Mystery Circle 作品置き場

篠原まひる02

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nightstalker

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Last update 2008年03月16日

除夜刻詣  著者:篠原まひる



「マスターの言う通りだった」 そう言って、煙草の火を揉み消す竹内の手は、微かに震えていた。
「好奇心だけで、見てはいけないものだったんだ。 あれは、人間が関わって良いものではなかったんだ」
 竹内は、感情の勢いか、そう言いながら右手でカウンターテーブルを強く叩く。 その拍子に、先程竹内がポケットから取り出した、赤い千代紙に包まれたものがころりと転ぶ。 竹内は突然にその存在を思い出したかのようにしてそれを取り上げ、マスターに向かってそれを振ってみせた。
「ねぇ、マスター。 これが何なのか、あなたなら判る筈でしょう。 あなたはこの存在自体を忘れてしまったからこそ、その後に続くあなた自身の行動を忘れたと言いましたね。 だが今回は、ここにその忘れた筈のものがある。 どうか思い出していただきたい。 私は・・・勝手な事を言いますが、好奇心だけで殺されるのは、勘弁して欲しいんです」
 そう言いながら竹内は、赤い柄の和紙で出来た千代紙の、上部でひねった部分を解き開く。 すると中からは、三粒の飴が出て来た。 恐らくは、どこかで市販されているような、ありふれた飴ではないのだろう。 裸のままで、何のコーティングもされていなさそうなその飴は、見た目にも無骨で、不恰好で、こねて延ばして切っただけであろう、全くの純粋なる昔ながらの飴としか見えなかった。
「飴だ・・・」 竹内は、言う。
「飴ですね」 マスターも、それに続く。
 不恰好で、何も洒落ていない飴だったが、その見た目からは、純粋なる甘さがそこに秘められているような、そんなイメージが、視覚を通じて訴えて来た。
 それは、子供の頃に頬張った、ただ甘いだけの、甘味料が入っただけの、そんな飴と同じに見えた。 ともすれば、何の疑問も持たずに頬張ってしまいそうになるその飴は、実に不吉な意味を持って、二人の前に存在していた。
「そう・・・兄はこれを食べました」 マスターが、重い口を開いた。
「兄は、その晩の内にこれを食べた。 私もそれに習おうかと思ったが・・・・・あぁ、そうだ。 私は食べなかった。 従兄弟の美千代にあげようかと思い、そのまま取っておいて・・・」
「取っておいて、どうしたんです」
 竹内は、声を荒げる。
「いや、良く思い出せない。 私は結局、自分で食べる事も、美千代にあげる事もしなかった。 その代わりに私は・・・・・」
「思い出して下さい!」 竹内は、身を乗り出してそう言った。
「どうか思い出して下さい! 私はあの後、こちらへ戻って来て、すぐにその村で起こった事件をもう一度調べた。 するとどうした事でしょうか、事件は村中の井戸水から発見された毒素によっての全滅と報じられていましたが、何故かどの家を探っても、必ず同じものが見付かった。 それは、この千代紙に包まれたお菓子。 ・・・そう報じられていましたので、それが飴だったのかどうかまでは知りません。 だが、ほぼ全滅となった村の家々からは、必ずこれと同じような、千代紙でひねっただけの菓子が見付かった。 勿論その菓子から毒素は検出されなかったが、それが唯一の不思議な符号として残されていた。
 死亡した原因は、水脈に混じった毒素だと特定出来た筈なのに、どうしてもこの意味が判らなかった。 村の人々は、マスターと同じように、その包みを貰ったまでは良かったが、その後の行動が違ったんだ。 どうか思い出して下さい。 私はあの光景は忘れられない。 黒い羽織りの面を被った人々が、皆、私の方を向いて立ち止まった。 まるで人間に見付かってしまった事に腹を立てるかのような雰囲気で。 そして、話の通りに、駕籠の中の綺麗な女性は、私に向かってこれを差し出した。 そして私は、意を決してそれを受け取りに行きましたよ。 勿論、気絶するぐらいに怖かったですけどね。 今これを受け取らなかったら、私は死んでしまうと言う事が理解出来たからですよ。
 どうか、思い出して下さい。 お願いします。 お願いします。 私はまだ、こんな事で死ぬ訳には行かないんですよ」



「もう行かれるんですか? 電車はもう終わっていると思いますが」
「タクシー捕まえてででも行きますよ。 とりあえず、私の知る限りでは、仕事場の事務所にしか神棚は無い。 こっちは命が懸かってますからね。 今からでも当然行きますよ」
 そう言って竹内は、店のドアを開けた。
 途端に、凍て付く風が店の中へと舞い込んで来る。 竹内は、一瞬ひるみはしたが、勢い良く外へと飛び出すと、そのドアを後ろ手に閉めた。
 再び、いつもの音が戻って来る。 お気に入りのジャズナンバーからは、ダイアナ&マーヴィンの、嫌味な程に甘い曲が流れ出る。 手持ち無沙汰になったマスターは、無言でグラスを洗い始めた。
 だが、ものの数分もしない内に、再び店のドアが開かれる。 そこには、もはや馴染みと言う言葉すら当て嵌まらない程に良くしった顔の男が、注文をしていた酒の瓶を持って配達に来ていた。
「毎度どうも。 あけましておめでとうございます。 さて、配達の品は裏でいいですかね?」
「あぁ、あけましておめでとう。 客はいないから、普通でいいよ、兄さん」



「何だよ、それ・・・」 兄の正孝は、レモンスライスを浮かべたコーラを受け取りながら、そう聞いた。
「担がれたんじゃないのか?」
「そんな訳無い。 彼は、僕の説明以上の事を知っていたし、僕が話さなかった以上の経験をして来た。 あれは創作なんかじゃない。 やはり彼は、間違い無くそのお祭りを体験して来たんだよ」
「しかし・・・なぁ」
 正孝は、渋い顔をして、もらったコーラを飲み干した。
「兄さん、やはり二十年前のN村の事件には、その祭りが関わっている。 もはや間違いないよ。 現実に、祭りは行われているんだよ」
 マスターが言うと、マスターとほぼ同年代のような年恰好の正孝は、納得の行かない顔で返答する。
「そう思えれば確かに説明は付くよ。 だが、良く考えてみろよ。 ・・・その祭りってのは、どこでどうやって出来たんだ!?」
「それは・・・良く判らない」 マスターも又、困った顔で返答する。
 少しの沈黙の後、正孝はゆっくりと話し出す。
「俺が、小学校六年か。 それでお前が四年の時だったよな。 その晩、従兄弟の美千代ちゃんが遊びに来た。 そろそろ彼女も、その地に伝わる大晦日のタブーを知って恐がる歳だろうと、俺達は口裏を合わせて、嘘の計画を実行した」
「そうだったね。 僕達は、彼女がどれだけ恐がるのかを見たかっただけだ。 ありもしない祭りの行進を見ようと、彼女を一人ぼっちにする。 そうしたら泣き出すかなと、そう言い合って笑ってた」
「だが彼女は、二階の窓から、提灯を持って練り歩く祭りの列を見たと言う」
「そうそう。 そして、僕達がそのお祭りの真ん前まで行って、何かを貰った所まで見たと言っていた」
「そして俺達は、恐いあまりの嘘かでまかせだと思い、その話を信じなかった。 実際に俺達は、窓からは何も見えなかったし、外にも出ていない。 彼女が見たのは、俺達の嘘が見せた幻覚だと思った」
「・・・だけど、彼女は本当に死んじゃったね」
 少しの沈黙が訪れる。
「そして今度は、美千代ちゃんの二十三回忌の法事か」 正孝は、残った氷を齧りながら言った。
「俺達は親戚一同が集まる中、酒の酔いも手伝って、その時のその嘘と、美千代ちゃんが見たと言う幻覚についても話してしまった」
「そしてその年の大晦日、あの村の人々は、ほんの数人を残して、井戸の毒に当たって亡くなってしまった。 結び付けたくはないものだけど・・・もしかして、僕達が語った嘘が、村中に広まってしまったとしたら・・・」
「ありえなくはない。 あれだけの小さな村だ。 娯楽もなければ、流れるような噂すらなかなか無い。 ならば、先祖代々ずっとタブーだった大晦日の晩に起こると言う俺達の嘘が、すんなりと受け入れられて、広まってしまったと言う事も考えられなくはないんだよな」
「だけど兄さん、嘘は、嘘だ。 あれは、僕達二人で考え出した、子供の見る悪夢のような嘘でしかないんだ。 例えどれだけ広まろうとも、誰がその晩に外を見ようとも、僕達の嘘が具現化されてそこに現れるなんて、そんな非常識ある訳が・・・」
「だが、さっきまでいた客は、それを実際に見たんだろう?」
 マスターは、二の句が次げなかった。 竹内の事は、自らが肯定した事だ。 そうなれば考えられる事はたった一つ。 いつしか二人の吐いた嘘は、噂を飛び越えて現世へと現れていると言う事だった。
「それで、どう言ってやったんだ?」
「なるべく信憑性のあるように、貰った飴は神棚にお供えして、祈ったと言っておいた。 だからこそ、彼は今から、事務所の神棚にその飴をお供えに行くんだと言っていた」
「まさか、ガキの頃の嘘を、未だに引き摺らないといけないとは、思ってもみなかったな」
「同郷だって安心から、ついつい馬鹿げた事を話してしまったと後悔したよ。 でも、もしも僕達の嘘にその効力があるのならば、きっと彼も助かるよね?」
「そうだといいんだが。 だが、本当にその祭りを見たと言うのならば、一体誰が何の目的でそんな事を・・・・・」
 正孝が言い掛けたその瞬間、遠くから救急車のサイレンが聴こえて来た。
 サイレンはどんどんこちらへと近付き、そして、凄く近い場所で、その音は途切れた。
 嫌な符号については、二人共何も言葉には出さなかった。 マスターは黙って水割りを作ると、それを一口呷った。
「それ、俺にくれよ」
 正孝は、マスターのグラスを奪い取り、一気にそれを飲み干した。
 今度は、二つのグラスにウィスキーが注がれた。
「ウチの婆ぁさんが生きてたら、もっと別の方向に進んでたかも知れないな」
「そうだね。 少なくとも、美千代の二十三回忌の時の僕達の与太話は、そこで終了していたかも知れないね」
 グラスに、大きな氷を一粒ずつ落とす。
「知ってはいけないものって、あるんだね」
「確かに。 先祖が駄目だと言うものは、やはり駄目なんだろうな」
 サイレンが、再び鳴らされた。
 今度は、どんどん遠ざかって行くその音を聴きながら、二人は無言のままで酒を酌み交わした。




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