占ったんだ」
 崇は消え去る声を救うように両手を差し伸べた。
 その二人を数人の人影が取り囲んでいるが、彼らは異様なその光景を黙って見ているだけだ。
「続きはこうだったかな──
 行く人あらば去る人あらんや。交差の波は押し寄せて、綱の渡り手青白く、苦悶の表情そこに満ちたり。
 そして君はその後こう続けた」
 崇は黙ったまま俯いた彼女に一瞥すると柔らかな口調で続けた。
「今日の午後八時ごろ。何か不吉なことが起こるでしょう、と」
 そこで一旦言葉を切り、隣にいた平次の方を向いた。崇が目で合図を送ると彼は左手の袖をまくり、ごつい腕時計に視線を落とした。
「七時だ」
 崇と麗子を取り巻くようにしていた数人はそのやりとりを静かに見守っている。
 さて──崇はそういうと彼らの顔に視線を一巡させた。
 生唾を飲み込むもの、睨み返すもの、ただわけもわからず震えているもの。皆それぞれの思惑でこの場に臨んでいるのだが、楽しそうな人間は誰一人としていなかった。
 彼らに言葉はなかったが崇にはその表情だけで充分だった。
 崇は再度、麗子に向き直る。
「君が予言した不吉なこととは何だろうね。あと一時間でその謎は解けるかもしれない。
 しかし、どうやら君の思い通りにはいかないようだよ。だからここからは僕が予言しよう」
 麗子は崇の言葉に一瞬眉をひそめたがすぐ抑揚の無い表情に戻った。
「心外ね。私の思惑とは一体何のことでしょう。私は未来を占っただけ。それは私の意志とは無関係。そして外れることもないの。今までだってそうだったでしょう?
 定められた運命の歯車を狂わせることなんて誰にも出来やしないのよ」
「そうだったね。僕の言い方が悪かったのかもしれない。君の占いは外れないんだ。ただ残念なことに君が言う”運命”というのは時として残酷で、時として気まぐれなものなのさ。僕はそう予言しておくよ」
 彼女は危うげな笑みを浮かべ、胸元まで伸びた黒髪を指で弄んでいる。
「おかしなことを言う人ね。私にはあなたの言っていることはよく意味が判らないわ」
 同じように崇も笑みを浮かべた。
「それをこれから説明するんだ。最初に言っておこう。今回の事件、裏で糸を引いていたのは君だね」
 崇の言葉でさきほどまで押し静まっていた室内が俄かに活気付いた。彼らはようやく崇のやろうとしていることの意図を理解し始めたのだ。
 今まで傍観者の一人だった里香が堪え切れない様子で崇に詰め寄った。
「ちょっとどういうことよ! 麗子が犯人だなんてありえないじゃない。私は昨日今日とほとんど彼女と一緒だったのよ。どうして?」
「そう。僕も最初はそう思っていたんだ。うん、正確に言うと”そう思わされていた”のさ」
 いいかい──崇は食って掛かってきた里香の両肩に手を置くと、
「この中で村木浩二と中条裕子が殺されたとき、完全にアリバイがあったのは誰だろう」
 唐突に質問を質問で返された里香は戸惑って後退した。
 激情している人間が冷静に物事を順序だてて考えることほど難しいことはないのだが、彼女にしてみればこの質問にはもうほとんど条件反射のように答えが頭に浮かぶのだった。
 崇はそれを知っていた。
「それは何度も何度も言ったことじゃない。この中にいる誰もが認められるアリバイを持ってるのは私と麗子だけなのよ」
 麗子の顔にはさきほどとは打って変わって笑顔があった。
 崇はそれを確認すると、
「そう、君たちには完璧といえるほどのアリバイがあるんだ」
 ちょっと待てよ──平次が割ってはいる。
「完璧なアリバイがあるんだぜ。それこそが無実の証明なんじゃないのか? 何度も話し合ったじゃないか。お前だって納得したんじゃなかったのか?」
 崇は舌打ちをしながら平次の顔の前で人差し指を振った。
「それこそが死角だったのさ。いいかい?」
 そこで崇は周囲に視線を巡らせる。
「なぜ完璧なアリバイが彼女たちだけに存在するのか。僕はそこに少なからず意図的である何かを感じたんだ」
 相も変わらず麗子はざっくりと胸元を覗かせたドレスの前で髪に指を絡めている。
「ずいぶんと遠まわしな言い方ね。でもそれだけじゃ何も解決してなくってよ?」
「謎は一つの方向から見ているだけでは解けないのさ。皆は重大なことを当たり前のようにして認識させられているんだよ」
 場はすっかり落ち着き、崇のペースに取り込まれていった。口を挟もうとするものはいるが、崇の先の見えない話に不用意に突っ込むことも出来ず彼らはただ黙っているだけしかなかった。
「なぜ麗子にだけ未来が占えたんだろう。麗子が占い師だから? いや、違う。彼女は占ったんじゃないんだ。知っていたんだ」
 皆呆れたようにして崇を眺めている。
 そんな冷たい視線をまったく意に介さず、崇はなおも柔らかな口調で言葉を紡いでいく。
「さっき話した完璧なアリバイと未来の予言。一見してなんら関係のないこの二つの事柄を繋ぐもの。それが僕には判ってしまったんだ。この事柄は二つ揃って初めて意味を成す。
 占い師だからといって安易に予言をしてしまっては下手に注目を集めるだけだ。そのカムフラージュとして彼女には完璧といえるほどのアリバイが必要だった。そうすることによって彼女の存在が際立つことになり、尚且つ彼女が占い師足りえる理由を皆の思考回路に潜り込ませることが狙いだったのさ」
 麗子の浮かべた笑みはまだ消えることは無い。ゆったりとした姿勢で崇の話に耳を傾けていた。
「見えない殺人鬼を創り上げるためにね」
 崇のその言葉により、一気に麗子の顔から血の気が引いていく。しかし麗子は怯まなかった。
「面白い発想ね。ではあなたの言うとおり私が犯人だとして、いつどこでどうやって村木君や中条さんを殺害することが出来たのでしょうか。もしかして私が透明人間になっただとか、念じるだけで人を殺せるのだとか言わないでしょうね? いえ、あなたなら言いかねないかもしれないわね」
「正解──君は透明人間であり、念じるだけで人を殺すことが可能なんだ。
 ”共犯者”という存在を利用してね」
 共犯者……そう呟く声が周りから漏れた。
「だ、だ、だったとしても証拠が無いじゃないの!」
 すでに彼女は冷静さに欠けていた。長髪の黒髪を振り乱し今にも崇に掴みかかってくるような勢いで詰め寄った。
 そういった状況でも崇は柔らかで穏やかな口調を止めない。
「証拠ならここにあるじゃないか」
 崇は平次と麗子の左腕を取り、お互いの腕時計を二つ並べた。
「この屋敷に来て間もない頃、皆の時計や携帯電話、つまりこの屋敷中の時間を知る手段が何者かの悪戯によって壊れてしまった。ただこの二つの腕時計を除いては」
「おい、ちょっと待てよ。それがどうしたっていうんだ」
 いきなり手を取られて面食らった平次がもっともらしい疑問を口に出した。
「それはこういうことさ。この屋敷に滞在している限り時間を知る手段は平次か麗子に聞く以外ないんだよ。
 ある程度の日常生活を送る上で欠かせない基準のひとつとしてある時間。それは今のような休暇中にはさほど気にしなくなるものなんだ。特にこういったリゾート地に来るとなおさらね。
 そしてここに来た目的は皆が自然の中でのリラックスを求めてやってきたんだ。分刻みのスケジュールで動いているのとは訳が違う。だから細かい時間が判らなくなったからといって大して被害は少ないように思える。そう君たちは予想したんだ。
 その思惑通り、僕たちは時間をあまり気にしなかった。これは言い換えれば、時間について少しくらい嘘をつかれたところで疑う余地を消し去ってしまったんだ」
 それがどうした、といった表情の平次は崇に掴まれた腕を振り切ろうとしている。
「例えば七時に夕食だからそのときに部屋に呼びに行く、と言われたが実際の時間は七時半だとしてもあまり違和感はない。団体行動をしているのだからそれは余計に疑うことの出来ない雰囲気を作り出しているんだ。尤も常に嘘をついているわけじゃなく、ターゲットを絞って瞬間的に嘘をつくんだ。それはつまり、こういうことだ」
 平次の腕に力は無かった。同じようにして麗子も項垂れている。
「殺害現場を目撃した時間が麗子の占ったとおりの時間なのだから本当に未来が見えるのかと思ったほどだ。だが、現実はそうじゃなかったんだ。僕たちは麗子の予言とこの時間トリックによって”そう思わされていた”だけなんだ。
 そうして君たち二人は僕たちを支配していったんだ。時間と占いによってね」
 二人の腕はわなわなと震えている。かすれるように麗子は力を振り絞ってようやく声をだした。
「それは可能性の話でしょう。私たちにはそれが可能だったという……」
「ならば僕の質問に答えてもらおうか」
 そういって崇は首に掛けているペンダントのロケットを手に取り、その蓋を開けた。
 思わぬところから思わぬ物が飛び出したことによって二人は覚悟を決めたように腕の力を弱めた。
「君たちはこの懐中時計を時計だと認識できなかったんだろう。そりゃそうだ。少し見ただけではただのペンダントだからね。つまり、正確な時間を計ることは僕にも出来たんだ。
 それでは質問しよう。僕は最初に平次に時間を聞いたのを覚えているかい? そのとき彼はこう言ったんだぜ。七時だ、と。しかし僕が持っているこの懐中時計は六時五十分を差している。
 さあ答えてもらおうか」
 物語はクライマックスを迎えようとしていた。誰一人としてその終幕へ向かう時間の流れを操作することは出来ないだろう。
 崇はゆっくりと目を閉じた。
「時間が遡る理由をね」
 麗子の顔面は蒼白した。彼女と彼の綱渡りのような殺人計画はそこに残る全ての人間に苦悶の足跡を残し、その幕を閉じたのだった。

 崇の瞼に同調するように、ステージの幕はゆっくりと閉じていった。重々しい幕が閉じたが、ステージの向こう、客席からは溢れんばかりの拍手の雨が降っていた。
 ようやく緊張感から開放された崇は麗子にねぎらいの言葉を掛けた。
「お疲れさん。結構名演技だったぜ。主演女優さん」
「三年最後の文化祭だもん、頑張っちゃった」
 少しはにかんだ麗子の手を崇はゆっくりと握った。
 演技者たちは別れを惜しむようにステージのセットを片付けに入っている。
「ねえ、そろそろ吹奏楽部の演奏が始まるころじゃない? 片付けなんて放って置いて見に行こうよ」
「お前って演技してるとき以外のほうが悪魔的なのな」
──どどん、という鈍い音が校庭の方から聞こえてきた。






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